自己確認
そんなこんなで喋り続けていたら朝のチャイムが鳴り響いて朝礼の時間がやってきた。なので、俺たちは大人しく自分の席に座り担任がやってくるのを待とうとしたが、ここで問題発生。背面側から生えてる尻尾や羽の影響で座席に座れない奴らが多数出てきた……コイツらように教室の備品を調整しなくちゃまともに授業が出来ねぇな、これ。
妥協案として席の近くにいるか机に座るということになったんだが、態度悪いなコイツら。机に座るとか不良じゃん。俺が最近の若者のモラルの低下について嘆いているとズシンズシンと音が響いてその度に教室の床が振動するようになった。そのまま音源が近づいてきて教室の前で止まった。
大人なんだからもう少し静かに移動しろよと考えていたら、入ってきた担任の姿を見て納得したわ。元々太……ぽっちゃりしていた担任はさらに丸々としたシルエットと化しており体には豚の特徴が表れていた。
俺は気の毒そうな目でそれを見ていた、だっていい年したおっさんがこんな姿してみろよ、少なくとも女子からの好感度は最低だぞ。実際うちのクラスの女子からは不快な表情が確認できた。別に肉体が変わったからといって顔が変化したわけじゃないから、モブ顔のやつにも老人にも人外の特徴が出てるけどこれでイケメン、美女にならないんだよな。むしろ、気持ち悪くて見た目が悪くなることの方が多いわ。
そんなこんなで(悲)劇的ビフォーアフターを遂げた担任からはこの異常事態の影響で受験日程が後ろに回る事とだからといって受験がなくなるわけではないので今まで通り勉強は継続しましょうとのありがたいお話をいただいたとこで朝礼は終わった。さて、一発目の授業に入るか〜と気を引き締めていたところで授業はこれから遠隔で行うとのこと。
どういうことだよと疑問の声がクラス中で上がり不満が続出したが理由を聞いて全員納得した。
「今回の出来事で学校の設備が使えなくなる生徒、使用困難になる生徒が出てくると予想され、なおかつ十分な環境での教育が出来ないと判断されたため一時的に自宅学習という形になった」
それを聞かされたらまぁそりゃね、とした言えないわ。でもそんな急に方針転換して大丈夫? つーかそれなら学校にわざわざ来させなくても学校のホームページにあげてくれれば済む話じゃね? と疑問に思ってたら
「先生、自宅のネット環境が良くない人はどうしたらいいですか?」
「先生、私スマートフォンしか持ってなくてパソコンは家にありません。どうすればいいですか?」
と似たようなことを質問する生徒が多数続出。俺は環境が整っていたので軽く受け入れていたが、それが整っていない生徒からしてれば受け入れ難いわなと納得。たしかに学校での授業は困難になったのかもしれないが自宅での授業にも問題が有るならばどちらとも変わらないんじゃね、という俺の浅い考えを咎めるかのように対策は当然用意してあるらしい。
「希望者には学校のパソコン及びルーターを貸し出す。希望するものが居れば今から配布するプリントに名前を書いて先生に提出してくれ。その後一式渡すから渡したものの登録番号を誰に貸し出したかを記録するので渡されてもすぐに帰らないように。また、国からの支給もあるので、台数が不足して手元に道具が来ないということは心配無用だ。安心してほしい」
教室まで来させたのは貸し出しの有無を問うアンケートが目的か〜と思っていたら担任から追加で国から最適な新しい教育環境を作るために肉体が変化した学生が既存の設備を使用するにあたって何が不便か、何が困難になったのかを知るために協力してほしいとのこと。
今までの学舎は二足歩行の俗に言うホモ・サピエンス向けのものだったが明らかにホモ・サピエンスではない学生が多数出現したため、新しく作り直すことを決定したが今まで人外向けの建築物を建造したことはないため国から何がダメなのか調査してほしいと先日、役所から学校へと連絡があったそう。
そういうことで変化有りのグループは調査のため学校に残り、俺は変化無しのグループなためそのまま帰宅することになった。どうしよう、めっちゃ暇になったな。正直受験勉強もやり尽くした感あるし志望校にも普通に受かりそうなんだよな〜。早めに帰ってきたせいで誰もいない家で過ごすことになったが退屈で仕方ないため、制服からさっさと着替えてボーッとTVを見ていたら最近特殊な技能を用いて犯罪行為を行う人数が増加しており問題となっているということが、放送されていた。
まぁ、別に不思議なことじゃない。話を聞いてた限りステータスの能力値は大体10前後くらいでそれを俺みたいに遥かに超える人がいたらそれを利用して犯罪行為に走ってもおかしくはないし固有スキルにしても三馬鹿のように微妙なものではなく鍵開けとか窃盗だったりしたならやはり試したくもなるだろう。
どうして人間という種族はろくなことをしないのかと哲学的な考えをしていると対策として政府は今月末までに全人口のステータスを確認して、能力値と技能を確認した後、役所で登録を行うとのこと。めっちゃ人権侵害とかで野党が五月蝿い罵倒をしているが治安の観点から見れば仕方ないだろ? これから鑑識とかで犯人は高ステータスな人物ですとか素面で言う時代が到来するんだぞ。
