最初のクエスト
依頼内容が重い。
それが素直な感想だった。
このクエストを紹介した受付嬢を恨むぞ。
確かに捜索場所の山近辺には危険なモンスターは生息していない。
危険度で言えば高くはないだろう。
新たに結成した双翼の肩慣らしとしては悪くないクエストだ。
冒険者ギルドとしても重要度は高くないが、心情的には早く力になってあげたいクエストだろう。
家を出たまま帰ってこない行方不明の娘を探す。
それが新生双翼の最初のクエストだった。
ここは冒険者ギルドで受付嬢に指定された待ち合わせ場所で、街の中心にある噴水広場より少し離れた位置にある井戸が目印だった。
井戸の隣で依頼者は今地面に頭を擦り付けるように土下座している。
「頭を上げてください! そんなことをしたら額が割れてしまいますよ!?」
セシリアが慌てて彼女に声をかけ、無理やり体を起こすように彼女を支える。
「私などどうなっても構いません! 娘、娘をっ!!」
「私達双翼が微力を尽くします! だからどうか落ち着いてください!!」
あーもう綺麗な顔が台無しだよ。
額からは少し血が流れてるし、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだし、砂埃で頬も汚れてるしで。
「あたしらに任せてくれよ」
サラサは根拠もなく自信に溢れているようだが、行方不明者の捜索なんて簡単なものじゃない。
ただでさえ難しいクエストなのに双翼には調査探索に向いている役職者が存在していないのだ。
脳筋剣士サラサ。回復術師セシリア。補助術師の俺。テイマー予定のシアン。戦闘ですら後衛多過ぎてバランスが悪いのに斥候がいないのである。
「ご主人様が絶対に見つけ出してくれるのですよ!!」
シアンが絶対とか言ってるし。
その信頼は嬉しいけどね。
この娘俺を絶対視しているというか、過剰になんでも出来ると勘違いしている節がある気がする。
シアンちゃん。違うからね。
俺にも出来ないことはあるんだよ?
むしろ出来ないことの方が多いくらい。
ただリリアロールプレイ中のこの厄介な口は勝手に動く。
俺の思惑とは裏腹に。
「私に任せなさい。貴女の娘さんは必ず見つけ出して見せるわ」
自信満々にその発達前の小さな胸を張って宣言するのだ。
それが俺の思い描くリリアというキャラなのだから。
時間を置いて落ち着いた依頼者を連れて冒険者ギルドの酒場に連れて行く。
お水を飲んで少しは冷静になったのか、手拭いで顔を拭いてさっぱりしたその姿は年齢相応に老いてはいたものの、やはり整った綺麗な顔立ちをしていた。
若かった頃は相当の美人だったのだろう。
それこそ村一番と評される程に。
これならば娘も可愛いに違いない。
少しだけやる気が加算された。
「娘さんのこと、出来れば細かく教えてもらえますか?」
「はい。……名前はアニスと言います。歳は12で、見た目はその子と同じぐらいの年頃です」
その子と言った視線の先にはシアンがいた。
なるほど見た目はシアンくらいの年頃なのか。
分かりやすくて助かる。
「家を出た日は淡い青色のワンピースを着ていました」
服装は清楚系だ。
さらにやる気が加算される。
「それと……」
非常に言葉にするのを躊躇う様子でこちらを窺っている。
その視線はシアンと俺を往復しているように見えた。
悩みに悩んだ末、背に腹は変えられないと彼女は口を開いた。
「む――は、――――つ―――と――――――く―――――なんです」
あまりにも声が小さくて聴き取れなかった。
俺達は耳を近付けてもう一度言うように促す。
囁き声だが今度ははっきりと聴き取れた。
「娘は、吸血鬼と人族のハーフなのです」
なるほど。
だから俺とシアンを見ていたのか。
エルフとシルバーテイルがいる人族のパーティなら打ち明けても問題ないだろうと判断した訳だ。
それでも背に腹は変えられないという断腸の思いだったのだろう。
額からは大量の汗。そして怯えるような瞳がこちらを不安そうに覗き込んでいる。
「安心してください。言いふらしたりはしませんし、偏見もありません」
「あたしとセシリアは孤児だ。人の生まれにケチ付けられる程立派な生まれはしてないぜ」
孤児だったのか、初耳だ。
納得。仲が良い筈だ。
腐れ縁と言っていたがその実家族みたいなものなのだろう。
「ハーフエルフがエルフの里で忌み嫌われていたのはもう何百年も昔の話よ、エルフの寿命でさえも少し昔に感じるくらい前。人族と交わった種族に対する偏見なんて持ってたら里で恥ずかしくて外を歩けないくらいよ?」
少なくともゲームのエルフの里はそうだった。
僅かな数しかいない偏見を持った年老いたエルフは比較的若いエルフから老害と蔑まされていたからよく覚えている。
