旅行の終わり
スッキリとした目覚めとは対照的にやけに胃がムカムカする、ゆっくりと体を起こしてトイレに向かい原因を吐き出した。ふー、落ち着いた。
……おかしいだろ? 前の時なら疲労によって弱った心がふと落ち込んだからという精神的な要因で説明できるけど今回はもう心の整理をつけた筈だ。気になったのですぐに流さず吐き出したものから目を逸らさずに観察するとなんというか、黒かった。
少なくともこんなもの口に入れた記憶は俺にはないし食べたものが胃で反応したとしてもこんな色にはならない。……花粉か?
確かに毒性のある花粉を撒き散らす化け物の周りで長期間活動したしあまつさえゼロ距離で戦ったけど俺に毒は効かないはず。……毒が効かないとして、毒物はどう処理される?
ああ、納得した。俺は毒は無効化できるけど毒を持ったものを取り込んだ場合にはそのまま体内に残留する。その場合でも多分“再生”で体から排出しようとするけど皮膚からポロリみたいに人間やめた感じではなく口から、もしくは普通に排泄物と一緒に体外に放出するという方法になる。
あの時の俺はかなりの量の花粉を口から吸い込んでしまっていた、なら排出しなければならない量もかなり多かったはずだ。
そしてその作業の優先順位はきっと高くない、だってその作業が行われなくても俺の命に別条はないから。だからこそ戦いを終えて一息ついて休んだ途端に吐き気が襲いかかったんだろう。その後何回も嘔吐したのはそれだけの量を体外に放出するため。
爽やかな目覚めなのに吐いたのは戦いの後の探索やみんなを搬送中に新たに吸い込んだ分を排出するためだろう。
そして柄にもなく過去を夢で見たのは“直感”がその作業が行われようとしていることを伝えるためかな? 寝たままだと毒物が喉に詰まるかもしれないから無理矢理起こすために俺がすぐ眠りから覚めるように仕向けたという可能性が高そうだ。
そして気分が落ち込んだのはそんな夢を見たことで身体が引っ張られたから、精神がダメになったからとか甚大なダメージをとかそんな理由じゃないだろう。
この程度で揺らぐほど脆弱な心は持ってないし。第一そんなことを気にする段階はとうに過ぎた、蹲るのはもうやめたんだから。
これはちゃんと覚えておいた方がいいだろうな、思わぬ弱点というか、死角を見つけた気分だ。毒物を取り込んだ場合には毒は効かないかもしれないが物質そのものは残留するということを留意しておかないといつか足を掬われそうだ。
今回はただの花粉だからよかったものの体内で結びついて反応されるような物質ならばその時点で俺は詰んでいたな。過酸化水素とヒドロキノンみたいな物質を体内に入れてたら内側から爆発するところだった。もし毒を扱うようなモンスターと戦闘したり毒を体内に入れてしまったら落ち着いてから早めに身体を斬って物理的に摘出することにしよう。
多少体は痛むだろうが死ぬよりマシであるし、今の俺はちょっと斬られたところで死ぬような肉体ではない。加えてスキルで俺の身体の様子をより詳しく理解できるので重要臓器等を傷つけるヘマはしないしもしそんなことが起きたとしても一瞬で治癒できる。
いや、それよりも体内に光弾なり光線なりを発生させて消しとばした方が手っ取り早いし安全か? それなら戦闘中でもすぐさま対応できるし。
次なんて無い方がいいがもし次があれば対応策をしっかりと練っておこう。ん〜謎が解けて気分爽快だな。寝る前に考えていたことは事実ではあるがかなり引っ張られすぎた、センチメンタルになりすぎだ。まさかスキルがこれほどまでに精神的な影響を与えるとは思わなかった。
ちゃんと後でスキルの制御の訓練をしないと、スキルに振り回されるのではなくスキルを使い熟しておかないと俺に異常が出そうだ。夏休みの残りはそれに時間を費やしておくか。
ついでに既存のスキルの習熟や魔法式の組み換えも並行してやっておこう手札を増やしておいて損はない。
