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最高の報酬

 森へと入ってから暫く経つが気付いたことがある。


 元々双翼だった二人。

 普通に強い。

 あくまでもこの大陸基準ではあるものの、かなり強い部類に入る実力者だろう。

 

 攻撃魔法がなければそれなりに強敵となるブラックベアと正面から戦って生き残っただけのことはある。

 もう少し鍛えればこの大陸を旅立つ資格はありそうだ。


 例えば今戦っているホーンラビット。

 敏捷性と攻撃力が高く、その代償に防御力が低いのが特徴のモンスターだ。

 一体だとそれほど脅威ではないが、こいつらの厄介なところは群れるところである。

 必ず五体以上の群れを作って行動するのだ。


 多い時には十体を超える群れも遭遇する。


 姿は兎のような見た目だが額に特徴的な鋭い一角が生えていて、持ち前の素早さで死角から角を突き刺すのが基本的な戦い方だ。


 それを二人で圧倒している。


 苦戦しそうなら補助魔法をと考えていたが全然出番がない。

 

 真っ赤なショートカットの髪を振り回して最前線で暴れ回るサラサ。

 彼女の防具は急所だけを守る面積の少ない鎧で、鎧というよりは急所に鋼が縫い付けられただけの布の服に近い。

 ビキニアーマー程ではないが防御力はあまり期待出来ず、動きを阻害しないことを優先した防具だ。


 その手には両手剣が握られており、それが一振りされるたびにホーンラビットが両断されていく。


 そんな彼女を支えるのはセシリアの魔法だ。


 自身の身長程もある大きさの杖を振りかざして的確に魔法を唱えていく。


 回復が必要なら回復を。補助が必要なら補助を。

 

 そんな二人の戦いをぼーっと眺めているだけでいつの間にか終わっていた。


「お見事」

「……お見事、じゃねー!!」

「なにか?」

「いや、なにか? じゃなくて、一緒に戦ってくれよ!? 仲間だろ!?」


 サラサが肩で息をしながら怒鳴ってくる。

 うるさいし唾が飛ぶのでやめてほしい。


「二人だけでも余裕だったじゃない」

「そりゃそうだけど、お互いに擦り合わせて欠点をひとつずつ解決とかうんたらかんたら言ってたのはリリアだろ!?」


 いや確かにそうなんだけど。

 そうなんだけどね。

 攻撃魔法放てば過剰な火力だし、補助魔法使おうにもセシリアが現状100点満点過ぎてやることがない。

 

 それに下手に俺が補助魔法使ったらサラサの実力が300%増しくらいになってもおかしくない。

 

 流石にそれはおかしいと気付くだろう。

 まだ実力を晒す気はない。

 

「仕方がないわね」


 もうステータスの暴力でゴリ押すか。


 近接格闘がそれなりの実力者であることは既に知られている。実際は近接格闘のスキルなんて一個もないし、鍛えたことなんてないがそんなことはステータス差が激し過ぎて二人には分からないだろう。


「私も前に出て戦うわ」


 こうして素手で前衛でモンスターを殴り殺す後衛補助術師がここに誕生した。


「わ、私もなにか出来ることはないのですか?」

「正直今はないのよね……」

「ガーン」


 コテコテの反応である。


 肩を落とすシアンに俺はこう続けた。


「シアンにはいずれとある動物をテイムしてもらう予定よ。それは貴女にしか出来ないことなの。だからそれまでは仲間の動きを見て学びなさい」

「はいなのです……」


 仲間の力になれないことに気を病んでいるらしい。

 可哀想な気もするが、テイマーとしての未来を守る為に今は下手なスキルを習得してほしくないのだ。

 彼女には耐えてもらうしかない。


「あたしと肩を並べて戦ってくれるってことか、嬉しいねぇ」

「お願いだから斬撃に私を巻き込まないでね」

「リリアなら余裕で躱せるだろ?」


 それはそうだが巻き込む前提で戦わないでほしい。

 器用なタイプではないことは百も承知だが、俺が躱せるからという理由で気兼ねなく巻き込まれるのはたまったものではない。


「私の補助はどうしましょうか?」

「今まで通りでいいわ。サラサに集中してあげて」

「大丈夫なのですか?」

「平気よ、多分ね」




 結果全然平気だった。


 飛び込んでくるホーンラビットに迎え打つように蹴りを合わせると全身複雑骨折に内臓破裂。内出血多量によって一撃で絶命する。

 加減しないと爆発四散してしまう為に気を使う。


 死角から襲うホーンラビットに裏拳、蹴り、肘打ちを合わせて的確に一撃で仕留める。

 ホーンラビットの角には傷ひとつつけられてはいない。

 

