はじめてのパーティ戦
暖かな日差しによりポカポカと心地の良い天気の中、草原を撫でる爽やかな風と遠くから聞こえる川のせせらぎが過酷な日々に擦り切れた俺の心を癒してくれる。
バシャーン!!(50mほどの蛇?が川で泳いでいる)
ズドンッ!!(騒音に切れた蟹が鋏から水を噴射する)
アオォーン!!(狼が統率された行動を取って狩りをしている)
ボオォォ!!(狼たちの相手のゴブリンたちが陣形を整えて迎撃態勢を整えている)
ベギンっ!!(熊が大木をへし折っている)
……ごめん、やっぱ誤魔化すのも限界だわ。控えめにいっても人外魔境としか言い表せない環境に俺のSAN値がゴリゴリ削れてるのが自覚できる程ヤバいわ。
幸い人間如きにはモンスターは反応しないようだが、俺らこれを相手にレベル上げをすんの? 新手の自殺では?
「永瀬さん……私かつて無い程に胸の鼓動が速くなっていますの。もしかしてこれが、恋……なのでしょうか?」
「多分死の恐怖に怯えてるだけだと思うよ、皇さん」
それが恋だというのなら世の中の恋人は全員顔面蒼白で鳥肌立ててることになっちゃうよ。そんなデッドオアアライブに恋愛感情を持つとかどんだけクレイジーな生態系してんだよ、すぐに絶滅するわ。
「あの……ここでレベル上げを行うのはちょっと……難しいかなって……思うんですけど?」
よく言った東條さん、これじゃ俺たちがレベル上げをするんじゃなくて俺たちでレベル上げをすることになるからね。
「ハハハ、流石にアイツらを相手にはしないよ。ここからもう少し走ったらゴブリンとか比較的弱いモンスターがいるからね。レベル上げはそこでするんだよ」
「付け加えると、何故ダンジョンでレベル上げをしないかというなら銃がその効果を発揮しにくいということが挙げられる。前回のレベル上げでは視界が確保出来ず、遮蔽物の多い環境で生徒たちの安全を確保することは困難だと判明したからな。だからダンジョンが氾濫した後の開けた地形でレベル上げをすることになったのだ」
護衛役2名が説明してくれて安心は出来たけどそれって俺らの道中の身の安全は保証されてないよね。怖がった女子4名からギューッと身体を押し付けられて色々当たってるけど全くピンクな感情が湧かないんですが。
むしろ俺がピンクになりそうという不安に押しつぶされそうなんだけど。
不安を紛らわせるために女子たちが何のジョブに就いてるか聞いてみた。もしかしたら俺みたいにある程度は戦える人も混ざってるかもしれないし何なら俺を超えてる人もいるかもしれない。
パーティ内のジョブ内訳
俺:【光術師】系統(ぼかしたけど【波動術師】)
皇さん:【槍士】
東條さん:【弓士】
柊さん:【癒術師】
西園寺さん:【付与術師】
……不安だ……、5名中4名が後衛ってバランス悪くない? 皇さん1人を前に立たせてモンスター相手にするとか絵面最悪だろ……。
しかも明らかに柊さんと西園寺さんのジョブって戦闘できそうもないんだけど戦力にカウントしていいのこれ。
「2人の【癒術師】と【付与術師】って何が出来るの?」
「そうね、傷を治せるわ」
「ステータスを上げられます」
「そっかー」
オッケー、戦力にカウント出来ないってことね、了解しました。……実質3名でモンスター相手に戦えと申されますか学校は。
しかも残った戦力にも不安があるんだよなあ。
「東條さん、失礼だけど弓の腕前ってどのくらいか聞かせてもらっていい?」
「はい、大丈夫です。えっと、実家で嗜みとして学びましたから的に当てることはかなり上手だと自分でも思います」
「……動く的相手ならどうかな?」
「したことが無いので何とも言えません……」
そうだよね、弓道の的が動くなんてことあり得ないしそんな想定する必要ないよね。
クレー射撃くらいしか動く的目掛けて射撃するなんてしないからなあ。モンスター相手に不意打ちの一発目の攻撃なら行けるかも知れないけどそれ以降は厳しそうだなあ。
何しろモンスターだけじゃなくて動物全般って動くし避けてくるし、動かない的目掛けて当てるよりも遥かに難易度が上昇するし。
しかもただ当てるだけじゃなくて当てる場所も考慮しなければならないからあまり頼りには出来なさそうだ……。
それに混戦した状況だと誤って前に立つ皇さんの背中に当たりそうで怖いし初撃しか担当できなさそう。
待って本格的に戦力にカウント出来んの俺と皇さんくらいじゃない?
