夏休み
ふと目が覚めた、部屋には柔らかな日差しが入り込み時計の針は8を指していた。これだけなら何でもない普通の日、だが今日は、今日からもう違う!
やったあ、待望の夏休みだあ。まあ普段からまともに学校行ってないから毎日が夏休みとも言えるけどちゃんと夏休みと宣言されるとワクワクするね。
にしてもどうっすかなー、予定が真っ白でこのままじゃダラダラ過ごしてたらあっという間に休みが終わりそうだし。
一回家族の元に帰るという手もあるけど学校に入った時から3年くらい会わないだろうなあという覚悟だったので会わなくていいかなあという思いがある。
それに俺、家族が住んでる家を知らないっていうね……。息子が親の家を知らないって何かの事件性が疑われない?
一応、ここに家が建っているよということは伝えられてるし住所は分かるけどどうせなら家の外観写真を送ってこいよと思うのは少し贅沢すぎるだろうか。
確証がないまま知らない家のインターホンに向かってただいまーと言うのは結構ハードル高いぞ?
プルルル!!
「もしもし、皇さん? 珍しいね、そっちから電話だなんて。どういう用件かな?」
『ええ、私はこれから富士山でレジャーに行く予定なのですけれど永瀬さんが良ければご一緒にと思いまして。ちなみにですけどグループの皆さんからはよいご返事がもらえましたわ』
「いいね、予定が無くて暇だったんだ。喜んで行くよ。いつ出発? 何を準備しておけばいいかな?」
『特に準備する必要はございませんわ、ただ身だしなみを整えてロビーにお越しいただけるだけで充分ですの』
「……もしかしてそれって、今日?」
『正確に言えば今ですわ』
事前連絡というものを是非とも知っていただきたい、それとも上流階級の人は思い立ったら吉日という考えなのかな?
文句を頭に浮かべつつ支度を整えてロビーに行くと豪華なリムジンが寮の前に止まっていた、ブルジョワ凄え。
リムジンの窓が開いて皇さんが顔を出して
「さあ永瀬さん、準備はいいですか? 一夏の思い出作りといきましょう」
「事前の連絡をしてねって言ってたの誰だっけ?」
「サプライズですもの、驚いていただけたのでは無くて?」
「驚いたけれども……」
だからって旅行のサプライズは一般庶民からしたらスケールがデカすぎてついてけないんだよなあ。金持ちと平民の埋められない溝を実感しながらリムジンのドアを開けるといつもの面子が既に中で寛いでいた。だが……
「相原、お前なんでここにいんの?」
「俺がいちゃ悪いのか?」
「夏休みは実家に帰るって言って無かったか?」
「……帰れねえんだよ……、通知表が……」
察したわ、コイツさてはテストでやらかして成績やばいの取っちゃったな。それで家に帰っても怒られるからレジャーに同行したと、でもそれって
「死を先延ばしにしただけだろ? 早めに屍になった方が身のためだと思うけどな。時間をかければかけただけ爆弾の威力が上がるだけなんだし」
「たとえ悲劇がこの先待っていたとしても……俺は……前を向いて生きていたいんだ」
「開き直んな、早く部屋に戻って復習してこい」
「やだ、やだ、やだー!! 勉強なんてもう御免だー!! 何が悲しくて1人部屋で勉強しなきゃならないんだ、しかもその間お前らが楽しくレジャーしてる写真が送られるんだぞ? 嫉妬でペンが砕けそうだわ」
死刑執行までの僅かな期間を楽しむ哀れな受刑者かな? せめて今まで勉強してましたーと弁解すれば爆弾の威力を下げれたものを。
空いてた席に座るとリムジンが出発して富士山へと向かい始めた。わーお、西園寺さんジュースありがとー。
「秋さんが熱くないようにと私の胸で冷ましておきました」
「それ秀吉のやつだよね? 今は夏だし普通胸に置いといたらぬるくなるのに冷えるとか流石雪女……待って俺これから西園寺さんが胸で冷やしたジュース飲むの?」
「大丈夫です、体は綺麗にしてますから汚くはないですよ?」
「そういう意味じゃない!? 皇さんとか東條さんの視線が雪女より冷たくなってるし相原が憎しみで人が殺せそうな顔してるんだけど!?」
なんでもないような顔して爆弾を放り投げるんじゃないよ西園寺さん、俺たちもう高校生なんだよ?
