努力無くして成長は無し
寮に帰って来れたはいいけど何でこんな空気が死んでるん? その辺にいた人に話を聞くと大気中に毒がばら撒かれてるから外出を控える人が多いらしい。
だから外を歩く人は少なかったしいてもマスクを付けて外出してたのか。それでも出歩いてる人たちもいるしそこは国から特に制限はかけてないっぽいけど。別に毒といっても感染するわけじゃないんだしそこはせめてもの救いってやつかな。
そのお陰で鍛錬場を広々と使えるから俺としてはありがたい話だけどな。木刀を振ってひたすらに型を繰り返す、くる日もくる日も型に始まり型に終わることの繰り返し。寝る前は新魔法の開発に時間を費やして1秒たりとも無駄にしないスケジュールを組んでひたすらにタスクを消化する。
スケジュールはネット上の型稽古の方法とかは探せばすぐ見つかるし体の鍛え方も参考にして組み上げた。インターネットって本当に便利だよな、これを利用しない手はないわ。
別に実践は不要とか対人戦は不要とかも言うつもりは無いけど一番重要なのは基礎だろ? それらが大事なのはわかるけど貧弱な土台じゃ受け止めきれないだろうに。一体そんな状態で何を血肉とするんだって話よ。
正直スキルをひたすら使って特訓とかほざいている奴のことはカケラも理解できなかったよ。スキルだの魔法だので見えにくくなっているのかもしれないけどそれらの要素って自分の身に付けた知識や技術の上に乗る言ってしまえばプラスアルファのものだろ?
基礎が疎かな奴らが使いこなせるわけないだろうに。枝葉に惑わされて本質を見失うなよ、大事なのは根本だ。明らかに遠回りな道になるだろうが丁寧に確実に一歩一歩進めた方が結局は先に行けるんだ。
この方法の欠点は近道も無ければ短縮する方法もないことだな、ちゃんと努力を積み重ねなければいけないし自分の選んだ道が果たして正解なのかは不明のまま突き進まなければならないのは不安になる。
そして俺もこの道が本当に合ってるのか分からないまま進んでる、だからこそ道の果てまで行く覚悟を決めて進んでる。
合ってる確証も無いけど間違ってる確証も無い、なら進むだけだし。それに止まってるよりはマシだしな。
今までも素振りとかはしてたしなんなら結構頑張ってきたけどここは初心に戻ってまた一から、ゼロからやり直すか。
朝から晩までひたすらに型を続ける。ステータスの高さと自動治癒能力を活かして常人を遥かに超えた密度の鍛錬を行い足元に水溜りができるほどに。
大事なのは作業にしないこと、その型にはどんな意味があってどんな動きが必要でどんなことが俺には足りて無いかを一回一回思考しながら行う。
何も考えずに身体を動かしてたら何も身に付かない、ただボンヤリとした動きを体がなんとなく覚えるだけになる。だから考え続けろ、俺。
ステータスが上がったはずなのにかなり辛い……息が上がる……汗が止まらない……血の味がする……。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
午前中ぶっ通しで型稽古を続けてたせいでフラフラになりながらも急いで着替えて無理矢理昼食を詰め込む。正直、かなり激しく身体を動かした後に食事を詰め込むのは辛い……。
吐きそうになる、喉が受け付けない、味もよく分からない。それでも食べないと糧にならないから何がなんでも詰め込む。運動後すぐに食べるのが効果的らしいから頑張らないと。
……うっぷ、吐きそう……。心の悪魔が休んでしまえよと誘惑する、それに屈しそうになる精神を捻じ伏せて自ら茨の道を征く。
昼からも同じように型稽古をして水溜りができるほどに精を出す。常人が長い時間をかけて歩む道程を人を超えたステータスで走り抜けてもなお、満足には程遠い……。
通常ならば考えられない負荷も鍛錬をしてるのにやっぱり何かを極めようとするのは厳しいわ。日が落ちるまで没頭した後はボロボロになりながらも夕食を詰め込み部屋で新魔法の開発を行う。
攻撃面ではもう病院で開発したから今度は索敵とかに使える魔法を創りたいけど中々いいアイデアが浮かばない。取り敢えずの試作式を組み上げて実行するけどそう上手くはことは進まない。