「皇さんはどのくらいの槍の腕前を持って……? それ薙刀? 珍しいものを持ってるね」
「ふふ、安心してください永瀬さん。淑女の嗜みとして薙刀を修めていますの。殿方に守られるばかりのか弱い存在ではありませんの」
「そうです!そうです!皇さんってすっごく強いんですよ。前の大会で優勝するくらい強いんです、多分同年代で皇さんより強い女性っていないんじゃないですかね」
「そんなに褒められると照れてしまうわ、ありがとう東條さん」
なら戦力として数えられそうだな、というかそんなに強かったんだ皇さん。
「そんなに不安な顔をするな少年! 俺たちがモンスターの動きを止めるから君たちはただトドメを刺すだけでいいんだ。流石に学生にモンスターと戦闘させるわけにはいかないからな」
モンスターとの戦闘に慣れた護衛が三人一組で各グループについてるので安心しろというが命がかかってんだぞナイーブにもなるわ。
このままモンスターと遭遇することなく授業が終わらないかなあと普段祈りもしない神様に願っていると無事に手頃なモンスターが見つかったと嬉しそうな声で報告された。
……神は死んだ、今の俺はニーチェの考えに深く共感できる。
「ほら見ろ、あそこにゴブリンが6匹程確認できるだろう? ダンジョン内なら脅威なんだがここみたいに開けた場所なら然程脅威にもならない。それに内訳も戦士が6で遠距離攻撃がないのも素晴らしい。俺たちであいつらを追い詰めるから君たちは安全が確保された合図が出るまでここに残っていてくれ」
手早くそう言って2人がゴブリンたちに突撃して残った1人が残った俺たちの護衛を担当している。護衛に目線を向けるとニコッと微笑んでくる……安全だよってことを伝えたいのかもしれないけどとにかく俺は帰りたいです。
合図が出たらしいのでジープでそちらに向かいながら指示通りに盾やら警棒?にベストを着用して万全の戦闘態勢を整えて準備をした。
遂に現場に到着するとそこには明らかにもう先は長くないと分かるほどの重傷を負ったゴブリンが6匹転がっており草原に赤い染みを作っている。
弱々しい様子ながらもその眼光は自分たちをこんな目に合わせた人間への怨嗟に塗れておりゾッとされられる……夢に出そう。
「じゃあ、順番にトドメを刺していこうか」
コイツ何言ってんの? この何の抵抗もできないゴブリンの命を刈り取れたとでも?
「? ああ、安心してくれ、確かにモンスターの生命力は強いけどここまで弱らせれば簡単に殺せるから」
そういうことを言ってるんじゃないんだけどなあ、しゃあないサクッと嫌なことは終わらせますか。警棒を振りかぶってえいやっとゴブリンに叩きつけるとグシャリとスイカ割りをしたかのような感覚が伝わって来た。
他の面々も各々の得物でトドメを刺してレベル上げをしている……年頃の多感な時期の少年少女たちにこんなことさせたら性格が歪みそう……。
それから何回か同じような作業をしていると昼になったので昼食を兼ねて休憩となった。
周りに怪物どもが息づいていることを除けばかなりいい環境だからまるでピクニックみたいだ……問題はその唯一の欠点がデカすぎることだけどな。
昼食を終えてからも似たような作業をこなしていると護衛役から
「皆ある程度はレベルが上がって来たね。それじゃあ実際モンスターがどの程度強いのか体験してみようか」
? 何言ってんのこの人、さっきまで学生にモンスターとの戦闘はさせないって言ったばっかりじゃん。もしかして:老化?
