いきなり適応できる奴は稀
意味不明すぎる状況から逃げようとしたら否が応でも変なものが視界に入ってくるんだが? 玄関を開けたら自己主張の激しい格好の人がめっちゃ見えるし、今日は仮装パーティーかと思う派手さなんですけど。
それも、神社までの道程で飽きるほど目に飛び込んできて感覚が麻痺してきた。何なら元からこんな感じだった気がするとも思えてきたわ。今は「へ〜、この人はこういう特徴なんだ〜」と考える余裕すら生まれてきた。
神社前までぶらぶら歩いていたら、見慣れた見慣れない特徴をのっけた顔が見えた。多分、あいつだと思うけど確認のため電話しとこ、流石に自信ねぇわあそこまで変わったらそっくりさんでも通用しそう。
『もしもし、山本? お前今どこにいる? 俺はちょうど神社前に来たとこ』
『おう、永瀬。こっちも神社前にいるぞ。鳥居のすぐそばで黒いダウン着込んで茶色い犬耳生やしてるのが俺だ』
……お前は自分の発言に疑問を抱かなかったのか? まあいい、さっき言ってた特徴ならさっきの奴で間違い無いだろう。初詣特有の人混みを掻き分けつつ目的の方向に向かってると先にあいつが俺のことを視認したらしく手を振ってきた。
正直、どこにいるのか伝えてくれるのはありがたいけど、それより俺はお前の犬耳の方が気になるわ。何でそんなぴょこぴょこ動いてんの? まさかそれ本家の犬みたいに感情に合わせて動くのか、それなら要らねぇわ恥ずかしいし。来るまでに人外見すぎて俺も変わった方がよかったかな〜って思ってたけどそんなデメリットあるならノーセンキューです。
合流して、まず新年の初顔合わせなのでお互いにあけましておめでとうございます、今年も宜しくお願いしますということを言ってから取り敢えず屋台を冷やかしながら参拝するかということになった。
定番の屋台も店主が厳つい顔してケモ耳生やしてると全くの別物に見える……これいいの? 毛とかたこ焼きの中に混入してそうなんだけど、大丈夫、訴訟されない? まじで食品の衛生面が気になって聞いてみたら凄い注意して焼いたから多分いけると思うとの事。
そこは絶対の保証が欲しかったな〜と考えてたら顔に出てたみたいで、屋台歴10年を超えてても体が変化するとか読めんと渋い顔で言われたらまぁデスヨネとしか言えんわ。他の人が対策として医者とかが感染症用に使うような使い捨ての帽子を近くのスーパーから買いに行ってるから今は、それを待ってるらしい。ただ、待ってる間にも客がどんどん来るから注意して焼いてるんだそうで。
俺は購入を遠慮しといたが山本は俺が話している間にそんなことお構いなしに2パックほどペロリと平らげていた。お前に恐れは無いのか?
それからも行列に流されつつ耳が尖ってる店主のリンゴ飴や、やけにマッシブな店主の唐揚げを買っていい感じの広場に出てその辺の人気のない階段に座って食べてたらいきなり声をかけられた。
「あっれ〜! 山本と秋じゃん、あんた達もお参りしに来たの?」
リンゴ飴を齧りつつ顔を上げると着物を着た頭頂部から獣の耳を生やした女の子と後から申し訳なさそうな顔してついてきた耳の尖った女の子のペアが目に入った。……どうしよう、全く思い出せない。多分、クラスの誰かだと思うけど、ゲームキャラみたいにキャラメイクされたらわかんねぇわ。失礼だけど、誰か聞こうとしたら山本が
「浅倉と柴崎じゃんそっちもお参りか?」
そう言ってくれたので記憶にある2人の顔を引っ張り出して目の前の2人組に照合させてみると言われればそうだよねといった感じになった。……これ結構キツくない? 今まで知ってた顔が変化されると誰か分かんないんだけど。取り敢えず、正体は判明したのでさも初めから気づいていましたよ感を演出するためハードボイルドに手を振るとジト目で返された。なんだよこっちは初めから気づいてたってのに酷いな。
「秋、アンタ私たちのこと分からなかったでしょ! 目が泳いでいてバレバレなのよ!」
とんでもない濡れ衣を着せられようとしたため助けを求めて柴崎に目を向けると苦笑しつつ
「あのね、秋くん。 私でも分かるくらい顔に出たたよ」
そう言われたらもう開き直るしかない。そうですよ、わかりませんでしたよ。でもいきなり斬新なイメチェンする方にも責任はあると思わない? これを言うとさらに何か言われそうなのでオブラートに包んで
「悪かったよ、でも俺は別に体が変化した訳じゃないから変化したお前らとは違って変化は他人事だから気づきにくいんだよ。というか、どんな風に変化したかも分からないのに初見で分かるわけないだろ」
と伝えると何か納得してくれたので首の皮一枚で繋がるという言葉の意味を実感した気分。2人もお参りに来たらしく一緒に行くことになった。2人と会うのは去年のクリスマスパーティー以来でそんなに月日は経っていないはずなのにまるで別人になってしまったかのような姿だ。
柴崎は凛とした姿勢で歩いていてまるで良家のお嬢様みたいなのに耳がぴょこぴょこと忙しなく動いていてそのギャップが可愛らしい。
浅倉はいつも通りだが何故か背中側が着膨れしている、何か着付け方でも間違えたのだろうか?
