メイドから見た彼
「……以上がケッペンの気候区分の特徴だ。テストに出るので覚えていくように」
というわけで今日も今日とて授業である。謎のモニュメント? 朝は騒いでたけど授業が始まればこんなもんよ、よく分からん物体Xよりも差し迫ったテストの方が学生にとっては重要だわ。
午前の授業が終わったので最早固まりつつある面子でランチになった。
「で? あのモニュメントの効果は分かったのか?」
俺には国の裏側を教えてくれる知り合いがいるからわざわざ騒ぐ必要がないというのは素晴らしいわ。別にそこまで興味は無いけど教えてくれるなら聞くよねっていう。
だから、そんなに呆れた顔するなって佐々木。明らかに不味そうな情報なら話さないから安心しろよ、俺たち親友だろ?
「……はぁ、いいか誰にも話すなよ、とは別に言わん。わざわざ公表するようなことでも無いがさして重要では無い事柄だ。ただあのモニュメントに触れた者はジョブの取得とジョブの消去が出来るようになるというだけだ」
へえー、あんまし意味ないな。別に今の段階でジョブを消したいなんて思ってる奴は少数派だろうしジョブに就いてるなら現段階ではただの粗大ゴミだな。強いて言うならモニュメントに触れただけでジョブの取得が出来るならそれで良かったんじゃない?っていうくらいか。
多分、初手の対応ミスったな。ダンジョンが出来て数日の内に規模の小さいダンジョンを攻略してモニュメントを出現させてジョブ取得者を増やしていくのが正解だったんだろうな。今更言ってもしょうがないが。
「ならあれは国で管理するのか? 確かにあれなら危険なダンジョンで命をかけてジョブを取得しなくてもいいもんな。けど学校内でやるのか? あんまり立地が良くないだろ、ここ。一度にジョブ取得が出来る人数が限られて来ないか?」
「確かモニュメントを取り外して基地に移設すると聞きましたわ」
「……お前は何処から国の機密を仕入れてくるんだ?」
どうやらモニュメントは移設されてもっと使いやすい所に行く予定らしいがダンジョン跡地に埋まってる大量の未回収資源はどうするでしょうね? 流石にそこは危険な匂いがするから踏み込まないけどな。めっちゃ利権争いが起きてそう。
「そういや聞いたか! SNSにモンスターは棍棒で簡単に倒せるとか言うデマが広がってそれを信じた人がダンジョンに入って被害が出てるって言う話!」
誰だよそんな書き込みした奴、弱くてもモンスターって控えめに表現してもグリズリー程度の戦闘力はあるからな。素手で中型犬に勝てるか怪しい霊長類様にはちょっと厳しいと思うぞ。
「何だその書き込みは、全くモンスターに対して理解が出来ていないではないか。実際に襲われたならば護衛として学んできた技術すら役に立たないというのに素人がそう簡単に倒せるはずがないだろう」
完全に有栖さんに同意するわ、俺でもあの初期ステでいつモンスターが襲いかかってくるか分からない状況でモンスターを倒せと言われたら拒否する程度には難しいからな。
「ご歓談中失礼します、坊ちゃま。食後のデザートをお持ちいたしました」
「おおう、頼んでいないがありがとう……何で俺ではなくお前が食べるんだ?」
「? 私は別に坊っちゃまにお持ちしたとは言っていませんが」
確かにデザートをお持ちいたしましたと言っただけだな、誰に向けてのものかとも誰が食べるものかとも指定してないし完全に佐々木の早とちりだろう。いつも施される立場だと思うなよ?
