新たなジョブ
柔らかなベットで意識を覚醒させてゆっくりと身を起こすと時計の針は7を指していた。欠伸を噛み殺しつつ身支度を済まし食堂にて1人朝食を食べながら今日の予定を頭で組んでいた。
昨日、部屋に初めて入ったら学校から配られたカードがテーブルに置かれており、そばに置いてあった資料によるとそこに国から送られるお金がチャージされていて基本どこでも使えるらしい。
なのでシャンプーやらリンスやらを買いに行くか。大浴場もあるけど部屋にも備え付けの浴場はあるしいつか使うときに買っておいて損は無いだろうし。つーか大人数で風呂を毎日とか精神的に休まる気がしねえ。
そう結論を出すと同時に朝食を食べ終えてパッパと学内のショッピングモールで買い物を済ませた。買い物を済ましてなおまだお昼だよどうするよ、部屋に置かれてた教材で勉強するにしても気が乗らないし。
……地図に載ってた鍛錬場なるものに寄ってくか? どう頑張って好意的に解釈しようとしても武道関係の建物だけどジョブの試運転とかスキルの本格的な行使をするいい機会だしなあ。
動きやすい格好に着替えて鍛錬場に向かうとおう、めっちゃ厳つい人たちがいるんだけどここヤのつく自由営業の方々のご自宅かな? 迷彩服を着んじゃねえよ、普通に生きててそんな格好に見慣れることは無いんだからよぉ。何かビクッとくるんだよ。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「そもそも何が出来るのか知らないんで何が出来るか説明してくれますか?」
見習えよ、この清楚っぽい見た目の彼女を。見る人に安心感を抱かせるこの落ち着いた格好、学舎に適した格好に出直せや。
「ここ、鍛錬場では運動器具の使用や教官から武術指南を受けることができます」
「武術指南、ですか?」
気になったので聞いてみるとマンツーマンでみっちりと剣術やら槍術、護身術やらを教えてくれるらしい。流石に銃術とかそういうのは事前に専門知識を学んだ上予約が必要な模様……それでも可能ということは倫理的にどうなんでしょう。
自主トレーニングは部屋でもできるけど武術指南はここでしか出来ないし、ここは一つ教えてもらうとするか。
「武術指南をお願いします」
「ではどの訓練を希望しますか?」
うーむ、色々多くて目移りするが今の俺のメインジョブは【斬神】だしな。ここは剣術コースを取ってみるか。
「剣術コースでお願いします」
「そうか、なら俺が相手だ」
なんということでしょう、俺の相手が華麗な女性からマッシブかつ厳つい野郎に、チェンジです。……本当、チェンジできないかな。それでも初対面なんでそんなこと言えない常識人な俺は拒否できずそのままよろしくお願いしますと指南をお願いした。
「礼儀がいいな、俺は国立魔導学校武術指南役の原田 正俊だ。とりあえず、基礎的なことを今日は教えていくからな」
第一印象では雑そうな感じだったけど木刀を持って色々教えてくれた、正しい剣の持ち方とか斬り方とか、振り方とか。
「お前、本当に初心者か少し教えただけでいきなり腕を上げやがって。この短時間で俺どころか俺の知る誰よりもお前の方が上手いぞ」
そりゃ仮にも神を背負ってますから、というか俺も意外だわ。なんというか正しい振り方というか最適な方法がわかるし自分の身体がいまどう動いていてどう動かせば良くなるかが理解できるんだよなあ。
多分“空間把握”くんのおかげか? でもなくても出来そう感あるし、自前の才能っぽいな。こんなん一生気づくか、気づいても使い道なんてないし。
時間が思ったより余ったのでついでに槍術もささっとマスターすると寮に帰って夕食するのにいい時間となった。
これでお開きの流れになったので聞きたかったことを教官に聞いてみた。
「教官、ジョブってどう消せばいいか分かりませんか?」
そういうと一瞬教官の顔が険しくなった。その後すぐ戻ったので気のせいかと思うほどだ。
「ジョブの話……どこから聞いた」
「いや俺がジョブに就いているんですけど……、今のジョブを消す気はないですけどこれから変なジョブを取った時のために知りたいですし。それにジョブが何個取れるのか知りたいです」
そういうと安堵と戦慄の表情を浮かべた気がした。……なんで?
