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気が利き過ぎる女

 村を出てからしばらくして日が沈み始めたので森で野営をし、日の出と共に出発。


 双翼のメンバーがミストンの街に戻ってきたのは昼前のことであった。


 疲労もそれなりに蓄積しているが、一行は報告がてら冒険者ギルドに寄ることにする。


 どうやらブラックベアの討伐は無事に終わったようで、冒険者ギルドの一階は前とは比べ物にならない程に賑わっていた。


「凄い人なのです……」

「これがミストンの冒険者ギルドの本来の姿だ。この混雑だと席の確保は急いだほうがいいな、あたしが酒場の席を確保するから報告は任せていいか?」

「それなら代表して私が行くのでお二人は休んでいてください」

「助かるわ」

「ありがとうございますです……」


 サラサは酒場に、セシリアは受付に向かう。

 気を使ってくれたのだろう。

 リリアはともかくシアンが目に見えて疲れていたから。


 壁際のベンチが都合よく空いていたのでそこにシアンを連れて腰掛けることにする。


「疲れたでしょう? 横になりなさい」


 そう言って俺は自分の太腿を叩いた。

 ぺちぺちと音を立てた自分の太腿は見た目こそ細いものの、思っているよりは柔らかく女性らしさを感じる。


「そそそそそんな!? 恐れ多いのですよ!?」


 恐縮しまくっていた。

 こういう時は強引に進めるに限る。


「シアン、命令よ。私が貴女を膝枕したいの。逆らうつもり?」

「逆らうなんてありえないのです!!」


 流れるような所作でシアンは横になるとその頭をゆっくりと乗せる。

 膝枕だ。

 シアンの髪と耳がスカートから見える生足に当たって少しくすぐったかった。

 

「沢山頑張ったわね。偉い偉い」


 膝枕の状態で頭を撫でる。

 心地よさそうに身を預けるシアンを見て彼女は心を許してくれているのだなと嬉しくなった。


 これはいけるかもしれない。

 耳を触るチャンスだ。

 しかしここでまた嫌がられたら立ち直れないかもしれない。


 耳に手が伸びそうになり、しかし触らずに手を戻す。それを繰り返すこと幾度か。

 シアンに嫌われたら死ねるという恐怖であと一歩を踏み出せずにいた。


「どうしたのですか?」

「な、なんでもないわ。気にしないで」


 誤魔化す。

 触っても我慢してくれそうなくらいには親密度は上がった気もするが、嫌がるシアンに我慢させてまで触りたいかというとそうではない。

 自ら触ってと言ってもらう。

 そのレベルまで辿り着きたいのだ。

 そして耳を許してもらったら次は尻尾をもふらせてもらうのだ。

 夢はどこまでも果てしなく続いている。


 やはり嫌がられた時のリスクが重い。

 そう判断して今回は耳を触るのはやめておく。


「報告終わりましたってシアンさん、羨ましいですね」


 羨ましい。

 ……羨ましい?

 

 セシリアもしてほしいってことか?

 俺に膝枕を?


「あげません」


 シアンが俺の腰を抱きしめながら抗議の声をあげる。


 おお、俺の膝枕が奪い合いになっていた。


「残念です。……サラサが席を確保したようなので行きましょう」


 三人でサラサが確保してくれたテーブルにつく。


 もう既にテーブルの上には料理がいくつか並んでいた。


「適当に頼んでおいたぜ」

「あら、気が利くわね。ありがとう」


 食卓に並ぶ料理をつまみつつセシリアがこれからのことを相談する。


「さて、これからについて方向性を固めたいと思います」

「まず貿易都市に行くのは確定だよな?」

「それもなるべく早く着いた方が良いわね。オークションに出品されるのがいつになるか分からない上に、現地での調査時間も必要になる」

「どうやって行くのです?」


 ゲームでは序盤の移動は徒歩か代金を支払って馬車に乗せてもらうことが多いのだが。


「私達が貿易都市からやって来た時は定期便の馬車に乗せてもらいました」

「セシリア達は貿易都市からやってきたのね?」

「ああ、言ってなかったか。あたしとセシリアは貿易都市の孤児院の出だ。貿易都市では冒険者の仕事が少なくてな、ここまでやって来たって訳だ」

「……冒険者の仕事が少ない?」

「そうなんだよ。貿易都市では商人組合が自警団を結成してて、貿易都市の周囲と貿易行路を定期的に見回っているから冒険者に仕事が回ってこないんだよ」

「ああ、あったわね」


 自警団。


 貿易都市の貿易行路を巡回し、貿易都市内部の治安警邏や住民同士の揉め事まで仲裁する何でも屋だ。

 商人組合から予算が出ており、中々に優秀な人材が揃っていたと記憶している。

 あくまでもこの大陸レベルでの基準だが。


 その影響で冒険者の仕事が少ないというのはゲームでは記憶になかったが、こちらの世界ではどうやら貿易都市おいて冒険者は活発に動いてはいないらしい。


 よく考えれば確かに都市の周囲にモンスターが発生しなく、貿易行路の護衛も必要ない。都市内部の細々した仕事も自警団によって解決していれば冒険者の仕事はなくてもおかしくない。

 素材の調達などはあるだろうが、それも数に限りがあるだろう。

 

