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鬼を食らう姫  作者: 皆城さかえ
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出立3

 秀忠は慌てて上座に戻ると、居ずまいを正した。

「なんじゃ」 

 そして、これまでとは打って変わって重々しい声を出した。


「昨晩の事件の経過を報告に上がりました」

 十兵衛の声は緊迫している。


「よし、目通りを許す」

 秀忠の一言を受け、ふすまの裏にかしずいていた小姓たちがゆっくりとふすまが開いた。

 その先では玉砂利が敷きつめられた庭に十兵衛が平伏していた。


「おもてを上げよ」

 秀忠の許しを得て、ようやく十兵衛が顔を上げた。十五歳になって元服したばかりのその顔は疲れ切っているようだった。

 

 十兵衛は昨晩の桔梗屋での決闘の後、徳川家直属の親衛隊である書院番の同僚たちと共に、長篠一文字が盗まれた詳細を徹夜で調べ上げていた。


「調査の結果を申せ」

「はい。奥平松平家より長篠一文字を盗み出した者の身元ですが……」


 十兵衛たちが奥平松平家当主の松平忠明から聞き取った長篠一文字紛失のてん末はこうであった。


 忠明は、勝姫が間もなく到着するとの一報を受けると、鬼封刀「長篠一文字」と、もう一つの家宝である鬼封刀「大般若長光」を蔵から取り出し、二本を揃えて奥座敷の刀掛け台に置いた。

 その後、勝姫を出迎えようと、奥座敷を外していた僅かな隙に鬼封刀二本は姿を消していたというのだ。


「なに!? 大般若長光も一緒に盗まれたと申すのか?」

 新たな事実に、秀忠の顔から血の気が引いた。


◆◆◆

〈大般若長光〉絢爛けんらん豪勢な名刀。室町時代に六百貫という途方もない値がついたことから、大般若経六百巻とかけた二つ名で呼ばれる。

◆◆◆


 大般若長光は、織田信長から徳川家康に贈られた後、家康が長篠の戦いで戦功を上げた奥平信昌(松平忠明の父)に恩賞として授けていた。

 信昌はその後、家康の長女を娶って家康の義理の息子になる。奥平家はさらに松平姓を名乗ることを許された。奥平松平家は、普代大名筆頭の家柄なのである。


 十兵衛によれば、昨晩の騒ぎの後から、奥平松平家に雇われていた下女一人が行方不明になっているという。

 

 この下女は半年ほど前に奥平松平家に奉公し始めた。

 明るくて仕事に真面目なだけでなく、読み書きができることや、武家の礼儀作法を身に付いていたこともあり、女中たちはこの拾い物を大いに重宝した。

 

 そして、いつしかこの下女は、忠明らが暮らす御殿への立ち入りを許されるようになっていたという。この下女は昨晩も御殿で働いていた。


「この女、恐らく大坂方の間者と思われます」

 十兵衛の報告を聞いて、秀忠は頭が痛くなってきた。


 今回の問題の争点は、大坂方の大胆不敵さよりも松平忠明の失態だろう。駿府にいる大御所家康の雷が忠明に落ちるのは間違いない。

 そして、その怒りは将軍である自分にも降りかかってくることは容易に想像できた。


「鬼封刀を二本も盗まれるとは。信昌殿もわが子の凡庸さに嘆き悲しむことであろう。忠明殿には、それなりの処分を申し付けなければなるまい」

「上様。別件、いや同件でまだ報告があります。申し上げ難いのですが……」

 憂いを帯びる秀忠に向かい、十兵衛が震える声で再び平伏した。


「何じゃ」

「非常に申し上げ難いのですが……」

「だから何じゃと申しておる」

 秀忠が珍しくいらいらとした様子で懐の扇子を取り出した。


「あの、その……」

 それでも物言わぬ十兵衛のただならぬ様子に

「大丈夫じゃ、申してみよ」

 と勝姫が優しく声をかけて助け舟を出した。


「そなたたち書院番にはこの度は本当に苦労をかけた。長篠一文字を取り戻せたのも、そなたたちの一助があればこそじゃ。だから、何事も遠慮なく父上に申し上げてみよ」

 勝姫は秀忠を見て口の端を上げてみせた。

「父上も悪いようにはせぬ。ねえ、父上?」


「そうじゃ。遠慮なく申してみよ」

 久しぶりに勝姫に微笑みかけられた秀忠は一転して上機嫌でうなずいた。


「……さすれば」

 十兵衛が平伏したまま一気に話し出した。

「江戸城の宝物庫に保管していた鬼封刀十八本、すべて何者かに盗まれました!」


「は?」

 秀忠の手から扇子が落ちた。


 十兵衛の報告は続く。

「宝物庫の警備を仰せ付かった我ら書院番、非番も含めて全員が長篠一文字を探し求めて江戸市中を奔走しておりました。その夜半の間に、賊の一団によって宝物庫が破られ、鬼封刀十八本を根こそぎ奪われました!」


「き、貴様ら、な、な、何という失態じゃ!」

 秀忠は怒りに身を震わせて立ち上がった。松平忠明が奪われた二本どころの騒ぎではない。その九倍の十八本を盗まれたのである。

「せっ、切腹ものじゃ!」


「申し訳ございません!」

 十兵衛は額をこれでもかと玉砂利にこすり付けた。

「夜半に突然、城内に濃霧が発生しまして、賊はその霧に紛れ、警備が薄くなった隙をついて城内に忍び込んだ様子。明け方に霧が晴れるまで、盗まれたことは分かりませんでした」


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