「そうか、ならいいんだ。それでジョブの消し方だったな。すまんが調査中で分からないらしい。それにジョブにいくつ就けるのかもだ。何も答えられなくて悪いな」
「いえ、別に大丈夫です」
本音としては拍子抜けだがここで悪態をついても仕方ないだろう。ここは大人しく帰路に就くとしよう。
食事と風呂を終えて部屋で後は寝るだけとなった俺はステータス画面と睨めっこしていた。ジョブは消せない、しかしながら別に1個くらい就いてもいいのでは? 俺だって男の子だもん、魔法の1つや2つ使いたいわ。
でもいざ就くとなるとどれにするか迷うな。【炎術師】系統や【水術師】系統、【風術師】系統も良さそうだけど明らかに危険そうなんだよな。折角ジョブに就くなら使ってみたいしなあ。字面で何ができるか何となく分かるけど炎とか屋内外問わず危険だし水もそう簡単に濡らしていい場所なんてないしここは風でも取るか?
いや、でもなあ、何か被害が出そう。あーだこーだと悩んでいると【光術師】系統というのがふと目についた。これ良くないか? 光なら部屋で使っても無害だし被害が出ることもないだろうし屋外で使っても大丈夫だろうし。
対人、対モンスターでも光で視界を潰せると思えばかなり強力だし、ここは【光術師】でも取るか。前もやったジョブ取得の作業を済ますと前みたいに派手なエフェクトはなくステータス画面に出る職業欄の文字が変化しただけだった。
増えたステータスはMP以外は殆ど上がっておらずそのMPもそんなに上がっていないがそれでも変化をしっかりと感じることができた。何しろ脳にどうすれば光魔法が使えるのかという知識がいきなり入ってきたからな。
……気持ち悪ぃ、何だこの得体の知れないものが身体にぬるっと入ってきた感覚。スマホでよくわからんアプリを入れるのとは訳が違うんだぞ、人間の脳は安もんのPCより低スペックなんだぞいい加減にしろ。
だが、この不快感と引き換えに得たものはあまりに大きい。どうやら魔法の発動はイメージとか曖昧なものではなく脳の演算領域で魔法の発動に必要な式を組んで処理して行うらしい。
……この演算領域とやらが不快感の原因なんだよなあ。脳みそがもう1個増設されたみたいで混乱するんだよ。しかももう演算領域内に2つの魔法に関する式が入ってるし。
ステータス画面を見ると
《光魔法》:光属性の魔法を使用できる。
使用可能魔法:『ライト』、『ディープシャイン』
『ライト』:MPを消費して光を発生させる。
『ディープシャイン』:MPを消費して特定の方向へと任意の波長の光を照射する。
と確かに俺が使えるという事実を示している。後、剣術と槍術のスキルがいつのまにか生えてた。そしてそんなことがどうでもよくなるほど明らかに初心者がまず最初に就けそうなジョブでやばそうな魔法が使えるという事実。ライトはまだいいよ精々光源代わりだろ、やべえのはお前だよディープシャイン。
要するに超高出力の紫外線とかも放てるってことだろ。他にも人体に有害な光を撃てるってことだし、失明もさせられるしお手軽人体殺傷魔法かよ。簡単に人を癌にできるしレベルを上げていったら人体程度貫ける光線が出せそう。
まあいい、とりあえず安全そうなライトから試すか。演算領域にはライト発動に必要なキットが入っていてそれを組み立てるんだが意外と面倒くさいなあ、これ。
お手軽にポンとできないわ、少なくとも慣れが要るな。手順通りに1人部屋で唸りつつようやく組み終わり発動させようと思うとMPが消費され演算領域から式が消失すると同時に部屋に変化が起きた。
「おお!」
空中に光が出現した、魔法が使えた事実に感動するわ。それからはしゃいでいたがここで問題が起きた、常にMPが消費されてる。いや数字的には一切変化は無いけど感覚的に消費してるって分かる。もしかして光を発生させてる間はずっと消費すんのか? とんだ地雷じゃねぇか! 俺じゃなかったらすぐ干からびんぞ。
気を取り直して適当な方向にディープシャインを発動させようと演算領域内にライトの手順に手を加えた式を組み上げて念じると赤色の光線が部屋に発生した。
