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実技試験

 どこまで実力を見せるのか。


 それを悩んでいた。


 本気で挑めば規格外な結果は残せるだろう。

 え、私またなんかやっちゃいました? ってお約束も簡単に出来る。

 それに憧れがないと言えば嘘になる。

 

 しかし実際にその場に立たされると色々と考えてしまう。

 実力を晒すことによるリスク。面倒なことに繋がる可能性。目立つ事は必ずしも良い結果に繋がる訳ではない。

 リリアの中身はアラサーの俺だ。

 石橋を叩き、冒険はしない。安定と平凡を愛する小市民だ。

 

 冒険しない人間が冒険者になるのは矛盾しているが、エリアをしっかりと選べば俺にとって冒険者という職業は安全安心の職業となる。


 無闇矢鱈に実力を晒すのは不利益の方が多いと判断した。


 すると今度はどの程度までなら実力を見せて良いのか。

 その問題になる。


「こちらが試験会場になります」


 受付嬢に案内された場所は冒険者ギルドの建物の裏にある広場だった。

 広場と言っても高い塀で覆われ、的や人形が置かれた訓練用に作られた場所で筋トレに使えそうな器具も見受けられる。

 

「随分と立派な設備ね」

「人は財産ですから。冒険者の実力が上がればその生存率も上がってそれは最終的に冒険者ギルドの収益にも繋がります」


 冒険者ギルドの投資としては理にかなっているという訳だ。

 

 広場の真ん中で足を止めた受付嬢はこちらを眺める。


 俺を見て、次に不安そうにそわそわするシアンを見て、そしてその後で少し距離を空けてこちらを傍観しているセシリアとサラサを見る。

 全員の意識が集まったのを確認してから口を開いた。


「今回の実技試験について簡単に説明させていただきます」


 まるで先生みたいだななんて場違いな感想を抱く。


「実技試験で見定めるのは生存能力です。冒険者には大きく分けて3種類のクエストが仕事として存在しています。ひとつ目は採取クエスト。ふたつ目は調査クエスト。そして最後に討伐クエストです。そのどれもが戦闘力ないし生存能力が大きく関わっています。生存力とは冒険者にとって基礎であると同時に最も大事な技能なのです」


 うんうんと頷いて続きを促す。

 隣でパンクしそうな頭でなんとか必死についていこうとしているシアンが可愛い。


「いくつかの例外こそありますが、生存能力のない冒険者は役に立ちません。そこで今から生存能力を確かめる試験を行い、その結果によって冒険者の初期ランクを定めたいと思います」


 話半分で横目でシアンを見てしまう。

 彼女が可愛すぎるのが悪い。


「ちなみに冒険者ランクの説明は必要ですか?」

「お願い出来る?」


 俺は勿論理解しているが、ゲームと違う可能性もある為一応聞いておきたい。

 それにシアンは聞いていた方が良いだろう。

 既に一杯一杯な雰囲気もあるが。


「冒険者はSS級からG級の9段階に定められており、上からアダマンタイト、オリハルコン、ミスリル、ダイヤモンド、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアンの鉱石で名付けられています。SS級と呼んでもアダマンタイトと呼んでも意味は同じで通じます。クエストでは基本的にSSからGで表記されることが多いですね」


 遂にシアンに限界が来たのか頭から湯気が出始めた。


「初期では最高でもゴールドつまりD級からのスタートとなります。これはギルドの規約で決まっていることなので例外はありません」


 試験でどれだけぶっ壊れた結果を出してもゴールド止まりらしい。これは良いことを聞いた。


「質問いいかしら?」

「構いません。どうぞ」

「この大陸にいる冒険者の最高ランクは?」

「ダイヤモンドです」

「貴女が知る最高ランクは?」

「現存する方だとミスリルランクですね。他の大陸の方だそうですが、私が知らないだけであるいはもっと高いランクの方がいる可能性もあります。記録だけで良いなら他の大陸からやってきた方でオリハルコンランクが一人だけ。正直信じられない眉唾物ですが……」

「ありがとう」


 ちなみに俺のメイン垢はアダマンタイトだった。

 ただ複数あるアカウントはどれもカンストレベルのステータスでそれなりにやり込んでもいたが、冒険者ギルドのランクがアダマンタイトまで上がったのはメインアカウントのみだ。