誰かー、いいお医者さんを紹介させてあげてー。
「うむ、俺たちがサポートしてるから危ないと判断したらすぐに支援を行うから余程のことがなければ大丈夫だ。それに俺たちが予めどのように行動すればいいのかはチェックするからな、ダメな場合はその理由と改善案を出すから戦術面でも心配はない」
誰もそんなアグレッシブな授業は求めてないしバトルジャンキーでもないんだよ。そこんとこ理解してくんないかなあ。
ぐちぐち言ってても始まらないので手早く意識を切り替えてどうすればいいのか考えるか。まずは
「西園寺さん、ステータスを上げられるって言ってたけどどのくらい上げられる?」
「特定のステータスを50上げられます、でも重複は出来ません」
1人1回が限界ってことか、しかも特定ってことは一項目だけか。でも一つだけとはいえ50も上げられるのは破格と言ってもいい。十分使える。
「なら戦闘時には皇さんと東條さんには筋力の付与を頼む」
「秋さんが、そう言うならそうしますけど……速度とか耐久力じゃなくていいんですか?」
「ああ、速度の場合は急に変わる感覚についていけないからむしろ戦闘時には邪魔になる可能性がある。耐久力は上げてもらうか迷ったけどそもそもモンスターに攻撃されない方が重要だから一撃で倒せるように筋力の上昇がいいと思ったんだ」
「なるほど、分かりました」
これで戦闘前に行うことは終わりで次は戦闘開始時か。
「東條さんはモンスターを見つけてからの初撃を頼む、不意打ちなら動かない的と変わらないと思うし当てられると思う。
当てる箇所も無理に頭とかは狙わなくていい、とにかく当ててくれさえすれば構わないから。モンスターがこっちに気づいて近づいて来た時はある程度距離があったら射てもいいけど皇さんが戦闘するようになったらやめて欲しい。
動く的相手に当てるなんて相当鍛錬積まなきゃ不可能と言ってもいいしむしろ誤射の方が怖い」
「分かりました、永瀬さんに従います」
そしてグループ唯一の前衛にして筆頭戦力の皇にはかなり過酷な役割がある。
「皇さんは別にモンスターと無理して戦うことはしないでくれ、リーチが長い武器の利点を活かして常に相手の攻撃が届かない位置取りを心がけてどちらかと言えば守りの姿勢でいてほしい。
それにモンスターが皇さんに近づいて来たら俺が光魔法で目を眩ませるからその隙を突いてもらえれば簡単にいけると思う。
モンスターと正面から戦うことはかなり辛いと思うけど頑張ってほしい」
「ふふ、確かに負担は大きいかもしれませんね。ですがそれはその分私のことを永瀬さんが信じてくれているということでしょう? ならその期待には応えなくてはなりませんわ」
取り敢えずはこのプランでいいかな、護衛役の人たちも特になにも言ってこないしさほど大きな間違いは無いはずだ。
そう思っていたら肩をトントンと叩かれた。何か分からないことがあったのかと思うと柊さんが
「私の役割は何かしら?」
……ひ、柊さんは仕事が無い方がいいから。最終的に皇さんが怪我をした時ように備えて魔法の準備をするということになった。
役割をあらかた決めると肝心の相手が決まった。どうやら初回に戦ったゴブリンたちと同じ構成らしい。
「見えたか? ここから200m程離れた場所にいるだろ、この辺りは見通しがいいがまだ俺たちが狙っているとはまだ勘づいていない。では諸君らの健闘を祈る」
祈るんじゃなくて援護してくれませんかね。んじゃまあやりますか。ジープから降りて俺たちは取り決め通りの態勢に移行した。
「《筋力上昇》」
西園寺さんが2人にバフをかけ、東條さんがゆっくりと弓を構えて落ち着いた様子で矢を放った。
放たれた矢はこちらに気づいてなかったゴブリンたちの中の一体にヒットし悶絶している。いいぞ、とにかく当てることが重要だからな。
頭に当てても最悪骨に弾かれる可能性も否定できないからな、なら確実にダメージを与えた方がマシだ。おっと俺たちの存在に気づいたゴブリンがこっちに向かって来る。
東條さんが矢をどんどん放ってくれるが流石にもう当たらない、それでも牽制にはなるか。
やがて先頭のゴブリンが前衛の皇さんに接触しようとして来た。手に粗末な石斧を持って襲い掛かろうとしたその瞬間を見計らい、魔法を発動する。
『《閃光》』
目の前で強烈な光が炸裂したゴブリンたちは手から得物を落として思わず蹲り目を抑える。そしてその隙を見逃さずに皇さんが薙刀で命を刈り取っていく。
範囲を前方にだけに絞ったからこっちには被害が出なかったから一方的にできたな、にしても五感の中でも特に重要な視覚を潰せるとか光魔法が強すぎる。
『《光弾》』
と言ってもずっと蹲り死を待つだけではなく無理矢理立ち上がろうとするゴブリンもいたので足に魔法を当てて行動を封じた。
やがて皇さんが最後のゴブリンの命を刈り取って戦闘は終了した、結構いい結果になったんじゃないか?
こっちには被害らしいものは出てないし、護衛役の人たちも満足げに見てるし。
それから何度か戦闘を経験してこの日の授業は終わりとなった。