俺自身スキルを完全に使いこなせているという感じはしないしまだまだ先があるとわかるため頑張らないと、世界に置いていかれそうだ。
……なんかすごい忙しい夏休みになりそうだな、ある意味これも充実してると言えるのだろうか。ダラダラ怠けて時間を浪費するよりはマシだろうけどハードスケジュールな気がする。
トイレから出て改めて様子を見るとどうやらもう朝のようだ。寝たのが昼を過ぎてからだったからかなり寝てたようだな。
相変わらず外は騒がしいし被害を受けた人たちを治療してるけどそんなことよりご飯、ご飯。ぶっちゃけ“自動回復”か“再生”の影響か知らないけど飲み食いせずとも生きられそうだけな、飢えや渇きは感じるだろうけど餓死とか栄養失調とかとは無縁っぽいけど食べられるなら食べときたい。
ただここ一応病院だからな……流石にポーチから食料取り出してバクバク勝手に食べるわけにはいかないだろうなあ。めっちゃ申し訳ないけどナースコールを押してここから出ていくことを伝えてから外で食べるか。
ブー
へー、初めて押したけどこんな音が鳴るんだ。そして押すとすぐさまドタドタ部屋の外で音が鳴りドアが開いた。
「永瀬さま! 何か異常がありましたでしょうか?」
わーお、そんなに急いでどうしたのかな? ……そうだね、こんなに毒の被害を受けた人たちを受け入れてたら体調が急変して元気だった人が死ぬこともあるから敏感になるよね。しかも俺って明らかにVIP待遇だから何かあったらどんな奴が文句を言ってくるかと恐ろしいよね。
……ほんとごめん、ただ飯食いたいから出て行きたいだけなんだ。
「いえ、特に何もないです。ただしっかりと休んで完全回復したので退院しておきたいなと」
そう言うと病院の人が顔を青くしてブンブン横に首を振った。
「おやめください、そのようなことは。いくら本人が元気そうでも身体は回復してないことは十分あり得るんです。そのようなケースを私は何度も見てきました。永瀬さまにはしばらくの間、療養していただきたいと考えております」
あー、これ以上この人に負担かけたら多忙と合わさって過労死しそうだな。それにこのいくらでも患者が溢れてる状況下でストレスやばそう。
取り敢えず病院食を持ってきてもらってしばらくは経過観察をしてから判断することになった。しゃーない、魔法式の組み替えでもして時間を潰すか。
病院食って質素かつ味が薄そうなイメージだったけどこんなに豪華なんだね……費用請求は皇家にお願いします。
食べ終わって各種検査までの間で魔法式を弄ってるけどどうしようかな。まず範囲攻撃が出来る様な魔法を創るか。光線って使い勝手がいいし殺傷力も高いからこれをベースにしよう。
これに《蜃気楼》の光を屈折させる式と《分光》の光を回折させる式をメインに組み込んだら中々いい魔法が出来上がりそうだな。
完成形がどんな魔法になるのかを想像しつつ構想を練っていると検査の時間がやってきた。そして社会が変わったなと実感した。
普通の検査機器に人間、エルフ用とか張り紙がされてるし他にもドワーフ、フェアリー専用など種族別の機械が置かれていて医療するにも種族ごとの知識が要求されそうで大変だなあと思わざるをえない。
まあ、だからといって俺に出来ることはないんだけど。それから医師の指示に従って大人しく検査してたけどちょっと問題が発生した。
血液検査で採血する必要があるのだが俺の皮膚が硬すぎて注射針が刺さらなかったのだ。多分、俺の耐久力が高すぎるからだろう。針が折れてからから何回も試してみたがどれも全滅した。
代わりに唾液検査で代用することになったけどこれからは高ステータスの人向けの治療施設が必要になってくるんだろうなあ。魔法薬もかなり需要が出てきそうだ。
検査結果が出るまでは安静にするよう言われたので大人しく横になりながら魔法の開発作業に取り組んでいた。まずどうするかがよく分からないしイメージだけで突き進んでいけないから困るんだよ。
