表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
41/48

大坂9

 勝姫たちが目指す天守閣最上階の六階。

 ここにも階下から聞こえる戦いの声が徐々に近づいていた。

 それに応じるかのように、煙の色や臭いも徐々に濃くなってきている。


 豊臣秀頼は自分がいるこの天守最上階まで敵と炎が到達するのはもう幾分もないと肌に感じた。

「母上……」

 秀頼は不安げな視線を隣にいる母親の淀君に向けた。


「天下人たる者、これしきの事態に動じてはなりませぬ。全てはこの母に任せておればよい。秀頼殿は、織田信長公と秀吉様の名と血に恥じぬように、黙って堂々としておればよい」

 淀君がたしなめるように話した。


「はい……」

 秀頼はいつものように素直に母の言葉に従った。


 淀君と千姫の侍女たちは階下の五階に、秀頼の重臣たちは四階に最後の砦として詰めている。

 二十畳ほどの広さの天守閣最上階には今、淀君と秀頼、千姫がいた。


 その他に、もう四人。

 黒衣の僧侶四人が四方の壁に一人ずつ鎮座し、先ほどから何やら不気味な経を一心不乱に唱え続けている。

 

 僧たちの視線の先には、部屋の中央に置かれた一枚の畳に注がれていた。

 その畳の上には、半裸で仰向けに寝かされた千姫の姿がある。

 千姫は薬で眠らされ、意識を失っていた。


 彼女の周囲には、男の精液と女の愛液が何層にも塗り込められた髑髏どくろ四十八個が三重の円を描いて並べられている。

 これらの髑髏と髑髏を繋ぐように赤い線が床に描かれている。

 赤い線は処女の生き血だった。


 この摩訶不思議な図形を床に描くために侍女十八人が犠牲になった。

 彼女たちの亡骸は天守閣の窓から遥か下の内堀へと捨てられた。

 淀君が命令し、実行させた。


 それら全てが魔王織田信長の復活に必要なことだった。

 復活の儀式は今、最終段階まで達していた。


 魔王信長の魂が千姫の体に転生し、復活する時が近い。

 復活のあかつきには、その巨大な魂の存在が千姫の魂を滅する。

 第六天魔王が復活すれば、天下は再び乱世に逆戻りするだろう。

 

 そう思うと、秀頼は憂鬱ゆううつになった。

 ――なぜ、母上はこれほどに天下にこだわるのか。


 すでに秀頼には天下への執着はない。

 今日の昼過ぎに真田幸村、毛利勝永ら頼りとすべき勇将たちが討ち死にしたとの一報を聞いた時から、秀頼は敗北と死を覚悟していた。

 

 実は今朝、秀頼は幸村らに総大将として出陣するように求められた。

 だが、最後の最後まで淀君の反対に抗しきれず、秀頼は城外に出なかった。


 ――負けたのは総大将の器の差じゃ。

 その責任を取るべく、せめて最後は武士らしく自害したいと思っていた。

 それが、豊臣家のために、自分のために死んでいった兵たちへのつぐないになると思った。


 ――共に自害いたしましょう。

 自分がその一言を母に言えば、あるいは淀君の気持ちも変わるかもしれない。

 千姫の命を助け、無事に徳川家へと帰せるかもしれない。

 秀頼はそう思いながらも、ただ、成り行きを見つめることしかできなかった。


 幼き頃から淀君の顔色をうかがい、その意向を守るためだけに生きてきた秀頼には、母親の意に反する思いをぶつけることは、やはりできなかった。


 天守最上階では、経を唱える黒衣の僧たちの声が大音量となってこだましている。

 彼らの額の血管は、はち切れんばかりに肥大している。


「ときは満ちた」

 淀君が手にした鬼切安綱を抜き放った。闇夜のような漆黒の刀身が姿を現す。


「我が体内に宿りし四十五の鬼力の全てを千の体に移す。さすれば、伯父上の魂が千の体に転生されるのじゃ」

 恍惚とした表情を浮かべた淀君がゆっくりと千姫の元へと近づいていく。

 四十五もの鬼力をその体に移すには、鬼切安綱を千姫の心の臓へと突き立てる必要がある。


「千……」

 秀頼は千姫を見つめた。

 政略結婚とはいえ、秀頼と千姫の関係は良好であった。

 秀頼は千姫の髪を櫛でといてあげたこともあるし、その逆もあった。

 千姫を殺したくはないという気持ちが胸に溢れるが、それでも秀頼は動けない。


「千よ、豊臣家のために秀頼様のために死んでおくれ」

 淀君は冷たい笑みを浮かべると、両手で鬼切安綱を逆さに構え、その刃を千姫の胸を目がけて突き下ろした。


 が、その漆黒の切っ先は、同じ漆黒の刀身によって千姫の胸の手前で受け止められた。

 間一髪で天守最上階に跳び込んできた勝姫が、童子切安綱を突き出し、淀君の刃を止めたのだ。


「おのれ!」

 淀君の怒りに満ちた絶叫が天守閣に響いた。


「信長は復活させぬ!」

 勝姫が童子切安綱を僅かに上げると、淀君の腕は簡単に振り上がった。

 胴ががら空きだ。


「伯母上、覚悟!」

 勝姫が渾身の蹴りを淀君の腹へと食い込ませた。

 淀君の体は鉄砲玉のような勢いで吹き飛ばされ、壁に激突して停止した。

 

 淀君は動かない。

 

 勝姫は床の中央に横たわる女性を見つめた。

 この女性が千姫であると、勝姫にはすぐに分かった。


「姉上様、お気を確かに、勝です。江戸の勝が助けにまいりました」

 勝姫は千姫の体を抱き起こした。

 しかし、千姫の意識は戻らない。


 その時、勝姫に続いて最上階に助九郎が登ってきた。

「助九郎、姉上を早く城外へお移ししろ。それと、階下で戦う兵たちに天守閣から撤退するように命じろ。すぐに炎がこの天守を包む」

「……はっ」


 助九郎は千姫を抱きかかえると、階下へ続く階段へと引き返した。

 その助九郎と行き違いに十兵衛が最上階に入ってきた。

 勝姫が読経を続ける僧たちを討ち取るように命じると、十兵衛は疾風の速さで僧たちの首を次々と切り落とした。


 それを確認した勝姫は、北側の壁に背を付けるように立ちつくす細面の青年に向かって童子切安綱の切っ先を向けた。

「貴殿が秀頼殿か?」


「いかにも。そなたが勝姫殿か。うわさにたがわぬ強さじゃな」

 向けられた刃など気に掛けない様子で秀頼は柔和な笑顔を浮かべた。


「武士の情けです。自害なさいませ」

 勝姫は厳しい表情のままそう告げた。


 階下の兵たちに撤退を命じたのは、秀頼の自害の時間を稼ぐためだった。

 秀頼は気品のあるほほ笑みを浮かべたまま腰の小刀に手をかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