「そ、そういえば他の人たちはテスト、どうだったんだ?」
古来より伝わる話を逸らすという由緒正しい爆弾処理で対処した。どうやらこれで許してくれるらしい、やったあ。
「む、そうか永瀬はテストを受けて無かったのか」
「まあな、さっさと必要な単位は履修したからテストはもう受けることはないし」
「羨ましいな〜、私ちょっとでも悪い点を取ったら家から怒られちゃいますから気が抜けないんですよ〜」
「東條さん、貴女そんなに成績悪かったかしら?」
「ちゃんと毎日予習復習しないと成績がキープ出来ないんです!! 柊さんと違って私は頭が良くないんですー!」
「ちょっとそんなに荒ぶらないで、要点さえ押さえておけばいいのよ。後で方法を教えてあげるわ」
「わーい、ありがとうございます」
結構な波乱があったらしいが、まあこの面子なら特に成績面で不安はないんだろう……相原は除外で。
「永瀬は単位は取ったから授業殆ど出てこないけどクラス委員とか生徒会とか誰がなったのか知ってるか?」
「まずそんな役職がこの学校にあったことに驚きだわ」
え、この学校にそんな普通の高校みたいな役職あんの? 入学して一年後までに結構死ぬんだし意味なくね? 役職決めてもボサボサ櫛が欠けるように抜け落ちていくのが関の山だろ。
「で? 誰がなったんだ?」
「お嬢様が生徒会長、俺が副会長で書記が有栖川さん、会計が一ノ瀬さん、庶務が佐々木くんだよ」
「俺の勝手な想像だけど一ノ瀬さんはともかく有栖は東條さんから離れないと思ってた」
「どうして私はともかくなんですか? 私だって坊っちゃんのメイドとしてかなりの重労働をしているのですが? あっ佐々木、そのお菓子取ってください」
「そういうとこだよ」
「そして何故私のことは呼び捨てなんだ永瀬?」
「なんとなくかなあ、あーでも有栖の名前って有栖川有栖だから有栖川って言いにくくて有栖って呼んでるのかも。さん付けした方がいい?」
「別に構わん、気分が害されたわけではないからな」
「マジ!? じゃ、じゃあ俺も有栖って呼んでもいい!?」
「口を開くな、ひどく侮辱された気分だ」
「理不尽!?」
そりゃ学校の女子に片っ端から声かけて振られたお前に呼び捨てされるとか少しでも彼女かなと思われるから当然嫌だろ。金貰っても嫌だわ。
「別に私はお嬢様につきっきりというわけではないぞ? 校内なら私以外にもお嬢様を守ってくれる者はいるからな。それに私の能力を買ってくれたんだ、断るのも悪いだろう?」
その文脈からすると柊さんか一ノ瀬さんか西園寺さんに任せてるっぽいな、あの3人なら確実に名家の教育を受けているだろうし失礼なこともしないだろうし信頼もできていい人選だろうな。
「ちなみに私がクラス委員長よ、副委員長は相原だけど」
「おう! 俺が副委員長だぜ、仕事は殆どないけどな!」
「なった理由はあわよくばその立場を利用して女子とお近づきになりたいからだろ?」
「心外!? 俺そんな風に思われてたの!?」
話を初めて聞いた俺だけじゃなくて流れを知っていた女子陣でさえ驚いてたってことで察してほしい。心外だと思うなら日頃の行いを改めろよ。
「こんな学校だけど仕事は何やってんの? 体育祭とか文化祭は無かったはずだけど」
「大抵は生徒同士のトラブルですわ」
「力を持って調子に乗る人が多いのよ。学校側も対処してくれるけど私たちにも対処策を考えさせたり実際に解決させたりするの」
「聞いただけでも大変そうだな、確かに言われてみれば調子に乗ってる奴も結構いた気がする。もう少し自制の心を持ってほしいよな」
「永瀬くん、他人事のように言ってるけど君関連の仕事が何件も寄せられてるからね?」
「ええ、貴方もかなりの問題児だと思いますわ」
「秋さんの被害者って全員評判が悪くて素行も悪い人たちでしたけどねー」
身に覚えがないことで何で責められなきゃならないんだ、俺ほど品行方正な生徒は他にいないだろ?
「永瀬、お前が食堂で生産職の生徒をいじめていた生徒をゴミ箱に叩き込んでいた気がするが気のせいか?」
「気のせいだろ? 働きすぎて幻覚を見たんだな、少し休めよ」
「因縁をつけてきた生徒を窓から放り投げたことがクラスで話題になったんですけど……」
「所詮噂だろ、根も葉もない話だ」
それからも幻覚や虚偽の報告を受けたが疲れすぎだと諭していくと何故かため息をつかれた。
「別に構わないですけどね、相手が悪いですし喧嘩を売る相手を間違えただけですもの」
「私なら絶対永瀬さんに喧嘩は売らないですけどね、坊っちゃんは売りますけど」
「多分誰も買わないぞ」
話がひと段落ついて落ち着いたので冷えたジュースを飲みながら窓から見える景色を堪能する。そこには田んぼや畑といった田舎感溢れる土地、夏らしいカラッとした天気、長閑に生活するモンスター、リムジンの周りを囲むように走る黒塗りのワゴン、極めて旅行らしいものが目に飛び込んでくる……後半何かおかしくね?
