行方不明者(生存)
その後、冷静に考えてレイスを連れて人のいる場所に行ったらパニックになるということに気付いたため秋は《蜃気楼》を使用してレイスを視認出来ないようにし更には魔刃の術式を応用してレイスの存在する場所に魔力を垂れ流すだけの術式をその場で創り出し斥候系のジョブスキルや固有スキルでも感知出来ないように調整した。
瓦礫と血肉が散乱する街並みをトボトボ歩いて学校に向かっていると懐中電灯などを使用して辺りを照らし出して呼びかけを行なっている集団を発見した。
「おーい!! 誰かいないかー!! いたら返事をしてくれ!!」
「誰かー!? 返事をしてくれー!!」
「早く!! この瓦礫の下から声が聞こえる!!」
ああ、災害が起きた後によくある行方不明者の捜索かと納得して自分には関係無さそうなので自分にも《蜃気楼》を適用して姿をくらまして学校までたどり着いた。
「後の行方不明者は!?」
「まだ被害者の特定が出来てません!!」
「早くしろ! 子供達の命がかかってるんだぞ!?」
どうやら自分の配置場所以外にも想定通りいかなかった場所があるようで学校では教員たちが該当する配置場所に配属された生徒の安否を鬼気迫る勢いで確認していた。
時間が時間なので食堂に寄ってご飯を食べようかと思い顔を出すと生徒たちは大勢いたがその表情は暗く……とてもこれから夕食をする者たちの顔とは思えなかった。
「何かあったのか?」
日替わり定食をトレーにのせていつもの面々に問いかけると何故か死人でも見たかのような驚いた顔をされた。
「俺の顔に何かついてる?」
口をパクパクさせてはいるが言葉を発しようとしないため取り敢えず、いただきますとキチンと手を合わせてご飯を食べ始めるとフリーズした時が進んだかのように一気に口を開いた。
「いやいやいや、お前のことを心配してたんだよ!?」
「被害状況もとても悪かったからね……人死にがとても多いらしかったから、本当……どうしたものかと……」
「そうです、しかも永瀬さんの配置場所に生徒の生存者が一人もいないって報告があって……それで死んだと思ったんですよ!?」
どうやら自分は死んでしまったのだと誤認されていたようだとカレーを食べながら秋は理解した。しかし単純に心配からの安堵や驚愕を口にする相原や森山、東條はまだしも後の面々は一体どういうことだろうか?
「……おかしいと思いましたわ。拠点には永瀬さんの荷物だけがきれいにありませんでしたから……。死んだのならば物盗りかとも考えましたが永瀬さんの荷物だけなんておかしいですもの、やはり生きていましたか」
「白銀の騎士が避難誘導してたって噂になってたから死んでる可能性は低いと思ってましたが……まさかの無傷ですか、秋さん」
なるほど、秋が死んだ可能性が高いとして心配してた派と秋が死んでる可能性は低いと判断した派に分かれていたからリアクションに差があったのかと納得すると同時に最後に福神漬けを口にして食事を終えた。
「永瀬さん? 無事なら無事と一言くらいは連絡して欲しかったのだけれど?」
「生憎あの時スマホは混線してたのか通信過多なのか碌に使えなかったからメッセージも送れなかったんだ。無線の類も大人たちしか持っていなかったしね。避難誘導をしっかりと遂行して担当場所のチェックを行っていたらこんな時間になったんだ」
事情を説明すると成る程と納得すると同時にあれほどの騒ぎの中自らに課せられた仕事を果たそうとしていた秋に対して驚愕の視線が向けられた。
「その……永瀬、大臣の子供である俺が言うのもアレな話だが……そこまで命をお前が賭ける必要は無いと思うぞ? まずは自分の命を優先すべきだ、……いやお前のしたことはとても立派で素晴らしいことなんだがな……」
「ならそんな立派で素晴らしい働きをした俺に少し報酬をくれないか?」
「……何が欲しい?」
「モニュメントを今すぐ使わせてくれ、何故かあそこじゃジョブチェンジが出来なかったんだ」
「なんだ……そんなことか。いいぞ、お前がモニュメントを使えるよう手配をしよう。尤も今はこの騒ぎだからな……案内に割く人員は無いが構わないか?」
「もちろん、使わせてくれるだけでもありがたい」
