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※この世界はハードモードです

 秋はダンジョンが氾濫したと判断したがそれは間違いである。ダンジョンが氾濫する場合には原因はたった2つしか存在しない。


 一つ目は一定時間の経過によるダンジョンの露出である。この時ダンジョン内の積層構造が全てダンジョン発生地点を中心として平面的に広がり結果としてモンスターが地上へと溢れかえる。


 二つ目は外部からダンジョンを破壊した場合である。この時ダンジョンが破壊された影響で住処を失ったモンスターが地上へと現れる。


 今回の事はこの2つの要因には引っかからない。正体はただの()()()()である。モンスターが大規模な引っ越しを行った結果表層部のモンスターが出てきただけでありその規模は本来のダンジョンの氾濫(モンスター・パレード)とは比較にならないほどにささやかなものだ。


 この規模のダンジョンならばとっくに氾濫は起きているはずなのである意味で秋のせいであり秋のお陰でもあると言える。


 そもそも国立魔導学校に存在するダンジョンは既に()()()()()。そしてその理由こそが秋が入寮してからは毎日のように行なっているモンスターの間引きでありそれが今回の事態の理由である。


 ダンジョンはモンスターが内部で亡くなると時間をかけてそのモンスターの遺体からリソースをゆっくりと吸収して新たなモンスターの材料とする。秋が毎日倒していたモンスターは周囲のモンスターに食料として食われることもあったが6割ほどは誰からも発見されずにダンジョンへと還元される。


 しかしながらその吸収効率はそれほど良くなくそのモンスターの生産に費やしたリソースの3割ほどである。そのため毎日何百と殺されたモンスターの損失分を埋めるためにダンジョンは保有しているリソースを消費しモンスターの生産を続け遂に空っぽと化しモンスターを新たに生み出せなくなった。


 その結果ダンジョンは異空間を維持することが不可能となりゆっくりと消失する運命となった。しかしその崩壊は急激なものでは無くゆっくりと4ヶ月ほど時間をかけて進行するものである。そしてその崩壊は下層から順番に行われる。


 そのため下層域のモンスターがまず上の階層に行くことになるのだがそこで問題が発生する。下層域のモンスターはいずれも化物揃いではあるがダンジョン崩壊まで時間があることを理解しているためそこまで急いでダンジョンの上層を目指して移動する事はないが本来その階層に住んでいたモンスターを殺戮し食べながら登ってくるのだ。


 これを恐れたモンスターが本来住んでいる階層を上りまた同じことが繰り返された結果行き場のなくなった表層部のモンスターが地上へと移動してきた。これが正解である。


 そのため一部の奇特なモンスターを除いて大半は銃器で簡単に殺傷可能な程度の強さであり冷静に対処すればどうということはない。


 しかしながら今まで異常を起こしてこなかったということもあり、見張りの人手は削減されており装備も臨戦用のものから幾分かダウングレードしたものとなっておりそれが一因となりダンジョンの包囲網を突破してモンスターが学校へと溢れたのだ。


 比較的弱いモンスターといっても原付程度のスピードは出せ、硬い頭蓋骨ならば拳銃を防げる程度の耐久力はある。この状況下で訓練を重ねた自衛隊ならともかく少し前まで普通の学生が生き残る事は決して簡単ではない……。







 「クソがああああぁ!!!!」 ザシュッ!


 冗談みたいだろ、今俺モンスターの群れと1人で戦っているんだぜ? おい森山ぁ! お前の積んできた鍛錬は何のためだ、この時のためだろうが。


 「すまない、これほどまでにモンスターが強いと俺は役に立てそうに無い」


 そうね、ごめんね。急げと叫んで全力でダッシュしたらお前ら揃いも揃ってその場にポカンとしやがってよお。更に手早く説明して状況説明して全員で最寄りの避難所に向かおうとしたらふざけてんのか、もっと急げや!


