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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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大坂1

 駿府での戦いから一年数カ月後

 慶長二〇年五月七日

 大坂城天守閣直下、奥御殿の座敷牢


 この日の早朝、大坂城の南側で合戦が始まった。

 徳川軍十五万、豊臣軍六万が正面からぶつかり合う大戦だ。


 地鳴りのようなときの声と銃声、血と火薬、鉄、汗の臭いは、昼をすぎると徐々に大坂城へと近づいてきた。

 徳川軍は優勢を保ったまま夕刻を前には一気に大坂城内へとなだれ込んできた。

  

 勝者よる敗者への一方的で壮絶な殺りくと略奪、強姦が、太閤秀吉が築いたこの絢爛豪華な巨城で始まりつつあった。


 その城内には勝姫がいた。

 ただ、戦場ではない。

 城内の奥にある座敷牢である。


 城内奥御殿のはめ殺しの格子に囲まれた部屋が座敷牢で、勝姫は近づいてくる戦の音を聞いていた。

 勝姫は半年間もこの場所に幽閉されていた。

 

 徳川軍の巨大なうねりの音が徐々に近づいてくる。

 それを迎える大坂城内では、逃げ惑う足軽たちや侍女たちの喧騒が大きくなっている。


 その悲痛な騒がしさに勝姫の胸は張り裂けそうになった。

 ――止められなかった。


 豊臣家によって六畳の座敷牢に幽閉されてから半年の間、勝姫は牢から一歩も出ることを許されなかった。

「所詮、鬼力を失ったわらわにできることなど……」

 勝姫は己のいたらなさ深いため息を漏らした。


 昨年十二月、勝姫は密かに大坂城へと入城した。

 大坂冬の陣で徳川と豊臣の和議を仲介した伯母の常高院(勝姫の母江君の姉)の侍女に扮して、童子切安綱を手に入城したのだ。


 目的は豊臣秀頼の暗殺であった。

 この作戦は秀忠と家康に大反対されたため、勝姫は単独での決行を決意し、十兵衛や助九郎を連れずに入城した。

 勝姫が暗殺にこだわったのは、和議では決して戦を止めることはできないと分かっていたからだ。

 

 なぜならば、家康が豊臣家根絶を諦めていないからだ。

 天下の政道を担う一族が二つ存在することは許されない。

 

 ――豊臣家を滅ぼさぬ限り、必ずまた大きな戦が起きる。

 勝姫はもう二度と大きな戦を起こしたくはなかった。


 半年前、徳川軍二十万人と豊臣軍十万人が戦った大坂冬の陣において、勝姫は戦場に立った。

 そこで数多くの豊臣方の鬼憑きと相まみえ、その全てを撃破し、鬼力を呑み取った。

 

 しかし、十数万の兵を前にしては、いかに鬼憑きといえども戦局を大きく左右する力にはなり得なかった。

 勝姫の周りには数多くの味方、敵の死体が累々と積み上がるのみだった。


 ――戦はもうたくさんじゃ。

 だから、勝姫はかりそめの和議の後に予想された最後の決戦を前に秀頼を討ち、その戦を止めたいと思った。

 そこで、大坂城へ入城する常高院を密かに訪ね、「豊臣家と徳川家双方のために助力したい」と方便を使って同行の許可を得た。

 

 入城までは順調だった。

 しかし、勝姫はすぐに失態を犯した。

 

 大坂城奥御殿の御対面所で常高院と淀君が接見している間、勝姫は控えの間にて一人で常高院の帰りを待っていた。

 しばらくして一本の刀を持って戻ってきた常高院に母江の面影を感じてつい気を許してしまう。

 その隙をつき、いきなり常高院が勝姫の首元に噛みついた。

 

 勝姫が常高院と思っていたのは、接見後に入れ代わった淀君だった。

 淀君は「童子切安綱」と同じ鋼を用いて同時に作られた双剣「鬼切安綱」を所持していた。


 鬼切安綱が有する鬼力「暴食」の能力は、童子切安綱の鬼力「暴食」と同様に他の鬼力をその使い手に移すことができる。

 刀身が双剣ならば、有する鬼力も同じという訳だ。


 淀君は、勝姫が体内に宿していた三十二もの鬼力の全てを勝姫の首皮ごと喰い取った。

 こうやって無力化された勝姫は、なすすべもなく座敷牢へと幽閉されたのだった。


 勝姫は屋敷牢の格子を見つめながら、この半年間で何度も味わった後悔の念にさいなまれていた。

「淀君こそ最も尾張徳川家の血を引く物。警戒すべきは秀頼殿ではなく淀君であった……」


 勝姫は最大の敵にやすやすと三十二もの鬼力を与えてしまった。

 これで豊臣家の有する鬼力は、木村重成がいつか警告した四十を超えてしまった。


「つくづく無念じゃ……」

 その時、勝姫の鼻にむせぶような臭いが漂ってきた。


 城内の誰かが火を放ったのだろう。

 それが徳川方か豊臣方かは分からない。

 ただ、火が瞬く間に城内全体を包むことは明らかだった。

 

 ――ここが死に場所か。

 徳川軍が勝姫の救出を図っている可能性はあるが、救出部隊がこの座敷牢に到着する前に淀君の命を受けた豊臣家中の者に首を斬られるのは明白だった。

 秀頼の乳母の子である木村重成ら豊臣方の鬼憑きたちを数多く屠ってきた勝姫を淀君が許すはずがない。

 

 その時、ガタリと渇いた音を立てて、二重の鍵がかかった木製の扉が半年ぶりに開いた。

 勝姫が座したまま振り向くと、朱色の鮮やかな甲冑を身にまとった一人の武士が立っていた。

 

 一見して名のある武士であろうと知れた。

 武士は小振りの槍を手にしていた。

 

 ――命をくれてやるのならば雑兵よりは名のある武士の方がよい。

 死を覚悟した勝姫は、己の命を取る男の顔をしっかりと見つめた。

 そして、大いに驚いた。


 兜の下には、確かに見知った初老の男の顔があった。

「お主は……」

「お久しぶりですな」


「いつぞやの岡っ引きではないか!」

 江戸の遊女屋において、遊女陽炎の振るう長篠一文字から勝姫が命を救った岡っ引きの顔がそこにあった。


「そう言えば名乗りはまだでしたな。拙者、吉兵衛と申します。今は旧主家の長宗我部家に再び奉公しておりまして、大迫吉之進と元の名を乗っております」

 吉兵衛こと吉之進は両膝を畳に付けると、勝姫に向かって深々と頭を下げた。


「いつぞやは、この老人の命をお助けくださり、誠にありがとうございました。姫君のお慈悲のおかげで、この吉之進、冥土を前に再びこの大坂にて存分に槍働きができましたぞ」

 顔を上げた吉之進が兜の下でニッカと笑った。

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