冴島涼介
俺がハマっていたゲームの話をしよう。
タイトルは[繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝]
は?
なんだこれ。
繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝だって。
繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝って言ってんだろ。
え?
繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝が脳内で表示出来ないんだけど。
言ってること分かる?
頭で思い浮かべても文字にならないし、多分口に出しても言語化出来ないなこれ。
なんでだ?
いいか。
気にしても仕方がない。
ゲームの世界に転生している時点で色々おかしいんだ。
多少のことは気にしない。
そう、俺はそういう男だった。
転生する寸前のことは記憶にないけど、それまでのことはそれなりに覚えている。
特にゲーム関係の記憶ははっきりと覚えてる。
だから今から少しだけ話そう。
俺、冴島涼介と繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝というゲームのことを。
俺がそのゲームに出会ったのは大学生の頃だった。
当時からPCゲームに明け暮れていた俺はゲームのやり過ぎで単位を何度も落としかけている。
高校時代に貯めたバイト代で奮起して買ったハイスペックPCは、俺の大学生活をゲーム一色に染めるのに十分過ぎる理由だったのだ。
繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝のオープンβテストに当選したというメールを読んだ時はそれはもう嬉しかった。
オープンβテストでこのゲームは神ゲーだと確信した。
少なくとも俺はこのゲームを最高に楽しいと思っている。
サービス開始と同時に徹夜でやり続けたのは良い思い出だ。
エナジードリンクを片手に文字通り倒れるまで遊び尽くした。
精魂尽き果てた俺が目覚めた時にまずゲームを再開する程度にはおかしなハマり方をしていたと思う。
その後、大学卒業後に無事に就職した俺の会社は俗に言うブラック企業であった。
給料は安い。仕事はハード。人間関係は悪い。上司もクソ。残業時間はとんでもないのに残業代もまともに出ない。ボーナスなにそれ美味しいの?
そんなゴミみたいな会社だった。
ゴミみたいな会社だったけど辞められなかった。
辞めたい気持ちはあるけど今よりももっと悪くなるような不安からか、現状維持に努めて。
辛く厳しい環境は自分を苦しめて、より良い環境を自分から探しに行く気力を奪っていく。
真綿で首を絞められるように。
緩やかに心を殺されていた。
毎日日付が変わっても帰れない。
会社で仮眠を取り、始発で帰って仮眠してから出社。家に帰る理由も希薄になりそうな毎日。
自分が使える自由時間は全て繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝に費やした。
辛い現実から逃避するように尚のことゲームにのめり込んでいく。
現実での人間関係は希薄になり、ゲーム世界でしか人と関わらなくなる。
コンビニで店員と言葉を交わすのも苦痛になる程に人と関わることがストレスになっていた。
ゲーム世界では俺は大学時代に費やした膨大なプレイ時間に裏打ちされた技術と知識によって社会人になってもトッププレイヤーであり続けた。
繝ェ繝ウ繧ー繧ェ繝悶じ繝ッ繝シ繝ォ繝はとても自由度の高いゲームだ。
オンラインオープンワールドの世界で色々な事が出来る。
建築に力を入れている人がいれば、自分が作った音楽やイラストを売買する人もいる。
ダンジョンを作ることに熱意を注ぐ人がいれば冒険に全てを捧げる人もいた。
そこはゲームでありもう一つの世界であったのだ。
そこで俺は冒険者として攻略の最前線にいた。
サーバー内ランキング上位にも位置している。
このゲームには様々な役職があり、多種多様な種族が生きている。
メジャーな役職だと剣士や魔術師、回復術師や斥候。
それぞれステータスに対する補正が違い、覚えるスキルも変わってくる。
役職は基本職から無数に枝分かれしており、派生した役職や習得に条件がある上位職とその種類は膨大な数になる。
そこからさらに個別にスキルツリーが用意されており、自分にとって最適な物を選択して育てるそのシステムは同じキャラクターは他に存在しないと公式が公言するに相応しいものだった。
どれだけやり込もうとも終わりがない。
無限のやり込み要素と、出来ることがないと錯覚してしまう程に自由なゲーム性が俺を虜にした主な魅力だった。
こんなクソみたいな現実世界からはおさらばしたい。
そう思って毎日を生きてきた。
生存することが惰性で、ゲームをしている時間こそ俺にとっての生だった。
ゲームの世界で生きる時間こそが全てだった。
死んだらゲームも出来ない。
働かないと課金も出来ない。
だからプラットホームから身を乗り出した記憶がない。
ビルの屋上から飛び降りた記憶もない。
密室で木炭を炊いた記憶もない。
死んでない筈なのだ。
でも日々常々、ゲームの世界に行きたいなとは思っていた。
だからこの転生は僥倖なのだ。
降ってわいた幸福なのである。
元の世界に戻るつもりなんてさらさらない。
俺はこの世界でリリアとして生きていく。
未練なんて塵程もない。
だからある意味では冴島涼介という人間は亡くなったのだ。
もういない。
目が覚める。
どうやら夢を見ていたらしい。
窓の外はまだ薄暗い。
日の出前くらいだろうか。
同じ布団で寝息を立てるシアンの頭に知らずと手が伸び、その頭を撫でていた。
昨日はシアンに色々な武器を触らせたのを覚えている。
彼女の敏捷性を活かすなら接近武器が理想だったが、残念ながら彼女には近接武器の才能がないようであった。
それはもう見事に向いていなかった。
ただ意外にも弓には適性があった。
とくに訓練した経験はないらしいのだが、あっさりと的に的中させる。
的のど真ん中は難しいものの、的から大きく外れることもまたなかった。
天性の才能である。
しかし体格的な問題でシアンに大きな弓は取り扱いが難しい。
そこで目を付けたのが短弓であった。
もともと乗馬中でも扱いやすいようにと使われていた武器らしいが、シアンの小さな体でも取り回しに困らない上に連射力に優れているのが利点で。
欠点としては弓としては威力に欠ける点と飛距離に難がある点だ。
しかしいずれはテイマーとして活躍することを考えると十分なものだろう。
この街で購入出来る短弓としてはそこそこの物を買い与えて、毎日練習するようにシアンには命じた。
あの様子だと実戦で戦えるまでに長い時間は掛からないだろう。
「あまりゆっくりはしてられないわね」
身支度をして冒険者ギルドに行かなくてはならない。
日の出まではそんなに時間の猶予はないだろう。
シアンの天使のような寝顔をずっと見ていたい気持ちを押し殺して彼女を起こすことにする。
この時、俺はまだこの世界で生きることに向き合えていなかった。
現実世界から逃げてゲームにのめり込む、その延長線上の気分でいた。
本当の意味でこの世界で生きるという覚悟が決まっていなかった。
あるいは目を背けていたのかもしれない。
逃げることが当たり前になっていたから。
アニスを救うこの旅で、俺は挫折と後悔を味わうことになる。
この時の俺はこの先、想像さえ出来ない困難が待ち受けているとを知る由もない。
 




