駿府12
その時、重成の口から微かな声が漏れた。
「……失礼を承知で勝姫様に……申し上げたき儀がござる……」
「貴様! この期に及んで世迷い言を」
十兵衛がとどめを刺すために痣丸を振り上げたが、勝姫が片手で制した。
「よい。いまわのきわの一言じゃ。聞こう」
「……ありがたきしあわせ……拙者がここで死ぬということは、もはや、豊臣と徳川の大戦は避けられませぬ……どうか、千姫様を……お助けください……」
千姫は二代将軍徳川秀忠と江君の長女だ。
勝姫の四歳年上の姉で、政略結婚によって十年前に豊臣秀頼の元に嫁いでいる。
その時、千姫は七歳、勝姫は三歳であり、勝姫は姉の顔を覚えていない。
「……淀君は……千姫様を依り代に……第六天魔王信長の復活をもくろんでいます……」
「復活? 依り代とは、どういう意味じゃ?」
勝姫が重成に問うた。
「……千姫様……に……」
重成の声はか細く消え去りそうである。
勝姫は大地に片膝を付き、重成の口元に耳を近づけた。
「……四十を超える鬼力を移してから……その身を捧げ……魔王復活のあかつ……依り代の命はない……どう……淀君を……止め…………」
重成の声がついに途絶えた。
勝姫は哀しげな表情でそのむくろを見つめた。
その時、
「……姫様!」
青空を一刀両断にするような大音量が荒れ地に響き渡った。
勝姫と十兵衛が声の方向を見ると、遠くの山から駆け寄ってくる一人の大柄の侍が見えた。
助九郎だった。
十兵衛は竹馬の友がこれほどの大きな声を出したのを初めて聞いた。
「助九郎! 無事であったか」
駆け寄ってきた助九郎に勝姫が明るく声をかけた。
「……ご無事で?」
勝姫の傍らまで来た助九郎がいつもの落ち着いた声を出した。
あれほどの勢いで駆けてきたのに息は全く切れておらず、汗もかいていない。
「わらわは無事じゃ」
その答えを聞いた途端、助九郎は一瞬だけ安堵した表情を浮かべた。
そして、すぐにいつもの鉄仮面に戻ると、
「……御免」
と言うやいなや腰の小刀を抜き放って己の腹に刺そうとした。
「ちょっおまっ!」
十兵衛は慌てて助九郎の腕を押さえ込んだ。
「……放せ」
助九郎は勝姫に助力すべき戦いには間に合わなかったことを恥じ、我が命をもって詫びようとしていた。
実は助九郎は、鬼力「不破」という全身を鎧化する鬼物憑きとの戦いなどは、とうの昔に済ませていたのだった。
助九郎の持つ朝倉篭手切に宿る鬼力「奥義」は、いかなる物質の上からでも敵を斬ることができる能力。つまり、鬼力「不破」の能力は助九郎に対しては何の意味もなさなかった。
助九郎は、深手を負って逃げる敵を追って山に入ったのだが、敵を打ち倒した時にはすでに自分がいる場所が分からなくなっていた。
そして、今の今まで山中をさまよっていたのだった。
「……失態」
助九郎が十兵衛の手を振りほどいて小刀を振り上げた。
「切腹は許さん」
勝姫の一声に助九郎の動きがピタリと止まった。
「お主が無事であれば、それでよい」
「……しかし」
「それ以上、何か申すと、これからの大坂までの道中の同行を許さぬぞ。重成は討ち果たしたが、わらわが大坂を目指す限り、豊臣の鬼憑きとの戦いはまだまだ続く。助九郎はこれからも、わらわを守ってくれるのであろう?」
勝姫が優しげにそう声をかけた。
「……はい」
助九郎が膝を折り、額を大地に打ちつけた。
十兵衛には、この大柄の幼なじみに今まで以上に勝姫を守るという不断の決意が生じたことが手を取るようにわかった。
なぜならば、自分もまた同じ気持ちになったからだ。
そんな三人の元に懐かしい、しわがれた声が聞こえてきた。
「姫様!」
東海道の方向から数騎の馬が駆けてくる。
その先頭に本多正信がいた。
その一群を見た後、勝姫は助九郎の顔を見つめた。
「助九郎、疲れているところをすまぬが一つ頼まれてくれぬか。手負いの十兵衛には頼めぬ仕事じゃ」
「……なんなりと」
「木村重成の亡骸を移し、どこかに埋めてやってほしい。恐ろしい敵ではあったが、こ奴が見せた秀頼殿への忠義は本物じゃ。このまま亡骸を本多らに引き渡すのは惜しい。どこか人目のつかぬ所に埋め、供養してやれ」
「……承知」
助九郎は勝姫に一礼すると、重成の亡骸を抱え、行列とは反対の方向へと駆けていった。
勝姫は重成の亡骸に背を向けると、遠慮する十兵衛へ強引に肩を貸した。
そして、己の元に駆け寄る騎馬の一群に向かい、確かな足取りで歩き始めた。