 記憶が正しければ貿易都市付近にダンジョン等もない。


「話を戻しますね。徒歩で行けなくもないですが、数日がかりとなります。今回は早い方が良いので馬車を利用した方が良いでしょう」

「異議なしよ」

「よく分からないけどご主人様と同じなのです!」

「あたしはこういう時セシリアに全部任せるって決めているからな」


 魚の切り身っぽいものを豆や香草と一緒に煮詰めたスープで喉を潤しながらセシリアに続きを促す。


「定期便で一番早いものは明日の早朝になると言っていました」

「え、もう調べたの?」


 手際が良過ぎる。


「はい。ギルドの受付の方が定期便の予定を把握していたので」


 凄い。セシリア、この娘超優秀である。


 これはサラサも安心して全部任せられることだろう。

 というかサラサが何も考えずにセシリアに全部放り投げる原因はセシリア自身にもあるんじゃないだろうか。

 自分が何かしなくても常に先回りして準備してる人物が傍にいれば、それは確かに自分でやらなくてもいいかという気持ちになるのも理解出来なくはない。


「なのであと半日は出立の準備に使おうと思っています。野営の疲れも残っているでしょうし、今日は早めに宿で休んで明日の早朝から馬車に乗って貿易都市に向かいましょう」

「ようし、ならあたしは貿易都市の情報収集をしてくる」

「私は馬車の予約と食料や消耗品の購入を担当しますね」

「……そうすると私達の仕事がなくなる気がするのだけれど?」

「えっと、……お二人はゆっくり休んでください?」


 何故に疑問形なのだろうか。

 もしかして戦力外通告された?


 ってのは冗談で。恐らくずっと二人で分担してきたから二人でやるのが当たり前だったのだろう。

 準備が大変なら手伝うのも良いかもしれないが、今回に限って言えばそんなこともない。

 ならお言葉に甘えてゆっくりさせてもらうとしよう。


 時間が出来たらしたいこともあったしな。


「それならお言葉に甘えましょうか。私とシアンはゆっくり休まさせてもらうわ」

「なのです」

「明日からはその分働いてもらうから気にすんな」

「すみません慣れないもので、次からは四人で分担する頭で考えますね」


 セシリアが申し訳なさそうにしているが全然そんなことはない。

 彼女はよくやっている。

 よくやり過ぎているくらいだ。


 ただこちらがそう言ったとて彼女は尚のこと気にするだけだろう。

 恐らくセシリアはそういう性格だ。

 ならばこちらは気にしないように流すのが一番だろう。


「そういうことなら少し用事があるからそれを済ませてくるわね」

「明日の早朝、日の出の頃にここで集合でお願いします」

「ええ、分かったわ。また明日」

「また明日よろしくお願いします」


 そう言って席を立つ俺に追従してシアンもとことこと付いてくる。

 

「ご主人様、用事とはなんなのですか?」

「シアン、貴女のことよ」

「私の、ですか?」

「貴女戦闘で全然役に立てていないことを気に病んでいるでしょう?」

「それは……」


 指摘されしゅんと耳が垂れ下がり、尻尾も同様に勢いを失って垂れる。

 項垂れたその姿は先程までの元気な姿と程遠い。


「もっとお役に立ちたい、シアンももっとご主人様のお手伝いをしたいのはずっと思っているです!!」


 力強く、シアンはそう答えた。

 両の拳を握りしめて絞り出すように続ける。


「サラサさんやセシリアさんのようにもっとお力になりたいのです!!」


 そして間を置き、声を小さくして付け加えた。


「……それでもっとご主人様に褒めてもらってなでなでしてもらいたいの、です」


 あら可愛い。

 

 なんてこった役立って俺に褒めてもらいたいらしい。


 いじらしいことだ。


 愛おしさが溢れてくるね本当に。


「テイマーがテイム出来る数には限りがあって、問題なのがその数が個体差なのよね……」


 ステータスではなく生まれ持った個体差でテイムできる上限が決まっているクソ仕様がテイマーにはある。

 テイマーガチ勢はテイム最大値までキャラクリをリセマラするのが当たり前で、これは多くのユーザーから修正しろとお気持ちを表明され続けても結局最後まで直されなかった部分だ。

 ゲームではテイム数はステータスを見れば一目瞭然だが、この世界では現状調べる方法が分からない。

 当然リセマラなんて出来る筈もなく。

 つまりシルバーテイルというテイマーが天職の種族と言えど、テイム上限が一体の可能性もあるのだ。


 シルバーテイルがテイマーとして優れているのはシルバーテイル限定でテイム出来る生物が存在するからだ。つまり限定でないテイムを成功させると貴重な枠を無駄使いしてしまうことになる。

 

 以上のことが理由でシアンにテイムをさせるつもりは暫くない。


 ただそうするとシアンはテイム出来るまで戦闘では出来ることがなくなってしまう。

 別に俺はそれでも構わないのだが、シアン自身が自分が役立てていないことに気を病むくらいならば戦う術を用意してあげた方が良いと判断した。


 護身用にもなるし。


 シアンと離れるつもりはないが、四六時中俺が彼女を守れるとも限らない。

 自衛できるに越したことはないのだ。


「よく分からないですけど、シアンはテイマー? なんですよね?」

「ええそうよ。貴女は私が立派なテイマーに育ててみせる。でもその前に一人でもある程度戦えるようにしようと思うのよ」

「それはシアンも嬉しいのです」


 と、そこまではいいが。

 何を習得させるのかが問題となる。

 接近武器か遠距離武器か。

 

 シルバーテイルはその特異な体質から普通はテイム出来ない特別な生物をテイム出来る。

 故にテイマー以外の役職は考えられない。

 それは効率と最終形をもとに考えたゲーマーの思考だ。


 別に他の役職でも十分に活躍出来る。


 シルバーテイルは種族的に優れた体力を敏捷性を誇っていた。

 勿論シアンにもその特性は受け継がれている。

 その片鱗は実技試験でも見えていた。


「そうね……。結局はシアンが何をしたいか、どれがしっくりくるかだから色々試してみましょうか」

「が、頑張りますですっ!!」


 こうしてこれからシアンの戦う術を模索することが決まった。

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