日中は肉体も脳もボロボロになるまで追い詰めて、夜には演算領域が悲鳴を上げるまで作業を行い気絶するように眠る。
何度も何度も休んでしまえ、サボってしまえという誘惑に駆られるがそれを跳ね除けて邁進する。確かに辛い道だ、茨の道だ、避けたい気持ちはある。そしてそれを強制するようなものは何も無い。
だが、だからこそ自分を追い込んでこそ得られた経験、技術は血肉となって一生物となる。それはいつか自分を助けてくれると信じて足を進める。
果たして自分が歩く先は前へと続いているのか、もしかしたら見当違いに進んでいるかもしれないという不安も押し殺して愚直に歩む。
前を向いても答えは無く、振り返れば歩んだ軌跡が見えるだけ。何もかも手探りだけど行くしかない。
炎天下でも土砂降りの時でもひたすらに、愚直に、休まずに剣を振り続け、魔法を試作し続けた。
だが訓練開始から大凡2週間が経過したところでちょっと雲行きが怪しくなった。何といえばいいのかわからないけど……あんまり先に進んでる気がしない。今までは肉体を酷使し、脳が悲鳴を上げるまで取り込んだから曲がりなりにも進んでる実感があったけど最近は手応えが薄れてきた。
……このまま型稽古を続けててもあんまりいい結果は待ってなさそうだ、心の何処かで慣れや諦めが混じって作業になってしまいそうな気がする。
少し違うことを取り組んでみるか。気分転換を兼ねて風呂に入ってサッパリしてから再び鍛錬場に戻った。ただし木刀から静岡の事件で手に入れた槍に持ち替えてだが。
にしてもあれからかなり時間が経ったからもう外を出歩いていてもそんなに惨事にはならないはずなのに相変わらず鍛錬場には人がいないなあ。
……まあ、当然っちゃ当然か。誰だって貴重な休みを厳しい鍛錬に費やしたくは無いだろうし。
もはや定位置となりつつある他より若干地面がすり減った場所に行き槍を構える。
剣術で行き詰まったなら槍術に変更すればいい、槍術の技量も上げといて損は無いし寄り道することで得られるものもあるかもしれない。
それに槍術の技術も剣術に活かせるかもしれないし……魔法開発も少しアプローチを変えてみるか。何も“空間把握”のようにする必要はない、何を俺が求めているのかを改めて整理しておこう。
“【WCM】報酬”《【樹槍】:グラウカ》
大地の恵みを奪い取る魔物の概念が込められた一品。
※『永瀬 秋』以外には使用不可
『保有スキル』
《伸縮自在》:長さを自由に変更できる。
あの時得た報酬は完全に見た目はただの木製の槍だった。しかしその強度は鋼鉄如きでは比較にもならないほど硬くその切れ味は斬れぬものなしと思える程だ。多分皇さんにもらった竜爪剣よりも格は遥かに上だろうな。
能力も地の果てまで槍を瞬時に伸ばせるほどであり遠距離はもちろん近距離戦でも間合いを急激に変更することで意表を突けるだろうし、かなり使える品だな。使わない時はストラップくらいの大きさにしてポケットなどに入れておけばいちいちポーチから取り出す必要も無くなるから携行用の武器としても素晴らしい。
あらかじめ調べた槍の型を繰り返すとやはりかなり剣術とは違うと実感できる。ただその中にも共通するものもあるのだと分かる。
炎のような揺めき、風のような奔放さ、水のような柔軟さ、雷のような切れ味、光の如き速さ……それらを追い求めることは武器が変わろうとも不変だ。
このことは剣術でも活かせそうだな、得るものがあって良かった。どれだけ重ねても相変わらず血反吐を比喩抜きで吐き続ける鍛錬を継続して2週間ほど経った。
槍を始めた時よりは技量が上がってる自信はあるけど……これでいいのか? 槍術もやはり剣術と同じように行き詰まりの感覚を伝えてきた。
今の状態でも槍から剣に持ち替えれば槍で学んだことを活かしてより先の世界に進めるしそこでまた行き詰まっても今度は剣から槍に持ち替えて剣で得た経験を活かせば更に先に進めると思う。
剣から槍、槍から剣、行き詰まるたびに武器を換えて新たな経験を得てその経験を活かしていくというサイクルを繰り返せば確かに俺は強くなれる……けど何か見落としていないか?