 パッと避難所に着いたのに全然来ないから戻ってみたらタラタラ走りやがったよぉ〜、俺の忍耐力試してんのか?


 「ひ〜ん、どゔじでぇごゔなるのー!?」


 「はっ、ふっ、これは……こたえるな……」


 「(もはや、喋る余裕すら無い)」


 東條お嬢様におかれましては愚痴を漏らしながら、佐々木は腹回りを抑えながら、皇に関しては声すら出てないっていうへっぽこっぷり。……見捨ててもいいよね?


 ちゃんと速度を上げとけよ、大体二万くらいまで有ればすぐ着くだろうが!?


 何体目か忘れたモンスターを木刀で叩っ斬って肉塊に変えてから鈍足組の援護をしていると何かどうでも良くなってきたなあ。


 「佐々木? 俺が仮にうっかりお前らを見失った結果、モンスター向けの新鮮なジャーキーが6本出来上がったら俺の責任になるかな?」


 おおう、とんでもない視線×6が飛んできた。そんなに見つめられると照れるぜ、頼むから嘘だろみたいな目で見んのやめてくんない?


 「な、永瀬? 冗談だよな?」


 「ふぇーん! 私すぐに死んじゃうじゃ無いですか!?」


 「報酬を払いますわ」


 全く、何を言ってるんだ。俺が人を見捨てるなんてそんな酷いことするわけないだろ、だがしかし極限状態においては命に優先順位をつけることも致し方ないのではないだろうか。


 自分の命はもちろん命を守ることに対して対価を払ってくれる人を優先してしまうことも無理ないだろう。……あ、何かクソ強そうな筋骨隆々の鬼が目の前の哀れな子羊(生徒)を握り潰しやがった。


 ……取り敢えず皇さんと森山くんだけ守って後はほどほどにしとくか。な〜に、目を瞑っとけば大丈夫。怖くないよ? あの威力ならきっと一瞬で色んな意味で終わりだから。


 「金なら好きなだけやるから俺を守れ!!」


 「東條家から後で適切な代金を支払うのでお嬢様の護衛を頼む!!」


 「お前ら今の自分の姿を見て醜いとは思わないのか?」


 「「お前が言うな!!」」


 やーね、これだから短気な人たちは。


 「《光線(フォトン・レイ)》」


 《ブラインド》で目潰ししてから【高位光術師】になって覚えた魔法を眼窩に打ち込んでみたんだけどあっさり死んだわ。貫通して穴が空いたけどピアス代わりってことで勘弁してくれや。……そのぶん、MP消費が無視できないほど重いけどな。気軽に使えない。


 何よりさっきから襲ってくる雑魚モンスターが面倒臭過ぎる、四足歩行だから足元という警戒しづらくカバーしづらい場所に攻撃してくるから対処が面倒なんだよ。


 今だって一ノ瀬さんの足めがけて爪を振おうとした奴もいるしな、どらっしゃあ! 


 さっきみたいに強いイレギュラー個体が混じっているけど対処出来なくもないほどだし、モンスターの数も結構減ってる、収束も近いな。




 ■◇□


 それはあまりに現実離れした光景だった。人より強靭なモンスターから背を向けつつも集団に1人も被害を出さないままに撤退可能な人材など今の世界にどれほど存在するか。ましてやそれが未だ高校生に成り立てだと誰が信じられよう。


 秋は【神】系統のジョブによるステータスによる恩恵だけでなく確実に相手の隙を狙ってその命を絶っていた。


 先程の(ハイ・オーガ)に関しても本来ならばその耐久力は魔法上級職の奥義相当の魔法でも一撃で絶命するほど弱い存在ではない。その肉体は例え光線でも一撃で命を脅かされる事はなく戦車の主砲にすら耐え切るほどに頑丈である。