こういうのってイメージとかふわふわしたもので発動するもんじゃないの? 試作した式を誰もいない上空領域で試してまず発動するか、その後発動したとしてどんな効果が現れるのかを観測していたらあっという間に経過観察期間が終わった。
その間に最終的には光線の式の途中に分光の式と屈折の式を複数組み込み一定の距離ごとに光が屈折するか分光するかの判定を行うことで解決した。
完成魔法は光線の直進しか出来ないという点を屈折でカバーし複雑な軌道が可能となったことで地平線の先まで攻撃できるというトンデモない代物となった。
弱点として分光するたびに貫く面積は減っていくが然程問題はないだろう。どんな生物でも頭部や心臓を貫かれれば死ぬし万が一死ななければ屈折の向きを使用中に変更して焼き切ればいい。
分光を重ね過ぎて針のような穴でしか貫けなくなってもそれを動かせば立派な脅威だ。
光線と変わらないコストでこれほどの魔法を発動できるとか素晴らしいな……欠点として光線とは比較にならないほど式が複雑になったから演算領域への負担が大きいということだがそれも愛嬌というものか。
魔法という存在に対して理解が進めば進むほど負担は減るので日頃から魔法について学んでおけば大丈夫ではあるしそもそも俺の演算領域はこの程度で処理落ちすることはないほど高スペックだ。
しかもスキルですぐさま消耗分は回復するし。にしても新魔法の名前どうしよう。もはや光線とは別物になってしまったものを光線とは言えないわな。発動すると無数の光線が周囲を蹂躙するから……《光檻》がいいかな。
攻撃範囲に入ったら最後、死ぬしかないから獲物を閉じ込める檻であり棺桶だし。……完成させてから冷静になって考えてみたけどなんていう広範囲殲滅魔法生み出したんだろう俺。
都市くらいなら簡単に落とせそうだ……、生み出したことは秘匿しておこう。
無事異常が無く健康だと診断されていよいよ退院が近づいてきた。明日になれば東京に自衛隊の人たちが帰るらしいのでそれに同行するよう話がついたらしい。別に徒歩だろうと寮に帰れるけどそれを言うと折角手配してくれた人に悪いので黙っておいた。
明日になったらここから去るんだし、最後くらいはお見舞いでもしておこうか。俺は初めから元気だったけど他の連中はあんまり元気そうじゃなかったからどれほど回復したのか気になるな。
見舞い用の切り花を持って案内された病室に行くと野郎どもが雁首揃えてベッドに寝込んでいた……重症ですね……。
花瓶に花をさしていると森山が目を覚ました、しまった起こしてしまったな。
「お見舞い、ありがとう。こんな格好で申し訳ないね」
「気にすんな、それよりも自分の身体を労われよ」
起きあがろうとする森山を手で制止させる、そこまで体調悪いなら寝ときなさい。だからそんなに申し訳なさそうな顔をするなよ。
「いや、もう峠は超えたんだ。それに君の適切な対応のお陰で元から被害は小さかったからそれほど治療に手間はかからなかったんだ。今は消耗した身体を治してる最中だよ」
「そうか、夏休み中に終わりそうか?」
「ああ、他の人も似たようなものだと思うよ」
「良かったな、後これ。佐々木に渡しといて、クレジットカードで結構な額使ってごめんって書いてあるから」
「別に責められることは無いと思うけどね、多分あの状況下なら緊急事態故の特例ってことで処理されると思うし」
そりゃよかった、意外と気にしてたんだよこれ。んじゃ夏休み明けにまた遊ぼうか。それから軽く世間話をしてから病室を去った、そんなに負担はかけられないし。
その後女性陣にもお見舞いをして起きてる人がいれば軽く話しているとすっかり日が傾いてきた。最後は東條さんか、東條さん羽が生えてたり光ってたりで特殊な対応が迫られそうだけど大丈夫かな?
