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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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大坂2

 勝姫は驚いて問うた。

「お主、武士であったのか」

 

 吉之進は淡々と受け答える。

「関ケ原の敗北後、長宗我部家が廃絶されるまでは足軽大将でござった。その後は遠縁を頼って江戸に行き、岡っ引きとして同心の岡田様からお給金を頂き、糊口ここうを凌いでおりました」

「それが、なぜ、ここにおる?」


「長宗我部盛親様が大坂に入城されると聞きましてな。私も年がいもなく槍を担いで盛親様に合流した訳です。しかし、今回は主家再興はならぬようですな。先日の敗戦の後から、当の盛親様が見当たりませぬ。どうやら我ら旧臣をも捨てて城から逃げたようです」

「将として恥ずべき行いじゃ」

 勝姫が眉をしかめた。


「いやいや、これはこれで盛親様らしいと我らも心得ております。盛親様さえ生き残れば長宗我部再興の願いは潰えませぬ」


 その時、座敷牢に僅かな煙が入り込んできた。

 炎が近づいているようだ。

 

 勝姫は覚悟を決めた。

「そろそろ死に時じゃな。命を救った者に首を打たれるのも一興。辞世の句は特にない。さあ、その槍で我が胸を突き、己の仕事を全うせよ」

 勝姫は正座をしたまま胸の前で手を合わせ、目をつぶった。


「しからば……」

 吉之進が畳から立ち上がる音が勝姫の耳に届いた。


 勝姫の脳内に幼い頃からの数多の光景が浮かんでは消え……ようとした瞬間、手を合わせるために折り曲げた両肘の内側にヒンヤリとした鉄の感触を感じた。


 驚いて目を開けた勝姫の目に半年ぶりの愛刀の姿がとびこんできた。

「童子切安綱でござる。姫様のために取り返しておきましたぞ」


 勝姫はポカンと口を開け、童子切安綱と吉之進を交互に見つめた。

「わらわの首を取りに来たのではないのか?」


 かっかっかっか、と吉之進が渇いた笑い声を上げた。

「土佐者は一度受けた恩は仇では返しませぬ。拙者、姫様をお助けに参ったのです。すでに盛親様がいない今、豊臣家のためにこれ以上の槍働きをする義理はござらん。さあ、小姓用の甲冑をお持ちしましたぞ。こちらにお着替えくださいませ」


 勝姫は言われるままに、吉之進に手伝ってもらいながら急いで着物の上から黒い鎧を身につけ、兜を被った。

 吉之進は勝姫の兜の帯を締めながら話す。

「徳川軍の大坂城一番乗りの手柄は、姫君の許嫁の松平忠直殿でございます。姫様救出の命を受けての奮闘でござろうな。これから忠直殿の軍勢へと合流できれば、姫様の命は助かりましょう」


「そうか……我が命、助かるか……」

 勝姫は戸惑いながらも童子切安綱を腰に差し、刀を抜いてみた。


 黒みがかった刀身にはなんの変わりもなく、刃こぼれもない。

 見慣れたその刀身を見て、勝姫は急に生への実感が湧いた。

 

 驚いたことにその刃の内部には鬼力「暴飲」がまだ潜んでいた。

 ――あの時、全ての鬼力は淀君に喰い取られたはず。

 

 勝姫は己の首筋に残る淀君の噛み傷に触れながら、はっと気付いた。

 ――鬼力「暴飲」は常に童子切安綱の刀身にあり、己の体内にはなかった。

 

 つまり、淀君は「暴食」によって勝姫の体の一部を食らって鬼力を奪ったが、それだけでは童子切安綱に眠る「暴飲」は吸収できなかったのだ。


 淀君は勝姫から三十二もの魔力を喰い取ったことで満足してしまい、魔刀童子切安綱への注意を怠ったのだろう。

 いや、鬼力「暴食」を使う淀君にとっては、同じ力を持つ「暴飲」は元来から興味がなかったのかもしれない。

 

 ――それに、淀君はすでに四十を超える鬼力を有している。

 第六天魔王信長を復活させるには十分な数だ。


 淀君にとっての鬼力「暴食」の価値の低さ。

 それは、今の勝姫にとっても同様だった。

 「暴飲」によって使役できない鬼力が体内に一つもない今の状態では、童子切安綱は異能の力を何も発揮できない。

 今の童子切安綱は、ただの名刀にすぎない。 


 ――結局、わらわには何もできない。

 このまま徳川軍が大坂城になだれ込んでくれば、豊臣家の滅亡は避けられない。

 追い込まれた淀君は、合戦の最後に鬼力の全てを千姫という依り代に移し、第六天魔王の復活を図るはずだ。

 

 これまで淀君が信長復活の儀式を執り行わなかったのは、通常の合戦による勝利の可能性がまだ残っていたからにすぎない。

 なぜならば、復活した信長が確かに豊臣秀頼に天下を獲らせるという保障はない。

 魔王復活は淀君にとっても危険の高い賭けなのだ。

 

 しかし、豊臣軍の敗戦が決した今ならば、淀君はなりふり構わずに魔王を復活させるはずだった。

 魔王信長の復活は徳川軍にとって最大の脅威となる上に、依り代となる千姫の命が失われることを意味していた。

 

 魔王復活の儀式が執り行われるのはおそらく天守閣最上階だろうと勝姫は思った。

 迫り来る大軍勢の動向が確認できるだけでなく、その五層六階の構造は敵の進軍を大いに遅らせ、儀式完了までの時間が稼げる。


 ――天守閣に向かい魔王復活を阻止すべきだ。

 ――しかし、鬼力を使えぬ我が身に何ができようか。


 そんな勝姫の逡巡しゅんじゅんをよそに吉之進は自分の槍をさっと持ち直すと、勝姫を座敷牢の外へいざなった。

「我にお続きなさいませ。城内の混乱に紛れ、拙者が姫君を松平忠直殿の陣までお連れいたす」

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