彼の変化
少し書き方を変えてみました
国立魔導学校の教師陣は常に頭を悩ませていた、何しろその設立された経緯からして特殊である。世界規模で起きた人体改編現象やダンジョン発生に対応するための次世代の人材を育成するという今まで行ってきた事がない目的のために生まれたのだから。
やがては全国規模で行うためにそのモデルとして機能する必要があったのだがその時点で問題が発生した。どのような教育を施せばいいのかというサンプルがないのだ、本当にゼロから自分たちの手で若人を未来に導く導を創る必要があった。
また生徒の選定にも困難があった。どのような基準の生徒を呼ぶべきかについてである、普通の高校のように志願者を受験によって篩にかけるべきか、100%推薦で行うべきかなどと様々なアイデアが出尽くし度重なる議論の結果こちら側が生徒候補について調査してから入学の意思を問うということに決定した。
この時明らかに通常から外れたステータスや固有スキルを保有している新高校生には人道的にどうなのかという意見も出たが結局は強制的に招集する事が決まった。秋が入学の資料を強制的に受け取らされたのはこれが理由である。
学校の敷地が整いある程度器が完成した段階でようやく肝心の中身と言える教育方針が決定された。まず普通の高校で教える範囲のことは絶対に教える、それもどこの学校よりも高水準で。
それは国の実験モデルにされる生徒達へのせめてもの教師達の贖罪とでも言えるものだった。未来ある子供の時を3年も拘束するのだ、このくらいは報いなければならないと。
その次に決まったことは世界改編後の法則、そしてダンジョンについて教えることである。ダンジョンから取れる資源類は人類にとって非常に有益な存在であり、海外との貿易がモンスターによって難しくなり資源不足になるであろうこの先、必須になるとされるためその知識は身に付けておく必要があるだろうと。
また教える際には知識だけではなく実践も踏まえてダンジョン内に入りどうやって資源を採集するべきかを教えるということも加わった。
これは教師達の意見ではなく国からの要望が多分に含まれていた、国としてはダンジョン内から大量の資源を採集したいのだからすぐさまそれが可能となる人材が欲しかったのだ。
教師達としては反対だったが最終的にはその意見を押し切る事が出来ず屈することになってしまったが。ダンジョン内に入る事が前提だったからこそダンジョンが校内にあるのではなくダンジョンの周りを学校にしたのである。
それと同時に決まったのは戦闘訓練の実施についてである。ダンジョンには強靭なモンスターが生息しているためただの学生が中に入ろうものならすぐさま哀れな肉塊になるだけである。
そうならないために自衛隊と協力し生徒達に護身術を身に付けさせせめて死ぬ事が無いようにと教師達が願ったため加わった。
最初に前述の世界改編後の法則に含まれるジョブを護衛付きで鍛え上げれば一般人でさえ超人の如き力を手にする事が可能となる。
まず戦闘技術についての基礎を固めてから所謂養殖とされる高レベルの者が低レベルの者を守りつつのレベル上げをすれば死ぬ危険性はグッと低くなるだろうと予測してのことだ。
最後に決められたことは生徒の精神面のケアを重点的に行うことである。思春期の多感な時期の少年少女に生物を殺させるのだ、人格形成に悪影響が出ることは容易に予想できる。
それに今まででは考えられなかったジョブという存在に触れ強大な力を持ってしまった場合、力に溺れるという事が十分あり得る。
これらを防ぐために精神カウンセラーは学校に常在しており、生徒が暴走してしまった場合に備えて国でも有数の実力者たちも先生代わりとして学校に存在している。
これらの教育方針を踏まえて生徒を3年かけてしっかりと教育し、力を付けさせることになったのだ。