 それほど狭き門だった。

 ゲームであってもそこに至るのは並大抵のことではなかったのである。


「ちなみにセシリアとサラサのランクはどの程度なのかしら?」

「あたしはゴールドだ。ただ、ゴールドと言っても上がりたてでシルバーとそんなに変わらんと思う」

「私はシルバーです。適正だと思っています」

「そんなことあるかよ、セシリアの回復力はシルバーの域を超えてると思うけどなぁ」


 ブラックベアを命懸けでなんとか撃退出来る実力でゴールドは盛り過ぎな気がするが、そこはゲームと現実の違いなのかもしれない。

 ゴールドと言えばゲームでは次の大陸を目指しても良い頃で、実力的には脱初心者。ブラックベアなんて余裕で狩れないと恥ずかしいくらいの筈だ。


「試験内容の説明に入りますが大丈夫でしょうか?」


 俺は大丈夫だがシアンが全然大丈夫じゃない。

 そろそろ限界が来ている。

 仕方がないか。

 俺はシアンの両頬に手を添えて、ぐいっとこちらに顔を向けさせて無理やり目を合わせた。


「一度頭を空っぽにして今までの説明を忘れなさい」

「ふえ!? で、でも……」

「私の言うことが聞けない?」

「忘れたのです!!」

「よろしい。ではあとは今から説明される試験を精一杯頑張りなさい。分からないことがあったら私に聞くこと、全部教えてあげるから。分かった?」

 

 ぶんぶんと風切り音が聞こえそうな程の勢いで首を縦に振る。

 これで大丈夫だろう。


「続きをお願い」


「それでは実技試験の説明を行います。と言っても内容自体は簡単です、この広場のどこかにコカトリスのエンブレムが複数隠されています。それを破壊してください。制限時間はこの砂時計が落ちきるまで」


 そう言って受付嬢は砂時計を取り出してこちらに見せる。


「時間内に見つけられなければアイアン。見つけられればブロンズ。見つけて破壊まで出来ればシルバー。複数見つけて複数破壊出来ればゴールドです。他の人が見つけたエンブレムを見つけても無効となりますのでご注意ください」


 説明が終わると問答無用で砂時計がひっくり返される。


「それでは試験開始です」


 その言葉と一緒に受付嬢は砂時計を地面に置いた。




 面白いな。それが感想だった。


 別に急に始まってあわあわしているシアンを見て思った訳ではない。試験内容が面白いと感じたのだ。


 いや、あわあわしてるシアンはめちゃくちゃ可愛いんだけども。


「こ、コカトリスってなんですか!?」


 なるほどそこからか。


 確かにこの大陸にはいないモンスターだ。

 

 コカトリスは違う大陸で遭遇する結構厄介なモンスターで、ブラックベアで苦戦してるようなレベルだと多分コカトリス一体でこの街は簡単に滅ぶ。総力戦でも歯が立たないだろう。


「コカトリスは頭が鶏で尾が蛇のモンスターよ」

「それを探すのですか!?」

「そうね。とりあえずしらみつぶしに探すしかなさそうね」


 コカトリスを知っているか。そこでまずふるいにかけられている。

 冒険者としての教養を試しているのだ。

 

「これなのです!?」


 シアンが勢いよく見つけてきたエンブレムを見せてくる。

 とんでもなく行動が早い。


 ただし。


「違うわね。頭が鶏じゃない。トサカがないし、クチバシのカタチ的に多分カラスね、それ」

「違うのですか? また探します!!」


 やはり偽物のエンブレムが隠されているらしい。


 コカトリスを知らなければ偽物に惑わされて時間がなくなるだろう。


 そして体力も必要だ。

 限られた時間でエンブレムを探し続けるにはこの広い空間を駆け回り続けなければならない。

 それはかなりの運動量になる。


 そして恐らくは見つけても破壊するのは本来至難なのだろう。


「これですか!?」

「尻尾が鱗じゃなくて羽毛のようね。流石になんの尻尾かは分からないけれど、コカトリスではないことは確かよ」

「違うのですかーっ!!」


 また駆け出していく。

 元気なものである。


「リリアは探さなくていいのか?」


 遠くからサラサが指摘している通り、開始から俺は一歩も動いてはいない。

 動き回るシアンが持ってくるエンブレムを見ては間違っていると教えるだけだ。

 ただそれでいい。

 狙っているのはシルバーなのだ。

 だったら時間はそんなに必要ない。


 砂時計が残り半分となった頃。


「見つけたーっ!!」


 シアンの一際大きい声に目を向けると、成程確かに彼女の手にはコカトリスを模ったエンブレムがある。

 

