ブラックベア
金貨5枚。
それが私に付けられた値段だった。
私の周りには同じような境遇の人達が膝を抱えて揺られている。
窓ひとつない薄暗く狭い四角い空間で誰もが希望を失った瞳で虚空を見つめていた。
山奥の小さな村で産まれた私は人族からすると希少な種族で愛玩用の奴隷として好まれているらしい。私を攫った人族の男がそう言っていた。
私が愚かだったのだ。
後悔しても取り返しがつかない。
その日の朝。私は山菜を摘みに村から離れた場所に出掛けていた。
村は裕福な訳ではない。だから村人みんなで協力して仕事を分担して生きていく。
山菜摘みは私の大切な仕事だった。
そこで山で迷ったという人族の男を見つけた。
最初は警戒していたものの、馬鹿だった私は男の口車に乗せられて警戒心を解き油断してしまった。
意識を失った私が次に目覚めた時には奴隷の証となる紋章を背中に刻まれ、首には奴隷が逆らわないように戒める首輪が装着された後だった。
朦朧とする私の目の前で男は奴隷商人の男に私を売った。
その時の金額が金貨5枚。
だから私の価値は金貨5枚。
それから奴隷商人は買い取った奴隷を集めて馬車に乗せ、これから大きな街でオークションを開くと私たちに説明した。
そこで一番高い値を付けた人に売られるらしい。
なんでも私は目玉商品なのだとか。
本当に私は愚かだ。
人族なんて信用するべきではなかった。
村長も口酸っぱく言っていたのに。
人族を信用するな。
そう何度も。
なんだか外が騒がしい。
飛び交う怒号と悲鳴が切羽詰まった様子を伝えてくるものの私はそれを聞き流していた。
けれど、次の瞬間に世界がひっくり返ったのは無視出来なかった。
膝を抱えて泣いてた少女も。虚な目で虚空を見ていた女も。誰も彼もみんな互いの体をぶつけながら壁に叩きつけられていく。
世界がひっくり返ったのではない。
馬車が横転したのだ。
そう気付いた時には私たちが収められていた箱の半分は吹き飛んでいった。
箱の中に積み上げるように倒れていた私たちの半分を連れて行って。
鮮血が舞う。
臓器と肉片が雨のように降り注ぐ。
私が助かったのは運が良かったから。
でも、次の瞬間にはその運も尽きたと確信した。
そもそもの話。
人に攫われて奴隷に落ちた時点で私の命運は尽きていたのだろう。
奴隷の血肉で赤黒く染まった腕を振り上げて今まさに振り下ろそうとする巨大な影。
こちらの命を容易く刈り取るであろう鋭い爪が太陽の光を反射する。
出会えば最後。助かることは不可能。
一度狙った獲物は執拗に追いかけて仕留めることで有名なモンスター。
真っ黒な体毛に充血したかのような真っ赤な瞳。
ブラックベアと呼ばれる化物がそこにはいた。
私は死を覚悟した。
しかしその腕が振り下ろされることはなかった。
私はこの日を一生忘れることはないだろう。
運命が変わったこの日を。
彼女との出会いを。
そう、この日。どん底にいた私を拾い上げてくれた。
リリア様と私は出会ったのだ。
一撃でブラックベアを屠るその姿。太陽の光を反射して輝く金色の髪が風に煽られて舞う。宝石のような翠色の瞳が私の心を捉えて離さない。
あまりにも神々しくて。
私はまるで神様みたいだなって思って馬鹿みたいに惚けていた。