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幻代的ファンタジーにおける日常

 目を瞑りながら“空間把握”を頼りに突然の閃光に目を眩ませるニア・レンジへと距離を詰め、ついに攻撃範囲内に捉え袈裟斬りにせんと左の首元へと木刀を斬りつけた、死ね!


 野生の直感か左腕でガードしようとするが生憎と俺には耐久力を下げるスキルがあるんでね、無駄なんだよ。さっさとその命を寄越せ! 


 ギシッ


 「は?」


 好機の俺の一撃はガードして来た左腕を軽々と切断し刃が首元に届いたところで僅かに肉に食い込むだけで終わった。ッ危ねぇ!


 意識の空白を咎めるかのようにニア・レンジの右ストレートが飛んできたので迎撃しようとするとすぐにローキックが飛んでくる。


 右フック、左の蹴撃、尻尾による薙ぎ払い……痛ってぇ、肉がガンガン削れやがる。冗談抜きで動作の起こりを確かめた上で力が最大限になる“点”を正確に弾かなければ死ぬ。いつの間にか俺より少し速く動いて俺より遥かに高い攻撃力になってやがる。


 《思考加速》をも駆使して体感時間を限りなく遅め死地において1秒先の生存を勝ち取るために肉体に無理をさせる中、逆転の一手を探る。タイムリミットは俺の命が尽きるか……ミシッ……木刀の寿命が尽きるまで。


 「Aaaaa!!!!」


 目の前のニア・レンジは目が血走って左肩から鮮血を撒き散らしているが一切気にせず俺に猛攻を仕掛けて来る。だがそりゃおかしい、コイツの肉質が首並みに硬ければ腕が斬り落とされる事もなかった。なら原因は必ずある。


 パターンA:そもそも左腕だけが脆かった。多分これは無い、もしそうなら過酷なダンジョン下層域での戦闘でとっくに捥げていても不思議ではなく、わざわざガードに回す事もしないだろう。


 パターンB:なんらかの手段でステータスを強化した。これなら納得がいく。そしてその場合、俺にはどうする事も出来ないという絶望的事実が存在することになる。強いて言うならコストが足りなくなるまで時間を稼ぐことぐらいしか対処出来ん。


 パターンC:首だけが硬い。これもあり得るがそれなら拳撃や蹴撃をいなすたびに木刀で切断出来ていない現状を考慮すると希望的観測が過ぎる。多分、全身同じ強度だろう。


 そうなると俺にはいつ訪れるか分からない時間切れを待つ以外対応策は無くなるんだが、それは不味い、不味すぎる。

 

 俺がニア・レンジから離れた瞬間遠距離攻撃手段が無い俺が一方的に攻撃されることになる。そうなるとさっきの二の舞だ、不意打ちの閃光も二度は通じないと考えた方がいい。


 だから俺には絶対に離れられないという制限があるし加えて木刀を破壊されると攻撃手段が無くなって詰む。


 それをコイツも理解しているからこそ距離を離そうとして来るし木刀狙いの攻撃を仕掛けて来る。クッソ、木刀狙われると相手の攻撃を素手で弾くことになるがそのたびに腕の肉が飛び散って痛ってぇ!


 “再生”ですぐ治るとはいえ痛いものは痛いんだぞ、分かってんのかこのカンガルーは!? お返しに左肩に斬撃をお見舞いすると睨んでくるがそれなら大人しく首を晒せ。


 左サイドに身体を常に置いて攻撃しにくいようにしているが尻尾で身体を支えて動いて来るから片手を喪失しても全然動きが鈍らねえ。つーか両足で蹴ってくんなや、あんまり離れられないから身体を削ってでも前に動いて死線を躱さなきゃなら無いんだぞ。


 1秒ごとに細胞が死んでは再生していく奇妙な感覚をむず痒く思う中俺は憎悪の炎を燃やしていた。


 俺だけこんな制限喰らうのおかしくねえ? 理不尽過ぎる……なんで俺もコイツの首をいきなり狙うのをやめて腕や脚、尻尾狙いに変更するか。


 おっと、どうしたのかなクソカンガルーくん? 急に攻撃が大人しくなったし回避も大袈裟になったりして……そうだね、お前も後が無くなったんだよなあ? 腕でも脚でも尻尾でも斬られりゃもうお前はベストパフォーマンスを維持できない。なら下手な手は打てなくなるよなあ。


 胸を狙った右腕の正拳突きを姿勢を極端に下げ腕無しの左サイドに回避し攻撃に移ろうとしたことを読んでいたニア・レンジの左脚の蹴撃ッ!


