リリアキレる
本当に運が良かったのだと思います。
サラサは死にかけでした。私も回復魔法の使い過ぎで余力なんて殆ど残っていなく、虫の息でした。
その時に一目散に逃げ出した男が連れてきたという偶然近くにいたパーティの援護により、ブラックベアの撃退に成功したのです。
サラサによる必死の抵抗によってもともとやる気が削がれていたのか。ブラックベアにとって新たな敵の増援は撤退を選択する天秤を大きく傾けたようでした。
私とサラサは助かったのです。
まずそのことに安堵しました。
駆けつけてくれた男女混合の四人パーティは過去に私達と共同クエストをしたことがある知り合いでした。
どうやら同じクエストを受注していたらしく、森での野営準備中に争いの声を聞き。それが聞き覚えのあるサラサの声だったことから、近くまで寄ってきていたという話でした。
事情を聞いたパーティは粗相を働いたパーティの生き残りを監視すると約束して、なんとか私はサラサの回復に集中することが出来ました。
魔力も体力も精神力も尽き、気絶するように意識を失ったのと。サラサが峠を越えて穏やかな寝息をするようになったのは殆ど同時のことだったと思います。
日の出とほぼ同時。
私は意識を手放し、目覚めたら。
私の傍でサラサが私を見ていました。
「セシリア、ありがとう」
「……私達、助かったんだよね?」
「ああ、セシリアのおかげだよ」
「違うよ、サラサのおかげ」
「じゃあ二人のおかげだ」
サラサの言葉に私は満面の笑みで答えた。
私達二人の回復を待っていた人達にお礼を述べてから全員でミストンに戻りました。
ギルドには全て包み隠さず報告しました。男が自分に都合の良いように証言しているのを逐一指摘して修正したので骨が折れる作業でした。
官憲に突き出すところまで持っていければ良かったのですが、私を襲ったことに対して男は無関係で知らなかった。仲間が襲ったのは申し訳ないが、関与していない以上責任はないと主張し、ギルドからの降格処分のみで終わってしまいました。
実行犯は既にブラックベアにやられて亡くなっているのが大きかったです。
悔しいですが、あの男をこれ以上罰するのは難しいでしょう。そこには私もサラサも一応渋々ですが納得はします。
ただ、報酬の話は別でした。
助けてくれたパーティと私達共同パーティで半々。これはあっさり決まりました。
残りを男一人と私達二人で折半。そう男は主張したのです。
「冗談じゃない! セシリアに乱暴しておいてブラックベアに出会ったら一目散に逃げる。そんな奴に銅貨の一枚もくれてやるもんか!!」
「乱暴したのは俺じゃねぇ!! 成功報酬は半々。それが最初の決まりだろうが!!」
確かに男の言う通りです。
ただ心情的には納得なんて到底出来ません。
男女でクエストに挑み、仲間を襲うなんて重大な問題を起こしておいてブラックベアとの戦闘では大した活躍もせず逃げ出しておいて報酬は貰うなんて都合の良い話がある訳ないのです。
「ギルドからは降格処分も受けている。仲間の落ち度だ。それは甘んじて受け入れる。だがな、報酬はいただくぞ。これは譲らねぇ!」
不毛な言い争いはどんどんヒートアップしていき、二人の声もそれに伴ってどんどん大きくなります。
気付けばお店の中は騒然としていました。
誰もがこちらを見て興味深そうに、あるいは迷惑そうにしています。
男が怒りに任せて手元のジョッキをサラサに向かって投げつけます。
私が危ない! と叫ぶよりも早く、サラサは軽い身のこなしでそれを躱しました。
サラサに怪我がなかったことに安堵すると同時に、ジョッキが見知らぬ客の机まで飛んでいきその食卓の食事を吹き飛ばしてしまったところも見てしまいました。
ゆらりと、その食卓に座っていた少女が立ち上がります。
その少女はゆっくりとした足取りでこちらに向かって来ており、そして顔を上げた瞬間に私は息を飲みました。
サラサと男の言い合う怒号も。
店の騒然も。
何もかもを置き去りにして呼吸すら忘れて見惚れてしまいました。
なんて美しい少女なんだろう。
宝石のような翠色の瞳。
まるで光を束ねたように輝く金髪。
真っ白な肌とあどけなさと妖艶さが同居した表情。
特徴的な長い耳からエルフ族だと推測出来ます。
エルフ族は人族に比べてとても整った容姿をしているのは知識として知っています。知っていますけど、目の前の彼女はそんなレベルじゃありませんでした。
「おい」
美少女は言います。
けれども頭に血が上った男とサラサには聞こえていないみたいで。
「おい、聞いてるか?」
次の瞬間信じられないことが起こりました。
美少女エルフの姿が霞んだかと思うと。男が一瞬で宙を舞って、次の瞬間には床に頭から突き刺さってました。
もう一度言います。
床に頭から突き刺さってました。
「喧嘩なら外でやれ、殺すぞ」
死ぬかと思いました。
彼女の殺気で。
本当に殺気だけで死ぬかと思いました。
ブラックベアに引き続きお股が暖かくなるところでした。
いや、むしろブラックベアより恐ろしいものが目の前にある気がします。
証拠に店の中の客全員が怯えてきましたし、サラサなんて両手で自分の口を押さえて音一つ立てないように神経を尖らせています。
「店主には迷惑をかけたわね。床はこれで直して欲しい。余った分はここのお客さんにお酒でも振る舞って」
そう言って彼女が金貨を一枚指で弾くと、金貨は弧を描いて綺麗に店主の目の前の机に落ちる。
数秒の沈黙の後。
盛大な拍手が店を騒がせた。
「お嬢ちゃん男前だなぁ!! 串床に落ちただろ? 奢らせてくれ!!」
「えらい別嬪さんじゃないか、どうだいうちの息子の嫁に来ないか?」
「馬鹿言えこんな上玉お前んとこの馬鹿息子には勿体ねぇ」
「凄い身のこなしだったな!?」
「ちっさい体であの巨体を投げ飛ばすとは大したもんだ!」
満更でもない表情で照れ隠しみたいに苦笑した少女は自身の席に戻っていきます。
その背中から目が離せません。
「とんでもないエルフだったな。格上も格上過ぎて挑む気すら起きないぞ」
サラサはそんなことを言っていましたが今の私の頭にはまったく入ってきません。
足が勝手に動き出しました。
衝動のまま焦る心に引っ張られるような足取りで。
私はまっすぐに彼女のいる席へと向かいます。
 