 ついでに偶にぶんっという風切り音とともに飛んでくるサラサの斬撃も躱す。

 まさか本当に遠慮なく振り回すとは思わなかった。


「サラサ、貴女今までどうやって仲間と連携をとっていたの?」

「戦闘中のあたしには近付くなって最初に言っておくんだよ、そしたら斬られたらそいつが悪いだろ?」


 そんな訳あるか。

 どう考えても仲間がいるのにアホみたいに振り回すサラサが悪い。


「リリアには当たる気がしないからな、遠慮なく振り回せるってもんさ」


 しかもこいつ俺だからって理由で普段より遠慮なく振り回してやがる。


 ホーンラビットの死骸の山があっという間に築かれ、サラサは剣にこびり付いた血と臓物を拭う。

 

 セシリアとシアンはナイフで丁寧に死体から角を切り取っていた。


 ホーンラビットの角は魔法の触媒や装備の材料として重宝されている。

 軽くて丈夫でさらにしなやかさも兼ね揃えた角はそれなりの値段で取引されていて、これだけの数ならば十分な収入になるだろう。


「補助術師なんて嘘なんだろ?」

「本当のことよ」

「実は格闘家なんだろ?」

「違うと言っているでしょう?」

「どこの世界に素手でホーンラビットを殴殺する補助術師がいるんだよ!?」

「今まさに貴女の目の前にいるわよ。良かったわね」


 サラサはもう信じていないが本当に補助術師なのだから仕方がない。

 多分本気で補助魔法重ね掛けすればシアンが素手でサラサに一騎打ちで勝ちかねないくらいに補助術師だが信じてもらえない。


 大体こんな基礎ステータスのゴリ押し、本物の近接格闘系役職相手にしたら相手にならないだろう。

 

 ならないよな?


 流石にならないと信じたい。

 この大陸のレベルだと下手したらステータス差だけで勝ってもおかしくない。


 もう面倒だから格闘家と名乗っていこうか。


「サラサ、リリアさんが格闘家か補助術師かなんて些細なことだよ。心強い味方であることに変わりはないんだから」

「それもそうだな」


 ふとスカートの端を引っ張られる感覚。

 視線を向けるとホーンラビットの角を持ったシアンがいた。


「綺麗に取れたのです……っ!!」


 こちらに角を見せるように一生懸命背伸びしている。

 褒めてと言葉には出さないものの、体全身で褒めてほしい撫でてほしいと言外に訴えていた。


「シアン、偉いわね。とても綺麗に取れているわ」


 撫でてあげる。

 心地良さそうにシアンは目を閉じて身を任せている。

 頭を撫でられることが癖になってきているようだ。

 良い傾向である。

 いずれは俺のなでなでなしでは生きられない体にしてやるつもりだ。

 その頃には恐らく俺自身もシアンなしでは生きていけない体になっていることだろう。 




 道中のモンスターを倒しつつ時々サラサの殺人的な攻撃を回避しつつ、俺達双翼のメンバーはその花畑に到着した。


 木々に覆われた森の中に突如現れた広い空間。

 岩肌に囲まれた窪みのような場所に隠れるようにひっそりとその花畑は存在していた。

 花畑を囲む岩肌からは所々樹の根っこが飛び出しており、また湧き水も溢れている。

 ヒトミ草特有の甘い香り漂うその空間は確かにこの場所を教えられていなければ見つけるのは容易ではないだろう。


「フウロはよくこの場所を見つけたわね。大したものだわ」

「手分けしてアニスさんの手掛かりを探しましょう」

「あたしはこっちを見てくる」

「それならシアンは反対側に行くのです」


 全員で散開して花畑を調べ始める。

 

 アニス本人がいなくても、今彼女がどこにいるのか。そのヒントになる情報はあるかもしれない。


 目を皿のようにして隅々まで探索する。


「いないのです」


 シアン、アニスは虫じゃないから石の下にはいない。


「いないなぁ」


 サラサ、アニスは小動物じゃないから穴の中にはいない。

 というかそれ何かの巣だろ。


「リリアさん、これ。どう思います?」


 そう言いながらセシリアが見せてきたのは布の切れ端だった。

 

「これ、どこに?」

「こっちです。ついてきてください」


 案内された場所は花畑の端、湧水の近くだった。


「ここに落ちていました」 


 周囲を見渡す。

 鋭利な樹の根や枝は見当たらない。


 あるのは荒い岩肌とその亀裂から流れ出る湧水。

 そして足元にはヒトミ草。

 