「これで間違いないですよね!?」

「ええ、それがコカトリスよ」


 尻尾が千切れそうなくらいブンブンと振り回してはしゃぎ喜ぶシアンを見れただけでもこの試験に参加した価値があった。

 ただ、問題がある。


「これを壊せば良いのですか?」

「そうなのだけれど……」

「えいっ!!」


 シアンは地面に叩きつけた。

 可愛い掛け声とは裏腹に中々に容赦ない威力で地面にぶつかっているエンブレムはされども無傷。


「あれ?」

「……このエンブレム、耐衝撃諸々の付与魔法が掛けられているのよね」


 確信を持って言えた。

 このエンブレムをシアンが破壊する方法は現状ない。


「受付嬢さん。これを私が破壊したらどうなるの?」

「破壊した実績は無効です。ただ見つけた実績は残るので、シアンさんはブロンズ。リリアさんはアイアンと評価されます」

「私が手伝ってシアンが破壊しても結果は同じ?」

「同じですね。受験者二人以上による争いの余波で壊れた場合も無効とさせてもらっていますから」

「なるほどね」


 これは困った。

 シアンをシルバーにする方法がない。


 別にブロンズスタートでも構わないのだが、折角なのでシルバーでスタートしたいところだ。

 となると普通ではない方法を使わなければならない。


「助言しても無効になるかしら?」

「……難しいですね。あやしいところですが、許しましょう」


 助言は許された。

 許されたものの、未だシアンがエンブレムを破壊する方法は思い浮かばない。


 ただない、とも思えないのだ。


 この試験は本当に良く出来ている。

 コカトリスの姿を知っているという冒険者としての知識。隠されたエンブレムを見つけ出し、偽物と本物を見分ける観察力。この広い空間を探し回る体力。そして頑丈なエンブレムを破壊出来る攻撃力。


 成程確かに冒険者として必要な生存能力を問われている。


 しかし、攻撃力だけは違和感があるのだ。

 

 冒険者のクエストはモンスターの討伐だけではない。

 採取や調査もある。それは戦闘力が必要になる場合も勿論あるが、攻撃力がなくても十分活躍は出来る。


 そう、この試験は攻撃手段を持たない役職に不利なのだ。


 確かにソロで活動出来るかは大きな要素になるだろう。

 しかしこのよく出来た試験を考えるような人物がそのような格差を作るだろうか?

 平等である筈だ。


 だからこそ、攻略の道筋は残っていると考える。


 砂時計に意識を向ける。

 

 残り時間は少ない。


 問われているのは恐らく知恵だ。

 エンブレムを破壊し得る攻撃力に変わるだけの知恵。隠された意図としてこの試験はそれも問われている。


 攻撃手段を持たない役職に高い火力を求める場合、このゲームにそれを満たす手段は多くない。


 それも初期エリアで手に入る。に、限定すればそれはもうひとつしかない。


「シアン、巻物を探しなさい。どこかに隠されている筈よ」


 巻物。スクロール。それは魔法適正を持たない者でも魔法を行使出来る消費アイテム。

 魔法が込められた紙を丸めたそれは込められた魔法次第では高い火力を持つ。


「はい!!」


 シアンは駆け回る。

 獣人ならではの無尽蔵の体力は休むことを知らず、広場を駆け回り続ける。

 あとは時間との勝負だ。


 砂時計に残された時間はもう僅かだ。


「これなのですか!?」


 シアンが地面を掘り起こして見つけたようだ。

 その手には間違いなく巻物がある。

 これがエンブレムを壊し得る威力を持った魔法かは分からない。しかしここで威力の足りない魔法を混ぜる程性格が悪い試験ではないと祈るしかない。


「シアン、急いで巻物を開いて魔法陣をエンブレムに向けて書いてある魔法名を叫びなさい」


 シアンはエンブレムを宙に投げると手早く巻物を開き、魔法陣を目標に向かって突き出してその魔法名を叫ぶ。


「アイシクルランス!!」


 それと同時、俺は広場にある人形の一体目掛けて魔法を放った。


「アイシクルピアス」


 そんな俺を見て受付嬢は目を見開いた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 街の中央付近にある冒険者ギルドの裏にある広場で、戦車の主砲並みの威力の魔法なんか使ったら大惨事になりませんかね? 人形と広場の周囲の塀が砲撃に耐えるほど頑丈なのかな? >そんな俺を見…
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