心に疑問が生じて槍が鈍った、ダメだな。まだまだ未熟だな俺は。槍を動かすのをやめて水分補給を兼ねて少し休憩しようか。
水を飲んだところで自分の身体を見ると身体中から汗が吹き出し服は汗で濡れその色を変色させていた。型稽古をしていた場所は夏真っ盛りの炎天下だというのに場違いにも水溜りを作り夏の陽射しをキラキラと反射している。
何が足りてないんだ? その答えが分からずに下を向くがそこには地面しか存在しない。そうだな、下を向いてては答えは永遠に見つからない。前を向いて己の手で道を切り拓き己が足で進まなければ掴めないままだ。
さっ気を取り直して続きをするか、明日からは剣に変えて頑張ろう。定位置に着くと1ヶ月にもわたる型稽古のせいで擦り減り変色した地面が目につく。
時をステータスの暴力で圧縮するようにとんでもない密度で鍛錬してるからそれも当然だろう。ん? 何でこんなもどかしい気持ちになるんだ?
足りないものの正体が喉元まで出ているが、あと少しが出てこない。空を見上げればギラギラ輝く太陽に青空、視線を下ろせば誰もいない鍛錬場。……出てきそうにないし諦めて型稽古をするか。
槍を握って型稽古をしようとした瞬間、悩んでいた答えが出た。
「そういうことか!?」
そうだ俺剣も槍も握ってたじゃん、手で持ってたじゃん!
はー、これで何で違和感あったか理解できたわ。今まで散々剣術、槍術の鍛錬を積んできたけどそれ全部体を操作するという行為に道具を操るという行為が加わってるということだといえる。
まず剣術、槍術を極めたかったら己の体の使い方を知る必要があるってことか。善は急げとばかりにすぐさま寮に戻り体術の動画や参考資料を調べ上げてスケジュールの調整を行った。
あれほど根っこが大事だと思っていた俺が根っこを見落としているとは……本当、まだまだ未熟だわ。それでも今まで積み上げてきたことは無駄にはならないからいいか。
これから学ぶことと結びつけたら更に化けるだろうな。そうなるためにまずは体術を学ぶか。にしてもどうしよう、太極拳と空手でいいかな? 流派が分かれすぎてどれを学べばいいのか分かんねえよ。
昼食を急いで済まして鍛錬場で体術訓練を行うと今まで見えてこなかった部分が見えて来る。今までは腕の使い方などの獲物の振り方に重点が置かれいたが今は足捌き、重心移動などそれを支える技術に目が向く。
そのおかげで何故自分が行き詰まりを感じていたかを理解できたわ、型稽古の最中どうしてこんな動きになるのか不思議だったこと、こうだと思っていたことがどんどん更新されていく。
魔法開発も少し進んだ。“空間把握”を参考にして頭で理解出来る魔法を創りたかったがその方針を変更した。
人は光を、正確にいうならば物が反射した光を網膜で捉えることで視認する。それを活かして広範囲を対象として物が反射した光を俺の目に集めて魚眼のように広範囲を観測できるような方向に舵を切った。
更には“空間把握”では捉えられない距離にいる存在を知るために俺が光を放出してそれを物体が反射した場合、その反射した光を受け取れるような、言ってしまえばソナーのような魔法も試行中だ。
やればやるほどどんどんやることが出てきて忙しいし辛いけどかなり濃い時間が過ごせていると思う。
手から血が出たり鍛錬のし過ぎで鍛錬場の床がひび割れたり魔法開発が難航しすぎて気絶することもあったが気づけばもう夏休み最終日だ。
振り返れば最初の旅行以外は全部学校内で鍛錬だけかよ、地味すぎるわ。それにそれで学んだことは多くの人がすぐさま終えて次の段階に行こうとするような……そんな基礎の基。
それでも……退屈で、辛くて、苦しくて、何度も何度も諦めそうになった型稽古だけど、ようやく自分の血肉に少しだけでも変えられた気がする。
型を崩さないように、けれども一回ごとに少し変えて、どんどん自分だけの色に染めていく。解は無く、とてつもない鍛錬が必要だったけど、自分だけの動きを模索するのは……楽しかった。
今までもこなして、自分の血肉と化してきたけど今回は一番辛くて苦しかった気がする。身体能力が上がって今まで不可能な負荷をかけられるようになって時間を圧縮するような真似したからだけど。
普通なら、これまで通りなら普通に鍛錬しておけば一年くらいでそこそこの腕前になっただろう。しかしそれでは時間がかかり過ぎる、いつ自分を超える脅威が襲うか分からないのだ。
血尿とか出血とかも毎日のように起きたけどその価値は十分あったな。これからも自分の色に染め上げていきそれをさらに応用すればきっと上に行けるだろう。
魔法も知恵熱が出るほど試行を重ねて《観測》と《遠見》の魔法を新しく創ることに成功した。今までの苦労が報われて中々感動したね。
明日からは休みが終わりまた刺激的な学校生活が待っている。一体どんなカリキュラムが待っているのか楽しみだ。