昼休みも終わりあっという間に放課後になった。サラッと流したけどこれ、授業がつまらなかったというよりもう授業で学ぶべき点が無いというね……これからは速度別に授業した方がいいと思うしわざわざ一年かけて教育する必要ないと思うよ。
ある程度体感時間弄れる人間なら常人離れした思考が可能になるし、海外の進級試験を受けて飛び級とかの方式があってくるとかなり楽になると感じるんだけどなあ。
まあそれは今後に期待ってことで、ありもしないものを望むより今できることを積み上げておくとするか。この学校では部活は強制では無いので入る必要はないのだがまさかグループ全員が無所属とはね……これが面倒でとかなら救われるけど部活に打ち込むほどの余裕がないからっていうのは割とキツい現実だわ。
「商売に詳しい皇さんに聞きたいんだけど、日本ってあとどのくらい持つの?」
「どういうことですの?」
「あー、だからどのくらい日本は資源が残っているのかなっていう話。モンスターが出て大変なのは日本だけじゃ無いでしょ? なら輸出にも影響があると思って。
日本はいざという時に備えて備蓄資源が蓄えてあるけどそれも無限ってわけじゃない。いつか終わりのくる有限な資源だ。……ごめん、話が逸れた。だから要約すると日本はいつまで生活水準を維持できるのかっていうこと」
「……そう心配される必要はありません。ダンジョンからも金属資源や食料は産出されますもの。私たちが困ることは有りませんわ」
私たち……ねえ、本格的に限界が見えてきたな。隔離された環境だからよく分からないけど東京に引っ越してきた家族からは街が騒がしいとか暗いとかメッセージが来てるから世の中荒れてんだろうなあ。
そんなことを考えでいると皇さんが身体を押し付けてきた……おっと何やら良からぬ予感が。
「ですが、私これからのことを思うと心配で心配で……。誰かに身を預けてしまいたいと思うこともありますの。誰か安心して身を任せられる人がいればどれほど力強いか……」
ぎゅーっと腕に胸を押しつけて潤んだ瞳で上目遣いして見てくるけど感じるのは情欲じゃなくて恐怖だよ。一回捕まったら終わりの蜘蛛の巣が幻視できるわ。
「ほら森山、ご主人様の要望だぞ。抱きしめて差し上げろ」
面倒事は避けるに限るわ、だからそんなに膨れっ面しないで下さい俺そんな権力争いとかごめんな小市民だからさ。
side 一ノ瀬 希
テストも終わり結果が返され問題の解説を先生が行っている。今回のテストは難易度としては高かったがこの国を陰ながら支える一ノ瀬家として英才教育を受けてきた自分からすれば余裕とも言える。
視線を前から横に移すとペンを持って真面目に授業を受けているフリをしている秋の姿が見えた。
永瀬秋、クラスの女子と話していても話題になる生徒だ。よくカッコいい、付き合って欲しいなどと騒がれているだけのことはある顔立ちをしている。
そういうのは案外顔は大した事は無いがコミュニケーション能力や運動能力による補正で美化されるものだが彼の場合には純粋にその見た目だけでまず注目を集めその性格の良さで更に人気を見せた。
実際、パーティーに参加して美男に目の肥えた私から見てもとても整った顔をしており、肌など女性の私よりも綺麗そうだ。
性格も良く善良であると私も思う、本当に非の打ち所がない人だ。
しかし、それが彼の1つの側面でしか無いということも私はよく知っている。例え時間が流れても色褪せないあの校内のダンジョンの氾濫事件、そこで彼が見せた凄まじき戦闘能力。
恐ろしいモンスターを軽々と屠る力にまず目を向けたものの一番驚愕したことは彼の技量だった。単に強いだけなら銃器を用いれば同じことが可能だから、個人が銃器と同じ働きが出来るといってもジョブレベルを上げればそうなれるのだとしか思えない。
たまたま、運良くステータスが高かった幸運な人なだけだろうと。しかし彼はそうでは無かった、初めに彼が避難した時に見せた身体能力から彼が高いステータスを持っていることは分かった。
そして私たちの援護をしながらの避難中、迫り来るモンスターに対して彼はモンスターよりも遅い……私でも再現できる速さで迎撃し始末していた。
