秋は終わり冬が来る、そしていつかは春が来る
「……guu……」
すっかり冷えた空気の中、ゴブリンが呪槍に貫かれその生涯を終えた。それを成した秋は特に思うことはなく辺りを見渡し敵がいないことを確認すると魔石を抉り出してバッグに入れた。
「相原、終わったぞ」
現在、秋と相原は街の近くに出来上がったゴブリンの巣の掃討作戦に参加している。猫の手も借りたい国からの要請ではあるが流石に学生達には本格的な戦闘は危険なため比較的安全な巣の外周部を彷徨くゴブリンの処理を任されたのだ。
「しっかしまあ違和感バリバリの光景だな」
「確かに、冬も近いのに青々と茂ってる木々はちょっとおかしいな」
なので学生たちは然程緊張することはなくむしろ弛緩した様子である。ゴブリンならば今までの授業で散々倒してきたため今更緊張するようなことは無いのだ。
2人組という少人数であろうとも苦戦することは考えずらいため少々だらけてしまうのも無理はないだろう。
「そっちの方はどうなんだ?」
「こっちも終わったよ、ほら魔石」
証拠とばかりに魔石が渡されたのでバッグに収納した。
「これで俺たちの担当エリアのゴブリンは粗方倒せただろ? そろそろもどろうか」
「そうだな、帰り道にちょっと話そうぜ。色々聞きたいことがあってよ」
冬の気配が近づき、枯葉を踏み潰しながら葉が落ちた木と季節外れに葉を茂らせる木を視界に収めつつ拠点に帰還する。
「そういや、お前いっつもポーチを身に付けてなかったか? いつからかは忘れたけどかなり長い間身に付けてた筈なのに何で今日は付けてないんだ?」
「壊れたからだよ、それで? 聞きたいことはそれか?」
挨拶代わりとばかりに秋の服装の変化について口にする相原だったが秋からすればさっさと本題に入って欲しかった。加えて話題に出たのがよりにもよってポーチなのがあまり触れてほしく無かったから早く別の話題にしてほしかったということもある。
秋は勝手にファンタジー感溢れるアイテムは壊れることは無いと思っていたが数々の戦闘を経て遂にポーチはボロボロになり壊れてしまったため例え特別な物だとしても必ず壊れるのだと秋は学んだ。
正確に言うならば壊れる寸前が正しいが……もう二度と装備出来ないのならば使えないことには変わらない。中に大量の資源を残したまま壊れると中身がどうなるかは秋にも分からないためアイテムボックスを入手して中身を移し替えたかったがそれも上手くいかずに難航していた。
「そうかよ……ならちょっと聞きたいんだが……先生が前言ったこと覚えてるか?」
「……? なんの話だ?」
「ほら、年明けにモンスターが街に襲いかかってくるかもしれないって言ってただろ? 俺らはそれに後方支援として参加することになるだろうから覚悟しておくようにって言ってたけどそれって危険だよな? の割にそこまで先生たちは深刻っぽい雰囲気じゃ無かったから違和感があってな。他の奴がどう考えてるのか知りたかったんだ」
「ああ、あれか」
結構最近そんなことを言っていたことを秋は思い出した。あの時は然程大きく捉えていなかったが、他の者たちにとっては問題なのだと考え直し上手く伝えやすいように心がけながら話す。
「もしかしてだけどお前、日本がモンスターによって滅ぼされるとか学生の俺たちが矢面に立って大規模戦闘をさせられるとか考えてないか?」
「えっ!! 違うのか!?」
「違えよ、そんなわけあるか」
相原の驚いた表情を確認してどうやら勘違いしているらしいと判断して秋は自分の考えを話す。
「あくまでこれから話すことは俺の勝手な意見だ……それをちゃんと理解して聞けよ? 別にこれが正しい訳じゃないからな?」
「ああ、それでも別にいい。とにかく他の奴の意見が聞きたいんだ」
「まず日本という国の力を舐めんな、ちょっとやそっとじゃ崩れることは無いくらいに丈夫な国家だぞ。だからモンスターに対抗する十分な力はあるんだよ」
「じゃあ何で今回みたいにちょくちょく学生が駆り出されたりするんだ?」
「国の全体としては力があっても街単位で見るとちょっと違うからな、国を護るには十分だが街を守るとなると不十分なんだ。お前が前言ってただろ、家族が不安がってるって。あれは国が守る領域を限定して重要な街を守ろうとしてるからだ」
微妙に秋が逸れた話題をしていて?マークを浮かべているので前提条件を早めに切り上げて本題に入ることにした。
「とにかく日本は国としては十分な力は持ってるが街単位を守るには人手が足りないんだ。他所から人を持ってこようとしてもどこも人は足りないしその中でも重要な都市は絶対守る必要がある。だから国は学生だとしても人手が欲しいし少しでも街を守りたいから重要性の低い場所からは撤退してその分の余剰分を重要性の高い場所に回そうとしても人手が足りないからあんなことを先生は言ったんだ。俺たちも確かにモンスターとの広義的な意味での戦闘に参加することにはなるが俺たちの育成にも多額の金が掛かってるんだ、それをドブに捨てるように激戦区に放り込まれることは無いよ」
