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四つ星公演を終えて

アマリアは幕の内側から反応をみる。観客席から起こったのはまばらな拍手。

「……」

 駄目だったのか、とアマリアは気落ちする。以前の公演とは比べものにならないほど、呼吸は荒くなっていた。まともに立ってもいられずにアマリアは座り込んでしまう。

―……終わった、やっと。

―無事、終わってよかった。

―なんとかなったみたいだね。

「……?」

 観客席の反応は悪いわけではなかった。アマリアなりに考える。好評だったわけではない。四つ星公演ということもあった。それでも。

「お疲れさま、アマリア先輩」

「レオン、様……」

 レオンはアマリアに手を差し出していた。ありがとう、とアマリアはその手をとった。

 目の前で微笑むレオンをみて実感した。この公演を無事成し遂げたのだと、深く実感できた。観客達もこの結末には納得してくれたということだろう。こうしてレオンが存在している。

「つか、レオン様て」

「ええ、レオン様よ。舞台では失礼したわ」

「んー、別にぃ……」 

 レオンの反応はよくなかった。だが、気を取り直したレオンはアマリアに持ち掛ける。

「で、アマリア先輩大丈夫。歩ける?お姫様抱っこ、いっとく?……いや、いきなりすぎですやん。訂正しとく。肩、貸しとく?」

「お気遣いありがとう。大丈夫よ。あとは帰るだけだもの。……ああ、声をかけておきたいわ」

「うん、おっけ」

 そう公演は終わったのだ。今回の公演で力になってくれた人達へ、感謝の気持ちを伝えたかった。フィリーナは客席で待っていてくれているだろうか。あとはもう一人の功労者がいる。自己主張の激しい彼だ。

「……」

 名前がわからない婚約者の彼。今回の公演は彼も全力で手助けしてくれていたのだろう。せめて名を呼べたら。アマリアはそう思っていた。

「では、行きましょう―」

 アマリアはふと思った。今回、エディは来なかった。観客席にも見当たらなかった。いつものように劇場街の入り口で待っていてくれているのだろうか。そもそも来てくれていたのだろうか。

「アマリアせんぱーい?ほら、行くよ」

「ええ。……?」

 レオンは舞台袖を通って客席に戻ろうとしていた。レオンが待っていてくれてる。アマリアは続こうとした。

「はあ、はあ……っ」

 呼吸困難になりながらも壁によりかかっていたのは、よりにもよってあの少年だった。学園の支配者である彼である。アマリアには理解ができなかった。これまでの公演でもこのようなことはなく、今回でもほとんど観劇していただけ。疲れるようなことなどあっただろうか。

「あなた、どうなさったの……?」

 アマリアは思わず駆け寄ろうとした。

「……なに?悪役様なのにお優しいんだ。……そういうの、いいから」

「あなたっ」

 皮肉と共にアマリアを拒絶する。彼女に触れられまいと、彼は姿を消した。消えてしまった彼相手に、アマリアはどうすることもできなかった。急かすレオンの声もする。どれだけせっかちなのか。気にはしつつも、アマリアは戻ることにした。


 サーカステントの外で待っていたのはフィリーナだった。やたらと落ち着かない様子だった。それもそのはず、フィリーナは取り囲まれていたのだ。

「とっても素敵でした!」

「オワコンは言い過ぎた。つか、時代再来か……?」

「次はフィリーナ様の劇場にお伺いしますね」

 彼女の歌声が称賛されていた。時間も限られているので彼らは長く留まっているわけではないが、それでも常時人だかりだった。通りざまに声を掛けられていたりもする。

「フィリーナ様……」

 彼女はようやく心のままに歌えるようになった。人の心を動かすほどの、見事なものだった。アマリアは感慨深く彼女を見つめていた。

「んー、埒あかね」

 呟いたのはレオンだ。隣のアマリアは幸せそうにしている。感動的な場面ということもわかる。だが時間が心配だった。まだ若干の余裕はあるものの、このままでがキリがないのは確かだ。

