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相談

 「珍しいな、有栖が訪ねてくるなんて。初めてじゃないか?」


 いつものように食堂でご飯を食べてから自室でリーベに教えるサイクルに入ろうとしたところ秋の部屋にチャイムが鳴った。


 秋の部屋に訪ねてくるのは相原か、はたまた森山か佐々木の男子陣が殆どであり女性陣は寮の部屋割り的に遠い為訪ねてくる機会は滅多にない。


 それでもたまにあるのは西園寺の一件のように面倒な話かあまり気にしたことのない女子生徒から告白されるかの2択だった。


 前者は下手なことを喋ると面倒ごとが降りかかってくるのと相手方が話す断片的な情報から今の知りたくもない裏事情が理解させられるので秋にとっては時間の無駄としか言えない用件だった。


 後者は後者で下手な対応をすれば面倒ごとが降りかかることに加えて上手く対応しすぎても面倒ごとが降りかかるという最早罰ゲームとしか表現できない用件であり秋からすればうんざりするしかなかった。


 何しろ来る人来る人が秋に対して自らの理想を持ち、色眼鏡をかけて見る秋の幻像を実像と勘違いして押し付けてくる為不快でしかないのだ。


 そして秋が最も理解出来ないのは他人に何かを求めるという行為そのものだった。もちろん今の自分に何かが足りていないため、そのなにかを求めることはある。


 しかしそれは自分の力で手に入れるものであり、それにもし他人が絡むならば何かを手に入れるための方法を変更して一人でも辿り着けるようにする。


 そうして一つ一つ足りないものを埋めていき理想の自分に現実を近づけていく、それが秋の進んできた道であり……それ故に秋は他人とズレる。


 理想とは今の自分では届かないモノであり、自らの力で一歩一歩踏み出して辿り着くモノ……それが秋の考えである。その考えには他者が介在する余地はなく、一人だけで完結している。そのため秋は他者に何かを求めることはない、誰かに寄り掛かる弱さもなく、誰かに心を揺さぶられることもない。


 そんな秋だが有栖が訪ねて来たことは意外であり驚きに値する出来事だった。


 「すまないが部屋に入らせてもらってもいいか? ここだと少々人目についてしまう」


 「ああ、どうぞ。テーブルに座っててくれ、今お茶を用意するから」


 電気ポットですぐさまお湯を沸かして緑茶を淹れると適当なお茶菓子を一緒のお盆にのせて有栖に提供し、自分の分も用意した。


 その間有栖はキョロキョロと落ち着かない様子で秋の部屋を見渡していた。


 「粗茶だが気を悪くしないでくれ、そもそもあまりこういうものに頓着しなくてな。部屋にくるのは雑に扱っても構わない連中だからな……どうした? そんなにソワソワして」


 「……意外と言えば意外で、妥当と言えば妥当だな……」


 「何がだ?」


 「お前の部屋の内装の話だ、万能なお前のことだ、多趣味で部屋には雑貨が多いのかと勝手に考えていたが……まさかここまで殺風景だとはな。それでも意外だという感情と共に腑に落ちたかのような思いが湧き起こるのが不思議な話だ」


 「そうか? まあイメージと実情が違うのはよくあることだろう。 ……それで、一体有栖が俺に何の用だ?」


 秋が雑談を早めに切り上げて有栖に訪問の用件を単刀直入に尋ねると有栖は若干の強張りを顔に浮かばせた。


 「……その、何だ……、用件を言う前に……聞きたいことがある」


 「どうした」


 「お前はお嬢様が今何をしているか知っているか?」


 そう問われ秋は東條に関する情報を記憶の底から引き揚げ、それを最近の情勢、耳に入った話、そして有栖が導きたいであろう話の主題を推測して結論を出した。


 「すまないが最近部屋に篭りっぱなしでな、あまり他の連中が何をしているのかはよく知らないんだ。だから推測になってしまうけど、東條さんは確か遠距離系のジョブに就いていたはずだから……外壁の上からモンスターの駆除でもしてるんじゃないかな」


 そう答えると有栖は驚いた顔をした、どうやら秋が知らないということが前提にあったらしい。


 「別に驚くことじゃないだろ、わざわざ有栖が訪ねてくるんだ。色恋沙汰なんていう俗的なものではなく主人(東條さん)関連だということは有栖が話をする前から予想は出来た。ただそんな話を俺に持ちかけてくることが予想出来ずに意外で驚いたよ」


 「……本当にお前は頭の回転が速いな、……そうだ、お嬢様が今、かなり精神的に追い詰められていて……それについてお前の助けが欲しい」


 東條についてのことで秋に助けを求める……ならば皇や西園寺のように権力で何とかして欲しいというようなことでもない。相原や佐々木では有栖が不適当だと判断するならばそれはきっと……。


 「俺じゃ無理じゃないか? というよりそういうことに備えて有栖が付けられているんだろう? 力になりたいのは山々だけど俺ではどうにも出来ないよ。女性陣を誘うか、それか他の男子連中に声をかけてくれ」