 木刀を左手に持ち替え奇しくもニア・レンジと同様に右腕を差し出し、頭への到達までの時間を遅らせて攻撃を敢行する。この体勢じゃ上半身は狙えないし後ろの尻尾も狙えないがお前の右脚ぐらいは奪えるんだよ!

 

 グシャリと嫌な音を響かせ悲鳴をあげる右腕を無視して低い体勢から相手の右脚へと飛び込むように脚を全力駆動させ刺突を叩き込む。


 「痛ッッ!!!!」

 「AAAA!!!!!!」


 俺の右腕が千切れたのとニア・レンジの右脚が切断されたのはほぼ同時、脳が痛みを主張して来るがここで動かなきゃ詰みだろがい! 相手は右腕、左脚の攻撃で再攻撃の姿勢は整っていない、そして尻尾は身体を支えるのに使用してるからリカバリーまでの1秒足らずの時間が最初で最後のチャンスだ。


 「死ッねぇ!!!」


 身体を捻って千切られた右腕の断面を無理やり地面に押しつけて身体を起こして脳天目掛けて刺突を放つ。


 「AAAAッ」


 木刀が深々と喉から頭部まで貫いているにも関わらず最期まで俺を憎々しげに血走った目で睨んで来るがそれに構うことなくドロップキックを追加でお見舞いしニア・レンジから離れる。


 「AA……aa……a……」


 地面に倒れ伏し腕と脚を一本ずつ欠損し頭から木刀を生やし血の沼を作っているにも拘らず俺に殺意を向けて来るがその声は弱々しい。このまま放置していてもいずれ死ぬだろうがまた袋から出されれば余力の残っていない俺が死ぬ。だが武器の無い俺には……


 「右腕はやるよ、じゃあな」


 袋に震える手を伸ばすニア・レンジを俺は出血多量で霞む視界の中千切れた右腕を拾い上げてトドメを刺すべくその頭に突き刺した。


 “【W(ワールド)C(クリエイト)M(モンスター)】【異法施袋】:ニア・レンジが討伐されました。MVPを選出します。……選出中……、選出が終了しました。【永瀬 秋】様をMVPに選出しました。【永瀬 秋】様には【回収袋】:ニア・レンジを贈呈します”


 “世界で初めてWCMが討伐されましたことをここに報告します。WCMを討伐すると豪華な景品が手に入ります。地球人の皆様は張り切って討伐に挑んで下さい”


 老若男女のいずれにも聞こえる声が脳裏に響くがどうでもいい。トドメを刺すと同時に倒れ込んだ俺はHPバーが残り3割ほどからどんどん回復し損傷した肉体が手早く再生されるのを見ながら休息を取った。遂には失った右腕が戻り一息つけたところで俺は周りの様子を見た。


 「ははっ、嘘だろ……。こんなに戦ってたのか」


 周りはニア・レンジの袋からの攻撃で廃墟と化しており自分の身体を見ると服は傷だらけで血に濡れて使い物にならなくなっていた。


 「ん? 何だこれ?」


 俺の右腕が深々と突き刺さっている場所にはニア・レンジの遺体は無く代わりに血の沼が広がる場所には相応しく無い真新しさと格の高さを感じさせる圧を放つポーチが転がっていた。


