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ソロ探索

 人間の住む地上より遥か下、太陽の恵みすら届かぬ怪物どもが蔓延るダンジョン深層部、偽りの空の下にて一人の男がいた。


 男の格好はモンスターの体液で酷く汚れ、至る所が破け、ほつれており無事な箇所が一つとして無い。そんな格好とは裏腹に男の肉体には傷一つ無くある意味でこの場にそぐわない状態だと言える。


 そんな男は汚れ、傷つき、血肉を纏う罅の入った剣を構えていた。竜爪剣と言われていた剣は最早その荘厳な見た目を喪失しガラクタ同然のようになってしまった。


 それを成した男、秋の周囲には数多のモンスターによって生み出された血溜まりが形成されている。血の持ち主はいずれも深層部に住まうに値するだけの強さを誇っていたがその全てが秋の糧と化した。


 「あー、もう竜爪剣(コレ)もダメか? なんだかんだで使い勝手が良かったんだけど」


 秋の肉体はスキルによって回復するが装備はそうもいかない、丈夫な竜爪剣にさらにスキル込みでその耐久値を大幅に増加させてなお数々の戦闘の果てに朽ちてしまった。


 秋が剣から手放すと限界を迎えたように罅が広がり粉々に砕け散った。その様子を見届けながらポーチより富士山での激闘の末、世界より与えられた秋だけの武装(報酬)を取り出す。


 かつては【樹槍】と冠された槍だったがその突き刺した相手の血肉を啜る性質故か、はたまた単純に無数のモンスターを屍と化してきた怨み故かその性質を大きく変えた。


 かつては木製だと一眼で判断出来るほどで木特有の木目が入っていたが今では全てが赤黒い色に染まり恐ろしい見た目へと変貌し仮に今の姿と以前の姿を並べて見たとしても同じ槍だとは誰も判断出来ないに違いない。


 その見た目の変貌のせいか名前を【樹槍】から【呪槍】へと変化し、傷つけた相手に【呪詛】、【衰弱】、【不治】を与える能力が新たに加わった。


 剣を壊し、槍が呪われるまでに行われた戦闘の果て、遂に秋は自身が望む結果を掴み取った。


 《縦横無刃(じゅうおうむじん)》:1万SPを消費して発動する。発動した場合、自身の周囲に(合計ジョブレベル)回の斬撃を生み出す。


 《逆槍(ぎゃくそう)》:対象が自身の攻撃範囲内かつ自身が突属性攻撃を行う場合に限り10万MPと5万SPを消費して発動出来る。発動した場合、因果を逆転させ対象へと防御系スキル無視、装甲値無視の必中の突撃を行う。


 新たに加わった2つのスキルこそが今までの努力の結晶、世界に与えられたスキルではなく自らの手で積み上げ世界に認められたスキルである。


 だからこそ習得したばかりだというのに秋にはまるで身体の一部のようにしっかりとその詳細を理解することが出来た。そしてすぐさまそのスキルを試せる相手が秋に近づいてきた。


 「またお前か、勘弁してくれ……」


 秋は知るよしも無いがそのモンスターの名前は鬼の(オーガ)(ロード)と呼称され、オーガ種の中でも頂点に位置する存在であり……並み居るモンスターの中でも有数の強さを誇る存在である。


 秋が知っているのはこのモンスターがとてつもなく強いこと、ある程度の知性を持ち合わせていること、多少の傷なら自然に治ること、そして自分の腹に穴を何度も空けた挙句に腕を何回も毟り取った憎むべき存在であるということだけだ。


 このダンジョンでは今回で合計5度目の探索となるが深層部に潜る度に因縁をつけられて戦闘することになり鍛え上げた光魔法と技術で逃走する過程で得た情報は図鑑か何かで見るよりも余程雄弁にその脅威を秋に伝えてきた。


 今までは敵わないと判断して逃げに徹して来たが今回初めて秋は闘争という選択肢に踏み切った、身体は既に全快し準備は万端だ。


 その姿勢を見たオーガロードはこれから訪れる死闘の予感にニタリとその顔に醜悪な表情を浮かべ拳を構えた。


 先手はオーガロードが取り、音速を超えるほどの速さで迫りその秋を歓迎せんと剛拳を胸に当てようとしたがそれを拒否するように秋は拳の側面に槍を添えて軌道を逸らしガラ空きとなった胸に刺突を放つ。


 地面は衝撃で砕け散る中、心臓が貫かれてもなおオーガロードは笑みを浮かべている。舌打ちしつつ槍をすぐさま引き戻し迫る蹴撃へと対処をする。


 オーガロードの攻撃はどれ一つとってもまともに当たれば秋には致命傷となりえ選択肢を少しでも間違えればすぐさまダンジョンの養分と化す。


 それでも秋はオーガロードの視線、息遣い、呼吸の間隔、筋肉の動きを把握して特定条件下での最善を常にこなし続ける。


 選択肢を間違えれば死の危険があるが裏を返せば間違えなければその心配はないということ。攻撃を逸らす度に受け止めた力を槍に込めて攻撃を重くするがそれでもオーガロードの命を絶つには程遠い。