女性はしばらく見ないうちに美しく成長するらしいためその言葉通りに短期間で美少女となった2人に俺は動揺しているのかもしれない。……多分、とんでもない見た目の奴が近くに山本を含めて3人いるから動揺してるだけだな、これ。友達が全然違う姿してるのって、そう簡単に慣れねぇよ。カップラーメンにお湯を入れて3分待ってる間に中身がカレーに変わってるくらいに衝撃だわ。ラベルと中身を3度見くらいするわ。
というか、人外率高くない? 誰か1人くらいそのままの君でいてくれていいのよ。俺、そのままの君の方が好きだから。精神的に安定できて。
グループの4分の3が奇抜な格好してるわりに、年末どうしてたとか、宿題やったとか、受験が心配だとか普通の中学生らしいたわいもない雑談をしつつ参拝の行列内で時間潰しをしつつ順番が回ってきたため財布から5円玉を取り出して鈴を鳴らしてニ礼ニ拍手一礼をして神様にお願いをする。
願うは当然、第一志望校の合格である。というかこの時期にそれ以外する受験生などいるわけがない。横目でチラッと他の奴らの様子を見ると山本は柄でもないほど真剣に鈴を鳴らして……テメェー鈴をもぎ取る気か? そんなにガチャガチャ鳴らすもんじゃねぇんだよ!これは! 神様の機嫌を損ねてぇのか。見ろ浅倉と柴崎を、めっちゃ真剣に願ってんだろ。静かにしてろ。
耳にダメージを受けつつも一足早く参拝を終えた俺
は他の面子が終わるのを待ちつつ参拝客の様子をボーッと見ていた。金髪、銀髪、緑髪、青髪、赤髪とカラフルな髪色をした人たちが並んでいる、これいつかの歴史の教科書に載るんじゃねとくだらないことを考えていたら3人の参拝も終わったらしく、受験生らしい合格祈願のお守りを全員買って帰ることにした。
帰る途中も屋台を冷やかしつつ、お互い何をお願いしたのかを話し合った。
「やっぱり、志望校合格。それ以外ないだろ? やっぱこの時期だしそれ系になるって」
なんとなくの流れで俺がトップバッターになったため至極真っ当なことを言ったら浅倉に白い目で見られた……これ俺がおかしいの?
「じゃあ、お前は何をお願いしたんだ?」
「馬鹿ね、合格は自分の力で勝ち取るものなのよ。神様の助けを借りるよりも自分の力を磨いた方がいいに決まってるじゃない」
めっちゃいいこと言ってるじゃん。思わず、目から鱗だわ。そうだよな、そういうのは自分の力で……
「いい、神様にはね億万長者になりたいってお願いするべきよ。そうすれば一生安泰だから」
感動を返せや!? 前半と後半の落差が酷すぎない? そんな俗世にまみれた願い事神様が叶えてくれるわけねぇだろ!
とんでもないことを言い放った浅倉に続いて柴崎は落ち着いた声で
「私も秋くんと同じで、志望校の合格かな?」
と言った。そうだよね、これが普通だよね。その言葉にホッコリしていると山本はヤレヤレといった様子で小さく笑い、手を横に振った。そういやコイツ、騒がしいほど力込めて願い事したたけどどんなことを願ったんだ?
「お前は? 山本」
「いいか、永瀬。今、この時期に願うことは一つしかないだろ」
馬鹿だ、馬鹿だとは思っていたがコイツもコイツなりに進路について考えてらしい。まぁ多分鉛筆を転がして出た数字が合ってますようにぐらいだと思うが。
「いいか、世の中がこんな風になったんだぞ。ならば男として願うかは唯一つ、ハーレムを作らせてくださいだ!!」
……もしかしたら年明けのせいで耳がボケているのかもしれない。きっと聞き間違いだろう。念のためもう一回確認すると純粋な目で俺を見て
「ふぅーッ。いいか、永瀬? 今この世界にはエルフも獣人もドワーフもいるんだぞ、きっと他にもいるに違いない。このファンタジーにはきっとモンスターとか迷宮とかも現れる筈だ。そして可愛い女の子がモンスターとかに襲われて絶対絶命の危機に陥って助けを呼ぶんだ。俺はそれに応えて女の子に襲いかかるモンスターを倒してもう大丈夫だと微笑むと女の子は思わず俺に惚れて好きと「あっ、俺ここで帰るわ。じゃあな、浅倉、柴崎、変態〜。新学期にまた会おう」言ってやがて、多くの女の子が俺を……おいどうした永瀬? お前の家までこの道で帰った方が早いだろう? それに浅倉に柴崎もそんなに離れてどうした? まだ話は終わっていないぞ」
少しでもアイツに期待した俺が馬鹿だったわ。今のことはすぐに忘れて単語でも覚えないと。参拝を終えて気持ちを一新してその日の夜は勉強に励んだ。
その翌日、ニュースを見てたら世界各地に謎の洞窟が現れており現在調査中とのこと。優雅に朝食を終えた俺は食器を洗い自室に戻って即座に買ってきた合格祈願のお守りを捨てた。あんな願いが叶うとか、神は死んだ。今だけはニーチェに同意だわ。ベットに寝転んで嫌なこと全てを忘れるように目を閉じて
「……なんで母さんと妹が白髪、赤眼になってんだよ」
おかしな格好してた2人の姿と何一つ変わらなかった親父の姿を瞼の裏に描きながら深い眠りに落ちた。