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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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戸塚3

 お欄は勝姫の真向かいに座ると、刀を横にして己の前に置いた。


「一物を持参とは物騒じゃな。言っておくが、わらわは刀ごときではビクついたりせんぞ」

 勝姫がお蘭に話し掛けた。


「ご心配なく。この刃はお客人に向ける物ではありません。勝負事のお守りでございます」

 お蘭が艶っぽい声を上げながら、鯉口を切って僅かに刀身を鞘から見せた。


「ほう、その輝きは……」

 勝姫はお蘭の持ち込んだ刀を仰視した。


 鞘は漆塗り。沈金によって蝶の文様が施されている。鍔や柄にも金細工が施してあり、田舎の賭場のツボ振りが持つ一物としてはあまりにも豪華すぎる。


「案の定じゃな。やはり、正統なる依り代である、わらわが動けば、鬼力の方から寄ってくるのじゃな」

 勝姫はそうつぶやくとにやりとした。


「この刀の号は大般若長光ではないか?」

 勝姫の問いにお蘭が驚いて顔を上げた。しかし、すぐに冷静な表情を取り戻す。

「その通りです」

「宿す鬼力は?」

「『金満』。金銀財宝を引き寄せ、長者にする力でございます。よって、この勝負、どうあがいても金吾一家の勝ちでございますよお姫様」

 お蘭が不敵に笑った。


「刀の号を問うただけで、わらわが誰だか気づいたか。その機転の良さは奥平松平家でも重宝されたであろうな。お主がお雪じゃな?」

 お蘭は小さく頷いた。身元を隠すつもりはないようだ。

「いさぎよいな。気に入った。それでは、お主の鬼力『金満』と、わらわの運との勝負じゃ。わらわがこの半丁賭博に勝ったならば、その大般若長光は渡してもらう」


「もし、負けたならば?」

「わらわの童子切安綱をくれてやる。お供の二人が持っている痣丸と朝倉篭手切もつけてやろう」

 その答えにお蘭は冷たくほほ笑んだ。

「可哀相な世間知らずのお姫様。有り金を巻き上げられ、身ぐるみも剝ぎ取られて無様にお城にお帰りなさいませ。江戸より一歩出れば人外魔窟。お姫様には籠の中がお似合いです」


 その時、金吾が賭け金の百二十両を用意し終えた。

 金吾は勝姫に対抗するため、百二十両の小判をそのまま盆ござに置いた。

 そして、短く「半」と告げた。


「コマ、揃いました」

 中盆の声を受け、お蘭は二つのサイコロをツボに入れる。そして、ろくに振りもせずにそのまま盆ござに勢いよく伏せた。


「勝負」

 中盆の声を受け、お蘭がツボを開けた。

 その出目の有り様に、勝負の行方を見守る賭場の全ての人があっと息を飲んだ。


 サイコロが上下に重なっていた。

 一個のサイコロの上に、もう一つのサイコロが乗っているのだ。つまり、下のサイコロの出目が分からない。


「こんなの見たことねえ……」

 客の誰かが唸った。


 上のサイコロの出目は六だ。そして、下のサイコロの前後と左右の面には、二、三、四、五の数字が現れている。

 つまり、下のサイコロの出目は一か六である。

 

 下のサイコロの出目が一ならば、イチロクの半で金吾の勝ち。

 六ならばロクゾロの丁で勝姫の勝ちである。


「上のサイコロをどけて、下の出目を確認しろ」

 苛つく金吾の命を受け、お蘭が上のサイコロに手を伸ばした。


 お蘭の細い指先が上のサイコロに触れようとしたまさにその時、賭場の一本の柱がミシリと音を立てた。

「何だ?」

 客の誰かかそう話した瞬間、床全体が何か大きな力によって突き上げられた。そして、賭場の建物がギシギシと悲鳴を上げながら上下に激しく揺れ始めた。


「じ、地震だ」

「お助けぇぇぇえええ」

 客と金吾一家の組の者たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。


 揺れは数秒で終わった。

 客と組の者たちは、座布団を頭に被ったり、けつをまくって逃げかけたりと、ぶざまな格好をさらしている。

 

 一方、勝姫と助九郎、お蘭、金吾の四人だけは、地震が起きる前と変わらぬ姿勢のまま盆ござを囲んでいた。

 変わっているのはお蘭と金吾の表情であった。冷静だったお蘭の顔は驚がくに満ち、金吾のそれは憤怒にまみれている。


 頭に座布団を被っていた中盆が、恐る恐る盆ござの上のサイコロを確認した。

 二つのサイコロが離れ離れで転がっている。

 地震で上に乗っていたサイコロが転げ落ちたのだ。

 

 その出目は一と一だった。

「ピンゾロの丁!」

 中盆の絶叫が賭場に響いた。

 

 勝姫の勝ちが宣言された。

「おおおおおおお」

「すげえええええ」

 客たちが大騒ぎを始める。


「小娘なのにてえしたもんだ」

「金熊に勝ちやがった」

 客たちは喜々として勝姫を褒めたたえた。


「てえした主人じゃねえか」

 お供の助九郎の肩をバンバンと叩く客もいる。


 しかし、そんな客たちの喧騒は一気にしぼむことになる。

「ふざけるな!」

 金吾の怒号が賭場に響き渡ったのだ。


 肩を怒らせて立ち上がった金吾は、いきなり中盆を蹴り飛ばした。

「下のサイコロの目は一だった。つまりは、イチロクの半で俺の勝ちだろうが!」


 戸塚宿一帯を統べる金吾親分の迫力に、客や組の者たちが身をすくめる。

 金吾の二つ名である金熊は、かつて山中で熊と対峙しても逃げず、逆に一喝で熊を追い払ったことに由縁する。


 だが、勝姫は金吾の迫力に全く動じなかった。

 盆ござの上の小判二百二十両を両手でわしづかみにすると、おもむろに立ち上がった。

「天運は我にあり。地震もわらわの運のうちじゃ。そこでのびている中盆が出目を『丁』と判定した以上、決着はついた。この勝負、わらわの勝ちじゃ」


「納得できるか!」

 金吾は腹の虫が治まらない。

「いかさまだ。いかさまをした賭場荒しがどんな目に遭うか分かっているんだろうな」

 そう吠えて勝姫を鋭くにらみつけた。


「あほう。いかさまで地震が起こせたら、日ノ本どころか、朝鮮や唐の天下まで獲れるわ」

 勝姫があきれ顔で吐息した。


「こ、小娘が、つけ上がりやがって。おい、野郎ども!」

「おう!」

 金吾親分の命を受けた組の者たち十数人が隣の座敷から跳びだして来た。それぞれが懐から小刀を取り出し、柄に手をかける。


「堅気に手を出すのは仁義に反するのではないのか?」

 勝姫が小生意気な様子で口の端を上げ、右手を横に突き出した。

 後ろに控えている助九郎が素早く刀袋から童子切安綱を取り出し、勝姫の右手に握らせた。

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