 「いや、これはお前にしか頼めない。今までお嬢様と過ごして来た永瀬秋にしか出来ないことだ」


 それを聞いて秋はハッキリと嫌な表情を浮かべた。何をすればいいのかは理解出来たがそれをすることがとてもいやでしたくないことだったのだ。


 「……有栖って東條さんのメイドだよな? そういうのはメイドとしてダメなんじゃないのか? もう少しご主人様は大事にした方がいい」


 「……たとえお嬢様に嫌われようが最善を尽くす、それが従者の務めだ」


 そう言われると従者でもなんでもない秋には口出ししようがない。そして二人の関係性について口出しできるほど付き合いも深くなく、興味もなければ関心もないため言及することはやめた。


 「一応女性陣がダメな理由と他の男性陣がダメな理由を聞かせてもらってもいいか? 理由次第ではなんとか出来るかもしれないし」


 「前者はそれではお嬢様が心から気分転換出来ないからだ、以前のような旅行している時とは状況が違うからな……否が応でも今の情勢に触れざるをえない。何しろそれだけの立場の人間同士だからな」


 それから有栖はすっかりぬるくなった緑茶をすすり喉を潤してから続きを話し始めた。


 「後者は先ほどの理由も当てはまるがお嬢様に対して余計な気持ちを持っているからな……変な虫をお嬢様に近づけたくない」


 「仮にも友達相手に容赦のない評価だな……それだと俺にも当てはまりそうなんだが」


 秋が自分にも否定に値する理由が当てはまるとして拒否しようとしたが有栖はそれを鼻で笑った。


 「ハッ、お前が、か? それは無い、この一年近く共にいたがお前はあの中の誰よりも我々に対して深い溝を持っているからな。皇や西園寺、一ノ瀬に柊といったように周りに壁を作るように教わったりそうなるよう育った者たちと違ってお前は根本的に違う。それが何故かは問わん、ただお前が信頼出来る人物であることは確かだ。それさえ合っていれば構わん」


 覚悟を持って秋に対して向かい合う有栖に対してこれ以上はぐらかすことは無粋かと思い有栖の用件の整理を始めて、内容を精査してプランを組み立てる。


 「……東條さんは家の意向で積極的に外壁からモンスターの駆除や氾濫領域に新たに発生したダンジョンが攻略しやすいように周囲のモンスターの駆除に駆り出されている。それでモンスターとはいえ短期間の間に生物を大量に殺した影響で若干とは言え精神的に不安定な部分が出てきてしまった。それを東條さんが少なからず好意を抱いている俺がデートにでも連れ出して気分転換させて欲しい……これでいいのか?」


 「ああ、もちろん報酬は払う。どうだ、引き受けてくれるか?」


 秋はやりたくは無い、しかし


 『デート? あたしアキとデートした〜い! デートに行こ〜よ〜、ね〜え〜』


 リーベが有栖の横で騒いでいることを考慮するとまあ別に引き受けてもいいかと判断した。理由としては東條とは短くは無い期間共に過ごしてきた、これくらいのことをする程度ならば面倒ではあるが負担ではなく許容範囲内である。


 それにリーベを外に連れ出して実際に社会がどうなっているのかを教えるいい機会だろうということが挙げられる。


 「引き受けてもいい、ただデートのプランは俺が組み立てるしそれで本当に東條さんが立ち直れるかも保証はできない。それでもいいなら……だが。後報酬は要らん、こういうことで報酬を受け取るのは好きじゃない」


 「それで構わない、お前ならなんだかんだできっと最良の結果を出すと信じてるからな」


 「どうしてそんなに俺の評価が高いんだ?」


 「今までの実績故だ、お前は私たちのことを考えて最もいい未来になるように動いてきたからだ」


 取り敢えずスマホでおすすめデートスポットについて調べ上げて良さそうな場所をピックアップしておくことといい天気の日を調べると同時に東條を誘う準備をしておかなくてはなと考えながら有栖と細部を詰めていった。


 「……こんなところか、あとは実際にやってみるしかないな」


 「そうだな、……もう昼が近いな、そんなに考えていたのか。通りで腹が減るはずだ、もうじき学食に向かう学生が多くなる。早めに部屋から出て行った方がいい、変な噂になりたくなければな」


 「そうさせてもらおう」


 有栖を自室から見送るときに秋はなんでもないように、そして確認するように言った。


 「俺が有栖にここまで言った意味……賢い君なら分かるよな?」


 「……分かってるさ、人目につかないうちに失礼させてもらう。……今回は助かった」


 有栖はすこし顔を強張らせて分かってると言い残していつもよりも若干足早に去って行った。


 「俺に深く踏み込むなっていうことぐらい君なら理解出来るだろうに……いくら君たちが(理解出来ない感情)を俺に向けても俺は君たちに同じだけのモノを、見合うだけのモノを返せないんだから……」


 どうして他人は分かっていても間違いを選んでしまうのだろうと秋は思った。

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