「皇さん、もしかして護衛つけてる?」
「? 何を当然なことを。このご時世護衛なしで旅行なんて危険すぎますわ」
だよねー、目を何回擦っても田園風景の中にモンスターが溶け込んでるし。出来れば見間違いであってほしかった。
「最近ニュースとか見てないんだけどこんなにモンスターって地上に出てるもんなの?」
「まあな、国会の中継を観ればわかると思うが最近はモンスター関連の議題で会議が紛糾している。ダンジョンが氾濫するごとに対応の甘さを責められて父さんも家に帰ったら疲れ切ってすぐ眠るようになった。だからといってその対策をしようとするなら予算の無駄遣いと責められるがな」
会議は踊るされど進まずというやつか、上も上で大変そうだな。
「付け加えると対モンスター用の防壁の内と外で格差が少しだけですけど生まれて問題になってますね、何でも内壁と比べてですけど外側が治安が悪いとか」
「ああ、モンスターが攻め込んでくるとかモンスターへの対応と内壁の治安維持で手が回らないとかそういうことか。物価とかも優先して手に入る中と外で違いそうだな」
学校という閉鎖空間にいると分からないが今の世の中、結構厳しい状況だったわ。もう顔も名前も思い出せないけどかなりの数の生徒が死んだ事件のことが注目されない程度にはヤバかったわ。
……しかも直近でも高校生にモンスターを殺させたりダンジョン探索させて資源を集めようとしてたわ、学生にそんなことさせんじゃねえ。
こりゃ日本の、世界の未来は暗いなと考えていると柊さんがちょうどこれからのことについて聞いてきた。
「貴方はこれからどうするのか考えているのかしら?」
「まだそういうのは早くない? 柊さんだってあんまり考えてないでしょ?」
「はいでありいいえでもあるわね。勝手な予想だけどここにいる人たちは殆ど実家の意向に従うと思うわ。だから政略結婚か魔大への進学の2択ね」
思わず周囲を見渡すと相原以外の全員が頷くなりして肯定している、はー自由意志が無いのって窮屈そうだなあ。
俺には金持ちだけど自由のない生活より庶民だけど自由な生活の方が性に合ってるわ。
「魔大ってうちの大学版だろ? しかも結構ハードなカリキュラムが組まれてるって噂が流れてるし。確か小中学校は特別な学校は無かったよな?」
「ああ、小中学校は義務教育期間だからな。義務教育に差をつけるのはいかがなものかと疑問の声が上がってて設立するか検討中の段階だ」
そんなとこ絶対行きたくねーよ、俺は普通の大学に通って普通の人生送るんだ……理想を言えば俺を好きにしてくれて養ってくれる美人のヒモになりたいです。
「皆さん、もうすぐ目的地に着きますわ。降りる準備をして下さいな」
はーい、そういうわけで道中話し込んでいたら長い移動時間があっという間に過ぎ去った。富士山まで結構あるなあと思ってたけど意外と近かったな。
俺は特に持つものもないのでボーッとして時間を潰してたらリムジンが止まった。窓からは一泊何十万しそうなホテルが見える……これに泊まれるんですか!?
「そんなに目を輝かせてこちらを見ないでくださいな、照れてしまいます」
後半はよく分からなかったけどこれは興奮するわ、こんなもん日本人なら誰もが一回は夢見ることでしょ。富士山の見える高級ホテルに泊まるって。
でもここって休む場所ではあるけど遊ぶ場所ではなく無い?
「今日はここで泊まって暫く滞在したのちにコテージに向かってレジャーを楽しみますわ」
なるほどね、富士山を堪能した後にレジャーとか贅沢すぎるわ。日本の誇る霊峰富士山を見ると心が洗われるように浄化されていくのを感じる。
それは日々の疲れを富士山が受け止めてくれるようで……ああ自分が日本国民なのだと感じる。澄み渡る青い空、上層が白く化粧された青き富士山、山に群がるドラゴンたち、裾野に広がる樹海……やべえ何か日本にあるまじきというか下手しなくても命に関わるような存在がありませんでした?
「ここで思う存分富士山を眺めるなりドラゴンウォッチングを楽しみましょう」
「ごめん、帰っていい?」
そんなデンジャラスなウォッチングなんて楽しめるわけねえだろが!?