「あ、いたいた!フィリーナちゃんだー!ありがとー、すっげ良かった!」

 しんみりとした空気をぶち壊すかのように、レオンは大声をあげた。レオンもそうだがアマリアも来てくれたことに、フィリーナは安心する。

「ひいっ」

 レオンに気がついた観客達は後ずさりする。彼は悪役によって手懐けられたらしい。それはいい。いや、よくない。悪役にくだったとはどうしたものか。大人しくはなったようだが、警戒はされたままだった。

「つか、みんな?ほら、帰った帰ったー!時間やばない?」

 いや、時間には余裕があるのだ。だが、生徒達は下手にレオンの機嫌を損ねたくなかった。何度も頷いた彼らはさっさと退散していった。閑散としたこの場に、アマリア達三人のみが残った。

「……」

「……」

 女子二人は心配そうにレオンを見る。この様子だと現実でも怖れられることだろう。だが、レオンは何てことないと笑う。レオンは吹っ切れたようだ。ならば、現状は見守るしかないのだろう。フィリーナから話を変えることにした。

「……ふー。久々過ぎて慣れない。助け船、ありがと」

「いやー、そんなんじゃないって。こっちも助けてもらったし」

「そんなのじゃない。わたしが歌いたかったから歌っただけ」

 フィリーナとレオンはいつの間にか打ち解けていた。元々人懐っこい性質だった二人だ。もっと仲良くなるのも早そうだ。微笑ましい二人にアマリアは和んでいた。

 レオンとのやりとりはこのへんとし、フィリーナはアマリアにもそれとなく感想をねだる。

「……どうだった、アマリア様?」

「ええ、とても素晴らしかった。あの歌もあってこそ、公演を乗り切ることが出来たのね。ありがとう、フィリーナ様」

「うん。力になれたなら良かった。あのね、アマリア様。さっき伝えたことは本当だよ。わたし、あなたの為なら歌える。……あなたの為に歌えるようになりたかったの」

 フィリーナは強く目で訴えた。彼女の一途な想いがアマリアには恐れ多くも嬉しいものだった。

「いいのかしら、とも思うわ。でも光栄ね」

「うん」

 そうして二人は微笑み合った。すっかり蚊帳の外となってしまったレオンだったが、温かく二人を見守っていた。

「うんうん、フィリーナちゃんは健気だね。よきかなよきかな」 

 後方理解者面である。

「……健気とかじゃないし。ほら、帰ろ!エドュアール様も待っててくれるし!」

 頬を膨らませたフィリーナは、強引に話をそらす。微笑ましいなとレオンは思いつつも、疑問を口にする。

「んー。エディ君、来てた?」

「……ええ、そうなのよね」

「あー、言われてみれば。わたし、あの子の姿見てない」

 アマリアもフィリーナも反応する。誰しもがエディの来場を確認できてなかった。

「って、いっか。どうせ出待ちしてるっしょ!」

「うん、そうだね。出待ちといえばエドュアール様だもん!」

「ぷっ。エディ君、キャラづけされてるし」

 エディが知ったら顔をしかめそうな内容だ。二人に悪気はない。エディの話題はここいらで終いと、アマリア達は入口へと向かうことにした。


「!」 

 劇場街を歩くなか、ウサギの着ぐるみ達を見かけた。アマリアはドキドキしていた。今、この場にいる彼らは本物だ。ひたすら風船配りや芸を披露して、生徒達の気を惹こうとしている。だが、生徒達はレオンの公演により恐怖心を植え付けられている。逃げる一方だった。

「あー……」

 レオンは唸る。自分はともかくとして、着ぐるみ達のイメージにも悪影響を与えてしまったのだ。さすがに自己嫌悪に陥っていた。

「レオン様……」 

 その痛ましい姿に、アマリアはどう声を掛けたらよいのかわからなかった。考え込んでいた時、着ぐるみ一体が怒鳴り声をあげていた。この声はおそらく、一番馴染みある勝気な彼女によるものだろう。

