出立2
「淀君が目を付けたのは、四十八匹の鬼を封じた刀四十八本です」
天海は長篠一文字に目を落とした。
淀君は、信長の妹お市の方の長女。勝姫にとっては伯母に当たる。
「淀君は今、天下に散らばった鬼封刀の四十八本を公然と集め出しました。全ての鬼の力を結集させ、第六天魔王信長を復活する算段なのです」
天海は恐ろしげに首を振る。
「そうなれば、一度は徳川家に定まった天下も再び動乱に巻き込まれるでしょう。必ずしも豊臣家よりも先に四十八の鬼封力を徳川家のものとせねばなりませぬ。そのためには、『暴飲』の力で全ての鬼力を勝姫様の体に集約させる方法が一番なのです」
天海は諭すように秀忠を見つめた。
「刀に鬼を封じたままでは、鬼の力が野放しになっているのと同然です。このような外道な力は徳川幕府の御政道の障害でしかありません。この際、全ての鬼の力を勝姫様の体内にいったん移し、その後に一カ所にまとめて再び封じるのが最善の策です」
「しかしのう……」
秀忠は悲しそうにうなだれた。
「尾張織田家の血を引くばかりに、あまりに不憫じゃ」
信長の父信秀は「これから生まれてくる我が子たちの血肉を捧げる……」と、四十八匹の鬼と契りを結んだ。
つまり、鬼の依り代たる資格は信長のきょうだいたちすべてにあった。その呪いは、世代を越え、その子や孫へと受け継がれている。
勝姫の母、江君は、信長の妹お市の方の三女である。
天海は、悲しむ秀忠を叱咤するかのように膝を打った。
「尾張織田家の血を継ぎ、信長公の生まれ変わりと特に評判が高い勝姫様だからこそ、童子切安綱の魔力『暴飲』を使いこなせるのです。豊臣家の野望をくじき天下太平を実現するためには、勝姫様にはご辛抱していただかねばなりませぬ」
秀忠は江君との間に二男五女をもうけている。勝姫の二人の姉はすでに他家に嫁いでおり、弟二人と妹二人はあまりにも小さすぎる。
血筋的に最も信長に近いのは江君なのだが、彼女は武芸をたしなんだことがない。そして、もしその心得があったとしても、今は七歳の次男国千代を溺愛して子育てにかかりっきりになっており、天下の政事などにはまったく関心を持っていない。
秀忠としても鬼を封じた刀集めという危険な役目を、剣技において天賦の才を持って生まれた勝姫に頼まざるを得ない現状なのだ。
「分かってはおる。しかし、かわいそうじゃ。その小さき身に……」
秀忠が潤んだ目で勝姫を見た。
しかし、勝姫は「父上、心配ご無用です」とことさら明るく声を上げた。
「これも天下太平のためにございます。勝は鬼力の百や二百でもこの体に引き受けまする」
上気したその顔はどこか誇らしげでもあった。
「そうか、そうか。その心意気、大御所も喜ばれるであろう……」
秀忠は涙を拭き、無理にほほ笑んだ。秀忠は三女勝姫のこうした直情を愛していた。
「それに、鬼の力を呑み取るのはなかなかに面白うございます」
勝姫は、先日に江戸城本丸御殿で執り行われた鬼力「暴飲」の力を初めて使う儀式を思い出していた。
童子切安綱に封じられた鬼力「暴飲」の能力を試し、かつ、勝姫に鬼力への耐性があるかどうかを見極めるための儀式だった。
勝姫はそこで、徳川家所蔵の鬼封刀「義元左文字」から鬼力「空隙」を呑み取ったのだ。
◆◆◆
〈義元左文字〉今川義元が所持していた打刀。桶狭間の戦いの後、信長は義元から分捕ったこの刀に「永禄三年五月十九日 義元討捕刻彼所持刀 織田尾張守信長」と銘を切らせた。
◆◆◆
勝姫は儀式において、天下人の刀と呼ばれる義元左文字の刀身を舐めた。
義元左文字は雨に濡れた果実の味がした。その味に勝姫は全身が震えるほどの甘美を覚えた。今もその味を思い出すと胸が高鳴るほどだ。
「父上がお祖父様より引き継ぎし鬼封刀は二十一本。このうち義元左文字の鬼力はすでにこの勝が呑み取り、童子切安綱はこの手に。十兵衛が使っている痣丸を除けば、徳川家に残る鬼封刀は十八本。勝はその全てを一刻も早く呑み取りたいのです」
勝姫が少し頬を赤らめて話した。というか、早く味わいたい。
「その鬼封刀十八本はこの江戸城の宝物庫で厳重に守っておる。豊臣は手も足も出せぬわ。お主の体に不必要に鬼の力を宿すことはない」
秀忠は、愛娘の上気した顔は無理矢理に我慢を重ねている所為だと理解した。
だから、ことさら優しげに話した。
「いかに豊臣家とはいえ、この江戸城にまでは忍び込めまい」
秀忠は、天海の言うように勝姫の身に全ての鬼を集約させるつもりはなかった。勝姫の身を案じているのだ。いかに恐ろしい鬼の力を発揮できる名刀といえども、使う者がいなければ無害だ。
「しかし、万が一もございます。一番安全なのは、天海殿が言うように、この勝の身に鬼の力をまとめることなのです。勝はただでさえ剣術ならば誰にも負けませぬ。さらに多くの鬼力をこの身に宿せば、千万の兵といえども敵ではございませぬ」
勝姫は身もだえしながら話し続ける。
「お祖父様と父上が苦労して築き上げたこの太平の世を守りたいのです」
「何と健気な」
感涙した秀忠が勝姫に抱きつこうと駆け寄った。が、勝姫はこともなくヒラリと身をかわしたため、秀忠は勢いよく座布団に顔を埋める格好になった。
「なげかわしい」
天海が徳川家の今後を憂えて天を仰いだ。
「お目通りを願いまする」
その時、閉じたふすまの向こう、庭の方から柳生十兵衛の声が聞こえた。




