四つ星公演 レオンおにいさんの!たのしいたのしいさつりくしょー!!⑦
アマリアを招き入れたのは蠢く巨大な闇。その中心に立っていた人物がいた。その出で立ちに誰もが目を見張る。幼い少年の姿だ。誰かの面影がある。
「え、オレ?」
場にそぐわない素っ頓狂な声を上げたのはレオンだ。レオンが驚くのも無理はない話だった。幼少期のレオンの姿をしていたのだから。
「えっと、結末とか知らないけどさぁ?こいつらが求めているのってこんなんだっけ?」
「……あなた、キミシマ様ね?しかも結末って」
「そうそう、キミシマ様。そうそう、結末。あのショタが言ったじゃんね?自分ですすんで望んで観にきたわけじゃん?求めてるのって、こういうのじゃない?」
謎の少年、正体はキミシマが黒い霧を自在に操る。それを観客席に向けて放った。
「―だから、観客に手を出すなって!」
怒りながら支配者は防ごうとする。そんな彼を見て嘲笑ったのが幼いキミシマだった。
「あっはは、笑える!普通に学習能力あるし?前に邪魔されてんのにやるわけないっしょー」
観客席へ手向けたのは、あくまでからかい目的だったようだ。支配者の顔は引きつるも、引き続き見守る体勢に入った。
「……まー、しゃーない。視覚だけで妥協しとくか」
「!」
黒い霧と共に空間に映し出されるのは文字群だ。見慣れない言語だった。いけね、とキミシマは訂正する。アマリアも観客達もようやく意味がわかる。
「あ……」
意味を知って後悔するような言葉ばかりだった。
―どうして生まれてきたの。ねえ、ねえ!何よ、大袈裟に痛がって!そうやって泣いてばかり!
―なあ。本当にアイツは俺の子か?お前があの男と今でも繋がっている。興信所で調査済みだからな。しかしだ。無愛想で可愛くないな。……視界にも入れたくない。
―ああ、あいつのこと?気が利くし、それに。……すげー便利だよな。なんか笑ってるだけじゃん?中身ないよね。
―うそ、したことないの?ううん、私は気にしないよ?でもみんなはどう思うかなぁ?……あー、もしもし。それがさぁ、アイツ吐いたんだけど。やばくない?
―そ、今日女子呼んでみた。みんな可愛いだろ?なあ、どの子からにする?……は?なに断ってるんだよ。みんなせっかく来てくれたんだからさ、空気読めよな?なっ?
―なあ、全国模試の結果すごかったじゃないか!お前が会社を継いでくれたらいいな。はは、他の進路?お前にやりたいものがあるのか?どうせくだらないものだろう。安心なさい、お前の将来は決まっているから。……ちゃんとな。
―うちの子ですか、ええ、自慢の息子です。明るくていつもニコニコしてて。今はもうこの子が生きがいなんです。……あら、帰ってたの。遅かったじゃない。ちゃんと連絡しなさい。ねえ、この前女の子といたって聞いたけど。……ねえ、あなた。本当にお父さんに似てきたわね。本当にそっくり、そっくりのはずなのよ。……すっかり男になっちゃって。ふふふ、ねえ?
―お金欲しくないかー?先輩様が良い話をしてやろう!……家、出たいんだろ?軽ーい気持ちでやってみよ?ん?学校もサボる?あー、あんなの適当でいって!
―なあ、兄ちゃん。なあ、なあ聞いてる?……おい、クズ。なあ、お前はとっくに俺らと同じとこまで堕ちてるんだよ。なあ、『―』。『ーー』!
これ以上は見るに耐えない内容だった。観客達は舞台から目を背ける。
そして。彼のかつての友人による、この言葉で締められる。
―あー、あいつ?なんか捕まったとか、逃げたとか。……死んだんじゃね?