 ポーチを手に取ると


 “【WCM】報酬”《【回収袋】:ニア・レンジ》

 遠くからの攻撃を吸い込む魔獣の概念が込められた一品。

 ※『永瀬 秋』以外には使用不可

 『保有スキル』

 《遺品回収》:自分が倒した生物のドロップアイテムを自動で回収する。

 《空間拡張》:内部空間が拡張している。


 そう空中に書かれた画面が出現した。どんだけ固有スキルの影響で回復するといっても限界がある、具体的に言うと早く帰って寝たい。


 説明文をよく読むことなくポーチを掲げて俺は寮の自室へ帰った。……途中で人に会わなくてよかったなあ……。





 「申し訳ありませんでした!?」


 おかしいね、何で俺が土下座する羽目になってんだろうね? ……そうだね、何も言わずに避難所を出た後にあんな騒ぎが起きたら置いてかれた6人は心配するよね。ましてや避難所に帰ってこなかったら死んだと思って学校に報告するしその結果行方不明者リストに載るしなんなら学校が一生懸命に探すよね。


 そして一晩経っても見つからなくてこれはいよいよ……となったところに何食わぬ顔して


 「っはよ〜、今日もいい天気だな。どうした? そんなポカンとした顔して」


 何て能天気なこと言って来るやつがいたら折檻の1つや2つするよね……。


 【WCM】なるモンスターを倒した翌日の朝、現在俺は6人からいかに報連相が重要かということを長々と説明されているのだった。でも少し長すぎだし何で寮にいるのお前ら? 別荘的な建物で暮らしているんじゃなかったっけ?


 「あのさ……俺も悪かったけど、そろそろ学校だろ? 早く行かないと……ほら、遅刻するから……ね?」


 下手にでるとなんで呆れた顔されなきゃならないんですかねえ、皇さん?


 「学校からのお知らせを読んでいないのですか?」


 「へ?」


 「あの……、学校は昨日の騒ぎで暫くお休みなんです」


 嘘だろとスマホで確認すると赤文字で今回のことが説明されていて校舎復旧と安全のために暫く休校と書いてあった、イヤッホー!


 ウキウキしていると別のことを考えついた。


 「あのさ、結構悲惨な事件が起きたけどこの学校ってまだ存続できるの? 世間から大バッシング喰らわない?」


 「生憎と世間はこの程度のことでは動かん、少し前なら別だがな。最近はダンジョンの氾濫が頻発して街がモンスターの楽園となってしまうことも多々あるからな、言い方は悪いが生徒が数十名死んだぐらいでは寧ろよくその程度の被害で抑えたと賞賛されるくらいさ」


 「そんなことあったか?」


 「ほら見てみろ」


 渡されたスマホを見ると日本国内で複数の街がモンスターに占領されて住民が避難する様子が写っている。画面を弄るとダンジョンへの対策が不十分だったと政府を非難する国会の様子も分かった。


 「もしかして、……今って結構ヤバい?」


 「そうですわね、皇財閥(うちの人間)はこれを商機と捉えて食料や医薬品、果ては武器まで手広く展開していますが世界全体でこのようなことが起きていますもの。政府は主要都市以外は見捨てるということも考えていると噂で聞いたのだけれど……実際、どうなのかしら?」


 「話すか、女狐め。とにかくダンジョンの氾濫が現実の脅威と化した今、むしろここのようにダンジョンに向けての教育やジョブの使い方を教える学校の必要性は増した。だから余程なことが起きなければ潰れることはない」


 「私の家もその……もっと頑張れと圧力をかけてきて。これからの世界で東條家が上に行くためだとか……ううっ、私戦いは嫌いなのに」


 なるほど、これ結構未来に向けて上がドロドロしてるな? しかもさらっと下の奴らを見捨てる発言も出たし割とディストピアになる数歩手前くらいでは?