容器を返却してから秋は自室に戻ることなく佐々木から送られたモニュメントが保管されている場所に向かった。
指定された場所は倉庫のようであまり人の気配は無かった。被災地への支援に人員を駆り出されているということもあるだろうがそもそもここにはそれほど価値のある品は存在しないような気がする。
「君が永瀬秋くんかな? どうぞこの中に、入ると地下への階段があるからそれを下っていくとモニュメントがあるから勝手に使ってくれ。私はここの見張りをしなければならなくて案内は出来ないんだ。本来なら案内用の人を手配するところだが……すまない、この状況だ。理解して欲しい」
「構いません、下に行けばいいんですね、分かりました」
佐々木の言う通り案内は無かったが秋にとっては自分のジョブレベルやジョブ構成を見られたくなかったためそちらの方が寧ろ好都合だと思っていたのだがそれを言うと話が拗れそうなので口にはしなかった。
変わらず秋の周りを浮遊するレイスを連れて薄暗い部屋にある薄く埃の積もった階段を下ると秋が以前見たモニュメントが大分埃を被った状態で鎮座されている。モニュメントなどそれほど数は不要であり何個か確保してしまえば需要は満たされるため扱いはぞんざいなものだった。
秋からすれば使えれば構わないためそんなこと気にすることは無く、ペタンと手をモニュメントに押しつけてジョブチェンジを行う。その最中
「ん、こんな項目あったか?」
異変に気付いた。【特殊】系統に存在するのは先に就いた2職のみ、その筈だった。にもかかわらず、今この時確認すると新たなジョブの名称が存在していた。
もし仮に秋が4つめの上級職を複合魔法職の【賢者】ではなく順当に【光術師】系統の上級職を選択していた場合、秋は光のエキスパートとなり……輝きの頂に至りし者の証として【黄王】への転職の試練への挑戦権が与えられていた。
その場合、秋は試練に失敗して命を落とすことなく試練を無事に突破して新たな最上位職業を獲得する未来が存在した。
しかし秋が実際に選択したのは【賢者】であり……光のエキスパートになる道を秋は選択しなかった。代わりに【賢者】の特性である一部魔法を除き下級職程度に限定されるがあらゆる魔法を使い熟す魔法全体のエキスパートの力を手に入れた。
元より秋は自ら世界より与えられた魔法術式の意味を理解できるほどであり、更には術式の改造及び新たな術式の創造までも行うほど魔法への造詣が深い。
それに今までは光魔法限定だったが【賢者】を取得したことで他の魔法の知識も手に入れて幅広い視野を持ち光魔法以外にも精通するようになった。
特に秋が元から光魔法に対して深い理解があったことが関係して秋は光のエキスパートではなくエネルギー操作のエキスパートとなる道を歩んだ。
その結果【黄王】への道は開かれなかったが代わりに魔法への深い造詣……すなわち自力で魔法式の改造、創作が可能となり更には莫大なMPを備えるようになったため新たな選択肢が出現した。
ジョブの名は【白神】、ありとあらゆる物理エネルギーを操作する……まさしく神の名に相応しいジョブである。最もこのジョブでは何一つとして魔法が世界より与えられることは無く演算領域を拡張することと属性の垣根を超えて魔法を使用出来るというだけの性能しか存在しないが。
凡人ならばこのジョブが与えられたところで使い熟す事は不可能であり精々MPを増やす程度の役割を果たすようにするのが限界だ。このジョブは魔法への深い理解があって初めてその真価を発揮するのだから。
いつかのように秋は【白神】を取得しようとする。
【白神】を取得しますか? ▶︎《はい》《いいえ》
【白神】を取得した瞬間秋の体から派手な光が溢れてそのステータス欄に新たに【白神】の文字が加わる。そしてその光景を見ていたレイスは興奮してビュンビュン飛び回っていた。
秋としては思いがけない収穫だったがすぐさま当初の目的を達成しようとモニュメントに再び触れて目的の系統を探し出す。
そしてとうとう目的のジョブを見つけ出す、ジョブの名は【従魔士】。強力なモンスターと戦うジョブであり……最も役に立たないジョブと人々に判断された存在である。
