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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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京2

 信長の喜々とした声は止まらない。

「四十九個目の鬼力の名は『転生』。己の首を斬った人物に魂を憑依させ、身体を乗っ取ることができるのじゃ。光秀が儂の首を斬った瞬間に鬼力『転生』は発動した。つまり、天界僧正の体は明智光秀、魂は織田信長というわけじゃ」


「徳川家を豊臣家を……いや天下をたばかったのか……」

 ――諸悪の根源はこの老人だった。

 勝姫の目に怒りの炎が宿った。


 しかし、意に反して体は動かない。

 掛け布団をはぐことすらできない。

 誰か人を呼ぼうとしたが、襖を越えて届くような大声が出ない。


「これこれ、無理に体を痛めつけるものでない」

 布団の中で必死にもがく勝姫に向かって、信長が優しげに声を掛けた。

「姫の体は、今からこの信長がもらい受けるのじゃからな」


 勝姫の背筋が凍った。


「きんか頭のこの体は老衰が激しくてな、もうすぐ使い物にならなくなる。その前に、若く聡明で丈夫な姫の体を、この爺にくだされ。さすれば、姫の苦痛は即座に取り払われよう。安心いたせ、この信長ならば四十九の鬼なぞ事もなく扱える」


 信長が近景を抜き放つ。

「さあさ、この刀を使ってわしの首を斬ってくだされ。さすれば、わしの魂が姫の身体に乗り移る」


 信長は掛け布団をはぐと、動けない勝姫の手に近景の柄を握らせた。

 しわくちゃの両手が、勝姫の両手をしっかりと押さえつける。

 

 勝姫はその手を払いのけることができない。

 信長は勝姫が手にした近景の刀身を己の首に近づけた。


「だ、誰か……」

「誰も来ぬ。姫を助けてくれる忠臣はみな死んだではないか」


 信長がまたもや舌なめずりをした。

「さあ、かわいい孫娘よ。宿願通りに、その手で魔王の首を討ちなされ」


 信長によって勝姫の両手が導かれる。

 近景の刃が信長の首に触れた。

 その瞬間、勝姫の体の中で何かが弾けた。


「なに奴じゃ?」

 勝姫の体内に生じた僅かな変化に気付いた信長がいぶかしげに眉をひそめ、その手を止めた。

「大事な器に何か異物が混じっておる」


 ――異物などではない。

 勝姫は体の中で、鬼力とは違うお日様のような温かな力が壮大に湧き上がってくる感覚に襲われた。

 

 ――これは十兵衛の力だ。

 薬研藤四郎から鬼力「爪牙そうが」を呑み取る際に一緒に体内に入った十兵衛の血が、勝姫の体の中で四十八の鬼力にあらがって暴れている。

 

 一瞬だけ、十兵衛の血の力によって、勝姫の体内にある四十八の鬼力が弱まった。

 それで十分だった。

 

 勝姫はその瞬間を逃さなかった。

 信長の手を振りほどき、枕元にある薬研藤四郎を手に取り抜刀。

 その刀身を信長の首へ一閃した。

 

 白銀の軌道とともに信長の首が宙を舞う。

 魔王の首は畳の上を転がり、切断面を下にしてぴたりと止まった。

 

 だが、まだ終わらない。

 その首は畳の上でぐるりと独りでに回転すると、姫の方へとその向きを変えた。


 信長の生首が口を開いた。

「口惜しや」

 

 歯をむき出しにした生首が床からはね跳んだ。

 その行く先には、再び四十八の鬼力によって身体と精神を蝕まれ、うずくまっている勝姫の首があった。


 信長の首が宙を飛ぶその最中、新たな人影が部屋に飛び込んできた。

 二代将軍徳川秀忠だった。

 

 秀忠は金色に輝く直刀の切っ先を、宙を飛ぶ信長の生首を突き立てた。

 生首は空中で串刺しにされて動きを止める。

 そして、剣に触れた部分から煙が上げながら、信長の首はどろどろと溶けるように蒸発していった。

 

 床に転がる信長の身体も一緒に溶け、消えていく。

「こ、この剣は……」

 溶け、蒸発しながらも信長が声を震わした。

 

 剣を手にする秀忠が答える。

「ソハヤノツルギ。初代征夷大将軍の坂上田村麻呂が佩刀はいとうした魔を滅する聖剣じゃ。この日の為に、貴様の野望を打ち崩して天下太平を成すために鍛え直し、神仏の聖なる力を溜め込んできた」


「おのれ……またしても刀ごときに……」

 ソハヤノツルギの輝きが増すとともに、信長の首がどんどんと溶けていく。


「我の……父上の野望が……」

 断末魔を上げることもなく第六天魔王織田信長の最後の肉塊が消え失せた。


「勝はお前の孫ではない、わしの大事な娘じゃ」

 秀忠はきっぱりと言い切ると、勝姫の方へと向き直った。

「勝よ。お前の体に巣くう四十八の鬼力をこのソハヤノツルギに封じる」

 秀忠は横たわる勝姫にソハヤノツルギを握らせ、その胸に抱くようにさせた。


 途端、ソハヤノツルギが日の光を思わせるほどに強く輝き出した。

 光はその範囲を広げていき、ついには勝姫の体全体が白い光りに包まれた。

 

 勝姫はその光りの中で、体内に宿していた四十八の鬼力がソハヤノツルギに吸い込まれていくのを感じた。

 同時に、身体の重圧と魂の高ぶりが消え去った。

 

 勝姫はソハヤノツルギを手にむっくりと起き上がった。

 これまでの不調がまったく嘘のように身体が軽い。


「体が元通りに……」

 勝姫はぽかんと口を半開きにし、父親を見つめた。


「勝。良かったのお」

 目に涙を浮かべた秀忠が勝姫をギュウと抱きしめた。

「もっと早くこうしてやれば、お主の苦しみから解放できたのに。天海が正体を現すまで、それができなんだ。この父を許してくれ」

 秀忠がわんわんと泣きながら勝姫を抱いた。


「父上……」

「な、何じゃ、何処か痛いところがあるのか?」

「キモイ」

 秀忠の顔が一瞬で沈んだ。


 そんな秀忠に向かって勝姫はにこりとほほ笑んだ。

「でも、かっこ良かったです」

「勝!」

 秀忠はまたしても勝姫を力強く抱きしめると、幼子にそうするように両腕で勝姫を高く高く持ち上げた。

 

 この時、大御所徳川家康が悠然と勝姫の寝室に入ってきた。

 その家康の前では、勝姫が「もう下ろしてくだされ」「下ろせ!」と叫びながら父親の顔を足蹴にしていた。

 それでも、秀忠はなおも嬉しそうに勝姫を高い高いし続けている。


「まったくもって乱世には生きられぬ男じゃな」

 家康はため息をついて世間で凡庸と評される三男を見た。


「しかし、これからの泰平の世には、あ奴のような君主が必要じゃ」

 家康はそうつぶやくと、勝姫が床に落としたソハヤノツルギを拾い上げた。

 四十八の鬼力を封印したその剣は、先ほどまでの黄金の輝きを失っていた。

 しかし、それこそが魔力を封じた証拠だった。


「この力は天下騒乱の元じゃ。二度と世に出してはならぬ」

 家康はこの刀を江戸の鬼門の地にて永遠に封じ、転じて江戸の守護とすることを決めた。


「その地を日光と名付けよう」

 家康は刀を両手で掲げ、頭をたれた。

「天下万民にあまねく平和な光が届くように」


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