その光景は今でも覚えている、まるでモンスターが自ら彼に命を差し出すかのようにその刃を受け入れる……そんな風に見える彼の絶技を。
あの状況下で思わず魅入ってしまうほどの冴えた技量、あまりにも完璧すぎて脳が理解できず世界が遅く感じた。
彼だけがモンスターを相手に踊っているようで優雅で……そして走りながら逃げる私たちは何と醜いのかと場違いにも考えた。身体とはこう動かすものだと、お前たちの動きは間違っていると、そう伝えられているかのようだった。
それから避難所に着いてから特に何でも無い様子で外に出て凄まじい轟音が鳴り響いた時、私は彼が本気で戦っていると根拠もないのにそう直感した。
まるで世界の終わりかのように外では炎や雷、吹雪が吹き荒れ続け、やがてピタリと止んだ。それでも時間を置くことなく今度は地に鳴り響く振動が伝わりまるで大地震のようだった。
しばらくしてあの謎のアナウンスが頭に直接響き、その内容を聞くと同時に嗚呼、彼はこんな恐ろしい惨事を引き起こす怪物をも超えるのかと悟った。
それからは職員に従い家まで送られることとなったが私たちは何があったのか気になったため先生に彼が避難所から出て行ったこと、そしてまだ戻ってきていないことを伝えてから伝手を使いその現場を見た。
もしこの世に地獄というものがあるのならばこれが相応しいとされる……悲惨なものだった。果たして誰がここが先程まで学校だったと信じられようか。
地面は融解し、未だに湯気を立てている場所もあれば黒焦げになっている場所、凍りついている場所など災害のバーゲンセールでもしていたかのようだがその悲惨さを強調しているのは地面全体を彩る赤色だろう。
仮にこれが人1人から出たものならば明らかに致命的であり死んでいると判断されるだけの量がその場に残っていた。そんな現場の中心部は最早爆心地とでも形容した方がいいくらいであり地面は砕け散り時間が経ってもなおその存在を主張する血の池とその中心部に存在する砕けた木刀と地面に突き刺さった人の腕が異彩を放っていた。
彼だ、きっと彼がここで戦ったに違いないとはっきりと確信した。他の人たちも同じことを考えたのか現場に残ったDNAの鑑定を頼み、彼の捜索を開始した。その日は見つからずもしかして死んだのではないかと考えていたところにひょっこり顔を出して来たものだから思わず感情が昂ってしまうのも仕方のないことだろう。
初めは彼が生きていたことに安堵していたが落ち着いてくるとやがて違和感が生じるようになってきた。それはどんどんどんどん大きくなっていきとても無視できないものなっていた。
一体何がおかしいのだろうか? いつも通りの彼の姿が見れたのに……と思考していたところで気が付いた。それはあまりにも普通すぎるのだ、まるで次の日に普通に出会ったかのように、まるで週明けに久しぶりに会ったかのように、日常の延長線上のようで……。
それを察すると同時に私にはいつも通りに振る舞う彼が少しだけ……恐ろしく感じた。きっと私には想像もつかない戦を経験したにも拘らず何も変わらない彼が理解できなかったのだ。
それから学校が休校している間に家の者から鑑定結果を聞いてあり得ないと思わず叫んだ。何しろあれだけ大量に残留していた血肉、それに腕から彼のDNAが一切検出されなかったというのだ。
休みが明け学校が始まってから彼が事件について尋ねると納得したようにしていたがそれは誤りだ。国の誰も彼がWCMなるモンスターを倒したとは思いもしていない。
当然の話だ、ただの高校生が軍人を蹴散らす怪物を倒せるなどと誰が考えるだろうか。しかも現場に残されたものはモンスター由来のDNAだけであり彼があそこにいたということは誰にも証明できない。
監視カメラも戦いの余波で壊れ何も記録されておらず、国はモンスター同士で殺し合ったのだろうと結論付けた。私たちだけが真相を知っていると言っても過言ではないが誰一人としてそれを言う者は居なかった。
あまりにも荒唐無稽で信じてもらえないだろうから話すだけ無駄だというもの、皇のお嬢様だけは実家に伝えてはいたけど動かなかったところを見るとあまり真に受けてもらえなかったのだろう。