 服を引っ掛けて破けるような場所ではない。


「その布切れは多分衣服の切れ端」

「私もそう思います」

「どこかに引っ掛けてとは場所的に考え難い」

「はい。それにこの切れ方は……」

「ええ、そうね。断面が鋭利過ぎる。何か鋭いもので切らないとこうはならないわ」


 考えられる要因はふたつ。


 ひとつは湧水を飲んでいるところをモンスターに襲われた。

 ふたつめは湧水を飲んでいるところを何者かに襲われた。


 モンスターに襲われて間一髪回避し、服だけ切れた。

 可能性はあるが少し苦しい。何故ならば争った跡も血痕も残っていないからだ。

 

 だとすれば最も現実的なのは。


「セシリア、一応確認するけど。吸血鬼と人間のハーフって売れば儲けになるかしら?」

「嫌な話ですけど、……なると思います。倒錯した趣味を持った貴族なんかには人気が高いと思われます」


 これは間違いないだろう。


 アニスは人攫いに捕まったのだ。


「セシリア、二人を呼び戻して」

「分かりました」


 シアンとサラサが戻ってきてからもう一度説明する。


「そんな……、酷いです……」

「もうアニスは見つからないってことか!?」


 シアンは顔を真っ青にして怯えていて、サラサは対照的に顔を真っ赤にして憤っている。

 

「攫われたのがここだとしても、恐らく人攫いはもう既に遠くに連れ去っています。見つけるのは並大抵のことでは……」


 セシリアの言う通りだ。

 ただ俺はそれで終わりになんてしたくない。


「貴女の娘さんはヒトミ草の花畑で人攫いに攫われてもう戻ってきません。そう報告したらクエストは達成よ。調査はしたもの、でも私はそれで終わりにするのは好きじゃないのよね」


 そう、こんな終わり許してなるものか。


「手が、あるのですか?」


 辿れる糸は薄いがまだ繋がっている。

 諦めるには早過ぎる。


「人攫いが奴隷商に売るか直接自分で売るかは分からないけれど、売るからにはなるべく高く売りたい筈よ。なるべく人が集まってお金が動く場所でオークションを開くのが理想ね」


 ここまで言ってセシリアは気付いたようだ。

 残念ながら他の二人は気付いていないようなので続ける。


「人攫いがどこにいるのか、アニスがどこにいるのかはもう知りようがないわ。でも、どこでオークションを開くかなら候補はある。……貿易都市ミラン。この辺りで一番高く値がつくとしたらそこしかない」


 これはクエストの範囲外だ。

 ここまでやると冒険者ギルドは求めていないし、報酬的にも依頼人だって払えないだろう。

 つまりここから先はタダ働きになる。


「冒険者として、ここまで集めた情報を報告して報酬を貰うのは間違ってない。むしろ正しい判断よ。だからここから先は付き合わなくても構わない」

「何を言っているんですか、双翼は四人のパーティですよ? 少なくともお二人がこの街を出るまでは」

「あたしはリリアのことがどんどん好きになってきたぞ。そうだよな!? こんな中途半端なところで終わらないよな!?」

「シアンはどこまででもご主人様についていくのですよ」


 決まり、だな。




 険しいと言われた道のりも双翼からすればそう大したものではなかった。

 花畑から村まであっという間に辿り着き。

 依頼人のところまでやってくる。


「そんな……、娘が、アニスが攫われただなんて……」


 膝から崩れ落ちるように、魂の抜けた虚な瞳でそう搾り出すように呟いた。

 その体を支えてなるべく優しい口調を意識して語りかける。


「安心して。……とまでは言わない。けれど全力を尽くして娘さんを連れ戻す。だから私達に任せてくれないかしら?」

「え? それはどういう……?」

「アニスさんは恐らく貿易都市ミランでオークションにかけられます」

「それならミランに行けばどうにかなるって訳だ」


 そんな簡単な話ではないが、概ね間違ってはいない。


「でもそんなお金なんてもう私には、」


 吐き出す言葉を止めて。

 彼女は覚悟を決めた強い瞳でこちらを見た。


「いいえ、この体を売ってでも、何をしてでもどんな手段を使ってでも必ずお礼はします。お願いします。娘を助けてください」


 娘を一心に思い。ただ無事でいてと願い。心の奥底からもう一度この腕の中で抱きしめたいと望む。


 その姿はあまりにも美しくて輝かしい母親だった。


「あら、報酬ならたった今貰ったわよね?」

「はい。報酬を貰ったからには全力を尽くします」

「リリアは本当にいいことを言うな。女じゃなかったら惚れていたぞ」

「素敵なお母さんだと思います」


 何を言われているのか分からず呆然とする彼女に分かりやすく言葉にした。


「娘を想う貴女の姿が何よりの報酬よ、あとは任せなさい。貴女はアニスの帰る場所をしっかり守ってなさい」


 感極まって流れた彼女の涙はどんな宝石よりも美しかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誘拐した娘だと盗品を扱うような闇オークションにしか売れないですね。
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