学校が始まってから数ヶ月までは順調だった、ダンジョンの知識について教え、ジョブに就けさせその使い方について教えた。生物を殺した感触に耐えきれずにカウンセラーの世話になる生徒も出現しジョブの力に溺れる生徒も現れたがそれでも十分予想の範囲内だった。
歯車が狂い出したのは校内のダンジョンが氾濫してからだった。あの騒ぎでモンスターが敷地内に溢れ生徒たちを殺戮してしまったのだ。モンスターの強さもその原因だがそれよりもダンジョンが氾濫した時期が悪かった。
もうすぐ初めてのダンジョン探索を行うという時期でジョブの鍛錬に熱を出している生徒も多く、またその過程で己の力を過信してしまい通常ならばモンスターからは逃げるべきだったにもかかわらず挑もうとしてしまった生徒が一定数いてしまったのだ。
その結果、生徒が2クラス分死んでしまうという未曾有の大惨事となってしまった。本来ならばこの事件1つで学校運営は中断されてしまうものだが同時期、他にも多数発生したダンジョンの氾濫による災害も起きていたこともありあまり問題視はされなかった。
むしろこの程度でよく抑えたと国から称賛されたくらいで、ふざけるなと教師達は吐き捨てたい気分だった。安全性が確保されていないと中断を訴えたが受理させることはなかった。
遺族たちへの説明を行なっているとすぐさま夏季休業に入り教育方針の練り直しを迫られた。このままだと3年もぬくぬくと人材が育つことを待っていられない、何とかしろとせっつかれてのことだった。
初めは反対していた教師達だったが富士山周辺で起きた大事件によりその意見を反転させた。生徒の身の安全を考えれば一刻も早く力を付けさせる方が安全であると考えを改めたのだ。
教育方針を変更した結果、1年でモンスターと対等に戦える人材へと育成することになりかなり生徒達への負担が大きくなってしまった。
モンスターへの対処方法など超常学の比重が大きくなったが通常の教育にも手を抜かないため生徒も大変だったがそれを見張る教師達がそれ以上に忙しくなってしまったのは仕方ない話だろう。
最近では特に力を急激に付けた影響で特に前衛職の生徒が後衛職の学生や生産職の学生に横柄な態度を取る事が問題になっていた。
大抵は自分より強い教師達が強く注意すると萎縮し収まるものだが一部はまるでこたえた様子も見せずむしろ太々しい態度をとりこれへの対応は一筋縄ではなかった。
教師だけでは手が回らないとして生徒会やクラス委員長などの制度を作りある程度の権限を与えて生徒でも問題に対応できるようにしたがそれでも問題はゼロとはいかなかった。
「斉藤先生、どうされました? 随分とお疲れのようですが」
「いえ、少し考え事をしていただけです。ほら、最近暴走する学生が多くってどうすればいいかなって」
ああとすぐに納得される程には広まっている問題である。
「そういえば少し前にかなり酷い事態にまで発展したことがありましたね、たしか【炎術師】系統の学生が暴発して炎上して大怪我をしたんでしたっけ?」
2組の担任の中村がそう発言した。
「はい、その学生は火だるまになってしまい周囲の生徒達の迅速な対応が無ければ最悪、亡くなってしまったかも知れません」
「確か、対応したのは……永瀬くんでしたね」
「ええ」
永瀬、その名前が教員室に響いた瞬間少し空気が変わる。
永瀬秋、秋は入学当初は非常に真面目な学生で性格も良くクラスの中心となっている、とても模範的な学生だと教師達の中で判断されていた。
魔法使いでありその力量が生徒の中でも突き抜けていたとしてもダンジョン探索やダンジョン跡地での探索を行う精鋭に比べれば可愛いものであり当時はそこまではその点に注目されなかった。
さらにはその力に溺れるのではなく逆に力に溺れて他者を虐めようと害そうとする者たちを積極的に諌めることに使用しておりその態度は非常に教師陣にとって好ましいものだった。
生徒全員を上回るそれだけの力を持ってなお驕ることが無いのは素晴らしいとさえ言う教師もいた。