病室を開けると豪華な部屋に夕陽が差し込み部屋を優しく照らし、外を東條さんが見ていた。まるで絵画みたいだな、なんとなくそう思った。
東條さんは俺が入ってもしばらくは気付かないまま外を見ていたが視線を部屋に戻すと俺を見つけて少し驚いた顔をした。
「ごめんね、東條さん。驚かせちゃったかな? はい、これお見舞いにどうぞ」
「あ、うん。ありがとう、永瀬くんはもう動き回っていいの?」
「ああ、元からそんなに悪くなかったからね。明日、退院する予定だよ」
「そう、なんだ。よかったね」
「最後に見た時はかなり弱ってたけど大丈夫?」
「うん、平気。毒消し薬が使われたから毒はすぐに消えて今は消耗した体力を養っているの」
「そう、気をつけてね」
これでひとまず全員無事ということが確認出来たな。よかったよかった、これでひとまず約束は果たせそうだ。
にっこり微笑むと君もにっこり笑顔を返してくれる。
それから軽く雑談してると日が落ちそうになってきたので帰ることにした。
「永瀬くん、どうしてあの時私たちを助けてくれたの? いくら永瀬くんが強くっても危なかったでしょ?」
日が落ち、夜を迎えようとする黄昏時、病室の中、横になる君は輝いて。
「言っただろう、また一緒に行きたいって。答えただろう、一緒に行こうって」
それはまるで太陽が最後の煌めきを託したようで。
「それって……」
穢れを知らぬ、君が見ている世界は
「同じ場所は無理だろうけど、いつかまたみんなで行こうか」
どんな色彩か。
きっと俺とは違うのだろう。
ひとまず全員に見舞いをしたらもうすっかり暗くなってしまった。事件が終わりを迎えても日常は続く、俺が死ぬまでは。
……今回のことできっと社会は変わる、関係も変わる……俺も変わるのかな、ダメだ今更想像できないな。
あり得ないかもしれないけど、また以前のように付き合えることを祈るとしよう。
翌朝、自衛隊の人たちと一緒に東京に帰って寮に帰還した。なんだか随分久々に戻ってきた気がするな。TVではかなり時間が経っているにもかかわらず連日同じ報道がされている。
まあ電気が通ってるところが限られてるから被災地に届いてるかどうかは微妙だけどな。送電線とかを復旧しようにもモンスター蔓延る地で作業しなければならないから目処は立っていないし病院とかも非常用の自家発電がなければかなりヤバかったし。
ひとまず無事寮に帰れたことだし、夏休みが終わるまではしっかりと訓練をしておくか。
ステータスについて
ステータスの上昇値は
ジョブの上昇値×成長係数(0.01〜2.00)
で決まります。この成長係数はどんな人類でもこの範囲を逸脱することは無いです。そして上昇値が1を下回る場合でも最低1は上昇します。
ちなみに成長係数が1未満の人は1まであげる方法もあるけどかなりきつい。
ジョブレベルの上限や取得数の増加は自分の合計レベルをMAXまで上げてからモニュメントに触れてその状態で解放される機能を使えば世界の想定するレベルまで上げられる。
この時、限界を超えるために必要なリソースと解放したジョブのレベルを上げるのに必要なリソースの2種類が必要となるため初めから想定数に就ける人の倍のリソースが必要となるがまだ実現可能な範囲です。
成長係数はジョブを想定数まで上げてから解放される機能を使えば1まで上げられるけどとんでもないリソースが必要となるのでかなり難しい。……死線を何度越えればいけるかな? くらいに難しい。
ただそれでも覚悟を決めて血反吐を吐きながら泥に這いつくばってでも進もうとする者を見捨てるほど世界は残酷でもないため本当に頑張れば報われますね。
ジョブ適性に関しては諦めて下さいとしか言えないです。