大陸によっては人族と他族の混血は忌み嫌われているという知識はとりあえず一旦置いておいた。
少なくともこの大陸は違うし、言わない方が良いことはあるのだ。
「えっと、そもそもシルバーテイルは純粋な種ではないと長老から聞いているのです……」
そういえばそんな設定あったな。
シルバーテイルは妖狐族と妖精族のハーフから一定確率で生まれる突然変異で、基本的にシルバーテイルとシルバーテイルという希少と希少を掛け合わせた奇跡の夫婦からでも生まれてくるのは高確率で妖狐族と妖精族のハーフなのだ。
シルバーテイルの里がゲームにはあったが、実際は妖狐と妖精のハーフが殆どで里の僅か小数がシルバーテイルだったと記憶している。
それほどの超希少種。
レア中のレア。
「シルバーテイル? ですか?」
というかレア過ぎて普通は知らないか。
シルバーテイル族なんて。
「シルバーテイル族は銀色の体毛を持つ狐の耳と尻尾、妖精の瞳を持つ混血種……って長老は言ってました」
「珍しい? のですね?」
それを言うなら吸血鬼と人族の混血もかなりの希少度な筈だ。
シルバーテイルとは違い、特別な能力がある訳ではないが、それでもゲーム内では全然登場しない種族だった。
理由は簡単だ。
設定上吸血鬼は人間を餌としか見ていないからだ。
当然餌として見られている人間も吸血鬼側をよく思っていない。
モンスターと似たような扱いだった筈だ。
餌と子作りなんて吸血鬼からしたら恥も良いところ。
最悪仲間内で処刑される危険性さえもある。
だから吸血鬼と人族のハーフは珍しいのだ。
「アニスさんはその日どこに出掛けたのか分かりますか?」
「いえ、その活発だった子なので、よく出掛けはするのですが。どこに行ってたかまでは……。必ず日が暮れる前に帰ってくるので私も気にしていなくて……」
申し訳ない。そんな気持ちで溢れたのか、後悔で頭がいっぱいなのか。彼女の言葉尻は徐々に力を失っていった。
「大丈夫ですよ。貴女のせいではありません。責めてもいませんよ。ただ、アニスさんを助ける為に知りたいんです。少しでも、どんな些細なことでも」
セシリアの穏やかな雰囲気は人の緊張を解く力があると思う。
得難い才能だ。
「薬草の匂い……」
ぽつりと。
何かを思い出したかのように彼女は呟いた。
「そういえばそうだわ。そうよ、思い出した!! アニスがいなくなる前の日、あの子薬草の匂いがしたの!! それも珍しい匂い、甘くてまるで蜜のような香り……」
ミストン近郊。山奥。森。薬草。甘い香り。
もうそれだけで特定出来る。
そんな薬草はこのゲームにひとつしかない。
ブラックベアの爪を煎じ、その薬草とパラライズスネークの肝を煮込むことで完成する回復薬がある。
その薬草の名は。
「ヒトミ草ね」
「そうです! その通りです!!」
ヒトミ草の花を擦り潰すだけで古来から目薬として使われていた。
だからヒトミ草。
しかしその真価はブラックベアとパラライズスネークと調合することで発揮する。
ゲームの序盤でお世話になり、購入すればコストが掛かるので節約の為に誰もが回復薬を調合した。
俺もその一人だ。
だから覚えている。
「貴女の村の近くでヒトミ草の生えている場所に心当たりは?」
「ありません! あったら村人で摘んでいます!!」
「どういうことだ? アニスはヒトミ草の匂いがしたんだろ?」
首を傾げるサラサの疑問にセシリアが即答する。
「ハーフであることを隠していたアニスさんは活発な性格。一人で遊ぶ為に森で沢山散策していた筈!!」
俺が続きを紡ぐ。
「なら見つけていてもおかしくないわね。ヒトミ草の花畑を」
「そこにいるかもしれないです!?」
「本人がいなくても、何かしらの痕跡は見つかるかもしれないわ」
「でもよ、村人ですら知らないヒトミ草の場所を探し当てるのは大変だぜ? 甘い匂いだけを頼りに森を歩き回るつもりか?」
いいやそんなことはしなくて良い筈だ。
心当たりがある。
自らの指を犠牲にしてでもブラックベアに挑む男だ。
当然ヒトミ草だって探し出した筈である。
こんな序盤も序盤の街ではヒトミ草なんて店に並ばない。
手に入れた筈だ。
自らの力で。
回復薬が完成して元気になった娘を見せてもらう約束もある。
「ヒトミ草の場所を知っている人に心当たりがあるの」
「本当ですか!?」
依頼人に力強く頷きを返し、双翼のメンバーに告げる。
「この街にいるフウロという男に会いに行くわ」
そしてシアンにはこれも追加で言っておく。
「彼の娘さんに会いに行かなくては、ね?」
こうして依頼人と別れた双翼はフウロの家へと向かった。
 