 「話は変わるけどなんでお前ら寮にいるの? 別荘はどうした?」


 「「「壊れた(ましたわ)」」」


 ……ご愁傷様です。つーことは荷物も吹き飛んだってことか、災難だな。そんな時にこれをいうのは心苦しいけど言っていいかな。


 「あのさ、報酬なんだけど……今言っていいか? あの時は冗談も入ってたけどちょっと権力者の力が欲しくてさ」


 「ええ、皇財閥の威信にかけて叶えましょう。自らの言葉には責任を持つもの、それに貴方の成した行為は対価をとっても不思議ではなく、むしろ対価を払わないまま付き合うことの方が不義理ですもの」


 「当然だ、この国を背負う者の一員として責任は持つ」


 「できれば簡単に東條家で叶えられるものがいいなあ〜って、私……家族からあんまり好かれてないんですよね……エヘヘ」


 約一名に不安は残るが大丈夫らしい。なら俺の要求は


 「俺の家族を護ってくれ、ずっと面倒を見ろとは言わないけどこれから先恩恵を享受できる立場にしてほしい」


 それくらいならと軽く了承してくれてしてくれた助かったぜ。何しろ家族が国から見捨てられるというものはあんまり気分が良くない。


 まあ俺自体にそこそこの価値はあると思うから普通にコイツらに頼まずとも軍に就きますとでも言えばいけそう感あったけどな。それだと俺が命張らなきゃいけないから嫌だから通ってよかったよ。


 なんにせよこの現代的ファンタジーの日常を生き抜くことは厳しそうだ。スマホで調べると日本のみならず世界各地で同様のことが起きているらしくほんと俺には想像もできないほどに大きな事態になっているらしい。

 

 ップ! 誰だよ!? こんなのSNSに書き込んだやつ!? 笑っちゃったじゃん。


 「どうしたのかな、永瀬くん?」


 「いや、森山、見てみろよこの書き込み。モンスターが溢れている映像で騒いでる奴らへの書き込み。


 『うるせえ! これが幻代的ファンタジーにおける日常なんだよ! せいぜい人間はモンスターのスナック代わりなんだよ!』


 だってよ」


 周りの奴らは何が面白いのか分からないらしいがこれほど傑作なことはないだろう。今まで俺たちが暮らしてきた現代的な生活はきっと戻ることはない。ならこれからの生活はどんなことになるかと聞かれると幻代的な暮らしだという返しは秀逸に思える。


 これから全く違う生活を営む必要があるし、誰もが平和に生きれた時代からモンスターと鎬を削る日々に変化していくだろう。その区別に現代から幻代という言い換えはしっくりくる。


 俺も言い直そう、今までの比較的優しかった現代的ファンタジーから幻代的ファンタジーにおける日常を生き抜けるように頑張らなくちゃな。

【WCM】について

【WCM】とは各ダンジョンが一体だけ生み出せるモンスターのことである。生み出されるモンスターはダンジョン内のモンスターの種族から無作為にその望みを抽出して反映されるいわば世界が創りしモンスターである。


 今回の場合【異法施袋】:ニア・レンジの元となった【マクロガル】という種族の望みが反映された。彼らは近接戦では無類の強さを誇り袋に食料を詰め込んで暮らす草食魔獣だが遠距離戦にはめっぽう弱い。そのためその欠点を無くすことを望んでいたためあんな遠距離お断りの怪物が爆誕した。


 しかし最下層に生み出された【WCM】はそこに住むモンスターたちに大抵狩られリソースとして吸収されるが一部の猛者は生き残る。


 【WCM】自体の戦闘能力は脅威だがそれより厄介なことは【WCM】は元となった種族と交配し子孫を残せるということが最大の問題である。


 ニア・レンジがダンジョン外に出たのは既にダンジョン内の大凡の【マクロガル】に種を仕込み終え違うダンジョンに向かうためである。


 そのため国立魔導学校のダンジョンにはコイツの能力が大分劣化しているが引き継いだ子孫が存在する。【異法施袋】:ニア・レンジという【WCM】の個体は既に討伐されたが【異法施袋】という種族はまだあのダンジョンに残っている。


 そのため急いで国立魔導学校のダンジョン内のモンスターを駆逐しなければトンデモ能力持ちのモンスターが地上を闊歩する時代が到来し人類の勝率は落ちますし生存領域も狭まります。


 【WCM】を倒すと報酬が世界から与えられるのはモンスター側のみが利益を与えられることは公正ではないと世界に判断されたためその矮小な身を死地に投げ出して討伐した英雄に褒美が授与される。


 試練を超えし勇者には報酬が必要だ……そうだろう?

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