「……例え俺たちに直近の危険がないとしてもその話が本当なら、割と日本がやばそうなんだが……」
「確かに既存の社会は崩壊するだろうがすぐにまた別の社会基盤が出来上がるだろ、中身も別物になるが世紀末みたいなことにはならない。そもそもモンスターは別に人間と敵対してるわけじゃないからな、切羽詰まった脅威にはならない。ゴブリンだって狩猟採集生活してるしたまに農耕や鍛治をしてるだろ? モンスターが人間を襲うのは腹が減ってるかモンスターのイデオロギーにおいて人間と敵対した方が利益があるかの二択だ」
「何か……難しすぎて、理解が出来なくなってきた」
「要するに心配するなということ、考え過ぎだ」
長々と話していると拠点に着いたので作戦成果を報告して作戦は終了した。どうやら秋と相原の組はダントツで早く終わったらしく車で学校に帰る際も二人だけしか車内に居なかった。
「そういえば最近ダンジョン探索とか今回みたいな国からの要請とかで忙しいけど勉強の方は大丈夫か?」
「ステータスが上がったからその分学ぶ効率が上がったし別に普通の授業が減ろうが大したことはねえよ。つーか俺だって飛び級利用してもうすぐ高校での授業を全て履修したと認定される程度には勉強してるわ」
「驚いたな……それだと他の面子も似たようなもんなのか?」
「まあな、むしろ俺でもあのグループだと遅れてる方だよ。他の奴らはとっくに高校卒業に必要分は修めてるし肩身が狭いんだ……。クラス全体からすれば平均くらいなんだけどなぁ」
「その様子だとこれからは3年も高校で学ぶことは無くなりそうだな」
「それ先生も職員室で言ってたぜ? これからの教育がどうとか小難しいこと議論してて白熱してたわ」
話題がひとしきり盛り上がったところで不意に沈黙が流れる。車はガタンゴトンと緩やかに揺れ車窓から差し込む日差しは早くだろうと暖かく車内はまるで揺籠のように心地の良い空間となっていた。そのため両者の間には然程気まずい空気も発生せず……むしろこの心地の良い空間を楽しもうとする雰囲気が醸し出されていた。
「……意外だったぜ、お前が俺にそこまで話しかけてくるなんて」
相原が景色を見ながらポツリと呟く。
「何で意外なんだ?」
「最近お前、俺たちを避けてるような節があったろ? 多分グループの奴ら全員察してると思うぜ。出会った頃は割とつるんでたが夏頃からか? 全然遊ぼうとしなくなったよな? あの事件で俺らが何かお前にやったのかと不安だったよ」
相原もあのグループにいることもありなんだかんだでそのスペックは高い、故に秋が普通とは異なる思考や行動を取ることも何となく、自覚するほどでは無いが気づいている。
「……別に……避けてたわけじゃないよ。ただお前らが忙しそうだったから……遠慮して……それだけだよ……」
だからこそ、秋は自分の歪んだ部分を突いた言葉をぶつけられ……少し詰まった物言いとなってしまった。誰が言えよう、ただ普通に接して、普通に遊んでくれる……それだけでよかったのに……向けられる感謝や情景、親愛が重荷であり、疲れるのだと。
それからは静寂に包まれながら学校に到着した、そこで相原と別れて秋は一人誰も来ない辺鄙な場所にて稽古を始める。最早習慣となるまでに馴染んでしまった槍の稽古に思考を費やし現実から目を背けるように一層激しく没入する。
肉体が悲鳴をあげ、体内の損傷により生じ、裂けた皮膚から血を流すまでに取り組む頃には周囲は暗くなっていた。
「もうすぐ冬休みに入るが気を抜かないように、それでは解散!!」
冬休みが近くなり騒ぐ学生と特に変わった様子を見せない秋を見て皇はやはりズレていると思った。
初めて彼を見た時はその容姿から一目惚れにも近い感情を覚えたし、そこから秋の様子を見てドライな性格であると判断した。
そして付き合いを深めていき……その評価もまた異なっていたと分かった。ドライなことには違いないが……そもそも秋は他人に何かを求めることが無いのだ。
誰かを助けても見返りを求めない……それは美談のように聞こえるかもしれない。しかしそれは自分のしたいことをしただけ、それによって生じる相手の反応は考慮しないという価値観と同義であり……その思考は一人で完結していると言える。
秋だって美味しいものを食べれば幸福を感じるし面白い映画を見れば笑い、痛いことがあれば嫌と思う……そんな普通の、当たり前の感性を持ち合わせている。それは今まで共に過ごしてきた期間が一年に満たずともその程度が理解できない皇ではない。
ただ変わっているのは他人への反応が極めて薄いというその一点のみだ。恐らく自分と他人とであまりに違い過ぎて共感や理解が出来ないのだと……そう皇は推測した。
秋は容姿も優れており頭の回転も悪くなく、運動神経も良く周囲が羨む才能を持っていて……それはかなり生きづらかっただろうと思う。