そして彼は一度として自分が討伐したとも宣言することは無かったためこの件は永遠にお蔵入りとなった。強い力を持つと誇示したくなるものだが彼は随分と警戒心が強く、そして臆病なのだろう。
人外の力に人外の技量、そして凡人のような警戒心と臆病さを兼ねそなえているとは隙が極めて少ないと思う、懐がかなり固くどのような人生を送ればそのような生き方になるのだろうと少し興味を覚えた。
それに彼はかなり頭が回るらしい。私たちがぼかして伝えた情報からかなり正確な読みを行い考察していく様はヒヤリとさせられる。
「ん? どうしたの一ノ瀬さん、まだ授業中だけど」
「いえ、何でもありません。ただ先日永瀬様がモニュメントについて尋ねていたのが意外で、それを引きずっているのかもしれません。貴方は興味が薄かったようですから」
「ああ、あれはどのくらいこの国がモニュメントを持っているか知りたかっただけだよ。多分あれってダンジョンを消滅させたら出てくる代物だろ? なら他にもあってもおかしくはないかなあと思って尋ねただけだよ。
あからさまに重要なものそうだったから人類にとって有益になる効果があると予想してたしその答えも知りたかったしさ。
佐々木に聞いたら結構詳しく効果がわかるくらいには調べているようだし、あれほど早くモニュメントが移動させられたってことは出現した時用のマニュアルが作成される程度には保有してるんだろ? 普通ならまず動かせるかの調査とかを挟む必要があるし」
本当に彼は油断ならない人物だ、好奇心に任せて聞いているようでかなりその裏を読んでくる。
「その話を私にして貴方に何かが起きてしまうとは考えないのですか?」
「まあな、国もかなりの実力者は揃えているだろうけどこんな程度の情報を探った程度で大損害が出るかもしれない選択肢は取らないだろ? そしてそれは国の立場に立つ一ノ瀬さんにも当てはまるだろうし、わざわざこんなこと報告しないだろ?
それにだからなんだで済む話ではあるしそもそも学校からSNSに書き込むときは検閲されるんだ。外部に情報を出力できないし、個人が情報を集めたところでたかが知れてる」
「かなりの高評価をいただき嬉しく思います。貴方はかなり情報を集めているようですけどこれからどうなると予想していますか?」
「うーん、とりあえず防壁の作成はされるだろうな。学校の修繕に【建築家】とかの生産職が携わってたぽいけどそれってこれから作る予定の防壁の予行練習的な感じだろ。スマホで調べたら結構補修してるところがあるみたいだけど明らかに機械だけじゃ出来ないペースだしこれにもジョブが関係してるっぽいし。
いくつかの実験をしてから生産職と機械を使って防壁を作って取り敢えずの安全を確保しても、ダンジョン内の資源の奪い合いが始まるだろうし暗い未来があるのかな〜と思ってる」
嗚呼、本当に彼はいつも通りの口調でこれから起きるであろうことを言う。それにどれほどの犠牲が必要か、惨劇が起きるか分からないわけでもないだろうに。
私のように誰かに仕えるための教育を受けたわけでもなく、坊っちゃんのように国の上に立つための教育を受けたわけでもなく、皇さんのように人の上に立つ教育を受けたわけでもなく、東條さんのように名家の教育を受けたわけでもない彼がここまで読んでいるのはあまりにも異常だ。
人を超える力に卓越した技量、それに臆病さとキレの良さを兼ね備えているなんてあまりにも隙がない。これで国に対して叛意があったならば私はすぐに家に報告していただろう。
そしてそうなっていないことが恐ろしい、これだけの力を持ってなお自分を見失わず、平常に溶け込んでいるのだから。
私にとって彼はカッコよく、優しく、そして少しだけ……怖い人だ。
モニュメントについて
本文にある通りジョブの取得及び消去するためのオブジェクト。
本来なら数日で攻略できるダンジョンを用意していたのにスルーして氾濫させた挙句にジョブ未習得の人間がダンジョン内に入ってモンスターを殺してジョブを得ようとする様子に神は首を傾げた。