通常の教育に関してはこちらが指定したテストで一定以上の点数を取れば単位を履修したことにするという飛び級制度が制定されてからすぐさま制度を利用して高校卒業に必要な単位を揃えた時も賢い学生だとさらに評判を上げただけだった。
そんな教師達から高評価を受けていた秋の様子が変わったのは夏季休業が明けてからだった、いや正確にいうならば教師達の受ける秋の印象だろう。
夏季休業前と比べてその肉体は異常なまでに研ぎ澄まさせており見るものに抜き身の刀を想起させ、まるで神話の英雄がそのまま現実に抜け出してきたのではないかというあり得ない話を聞かされても信じられるほどだった。
その身に宿す力はさらに跳ね上がっており最早どれほどのものなのかは想像すら出来ない。それでもたったそれだけでは秋が夏季休業中に頑張った結果なのだろうと教師達に受け止められた。
以前からの秋の印象もあり好意的な見方が崩れることはなかった。印象の変化を裏付けるように夏季休業明けのダンジョン探索やダンジョン跡地での探索においても常に他を圧倒する成果を挙げ続け、その成果が出て良かったではないか、そう前向きな発言も教師陣では飛び出した。
その印象が変化したのはとある日の戦闘訓練で起きたことが原因だった。
内容はなんてことはないただの走り込み、素振りといった基礎トレーニングに教官役との対人での実践訓練だった。
秋はすぐさま課されたメニューを消化しそのステータスの高さを感じさせた。
問題はそこからだった。秋の見せた身体能力の高さを見て教官役の中でも最も腕が立つ人物が相手として訓練が組まれ試合が行われた。
学生たちは秋のステータスが高いことは知っていたためその強さがどの程度が気になり教師たちもその強さに興味津々でありかなり注目度が高かった。
そしてその期待に反するように勝負はあっけなく、一瞬で終わった。秋が微笑みながら教官に近づきそれに反応出来なかった教官の首元に竹刀を添え……それで終わった。
その動きが速すぎて見えなかったのならば話は分かる、ステータスの速度がそれだけ高いと納得できる。それだけの力があると恐ろしくもあるが……理解は出来る。
恐ろしかったのは見えていたのに視えなかったということ。まるで日常のように微笑みながら歩き、自然に竹刀を振るう……あまりにも丁寧で、無駄がなく、違和感がない……それ故に脳が理解を拒む。
まるで背景のように、道端に打ち捨てられたゴミのように……脳が注意を払うべきではないと勝手に判断して見過ごしてしまう。
その後、もう一度試合は行われたが過程こそ違えど結果は変わることはなかった。教官役が自ら先手を取り竹刀を振りかぶり、秋はそれにかなり遅れて対応して竹刀を構えたように見えた。
竹刀に込められた力、速度、共に教官役が上回っているように感じ視認することすら難しく、それとは対照的に秋の竹刀は未だ構えられておらず力は込められておらず速度も乗っていない弱々しいもので……試合の観衆に秋の敗北を感じさせた。
にもかかわらず先に到達したのは秋の竹刀で、教官役の顎先を掠め脳を揺さぶるような軌道を描き勝負は教官役の気絶で終わった。
その一連の動作はまるで秋の周囲だけが時間がゆっくりと流れているのでないかと思わせるほどで……やはり脳が認識出来なかった。
これにより超常学の実技は十分な実力を保有しているとして免除され座学に関しては配布資料やテストでも可とされ秋はたまにしか学校に訪れなくなった。
それから秋はその実力によって特別にダンジョン内に護衛無しかつ1人で探索する許可を取り頻繁に探索に赴くようになった。
そしてその力の片鱗を見た教師達、学生たちはその様子に戸惑いを隠せなかった。秋が強いことは知ってはいたがこれほどまでとは思わず、どう受け止めるべきかわからなかったのだ。
「今日も彼はダンジョン探索ですか……」
中村が秋が赴いたであろうダンジョンの方へと顔を向けながらポツリと呟く。それに釣られて斉藤もその方向に顔を向ける。
窓から見える景色は夏のものから紅葉に色づく秋の街並みに変化していた。