皇にしても自分と比べて低俗な周囲の思想に苦悩したことはある、それでも皇にはそれを理解してくれる家族がいて友達がいて、理解者には恵まれていた。
才能を持つ人と持たない人で歩む速さは異なり歩幅も違う。どうしてその程度のことが出来ないのかと、どうして努力もせずにそのような勝手な口がきけるのかと苛立つこともあった。
しかし家族はそれは仕方ないことなのだ、そういうものだと皇を諭し優しく導いてくれた。そもそも家族にも同じように他とは一線を画する才能を保有する者が多く周りにもそのような者は多かった。
凡人への向かい合い方、付き合い方、使い方を皇家の教育として教わっていくことでこのズレは消失しただの価値観と化した。凡人と天才は違うのだと、少々過激な考えだったがそれで皇は悩むことは無くなり苛立つことも無くなった。
そもそも存在が違うのだ、誰が猿に対して本気で怒るというのだろうか。この考えによって向けられる嫉妬や妬みは気にすることは無かったし、そもそもそのようなことを思う者たちのことなど視界にも入れなかった。
成長するにつれて変化した肉体に向けられる不躾な好色な視線に対して家族に泣きついた時も男とはそんなもの、下半身で物を考えてしまうことを避けられない生き物だと学び寧ろそれを利用出来る様になりなさいと言われて気にすることはなくなった。
大抵の男は皇よりも下の才覚であり、家柄であり、能力だった。それに皇に対して強く出られるような者は存在せず大抵はコソコソコソコソ陰で騒ぐだけ、それ故にムシケラか何かの仲間だと認識するようになった。
皇にも持つ者特有の悩みや問題は発生したが周囲の助力もあり然程不自由は無かったが……秋にはそんな理解者はいなかっただろうなと思う。
突然変異のような秋をきっと親が理解することは出来なかっただろうし、周囲とのズレについて教えてくれる者もいなければ悩みを共有できる者も居なかった可能性が高いだろうと今の秋を見てそう感じる。
それは巨人がわざわざ身を屈めて小人の生活に合わせるように窮屈な日常だっただろう。普通ならそれに耐えきれず周囲に当たり散らし、初めて問題が発覚するのだが……それを秋はしなかった。
秋は自分の抱える他人とのズレに悩んでいるだろうがきっと本質は優しいのだと、優しすぎるのだと皇は思う。
秋が自覚しているのかは定かでは無いが他人が本当にどうでもいいならば自分勝手な行動を取り、自らの利益の為他人を蹴落とすことも厭わないはずなのに秋は自分が嫌なことは絶対に他人にしない。
悩み、苦悩しつつもどれだけ優しければこのような生き方になるのか、皇は不思議だった。さらに不思議なことは秋は他人からのマイナスの想いを受けても特に変わることはないがプラスの想いを向けられると少し違う反応を見せる。
学校でのダンジョン氾濫時の護衛、静岡での救命行為に対してのお礼を伝えると秋はその表情を少しだけ困惑や苦悩に歪めることを……気づいているのだろうか。
そこから分かったことは秋は他人から嫌われることには慣れていても愛されることには慣れていないというもので……それはとても悲しいことだと思った。
二度も命を救われた、一緒に遊び、共に話した。初めは一目惚れや自分の利益も考慮していたけど……皇は秋の……恐らく初めての理解者になりたいと思う。秋の隣で寄り添いその苦悩を分かち合い、悩んでいたら手を引ける……そんな存在になりたいと。
自分はいくつもの大きなものを既に返しきれないほど秋から受け取っている、ならば皇家の家訓としても、皇個人の感情としても……秋には何倍返しにもしてその恩を返さなければと。
ジョブについて
ジョブには下級職と上級職、そして最上位職があります。秋が最初に就いたジョブは最上位職に該当します。
最上位職は条件が設定されてそれを達成することはめちゃくちゃ難しいです。それに達成しても転職の試練を受けなければならないので難易度はとても高いです。
でも裏を返せば条件を満たして試練を突破しさせすれば何人でも就けます。
難易度が高い理由ですが、実は人類にとってそこまで最上位職ってあんまし必要無いんですよね。それが必要なモンスターは人間如きを気にするようなことはありませんし人間を敵として認識する程度のモンスターならば最上位職無しで対処出来ます。
だから難易度がエンドコンテンツ並みにまで世界が調整しました。人類総最上位職の世界とかイージー過ぎますから。
主人公が就いた【神】系統は莫大な才能が要求されます。それを満たすことは容易ではありませんが満たせさえすれば成れるので割と就きやすいジョブです。
作中世界でも出すかは未定ですが主人公以外で【神】に就ける人材は存在するのでそんなに主人公がオンリーワンというわけではないです。
ただ基本【神】に就けるような人材は歪んだ思考、思想を持ち合わせているので扱いづらいです。
後、この物語は主人公の高校三年間で終わる予定ですし多分、ハーレムエンドにはならないです。ハーレムを期待する人には本当に申し訳ない。