 近距離で《光線》を使用しても効かないことは過去の戦闘経験から既に判明している。このままだとオーガロードを殺すための切り札が足りず、いずれ選択肢を間違えた秋が死ぬこともあり得る。戦いの天秤はオーガロードに大きく傾いていた。


 それでもなお秋は冷静に迫る無数の死線をくぐり抜け死神(オーガロード)へと槍を振るう。腕、脚、胴体……身体の各所に穴を空けてもなおオーガロードの命の火は消えることがない。


 【呪槍】によって身体には呪詛が流し込まれ衰弱し傷口から血が流れ続けてもそれすらも戦闘のスパイス代わりだとむしろヒートアップする始末。


 今までは頭部を吹き飛ばそうにも襲いくる拳撃の嵐への対応に精一杯で防戦一方にしかなり得なかったためわざとダメージを喰らって隙を作り戦線離脱をしていた……()()()()


 今回も過去と同じように唸る右腕の拳撃をわざと受け左腕が吹き飛ばされる様子を横目で見ながら右手でしっかりと呪槍を握り締め新たな力を行使する。


 《逆槍》


 異変に気づいたオーガロードがすぐさま秋から距離を取ろうとしたが既に遅かった。発動したスキルの影響により因果が逆転し先に呪槍が頭部を粉砕したという結果が生まれ、後から呪槍がオーガロードの頭部に向けて歪な軌道を描く。


 自らに死を与えた存在に祝福を与えんと首を失った胴体が抱擁を迫るが秋は槍をすぐさま引き戻し伸張させ磔にし拒絶した。


 ジタバタと胴体だけが動いていたが段々動きは弱々しくなりやがてその姿をポーチに消した。左腕が生えてくるのを待ちながら槍を戻して休憩する。


 (……、使い所を選ぶな……。現状だとコストが大きすぎるから《逆槍》を使うと暫くは何も使えない、だから使用後は弱体化してしまう。しかも発動から効果発揮まで少し時間が空いた……いくら必中と言えども効果発揮までは時間がかかるのか……。個対個ならともかく個対群なら使用は控えるべきだな。それに……)


 秋の口の端から赤い雫がツーと垂れる。


 (人間の身で世界の法則を捻じ曲げたことへの反動もあるらしい、今回がこの程度で済んだのは……オーガロード(対象)との距離が近かったからか? だとすると槍を最大限に伸ばしての《逆槍》はリスクが高すぎるな)


 それが実際に使用してみた秋の感想だった。無論、槍を最大まで伸ばした状態で《逆槍》を使えば瞬殺できたかもしれないが不意打ちではなく強敵との戦闘において使えるかを確認する必要があった。


 不意打ちならば光魔法によって相手の知覚範囲外から一方的に攻撃できるため不意打ち用には今更手札は不要でありそれよりも接近戦を迫られた時に対処出来るかを確かめたかったからである。


 それに結果論ではあるが槍を伸ばしてた状態で遠距離から《逆槍》を使用するとその反動に身体が耐え切れず絶命した可能性も否定しきれず例え耐えられたとしてもその後の戦闘はコンディションが悪い状態で乗り越えなければならなかったことを考慮すると正解かもしれなかった。


 実際に使用した結果、相手が自分よりも格上だとしても決まれば殺せるということが判明した。ただし距離が開いた状態で使用するとかなり重いデメリットが存在するためあくまで戦闘中のいざという時の切り札にしかならないがそれでも切り札があるのと無いのでは大違いだ。


 腕が再生され消費したコストも回復したところで探索を切り上げて帰還の準備を開始した、といっても上層への階段を目指すだけだが。


 上層へ移動するにつれて階層の光景も変わっていく……森林から水辺、草原、そして荒地へと。


 「珍しいな、こんなところでモンスターの群れに遭遇するとは」


 秋の口から思わず漏れたように荒地という環境下でモンスターの群れに出会うことはかなり珍しい。荒地では食料となる資源が乏しいためあまりモンスターは大グループを形成せず3、4体で形成される小グループで構成されることがほとんどだ。


 大グループをモンスターが形成している場合考えられる要因は大グループの維持コストを天秤にかけてなお大グループでいることのメリットがあること。


 もしくは人数のことなど気にしなくても良い食料を十分に得られる良質な縄張りを保有しているかである。


 今回の場合には後者が当てはまる、秋としてはこのまま帰るだけでは味気ないので少し資源を回収しようと回復薬の材料が存在する場所に寄り道していこうと考えているとこうなった。


 (……別にわざわざ殺す必要もないけど、スキルの試運転代わりに戦ってみるか)


 ポーチから探索の報酬として獲得した不気味な雰囲気を醸し出す刀を取り出してモンスターの群れに飛び込んだ。


 装備する刀は過去の探索で絶技を誇った絡繰人形から落ちた宝箱に入っていたものだ。その絡繰人形の刀捌きは見事なもので秋が倒すまでに6度ほどその身に傷を受けることになった。最終的には刀をわざと肋骨の隙間に誘導して骨で挟み込み動けなくしてから倒したが。