これ、意外と面白いな。ライトの場合魔法の発生地点を指定する式とMPを光に変換するという式を組めば発動したが、ディープシャインの場合それに加えて光の方向を指定する式と発動時の形を指定する式に加えて光の波長を決定する式を組まなきゃ発動しない。
プログラミングみたいで楽しいわ。……これ頑張ればMPを消費して刃を作れないか? そうすれば刃物を持ってなくても即席に作れるし、長物に刃を作れば【斬神】と【突神】のスキルが乗りそうだし。
問題はどうすればいいか全く分からないことだな。何しろ式の意味も使ってる言語もルールなんて不明だし。でもこのMPから光に変換する式1つで何とかなりそうなんだよなあ。
MPから直に光に変換してるんじゃなくて一回物質化してるっぽいんだよなあ。光って確か粒子と波の性質を持ち合わせてた筈、つまり物理的側面とエネルギー的側面があるって事だよな。
MPは明らかにエネルギーで実体は無いはず。“魔力知覚”でそれは確認出来た。なら絶対、エネルギーを物質化する必要がある。それはこの式に絶対含まれている筈、ならこの式はきっとエネルギー的なMPを物質的なMPに変換したのち光に変換するという方が正しいだろう。
勿論、これは俺の妄想であり本当はどうかは分からない。なので検証しよう。方法は簡単、この式を適当なところでぶった切って発動するかどうか試せばいい。
発動しなければ式に不備があったということ、MPは消費されないままだ。幸い式は然程膨大な文字で構成されていないため然程時間はかからず作業は終わるだろう。
そう思ってた時期が俺にもありました……。現在、現場の時刻は深夜4時半を迎えようとしております。現地リポーターの永瀬秋は寝不足でフラフラです。誰だよすぐに終わるって言ったやつは! 全然終わらないんだが。
パソコンでカタカタ打ち込むんじゃなくて自分の身体の演算領域で作業することがこんなに辛いとは思わなかった……。
1つ1つ文字をずらしながら起動するか試しているけどこれ発動しないだけで実際は演算してるっぽいな。予想じゃ意味がない式はMPが消費されず発動しないだけかと思ったらMPは消費しないというのはあっているが間違った式はしっかり処理しようとしやがる。
その処理分の負荷が1回1回は軽いものだが何回も試行してると蓄積してかなり重い、つまりしんどいです……。
もう何も考えずにひたすらに試行する機械と化していた俺についに運命の女神様が微笑んだのかそれから3時間後に成果がでた……くたばれ女神。
朝日が上りきり部屋を明るく照らす中俺は実体を持つ魔力を生み出すことに成功した。魔力が俺の身体を覆う殻のようになっている……しくじった、座標固定の式組むの忘れてた。だから身体から発動してんのか、1つ勉強になったわ。
実体を手に入れた魔力は俺の身体から1cmほどでエネルギー体に戻っていった。まあ、物質化した状態を固定する式は組んでないし分からないしなあ。
しかも刃にする方法も分からないというね、何でイメージすれば魔力を自在に操れるなんて思っちゃったんでしょうね? そりゃ形の操作にも式は要りますよね〜。
……方向を指定する式で何とか出来ないかな? こう適当な形を指定してそこから直線状に距離を短くして放出して薄い紙みたいにすれば何とかなるか? 試しに座標、形、方向を指定した実体持ちの魔力を生み出してみると薄い紙みたいなものが出来た。
消費MPを多くすれば長さが増すがそれはいいだろう、……紙って物を斬れるのかな? まあいいや人の体なら指が斬れるし、適当に要らないゴミを持ってきて紙みたいなものの上から落としてみるとスッパリと両断された。
「よっしゃあッ!」
今までの苦労が報われ清々しい気持ちだ……、そして俺はベットに倒れ込み深い眠りに落ちた。
教官(ジョブの存在がしっかりと情報規制されていることを安心するべきか、こんな子供があんな恐ろしいモンスターを殺したことに驚くべきか......悩みどころだ)