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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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大坂13

 蒼い矢に射抜かれた十兵衛の体は動かない。

 第六天魔王の血肉を継がない常人が強力な魔王の魂に触れるとどうなるのか、勝姫にはその結末が分かっていた。

 

 だから、勝姫は早く十兵衛の近くに行きたかった。

 勝姫はようやく十兵衛の元にたどり着くと、その上半身を抱え起こした。

 十兵衛の胸にはまだ薬研藤四郎が突き刺さっており、全身から雷に打たれた樹木のようなに煙が立ち上がっている。


「十兵衛!」

「……お怪我はありませんか……」

 十兵衛が微かに声を上げた。


「ない! わらわは無事じゃ」

 勝姫は必死に十兵衛を抱き寄せた。


「死ぬな十兵衛。死んではならぬ!」

 勝姫の眼から涙がどんどんと溢れ出てくる。


「……お願いがございます……」

 十兵衛がわずかに口の端を上げた。


「なんじゃ?」

「笑ってくだされ」

 十兵衛はゆっくりと右手を上げた。

 そして、勝姫の頭にその手の平を乗せた。

 十兵衛の手はゆっくりと上下に動き、勝姫の小さな頭をポンポンとした。


 勝姫は笑った。

 あふれ出る涙もそのままに、顔をくしゃくしゃにして笑った。

「もう泣かない。もう大丈夫じゃ」


 勝姫は十兵衛を見つめた。

「わらわは十兵衛が好きじゃ」

「拙者も大好きでござる」

 十兵衛はにっこりとほほ笑みを返したまま息を止めた。


 直後、十兵衛の亡骸は勝姫の腕の中で砕け散った。

 その破片は水晶の粉のようにきらめきながら宙を舞い、消えていった。


 勝姫の腕には薬研藤四郎のみが残された。

 勝姫は、その切っ先に十兵衛の血のりが残されているに気付いた。

 

 震える舌でその血をすくい、ゴクリと呑み取る。

 温かいお日様のような味が全身を包んでいく。

 勝姫の体内に四十八番目の鬼力「爪牙そうが」が取り込まれた。


 全ての鬼力がそろった重圧感にあらがいながら、勝姫は最後の力を振り絞って起き上がる。

 炎をかき分けて進み、薬研藤四郎の切っ先を淀君に向けた。


「く、来るな、来るでない」

 淀君の顔が今日、初めて恐怖で引きつった。

 その顔は、幼き頃より自分を拒絶している母の江にあまりにもそっくりで、勝姫はもう自分が泣いているのか、怒っているのか分からなくなった。


 ただ、己がなすべき事は分かっていた。

 勝姫は無言のままに、薬研藤四郎を淀君の心の臓を目がけて突き出した。

 しかし、その刃は、秀頼が振り下ろした小刀によっていとも簡単に弾かれてしまう。

 

 体内に宿した四十八の鬼力に生気を吸い取られている勝姫には、生まれて初めて真剣を振るった男の小刀さえも跳ね返す力がなかった。


「よくやった! さすがは我が子じゃ。さあ、化け物を殺すのじゃ」

 淀君が喜々として叫んだ。


「はい」

 秀頼は小さく頷くと、手にした小刀の切っ先がゆっくりと勝姫に向けた。


 勝姫は刀を構え直すことができない。立っているだけで精一杯だった。

 ――十兵衛、助九郎、すまない。

 勝姫は己を目がけて動き出した小刀をただ見ていることしかできなかった。


 しかし、その刃の軌道は勝姫の胸の前で急に反転した。

 秀頼がその刃をめり込ませたのは己の母の胸だった。


「……な……ぜ……」

「母上、もう十分です。さあ、父上の元へ逝きましょう。私もすぐに後を追います」


「は、母は、そ……そなたの、ために……」

 胸と口から真っ赤な血を吐き出しながら、淀君は秀頼に力なくもたれかかった。


 秀頼はその母の身をしっかりと受け止め、抱きかかえた。

「分かっています。だが、もうよいのです。天下人の母と子ではなく、ただの人の母と子に戻ってよいのです」


「……そうか……もう少し早く……」

 淀君は愛おしそうに秀頼の頬を撫でると、激しく吐血した。


 しっかりと抱き合った親子の周囲に炎が迫る。

 秀頼は炎で朱に染まった顔を勝姫に向けた。

「母が天下にこだわったのは私のせいなのです。私はそんな母の愛をこれまで疎ましく思っておりました。しかし、今は幸せです。母の愛は確かに歪んでいましたが、私が愛されていたことは確かなのですから。勝姫殿もよき母になってくだされ」


 秀頼は勝姫にそうほほ笑みかけると、小刀で己の腹を十文字に切り裂いた。

 そして、刀身を首に当てると、見事に首の根を切り裂いた。

 動かなくなった母と子が炎に包まれていく。


 勝姫の周囲にも炎が迫っていた。

 全身が堪え難いほどの熱を帯び始める。

 壁や床が焼け崩れる轟音が響く。

 

 太閤秀吉が築いた天下一の名城が崩れさろうとしていた。

 しかし、四十八もの鬼力を体内に溜め込んだ勝姫は動けない。

 

 ――結局、四十八の鬼力を呑み取っても、誰も守れず、救えなかった。

 勝姫は鬼力を集めれば集めるほど天下太平に近づき、万民の為になると信じていた。


 ――いや、そもそもなぜ、わらわはそう思い込んだのだろう。

 勝姫の意識が急激に遠のいていく。


 最後に見た巨大な炎は、まるで魔王が具現化した姿のようだった。

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