何しろ共に戦うモンスターは【従魔士】になったからといって無条件に従えるような方法は獲得出来ないのだ。【従魔士】の力を十全に発揮するためにはジョブに就く前にモンスターとの信頼関係を築いておく必要がある。
信頼関係を築いた上で成り立つのが【従魔士】というジョブであり……そもそも人間をエサとしか認識していないモンスターにそんなこと出来るのは困難としか言いようが無く使えない存在とされた。
自分の命を危機に晒すことなく出来る手段が取れるが覚えられるスキルが信頼関係を築いた従魔の強化と意思疎通を可能とするスキルのみであり無理矢理テイムするといった方法が無いのだ……使えない存在宣言されるのも無理はない。
ただし今回の秋の場合は話が別だ、レイスは秋に対して反感は持っておらず寧ろ懐いているためある程度の好感度は稼いでいる。見た目よりもなおその知性は幼いため美味しいご飯をくれる存在かつ自身に対して危害を加えない存在なためレイス視点からすれば良い保護者なのだ。
秋は戦闘職と生産職用にと上下職共に二つずつ空きを作っていたがここで枠を一つ割くことにした。流石にずっとレイスが無秩序に飛び回るのは中々に目に五月蠅いため意思疎通スキルによって何とか落ち着くよう伝えられないかと思ってのことだった。
このレイスが少しでも害意を持っていたのならば秋は容赦なく抹殺していたが無邪気かつ無垢でありその行動には秋を傷つけようとする意図は無い。ただ自身の感情に従っているだけでありそれを殺そうとするのは流石に秋もどうかと思って平和的手段で解決したかったのだ。
何事も無く【従魔士】を取得してそのスキルを早速レイスへと使用する。スキル使用条件である最低限のモンスターから人間への信頼関係は満たしたため意思疎通スキルは実行される。
『〜〜〜♬〜〜〜♬』
「ぬぉぉっ……」
そして秋はスキルを使用したことを後悔した、レイスからひたすら楽しいという感情をダイレクトに受信してしまい秋の容量を超えてしまったのだ。
それからしばらく悶えていた秋だったがこのままでは収まらないということに思い至り、痛む頭を押さえながら頼むから落ち着いてくれという思いを伝えるとレイスはキョトンとした表情を浮かべて秋の方へと視線を向けた。
『そう……そのまま……落ち着いてくれ……頼むから』
『?』
意思疎通スキルのデメリットを思う存分堪能したことでグロッキー状態のまま取り敢えず落ち着いてくれたレイスを引き連れて秋は倉庫を後にして寮に戻った。
シャワーを浴び眠る準備をしたころには落ち着くように伝えられたレイスはそんなこと忘れたように教育チャンネルの番組を食い入るように眺めていて時折テレビに物理的に突っ込む動作をしている。どうやらテレビの中に誰かいるように勘違いしているらしい。
このまま寝てもよかったのだがこのまま寝てしまうとレイスが好奇心の赴くまま寮を飛び回り誰かに見つかり殺される可能性が十分考えられるため心配で中々眠れそうに無い。
「…………はぁ」
どうせ眠れないのならばと秋はレイスに対してある程度の一般教養を教えようと考えレイスにこっちに寄るように伝えるとレイスはなになに〜とでもいうように向かってくる。
『取り敢えず……今晩中に簡単な言葉だけでも理解できるようになろうか?』
『?』
こうして秋とレイスの奇妙な夜のマンツーマンレッスンが開始された。
これが人間の子供ならば自身の幼少期と比較して何故こんなことも理解出来ないのかと異生物に対するような思いが芽生えていただろうがレイスという比較対象のない存在だとフラットな態度で邪険にもせず何一つストレスを感じることなく親切な態度で接していると言える。
にしても滑稽な話だ、まさか人間よりもモンスター相手の方が性に合うなど。
ちなみにこれと対のジョブは【黒神】で生命エネルギーの操作のエキスパートです。
めっちゃ強そうに聞こえますが【白神】も【黒神】も一般人が就いたところで原始人がスパコンを与えられた感じみたいにまともに使えない程度には扱いが難しいです。
ジョブが強いんじゃなくてジョブを扱う奴が使うから強い的な感じです。




