大坂8
大坂城天守閣は五重の屋根を持つ地上六階、地下二階の巨大さで、日ノ本で最も高い建造物だ。
勝姫たちがいる奥御殿のすぐ北側に、その天守閣が山のようにそびえ立っている。
天守閣には巨大な火の手が近づきつつあった。
また、炎だけだはなく、徳川の大軍が豊臣家最後の牙城を打ち崩すために天守閣の下に群がり始めていた。
鬼封刀「痣丸」の鬼力「心眼」と、鬼封刀「朝倉篭手切」の鬼力「奥義」を体内に呑み込んだ勝姫は、すぐに二つの鬼力を体内で解放した。
途端、勝姫の体内に蓄積していた疲労はなくなり、代わりに鬼力の所有を示すかのように小さな二本の角が額に生えた。
そのため、兜は邪魔になったので脱ぎ捨てた。
鬼と化した勝姫は、鬼力「暴飲」を体内に取り込むべく童子切安綱の漆黒に染まる刀身を初めて舐めた。
「はぅう……」
これまでのどんな鬼力よりも強烈で甘美な味が勝姫の全身を貫いた。
細胞という細胞が歓喜に震える。
全身が火照ってけいれんし、勝姫は何度も身をよじった。
「こ、これぞ甘露……」
「姫様、大丈夫ですか?」
歓喜にうち震える勝姫を見て、十兵衛が心配そうに声をかけた。
「だ、大丈夫じゃ」
勝姫は恥ずかしそうに顔を赤らめると、「よし」と気合いを入れ、血と肉の契約によって鬼力「暴食」を体に馴染ませた。
鬼力「暴食」を体内に取り込んだことで、鬼力「心眼」と「奥義」の力がより引き出されるような感覚を覚えた。
「行こう」
勝姫の額の角は、「暴飲」の力の影響か鬼の頭領を思わせる大きさに変わっていた。
勝姫が大広間から出ると、松平忠直の兵約三百人が先ほどまで広間を取り囲んでいた豊臣勢を一人残らず殲滅していた。
そして、この三百人の兵たちは、これから天守閣に斬り込むという勝姫の意向に我先に従った。
半年前の大坂冬の陣で、忠直の多くの兵が勝姫と共に戦っていた。
だから、この兵たちは勝姫が鬼化したときの強さを十分に理解している。
勝姫救出の功よりも、勝姫の有した鬼力を存分に利用して敵の総大将を討ち取った方が、存分な手柄になると胸の中で算盤をはじいたようだった。
「敵は総大将豊臣秀頼である!」
勝姫が三百余の兵に向かって号令をかけると、一世一代の大手柄を前に兵たちが武者震いをした。
秀頼を討ち取る手柄を立てれば、一国一城の主も夢ではない。
「我に続け!」
「おう!」
勝姫が部隊の先頭に立って駆け出すと、高揚した兵たちがときの声を上げながら後に続いた。
十兵衛と助九郎は勝姫のすぐ後ろを駆ける。
奥御殿から天守閣へは一本道だ。
その道沿いでは、炎と煙をかいくぐるようにして徳川軍による虐殺、略奪、強姦が横行していた。
だが、天守閣前に広がる広場では状況が違った。
豊臣軍の組織だった抵抗がまだ続いている。
広場では両軍が真っ正面からぶつかる激戦が展開されていた。
徳川軍はまだ天守閣に入れないでいた。
その激戦に勝姫と柳生十兵衛、小野助九郎、そして三百人の兵が新たに加わった。
「天守まで突っ切るぞ」
勝姫の命を受けた十兵衛は、大声で「のけ! 勝姫様に道をゆずれ!」と徳川の軍に向かって叫んだ。
最強の援軍の到着に歓喜した徳川の軍勢が、勝姫の進撃を止めぬように左右に割れていく。
その間を割って、血気に満ちた三百人の兵たちが広場になだれ込んだ。
「おおおおおおおおおおおお!」
勝姫は走りながら雄叫びを上げ、己の体内に宿した三つの鬼の力を全開にさせた。
体全体に溢れんばかりの巨大な力が広がっていく。
勝姫は速度を落とすことなく敵陣へと切り込むと、豊臣の兵の一団に向かって黒い刃を横撫に一閃した。
童子切安綱の切っ先の動きに合わせ、甲冑ごと真っ二つに切られた敵兵たちが木の葉のように吹き飛んでいく。
勝姫の手には豆腐を切ったほどの手応えもない。
「鬼だ、鬼が来たぞ!」
「化け物だ!」
勝姫に対し、敵の悲鳴と絶叫が降りかかった。
が、勝姫は心を乱すことなく、ただただ敵陣へ向けて前進を続ける。
「どっけえええぃい!」
勝姫が童子切安綱を振り下ろし、斬り上げる。
ただそれだけで、敵兵たちが紙切れのように裂け、飛び散っていく。
時には勝姫の元まで届く敵の刃もあった。
しかし、その刃は勝姫を傷つける前に、十兵衛と助九郎によってことごとく地に落ちた。
「姫様、左右の守りはお任せください」
十兵衛が落ち着いた声を上げた。
「最初からそのつもりじゃ」
勝姫は、血しぶきを上げて散っていく敵兵の肉片を避けることもなく、天守閣の入り口を目指して前進していく。
その左右には、十兵衛と助九郎がぴったりと付き添っている。
豊臣の兵たちは何度も何度も勝姫に襲いかかった。
しかし、その全てがあっという間に屍となって吹き飛ばされていく。
「姫様に続け!」
文字通りに鬼と化した勝姫の強さを目の当たりにした徳川の兵たちが一気に勢いづく。
勝姫が敵陣にうがった穴へとなだれ込み、次々と豊臣の兵たちに襲いかかった。
豊臣軍は一気に劣勢に追い込まれた。
その豊臣軍の最後方にある天守閣入り口の前で、ひときわ大きな声で「怯むな!」と叫んでいる武将がいた。
七手組筆頭の武将、速水守久であった。
勝姫はこの広場の豊臣軍を仕切る大将の存在を見とがめると、瞬時に一町(約百十メートル)も跳び上がって、あっという間に速水のそばへと身を移した。
同時に、速水の首が驚がくの表情を浮かべたまま地に落ちた。
その様子を見た豊臣軍が総崩れを起こした。
兵たちは辛うじて維持していた戦意を失い、戦いを放棄し、蜂の子を散らしたように逃げ惑う。
が、あっという間に徳川の兵たちに囲まれ、次々と命を落としていく。
勝姫は敗残兵には構わず、巨大な天守閣を支える石垣に開いた入り口へと身を躍らせた。
そして、天守内部へと続く階段に足を掛けた。
「松平忠直隊が一番乗りぞ!」
勝姫の後に続く兵たちが勇ましく声を上げた。
――最上階に淀君と秀頼殿がいる。それに姉上も。
細く急な階段を駆け上がりながら、勝姫はその思いを強くした。
「十兵衛、助九郎、一気に駆け上がるぞ!」
「おう!」
勝姫たちは激闘の場を天守閣へと移した。