 刀の性能は素晴らしく竜爪剣にも引けを取らないどころか上回るほどだ。代償として装備すると異常なまでの殺害衝動に駆られるということとHPが減少することと手から離れなくなるということが挙げられるが秋からすれば些細な問題だ。


 殺害衝動は持ち前の精神で抑え、HPの減少は“自動回復”で打ち消せ、装備を解除できないのは刀を握る手ごと切り落としてしまえば何も問題はない。


 マルチモンキー(モンスター)の群れのど真ん中にステータスの暴力を遺憾なく発揮して飛び込みスキルを発動させる。


 《縦横無刃》


 瞬く間に群れに斬撃の嵐が襲いかかり血の雨を乾いた大地に降らせた。


 (これ多分発生させた斬撃の範囲を指定できるな? 腕を磨けば一体に対して無数の斬撃を放てそうだ)


 瞬時に発生する斬撃の制御に対してはある程度の改良の余地があることを確認して新たに習得したスキルの試運転も済んだところで目的の資源を回収し地上へと帰還した。


 「やあ、今日も一日中探索かい? こっちは君が死んだんじゃないかといつも肝を冷やしているよ」


 「冗談でしょ、それよりこれが今回の探索の成果」


 秋の護衛役を引き受けていたこともある戸塚へと握り拳くらいの箱を放り投げる。


 「いつも思うんだけどその“アイテムボックス”って本当便利だよね。俺にも一つくれない?」


 「残念、これ国から重要物資指定を受けてるから渡せないんだ」


 内部に拡張された空間を保有し大量の物資を貯蔵できるアイテムボックスは以前までの常識では考えられない性能をもっておりファンタジーな代物と言えた。


 秋がアイテムボックスを貸し出された理由としてはダンジョン探索を一人で行うとあまり物資が持ち出せないということとそう簡単に死にそうに無いと判断されたこと、秋が友達に頼んで貸し出されやすくしたことが挙げられる。


 秋が毎回アイテムボックスに詰め込む資源は探索の成果の中でも秋が個人的に不要だと判断した物のみをポーチから移し替えたものだがそれでもその質と量は高く評価されて高値で毎回引き取られていた。


 「取ってきた身で言うのもあれだけどそれほんとに加工出来るの? かなり強い奴の素材も混ざってた気がするけど」


 「確かに今の状態だと生産職のレベルが低すぎて高難易度の素材の加工は出来ないね。でもいずれは加工できるだろうしその性能も期待できるから買い取ってるんだ。保管はアイテムボックスに入れておけばいいだけだしね」


 戸塚が慣れた手つきでアイテムボックス内のアイテムを分類している間秋は自分の格好を姿見で改めて見ていた。


 衣服の全てにモンスターの体液がかかった影響でドス黒く変色しておりあちこちに傷があり上半身の半分ほどは露出している。


 「……着替えるか……」


 ダンジョン探索で汚れた体をシャワーで洗い清潔な衣服に着替えたところで戸塚の分類分けが終わった。分類された品は今すぐ換金されるのではなく専門の機関に配送されそこで査定され秋の元に金が振り込まれる。


 一般のサラリーマンが驚くような金額を一度で稼ぐ秋は何となく思った疑問について尋ねた。


 「ダンジョン探索を民間に委託したりしないの? 自衛隊とか国の組織が探索してたらかなりコストがかかるし死んだりしたら遺族への慰謝料とかかなり損だよね?」


 「仮に民間に委託したとしてどうなると思う? レベルを上げた市民が至る所に溢れモンスターを殺傷出来る武器や魔道具が巷に流れるんだよ? もしその状況下で暴動が起きれば取り返しのつかないことになる。それならある程度のリスク込みで国が音頭を取った方がマシなのさ」


 ファンタジーではテンプレの冒険者のような存在は現れないのかとどことなく落ち込んでいる秋に対して声がかけられる。


 「そろそろ僕たちは帰るけど君も同行するかい? 明日も探索したいのならここの宿泊施設の利用を進めるけど」


 「帰るよ、もうダンジョン探索で望むものは得たから」


 ジープの窓側に座ると自衛隊の者が数人追加で乗り込み内壁の学園へと出発した。


 車窓から見える風景は活気あふれる街から暗く陰鬱とした寂れた街に変化していた。

《逆槍》について


分かる人にいうと劣化版ゲイ・○ルク。あれと違う点は能力を保有しているのが武器ではなく人なためいくらかの反動が存在する。


 MPを消費するのは法則を歪めるため、SPを消費するのはそれを可能にする存在であると世界からの認識を誤魔化すためです。


 ただし身体が法則を歪めることについていけないため対象との距離が空けば空くほど歪める法則の規模が大きくなるためその反動が大きくなる。


 常識的な範囲で使うなら精々口の端から血が垂れる程度だが仮に【呪槍】を最大限に伸ばした状態で使うと反動で内臓が潰れます。


 なのであくまで接近戦時の切り札です。弱点としてはそもそも頭などの生命維持に重要な部位を吹き飛ばされても大丈夫な存在には効果が薄いことが挙げられます。

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[良い点] 面白いです
[一言] 他の属性魔法の職業や回復魔法を使う職業や生産職も自分でやってしまえば良さそう。
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