「ちょっと、そこ!なにサボってんの!?」

「!」

 一瞬、アマリアは自分が怒られていると思った。だが、違ったようだ。彼女が叫んでいるのは屋根の上にいる同胞に向けた。

「あら……」

 着ぐるみ達の中でもひと際小さめ。その着ぐるみはアマリアが散々公演で利用した存在だった。臆病ウサギだった。

「えへへー、さぼってないもん。僕、頑張ったからナデナデしてもらってるの」

「うん、頑張ったね」

 困り顔ながらも臆病ウサギの頭を膝に乗せている。そして着ぐるみの頭をなでなでしている少年。彼は通常の服に戻った支配者だった。衰弱していたはずの彼は元気そうだった。そう振る舞っているだけかもしれない。それは当人にしかわからない。

「ったく。って、君たち―」

 アマリア達にも気がつくが、それからは黙り込んだ。何か言葉を飲みこんだようにもみえた。

「私、今忙しんで。ま、これは私らの『仕事』だから。自分らで信頼を取り戻すのみってね」

 そういってふんぞり返ると、再び仕事に精を出そうとしていた。レオンはそんな彼女を呼び止める。事の発端であった身として伝えたいことがあったのだ。

「待って!オレ、キミたちに―」

「……君が大変だったのもわかるから。じゃ、そろそろ行くね」

 それだけ言い残すと、屋上にいる臆病ウサギへの説得を続けていた。それ以上言及はしないということだろう。だが、このままで本当に良いのだろうか。彼らが築き上げたものを壊したままでいいのだろうか。

「……レオン様。隠し持ってるでしょ。貸してください」

 沈黙を破ったのはフィリーナだった。何の事かと思ったレオンだったが、すぐに察した。彼女の言う通りにする。

「まあ、あるけど。……って、まさか」

「ん。おおー、ぴったりとは!」

 レオンから受け取ったのはウサギの着ぐるみ、のガワだった。レオンが着用していたそれだが、身長差があるフィリーナにもぴったりのサイズだった。不思議な構造だ。

「うん、よし!」

 くるりと一回りしたフィリーナはリズムをとる。何をしようというのか。

「―好感度を取り戻せ大作戦!」

 フィリーナは得意げに言う。ステップを踏んで、そしてハミング。即興で軽やかな歌を歌いあげる。

「なに、歌……?」

「げ、ウサギ……」

 暗い表情の生徒達が注目し始める。彼らにも着ぐるみフィリーナはサービスで手を振る。つられて彼らは振り返した。徐々に生徒達は足を止め始める。冷ややかな反応だろうと構わずにフィリーナは歌い続ける。

「本当素敵だわ。……?」

 自分ではなし得ないことにアマリアは羨望の眼差しを向ける。そのままフィリーナを見つめていたが、劇場街の異変に気がつく。それは物騒なものではない。まるで呼応するかのように音楽が流れてきたのだ。フィリーナもそのことによって勢いづいていく。

 誰しもが陽気に歌うウサギの着ぐるみに注目をせずにはいられない。

「よし、便乗したろ!みんな!」

 着ぐるみ一体のその言葉を皮切りに、続々と参加しだす。それを見ていた臆病ウサギも考え込むも、支配者から離れる。行っておいでと後押しされたこともあり、臆病ウサギも加わった。増々盛り上がってきた。

「……はは、あははっ」

「いいぞー!」

 着ぐるみ達への恐怖心も安らいでいく。生徒達は思い出していく。こうやって彼らは楽しませてくれていたのだ。強烈過ぎたあの公演の尾は引くものの、いつものように見られるのも時間の問題だろう。

「……やっぱり、いいな」

 隣でレオンはその光景を愛しそうにみていた。心から羨ましそうだった。

「レオン様……。あなた、本当は好きなのね」

「えっ」

「人を楽しませること。あなた自身だってちゃんと楽しんでいたのね」

「うん。……うん、オレは」

 アマリアの言葉に素直に頷くが、レオンはそれから言葉を探していた。一度アマリアを見て、改め深く頷いた。 

「うん、やっぱりこういうのがいい!笑っているのがやっぱいい!オレがそうしたかったんだって。……やっとわかれた」

「ええ」

 レオンは無邪気な笑顔を見せてくれた。アマリアは感慨深かった。ああ、本当に彼は乗り越えてくれたのだと。

「んじゃー、オレも参戦っと!」

 曲は終盤となり、盛り上がりはピークを迎えていた。その絶好のタイミングでレオンは加わろうとしていた。彼は弁えてはいる。隠し持っていたもう一つの着ぐるみを出して、着用しようとしている。