「うあぁぁぁ……」
観客の生徒達は次々と呻き声をあげる。これはキミシマがかけられてきた言葉だろうか。ただ他人がかけられてきた言葉、それだけでは済まされてなかった。
「やめて、ごめんなさい……。ぶたないで」
「いやああ!やめてって!いや、触らないで!」
まるで自分達がこのような言葉を浴び、そして望まない行為を強いられている状況だった。―観客達は追体験していた。キミシマの人生を辿らされていた。
「臨場感、あった方がいいじゃん?あはは、みんな楽しんでってねー」
悪夢にうなされているも同然の観客達を見て、キミシマは笑い転げている。
「あなたは……」
目をそらしたくなる衝動を抑えながら、アマリアは彼を見る。
これが彼が味わってきた痛み、そして苦しみだ。誰とも分かつことも出来なかったものたちだった。
せめて目だけでも自分は退かないと訴える。そんなアマリアのことをキミシマは変に感心していた。
「あっは、アンタも律儀だね。ほら、見てみ?」
劇場内はパニックになった。辛うじて動ける生徒達は這ってでも劇場から出ようとしている。扉が開く音がする。数名が劇場から出ていったようだ。さらに他の生徒も続こうとしている。あとは自分を守るかのように、体を縮こませる生徒がほとんどだ。
「ざまぁ。なっさけなく逃げてるし!」
「キミシマ様……」
「あはは!はは、もう終わりじゃね?」
観客が去られるというのは想定外だった。それだけ心が削られる公演なのだろう。興味本位だった彼らに全く落ち度がないわけではないが、こんなことになるとは思わなかったのだろう。観客が減るとどう影響が出るというのか。当然、今の支配者は教えることはない。
「……言ってくれるわね。まだ、まだのはずよ。あの者が強制終了するまでは、続けさせてもらうわ!」
何らかのペナルティはあるかもしれないが、続けられるだけ有難いとアマリアは思うことにした。
「諦め悪すぎ……。ま、アンタだけじゃないけど」
キミシマが目で示したのはレオンだった。黒い霧を必死に振り払い、近づこうとしている。
「―!」
レオンの声は聞こえてない。ただ何かを叫び続けている。
「アイツ、必死過ぎ」
声だけで笑うが、キミシマの表情はなかった。もがくレオンを目にやりつつも、彼はぼそりという。
「……まー、俺じゃこうなるよなぁ。俺じゃ『シュルツ』にはなれないんだ」
「あなた、何を言って」
「……最初から、無理だったんだ。俺じゃないんだ。望まれていたのはアイツの方だ。俺じゃない。俺は」
―アイツになりたかった。
そういってキミシマは悲しそうにしていた。
「……何が違ったんだろうなー。アイツ、―養子だし。散々苦労もしてきたはず」
「……」
「でも、アイツは腐らなかった」
月初の市の時にレオンが家族写真を見せてくれたことがあった。レオンだけがいないものである。あの時彼はタイミングが悪かったと言っていたが、本当は違っていたのだろう。彼は引け目を感じ、遠慮していた。
レオンも生い立ちが恵まれたものではなかった。それでもレオンは道を外れることもなく生きてきた。それがキミシマにとっては眩しいものだった。
「……ふう」
キミシマが軽く息を吐く。そして、話を切り出した。
「アンタがさ、悪役として頑張ってるのはわかった。正直、なめてたんだ。だから、アンタはそのままいきなよ」
「……?」
首を傾げるアマリアに、キミシマは提示する。今、この状況を打開する方法をだった。
「今から言う方法で、この舞台は無事終わる。アンタの面目も保てるし、シュルツなら残れるよ」
「待って。シュルツなら、ってどういうこと」
「そのままだって。つまりさ―」
キミシマは愛用のナイフをアマリアに持たせる。拒もうとした彼女を逃すまいと、しっかりと上から手を重ねる。彼は言う。
「―この手で俺を殺して。アンタは主役を殺すことになるけど、そんなんいいだろ。観客の連中も納得するだろーし、シュルツの誤解も解ける」
「断るわ。私には出来ない。……いえ、そんな結末お断りよ」
「……お願い、わかって。こうすればようやく解放されるんだ」
断固反対するアマリアに穏やかな声で話しかける。こんな声でも話せたのだ。本当の彼は―。
「……潮時。あっちもそうだけど、俺もそうだった。シュルツの人生を追体験してたんだ。でも、もうおしまーい。おつかれー」
「あなたという人は」
「―あとは、悪役の出番だよ。ほら、悪役でいたいんだったら、ちゃんと役割こなさないと」
アマリアは頑なに首を振る。それでもキミシマは気を悪くすることも、怒ることもなかった。かといって何ができるというのか、とアマリアは問う。いや、まだあるはずだと彼女は観客席を見渡す。そして彼らに向けて。
「……皆さん、まだ続きがあります!もう少し、もう少しなんです!お願い、決めつけないで。まだ、皆さんも私も!まだちゃんとわかっていないの!だから―」
アマリアは舞台の上から叫び続ける。足を止める観客はいないわけではない。だが、大抵の生徒は恐怖心には勝てず、出入口へと向かってしまう。
「終わりじゃないのよ……。ああもう!一度踏み込んだんでしょう?どうして、それで逃げ出そうというの!?礼に欠いているわね!」
アマリアは手段を選んでもいられなかったので、挑発に出る。観客達の歩く速度は緩まる。刻限が迫る。もうこれ以上は引き留めてもいられないだろう。
「私はこうするしか……」
観客を快くさせる存在ではない。このまま舞台を続行しても、空気は悪いままでのスタートとなるだろう。
アマリアは限界を感じ始めていた。自分は悪役でしかない。観客に寄り添える存在ではない。
観客達が遠く感じる。もう、ここまでなのか。