 それが倒せたのは鬼の周りの光を奪いその動きを封じた上で確実に柔らかい眼球から脳を狙って撃ったからこそなし得た事である。


 四足歩行のモンスター(ティニーウルフ)の迎撃に関しても相手が獲物を仕留めようとして意識を逸らした瞬間を狙って殺している。


 相手の隙を生む、万全の状態にさせないということを徹底しているからこそこの結果が得られたのだ。そして秋の読み通り事態の収束は近い。……何事も無ければの話だが。



 ■◇□


 何とか避難所に来たら生徒の多いこと多いこと、取り敢えず一息つけて助かったぜ。お前ら、もう休んでいいぞ。


 俺にしてもかなりの高威力の魔法を使ったせいでMPはともかく演算領域が根を上げる寸前だし割とキツい。それよりキツそうな6人組がいるけどな。


 「無事か?」


 「何とか」

 「ええ、護衛ありがとうございます」

 「とにかく喉が渇いた、まずは水分補……おいっ!?」

 「坊っちゃま、私のためにスポーツドリンクを下さるとは。この一ノ瀬、感激いたしました」

 「(目の前で人が死んだことを受け入れられない)」

 「(自分のキャパシティを超える状況に改めて混乱している)」


 固有スキルのおかげですぐに回復した俺は学園内の様子を探るともう殆どのモンスターが自衛隊に狩られ尽くし事態は解決したと見てもいいだろう。実際、残っているモンスターはもう片手で数えられるほどだ。


 そういうのは大抵学校の奥まったとこに隠れているんだが一体だけダンジョン前に堂々と姿を見せているのはどういうことだ?


 当然日本の誇る自衛隊が銃を使って攻撃してるはずなのに一切効いている様子が無いどころか逆に攻撃したはずの自衛隊側に死傷者が出てる。


 コイツ強すぎねえ? かなり自衛隊に被害を出してるとかおかしすぎるだろ、日々キツい特訓をこなしてきた精鋭たちが最新の武器を持って戦っているんだぞ。例えステータスで劣っていたとしてもさっきの鬼ぐらいなら銃弾の雨で押し切れるほどに強いのに。


 まあ流石に状況が厳しくなってきたのか逃げたけどな……この進路方向、避難所に向かってきてね? ヤバい!ヤバい!ヤバい! ここに来たら俺は勿論ここにいる奴らも赤い染みとなるぞ。


 いや、最悪俺だけなら何とかなるか? 速度しかよく分からんが俺より遅いくらいだし今から逃げれば命は守れる。……でも絶対コイツらは死ぬだろうな。


 さっきみたいにジョークを挟んでも応えてくれる余裕も無いし俺自体に護衛するだけの余裕が無い。しかもコイツら時間差で人死にショックを受けたのか避難中はそれどころでもなかったが休憩した途端にダウンしてるし動けないし。


 ……


 「永瀬くん? どうしたんだい、外は危ないだろ。中にいた方がいい」


 「トイレだよ……安心しろよ、木刀は持っていくし身を守るくらいは出来る」


 ホント、自分が嫌になる。これがまだアイツらのことを守りたいとかならまだ救われたけど、実際はそうじゃ無い事は自分がよく分かってる。


 怖いんだ……俺は、この迫ってきているモンスターが。そして怖いからこそコイツはここで殺しておきたい、いずれ俺の手に負えなくなる前に、何とか殺せるかもしれないこの時に。


 たしかにもうコイツとは会わないかもしれない、けどここで逃げて二度と会わないという保証も無い。なら確実に二度と合わなくて済むような選択を選ぶ。


 自分を脅かそうとする存在は全て消す、そうでなければ安心できない。力をつけたのも全ては自分が安全圏にいるためだ。


 それを揺るがすのならば、消しても問題ないならば、やるしかないだろう。


 「よお、随分と機嫌良さげだな。突然だがここで俺のために死んでくれ」


 避難所を出て暫く走ってようやくその姿を目視出来た。


 【異法施袋(いほうせったい)】:ニア・レンジ


 モンスターを見て分かった事は見た目は完全に凶暴なカンガルーということとモンスターの頭上に文字列が浮かんでいることに


 「……どういう……事だ?」


 一切傷がついていないということだ。……体毛が強靭だとしても明らかにダンジョン前には街中では使えないような武器が揃えてあるので火力では不安はなかったはずだ。


 それにニア・レンジなるモンスターから感じる()が凄い、間違いなく自分の命に届きうる存在であると伝えてくる。そしてそれは相手から見た俺も同様らしい。とんでもない殺気を放ってきた。