「!?」

 アマリアに純粋な疑問が芽生えてしまう。一体までならまだ許容できなくもないが、二体ともなると謎すぎる。今度尋ねてみようとは思った彼女だが、あのレオンがどこまで教えてくれることか。

「よーし、……って」

 曲が終わると打ち上がったのは花火だった。誰もが大いにはしゃぐ。満足した彼らは入口へと向かっていた。現実へと戻るようだ。着ぐるみたちも解散、と撤収していった。

「んー、間に合わなかった!」

 気の毒なレオンではあったが、本人はそこまで気を落としてはいないようだ。あ、と彼は声を上げる。人目を盗んで着ぐるみを脱いだフィリーナが戻ってきたのだ。彼女は顔を真っ赤にし、息切れをしていた。

「着ぐるみ暑かった……」

 第一声がそれだった。

「お疲れ様、フィリーナ様。おかげさまで明るくなったわ」

「うん。わたしも楽しかったからいいの」

 フィリーナも満面の笑みをみせた。フィリーナも今回の公演で自信を取り戻すことができた。そのこともあって嬉しくて仕方ないのだろう。

「……ありがとう、フィリーナちゃん。すげー良かった」

「うん」

 そう言ったレオンは真剣だった。劇場街の雰囲気を取り戻してくれたフィリーナに。そして。

「本当にありがとう。―アマリア先輩」

「……ええ」

 共に公演を乗り越えたアマリアにも向けて。

「って、しんみりするのはあとあと。わたしたちも帰らないと。―ほら、レオン様」

「ええ、帰りましょう。……『時間ないってアタック』をくらわすわよ?」

 あとは日常に戻るだけだ。そう、レオンも日常に戻ることができるのだ。存在し続けられる。

「うん、帰ろ。って、まじ時間ないじゃん!」

「エドュアール様もいなさそうだし、帰ろ帰ろ。珍しいこと」

「ええ……」

 残った生徒は自分たちだけだろう、と三人は走りだす。入口まできたが、エディの姿はない。彼は今夜は来なかった。三人はそう結論を出した。

「あ……」

 最後の花火が上がった。アマリアは振り返り、そして屋根の上にいた支配者を見る。

「あなたなの?」

「……まあ、四つ星公演をやりきったのに何もないのもね。お疲れ、アマリア」

 随分と粋なことをしてくれた。アマリアはここは素直にお礼を言おうとする。

「どうもありがとう」

「ほら、行ったら?―きみには日常が待ってるよ」

 支配者は軽く受け取り、帰りを促す。

「……あなたは」

 アマリアはふとした疑問を口にしそうになった。彼が帰る場所はどこなのか。

「ほら帰った帰った」

「なんと」

 適当に手であしらられ、アマリアの目が据わる。フィリーナ達にも早く早くと急かされる。一応は頭を下げ、アマリアも待つ二人のもとへと駆け寄っていく。

「まあ、あの者はよしとしましょう。……ふう、早く帰りましょう。なんだか、もう」

 今になって公演後の疲れがぶり返してきたようだ。アマリアはふらつきながらも入り口に足を踏み入れる。フィリーナもレオンも帰っていった。残すは自分のみだと、彼女はそう思った。

「……?」

 足音がした。最初は支配者が地面に降り立ったと思っていた。ならば、と気にせずに足をすすめていこうとする。

「……ふふ、今回も頑張ったね。本当に大したものだ」

「!」

「―いずれ。ちゃんと対面したいものだね」

 ハスキーな声の女子生徒と思わしき人物。―聞き取れない部分はあったが、覚えのある声だった。アマリアは確認しようとするも、時は遅し。すでに光の中へと溶け込んでいた彼女に、それは出来なかった。


ひとまずは終わりました。

あとアマリア名前間違えてます。

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