戸塚1
宵のうち
戸塚宿はずれにある賭場
「お前みたいな小娘が来る場所じゃねえや! とっとと帰えんな!」
金吾一家が胴元を務める賭場の入口で、三下の男が勝姫に罵声を浴びせていた。
男は着物の襟首を大きく開け、裾をまくっている。そして、腹から胸にかけて巻いたさらしを威嚇するようにわざと見せつけている。
にらみを効かせようとして眉間にしわを寄せているが、その様子はどこかわざとらしい。
「小娘でも丁半遊びがやりたい時があるのだ」
勝姫は全く動じずに話した。
勝姫御一行は夕方までに江戸から二十里離れた戸塚宿まで歩き通し、旅籠でわらじを脱いだ。
そして、食事を済ませた後、旅籠の旦那から金吾組が仕切っている賭場の場所を聞き出し、ここまでやってきたのだった。
「小娘が賭場で賭け事なんぞ十年早えや!」
凄味を効かせようとして逆に裏返ってしまった男の哀れな声が闇夜に響いた。
「仕方ないの。助九郎、あれを出せ」
勝姫に命じられた助九郎が淡々とした様子で懐から財布を取り出した。そして、無造作に小判十両を抜き取った。
「これが種銭じゃ。当方は江戸日本橋のちりめん問屋越後屋の一人娘と、そのお守り役の奉公人二人じゃ。上客が来たと親分に伝えてこい」
勝姫がそう偽名を名乗ると、助九郎は男にすっと十両を手渡した。
「あわぁぁぁぁぁあお」
男は小判十枚を両手に浮足だった。小判に触るのが初めてなのに、それが一度に十枚も来たのだから仕方がない。
「し、しばらくお待ちを」
先ほどまで小娘と侮っていた相手にへこへこと何度も頭を下げると、男は大慌てで賭場へと入っていた。
「お勝ちゃん。十両というのは、さすがに高額すぎるのでは……」
勝姫の後ろに控えていた十兵衛が心配そうに声をかえた。三両ですら、下級武士が一家を一年間は養えるほどの額である。
「これぐらい見せ金をしないと、女子供は場に入れてもらえぬ。なに、心配はいらん。以前に天海殿から民草の暮らしぶりを聞くなかで、賭場についてもご教授があった。任せておけ」
「任せておけば、大変なことになりまする」
賭場になど入ったことがない十兵衛だが、賭け事の種銭に十両もの大金を持ち込む客はいないということは分かった。
しばらくすると、先ほどの男を従えて、幾分か身なりが整った中年の男が出てきた。
「越後屋のお嬢様。それとお供の衆でございますな。ご苦労さんでございます」
中年の男はいんぎんにそう言うと、喜助と名乗った。
「さあさ、せま苦しい賭場ではございますが、どうぞ、こちらへ」
喜助は三下を玄関先に残すと、勝姫と十兵衛、助九郎を賭場の中へと案内した。
賭場は二十畳ほどの広さの板の間だった。
たくさんの行灯に照らされたその部屋には、欲にまみれた男たち十数人がうごめいていた。
旅人もいれば、商人、豪農と思わしき身なりの良い姿もある。そして、用心棒らしい浪人一人が部屋の隅であぐらをかいて徳利で酒を飲んでいる。