 前に走り出しつつ意識をカチリと切り替えると風に舞う砂埃の流れがスローになり1秒が濃密となりニア・レンジのことが詳細に理解できるようになる。


 距離を半分ほど詰めても未だにニア・レンジは動きを見せない、強いて言うなら袋に手を突っ込ん……ッ!


 ドン!!!


 “直感”に従って横に飛ぶと袋から火球が飛び出してきて俺の先程までいた場所を消しとばした……コイツ遠距離攻撃持ちか? そこは子供育てるとこだろうが!?


 遠距離攻撃可能な《光線》をこちらも放とうとするが“直感”がそれを否定してくる、何故だ? 


 それから袋に手を入れては中から次々と炎、水、銃弾、雷など様々なものを出してきやがるッ……、飛翔物は俺より速いがあくまで取り出す動き自体は俺より遅い。なのでギリギリ避けられ……るわけねぇだろが!?


 直撃は回避可能だが地面に当たって飛び散った石片が身体を裂いて地味にHPが削れてるわ! “自動回復”と“再生”無かったら出血で弱ったところを仕留められるところだった。


 残り400m程が全然詰められずに手詰まりだが手前のタネは割れたぞ! お前、遠距離攻撃を袋に溜め込んで自分の攻撃に転用する能力持ちだろ?


 もしそうと仮定すれば自衛隊が一方的に被害を受けたことにも納得がいく、おそらく銃弾が袋に取り込まれて逆に自分達に攻撃されることになったんだろう。


 それに、《光線》の発動を“直感”が控えろと忠告することにも理解ができる。流石に《光線》を吸収されてすぐ返されると俺にも避けられずジ・エンドだからな。


 だがこのままじゃどうしようもないぞ、どうすればいいんだ? クッソ、ドヤ顔してるあのカンガルーを斬りたい! けど俺の速度と耐久力じゃこの弾幕を潜り抜けることも耐え切って抜けることも不可能……詰んだ、これ。今更逃げても追って来そうだしそもそも逃げきれなさそうだし終わった!


 ……コイツのストックってどんだけあるんだ? 多分無限ってことはないだろ。明らかにそれは強過ぎだし、強さに対して釣り合っていないだろ。


 それに何でコイツは袋から一気に出してこない? 俺を殺したければ一気に出せば簡単にできたはずなのに、どうして1つずつしか出さない?


 銃弾の雨を避けながら考えているとどんどん疑問が湧いてくる、そしてそれこそがコイツを殺す光明であると“直感”が伝えてくる。なら考えろ、俺。


 試しにこちらから光量を殆ど込めずに形だけの光弾を撃つとカンガルーの袋に自ら吸い込まれていった。そしてすぐに打ち返して来たが威力皆無なので問題は無い。それより能力の実態が見えたことの方が大きい。


 コイツは多分自分に向かってくる物は袋に吸い取って来るがそれ以上の干渉はしない。軌道が変化するだけ、なら行ける、行けるぞこれ!


 手前に岩の塊を射出して来たせいで飛び散る破片の量がその質量のせいでとんでもなく多く肌身を裂くが代わりにニア・レンジから俺への視線が途切れたことは好都合だ。俺は“空間把握”で様子が分かるからここで仕掛けるしか無い。


 《フラッシュ》!!


 《光属性強化》の後押しによって強化された強烈な閃光が周囲を失明不可避の光量で輝く中、俺は岩を蹴飛ばしてニア・レンジへと駆け抜けた。

別に近距離戦が出来ないとは言ってない

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