追加で、まだまだ精神的に未熟な子供たちが超常の力に振り回されないように専門的な教育機関を設立するとの発表もあったがこれ要するに若さで調子に乗って変なことしないように危険因子共を集めて道徳心を育成させるってことだろ? でも良かったな山本、念願の冒険者学校が出来ようとしてるぞ。お前が暑苦しく語っていた夢物語が実現しようとしているぞ。……
その前に試験で落ちそうだけどな。
そのままゴロゴロしてるのもアレなので、今朝判明した俺のステータスについて画面と睨めっこしながら考察を始めた。と言ってもそれが何なのかよく分からないため字面からの想像になってしまうが自分で言うのもあれだけど結構当たりの部類じゃない? 固有スキルの数は言うまでもないけど内容も良さげなものばっかりだし。
それよか、能力値の方が問題だわ。これが高めの値ってことはわかるが俺には何の変化も感じないし。これ画面に出てるだけで実際、そんなもの存在しないのでは? 若干、疑心暗鬼の状態のまま昼食のため炒飯を作っていたが考え事をしていたせいか知らないがウインナーごと包丁で手を切った。
別にペンを持つ方の手ではないためそこまで深刻というわけではないが、怪我のせいでテンションが下がり溜息を吐きつつ手を洗って絆創膏を傷口に貼ろうとしたら思わず切った部分を二度見したわ。原因の傷がなくなってるし。治んのに3日くらいかかるはずなのに一瞬で治るとは……。恐るべし、固有スキル。
ちょっとしたアクシデントがありつつも無事炒飯を食べ終わり片付けもできたところで俺は真面目にステータスに向き合った。いや、これ馬鹿にできないわ。割と真剣に重要だわ。このステータスを信じると俺の能力値は高いはずなのに変化が感じられないとなると俺に何か原因があるかもしれない。実は俺が無意識のうちに力をセーブしてるとかな。
検証と食後の運動がてら荷物を持って市民体育館に行って簡易的な身体能力テストをしてみた。平日の、しかも真っ昼間ということもあり俺以外に利用者はおらずスタッフも暇そうに欠伸してるおじいちゃんとおっちゃんくらいでめちゃくちゃ空いてた。
なので遠慮なく使わせてもらった。取り敢えず試しに20kgダンベルを持とうとしたが、まぁ持ち上がらないよね。諦めて軽めのやつから試そうとしたがどうも持ち上がらないという感覚に違和感がある。持てない時は筋肉がピクピクして疲労感が出てきて全力で無理ですって自己主張するものだが何か思ったより重たいものを持とうとして失敗した感じである。
そこから目を閉じて集中して身体に力を入れていると突然全能感に脳が満たされると同時にダンベルがまるでペットボトルのように軽くなり力を込めすぎて放り投げそうになってしまった。なにこれスゲェ。
静かにダンベルを置いて落ち着くと世界がとても広く、鮮やかに感じられた。例えるなら頭を悩ませていた難問がいきなり解けたかのような解放感のようで、新たな感覚が急に発生したかのように。身体の使い方、能力が今はよく理解でき逆に何故今まで気付かなかったのかと思うほど呆気なく急にステータスを感じることができた。
固有スキルに関しても身体から漲ってくる力や視界に映らないはずの場所さえ理解でき、さらには今まで感じたこともなかった異質な力さえ認識できるようになった。……スタッフのおじいちゃん、俺より魔力持ってるんじゃね? 何かめっちゃ溢れてるんだけど。
この身体の限界値を調べるため検証していたが握力は軽く150kgを左右共に超えていたしバーベルは200kgは軽々ではないがさほど力を入れずともしっかり頭上まで持ち上げられた。走力に関しては時速30km/hで一時間走ってもなお余力があるほどだった。
ニュースではいきなり力を手に入れた馬鹿共が調子に乗って馬鹿なことやらかしたなくらいにしか思わなかったが気持ち分かるわ。そりゃこんな力手に入れたら調子に乗るわ。気持ちを沈静化させるのに1時間もかかったわ。そろそろいい時間なので家に帰るかということでスタッフに挨拶して施設を後にした。
市民体育館から帰る道中、道を行く人がとても遅く感じられたり街頭テレビの音が遅く聞こえたりして世界がとてもスローに感じられる。これ、速度って単純な速さだけじゃなくて思考時間にも影響してね? テスト受ける時とかめっちゃ影響しそうだし数値によっちゃ弾丸を避けれそう。
気をつけないと速度を出しすぎて前の人を轢きかねないので上がった気分を抑えて慎重に一歩一歩進んで帰宅して、ようやく一息ついた。ステータスの能力値に差があると日常生活に影響がヤバそう。ラブコメみたいにパンを咥えて走ってくる女の子と角でぶつかった時男子側のステータスが低けりゃスチル回収イベントどころか殺傷事件に早変わりだぞ。
……しかも弱いといざというときに自分の身を守ることが難しいなこれ。いつか自分より優れたステータスの存在が敵対してきたらと思うと恐ろしい。そんな世界来て欲しくねぇ。いや、今の段階でも同じことか。もしかしたら固有スキルの中に人を簡単に殺せるものがあるかもしれないし、例えるなら人々が見えない銃を持ち歩いてるみたいなもんか。
朝、政府が言ってたこともあの時はそんなに深く考えられなかったけどこんな事態を防ぐために国民のステータスを登録させんのかな?
愉快な気分から一転して落ち込んだわ。取り敢えず
「ファンタジーがどう考えても優しいものになりそうにねぇ……」
呻くしかない。