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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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駿府9

剣戟けんげきの音が増えた……」


 刃を交える甲高い音が響く回数が加速度的に増していく。

 勝姫は一瞬、助九郎が助太刀に来たのであろうか、と思ったが、すぐに考え直した。


 助九郎ほどの腕の者が加勢すれば、勝負は一瞬にして十兵衛と助九郎の勝利で終わるはずだ。

 しかし、刃がぶつかる音は止まない。つまりは、十兵衛と重成の一対一の戦いが続いているのだ。


 勝姫は重成が二本の大刀を腰に差していたのを思い出した。

「二刀流か」

 重成は鞘に収めていたもう一本の刀を抜いたのだ。


 二刀流は宮本武蔵なる兵法者が編み出したばかりで、勝姫はその名は知っているものの実際に使い手に出会ったことはない。

 十兵衛にとっても同じはずだ。つまりは戦い慣れていない。


 しかも、重成の二本目の刀も鬼封刀である可能性が高い。重成が二つ鬼力を同時に使うとなれば、十兵衛はさらに不利になる。

 十兵衛の「真贋しんがん」によれば、重成の一本目の鬼封刀「天国あまこく」の鬼力は、天候を自在に操る「九天」。

 重成はこの鬼力を使って濃霧を作り出し、江戸城の宝物庫に侵入したり、勝姫の行列を奇襲したりしたはずだ。

 

 では、二本目の鬼封刀の鬼力の正体は何か。

 勝姫はすでにその鬼の力を近習五十人と共にすでに体験していた。


 ――もう一つの鬼力はあの力に違いない。


 勝姫の額に大粒の雨粒が弾けた。

「雨か…」

 無数の雨が大地を叩く音を合図に、周囲を包んでいた濃霧が突然消えうせた。

 周囲は一転してすさまじい豪雨となり、雷鳴がすぐそばで大音量を上げた。


 大粒の雨が激しい風と混然一体となって勝姫に吹き付ける。その中で勝姫は懸命に目を開け、十兵衛を探した。

 ――いた。


 豪雨の幕の前方十間(約十八メートル)ほどの場所に十兵衛と重成らしき二人の影が見えた。

 重成と思わしき人物が二本の刀を交互に振った後、大きく後ろに跳び退いた。

 それを十兵衛らしき人物が慌てて追い掛けようとする。


「十兵衛、追うな! 動くな!」

 勝姫は激しい風雨の音に負けぬよう、渾身の力を込めて叫んだ。

 その直後、勝姫の前方から風雨とは異なる巨大な音の塊が押し寄せてきた。

 

 ときの声だった。

 ――おおおおおおおおおおおおおおお!

 甲冑に身を包んだ武者たちの一群が、風雨に背中を押された疾風の如く駆けてくる。

 

 数百人の武者たちが刀や槍を手に、勝姫の元へぐんぐんと近づいてきた。

「あの時と同じだ。だが、此度こたびは奴の思い通りにはさせん」


 勝姫は迫り来る大軍に背を向けることなく、その場に踏みとどまった。

 そして、迫りくる武者の一団を迎え入れるかのように両手を広げた。


 ――おおおおおおおおおおおおおおお!

 武者の一群はすぐそこまで来ている。

 それでも、勝姫は動かない。

 目をしっかりと見開き、この武者たちを先頭で率いる馬上の将の姿を探した。

 そこには、新しい時代を切り拓くべく一世一代の奇襲に臨む若き将がいるはずだった。

 

 ――いた。

 その将の目は荒々しい野望に満ちて輝きつつも、口元には柔和な笑みが浮かんでいた。


 ――おおおおおおおおおおおおおおお!

 武者たちの顔がはっきりと見える距離になった。みな若い。彼らが手にした数多の刃が勝姫の体に突き刺さる……かのように見えた。

 

 だが、不思議なことに槍も刀も駆ける武者の体も、勝姫の体を次々とすり抜けていく。

 ついには、その全員が勝姫の後方へと駆け抜けていった。

 まるで勝姫など元々そこに存在しないかのように。


 勝姫の周囲には激しい風雨だけが取り残された。いや、もう一人の姿が勝姫から十間ほど前方にあった。

 刀を握ったまま十兵衛が立ちつくしていた。


 十兵衛はあほうのように口を開きっぱなしにして、ただただ驚愕していた。


「十ぅ兵衛ぇぇえええ――」

 勝姫はこぼれる涙をそのままに十兵衛の元に駆け寄ると、思いっきり抱きついて、その胸に顔を埋めた。


「せっ、拙者は生きているのですか?」 

「生きておる、生きておるぞ!」


「あの、姫様、痛い……」

 勝姫が顔をぐりぐりと押し付けるものだから、その度に勝姫の額の角が十兵衛の胸を突いている。


「わらわの角が痛いか?」

 勝姫が顔を上げ、十兵衛を見つめた。


 十兵衛は返事に窮した。勝姫が羞恥を覚えている角のことなぞ口に出すべきではなかったと思った。

 が、十兵衛の予想に反し、勝姫の顔はみるみると喜ばしげに変わり、ついには破顔した。

「痛いのは生きている証拠じゃ。よかったの十兵衛!」


 十兵衛はその笑顔を見て胸がときめいた。

 目の前の少女を思わず抱き返したくなったが、自分の気持ちを懸命に抑え込んだ。


 ――主従の関係を越えてはならぬ。

 

 十兵衛は自分の気持ちを落ち着けるために、勝姫を自分の胸元から離した上で、先ほどの軍勢について質問した。話していた方が気も紛れると思った。


「姫様、今の武士の一団はいったい何でござるか? 拙者、もはや命はないものと覚悟しましたが、面妖なことに刀も槍も我が身をすり抜けて行きましたぞ」

「あの軍勢はいにしえに実在した軍勢だ。しかし、幻のままに終わった」


 そう言うと勝姫は額に手を伸ばし、そこに生えている小さな角を触った。この角は、自分の体内に鬼の力がある証拠だ。

つまり、

「わらわたちは、今回は過去には連れ去られなかった」 


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