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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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駿府5

 驚いて振り返ると、先ほどまで勝姫の乗ったかごの周囲を警備していた家康の近習たち五十人ほどが一塊になっていた。


「お主たちは行列を襲った賊を討ち取りに行ったのではないのか? それもそれぞれ別の方向に散ったはず。それがなぜ、揃いも揃ってここにいる?」


「それが分からぬのです」

 勝姫に声を掛けた近習が代表して答えた。太い眉に厚い唇。かっぷくの良い中年の侍だった。

「確かに我らは数人ずつに分かれ、それぞれが別の方向へと霧の中で賊を追ったはずなのですが、気づけばこうして全員が一カ所に集まっていたのです」


「なるほどな」

 勝姫がしたり顔で頷いた。

「行列を襲った騎馬の賊たちは、木村重成の仲間が何らかの鬼力で作り出した幻のたぐいであろう。狙いは、お主たち近習をかごから離すこと。そのために、幻の騎馬武者を作り、お主たちに追わせたのだ」


「あの武者は幻ですか……」

「幻の賊など追っていても仕方あるまい。さあ、先ほどまでいた街道まで皆で戻ろう。十兵衛と助九郎を置いてきてしまった」


「しかし、姫様……拙者にはあの騎馬武者たちが幻とはとても思えませぬ」

 細身で白髪頭の初老の近習が話しに割り込んできた。そして、勝姫に拳を差し出し、手を開いて見せた。その手には二尺(約六十センチ)ほどの長さの髪の毛の束があった。


「何じゃこれは?」

「拙者、前を行く賊を何とか捕らえようと、霧の中に消えていく馬の尾を夢中でつかんだのです。よく鍛えられた馬とみえ、尾をつかまれただけでは止まらず、我が手に毛を数本残して行ってしまいました」


 勝姫はその尾の毛を一本つまんで目の前にかざしてみた。

「確かに本物じゃな……」

 勝姫が首をひねっている間に、周囲の霧は潮が引くようにどんどんと晴れ、頭上には青空が広がっていった。霧は完全に消え失せた。


 霧の代わりに現れたものがあった。

「姫様、あれを!」

 近習の一人が草原の右端を指さす。

 

 黒い大きなうねりが大地を覆い、うねっていた。それは、黒い鎧を着た武者たちの軍勢だった。

 その数、数千、いや万を超える大軍だ。黒い軍勢の波の中には、数多くののぼり旗がはためいている。

 白地に毘の文字だ。


「上杉!?」

 勝姫は驚きの声を上げた。


 その声が終わらぬうちに、今度は初老の近習が草原の左側を指さした。

「あちらにも別の軍勢が」

 そこには、赤い巨大な塊がいた。赤揃えの軍勢。こちらの数も万に近い。

 赤い軍勢が持つ紺地ののぼり旗には、金色で漢詩が書かれている。


「疾如風……風林火山の旗だと?」

 勝姫はひどく取り乱した。

「馬鹿な、甲斐武田家は三十年以上も前に滅亡している!」


 その時、勝姫たちの驚愕、動揺を一蹴するかのように、突如として臓腑を揺るがすような地響きが沸き起こった。

 大地を震わせていたのは上杉軍が発するときの声であった。

 黒い上杉軍が赤い武田軍に向かって突撃を始めた。迎え討つ武田軍はまだ陣形すら作れていない。


 上杉軍は武田軍の態勢が整う前に襲いかかろうと進撃の速度を上げる。武田軍は本陣を守る陣形を整える時間を稼ごうと、先鋒の軍勢が陣の前へと押し出してきた。

 両軍合わせて万を超える兵が、大地を揺るがす馬蹄の音が、両軍の真ん中にいる勝姫たちに向かって急激に迫ってきた。

 

 右から上杉軍、左から武田軍。

 まさにたった今、ここで、戦端が開かれようとしているのだ。


「幻ではない……」

 勝姫は迫り来る大軍勢の迫力に、先ほどまでの己の判断が誤っていたと知った。そして、木村重成が何らかの鬼力によって自分たちを合戦の場に送り込んだに違いないと確信した。

 重成の言った援軍とは、ともに戦国最強と謳われた武田、上杉の両軍だった。

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