四つ星公演 レオンおにいさんの!たのしいたのしいさつりくしょー!!⑥
「っと」
雪もどきを用いてアマリアは跳躍した。そうして彼女は地上に戻ってきた。夜空は紫色が混じり始めている。ここらが決着の時かもしれない。
「これは……」
レオンとの語らいの間にも建物の倒壊は進んでいた。暴れ狂う巨大着ぐるみに対し、この舞台の主役は大立ち回りを見せていた。
「うっぜぇ……」
「……」
苦戦をしている現状に彼は顔を歪ませる。ここまで荒んだ目つきなのは、おそらく『キミシマ』の方だろう。あのレオンが言った通りだった。もう彼はキミシマでしかないのか。
「……ま、いいけどね。こんくらいじゃないと、面白くないじゃん?」
舌なめずりしたキミシマは屈伸したあと、瓦礫の山を足場に次々と建物を乗り移っていく。一等の高所に立つと、見渡す。巨大着ぐるみがレオンのいる建物ごと壊そうとしているので、レオンは次の行動に移ろうとしていた。だが。
「さっ、終わらせよっと。……あー、いや。ほいっ」
『ぐるぅぅう』
キミシマが手にしていた閃光弾を投げつける。目くらましになり、巨大着ぐるみは目を抑えつけている。キミシマの狙いは時間稼ぎ、アマリアが地上に戻ってきたことに気がついたからだ。
「……っと、アマリアセンパイ?もうわかってるよね?今まで俺はこの『殺戮』で金ゲットしてきたんだよね。んでー、素人のアンタに何ができんの?」
「……それは認めるわ」
易々と高みに立つキミシマ。それをアマリアは地上から見上げる。まるで二人の力量の差を示唆しているようだった。人の道から外れていようと、キミシマが積み上げてきた経験値は伊達ではない。
悪役としてなら普段より力を発揮することが出来るアマリアだが、本来はいち少女に過ぎない。相手は報酬を得ていた、ある筋のプロだったのだろう。
この四つ星公演は本当に無謀だったのだろう。
「うん、俺の勝ち。―オレの勝利でこの舞台は終わる。納得、だっけ?強いヤツが勝つ、シンプルじゃん?」
このままではレオン、いや最早キミシマの舞台だ。その舞台が終わってしまう。
「……」
まだ夜は明けてない。たとえ無謀だとしてもアマリアはまだ諦めるわけにはいかない。
「……納得のいく結末」
アマリアは横目で観客席を見る。観客達はもう。
「……皆様、そこまで」
相当気が滅入っていた。俯いて視界に入れないようにしている生徒。泣きじゃくる生徒や、吐き気をこらえている生徒もいる。続きを望む生徒などごく一部でもいるだろうか。
「……はあ、自分の意思で覗きにきたくせにね」
高見の見物を決め込んでいた支配者がそう口にした。アマリアが彼を見ると、独り言と言って顔を背けた。
―化け物。
アマリアはどきりとする。観客の一人がそう言ったのだ。
―頭おかしいだろ。イカレてる。
―こんなレオン見たくなかった。知りたくなかった!!
―よくもまあ、騙してくれたものだ。なにが人気者だか。
―平然とした顔で隠し通してきたのね。……化け物。
残酷過ぎる公演への不満が一気に彼に向く。苦悩していた観客達も憤っていく。
化け物。誰かが口にした言葉が浸透していく。そうなるともうシュプレヒコールのようになっていく。
「はいはい、どーも!化け物でーす!」
キミシマは観客席に向けて手を振る。その行為がより一層腹立たしいとブーイングが起こる。キミシマはへらへらと笑っていた。
「あなた……」
「あれ、パイセン呆れちゃった?」
アマリアが凄まじい表情をしていたので、キミシマはとぼけた声でそう尋ねる。
「ま、いいか。つか、不評過ぎるのもクるものがあるので。……終わらせるか」
観客いじりを止め、キミシマは真剣な表情になる。そのまま巨大着ぐるみの胸元へ飛び込もうとして、足を蹴り出す。―その時だった。
「は?」
彼が持っていたナイフに何かが当たる。そのまま弾き飛ばされてしまった。キミシマは後方にあるナイフより、投てきしてきた相手をみる。
「……ええ、私よ。キミシマ様、お待ちなさい」
投げたはいいが、本当にうまく当たるとは思っていなかった。だが、それをわざわざ知らせることもない。アマリアは手元に戻ってきたナイフを手にする。
「……は?いや、なんなの?まだ妨害する気?」
「ええ、そう。妨害したくもなるわ。あなたはわからないの?」
アマリアが指し示したのは観客達だ。キミシマは早くしろ、と目で訴える。アマリアもそうする。
「強者であるあなたが勝つ。ただ、強いあなたがね。予定調和でもあるわね。……でも、観客の皆様は納得されてないみたい」
「刺激が強すぎただけじゃね?」
「そうね。だからこうも疲弊した。……思い出して、キミシマ様。そしてレオン様。この舞台の主役はあなた達なの。あなた達のことを納得してもらうしかないのよ」
「納得、ねぇ。なんでこんなヤツらに」
観客達も罵りの声は今も続く。アマリアはいい子ぶる気はない。否定はしなかった。
「気持ちはわからなくもない。でも、もう今しかないのよ。ここで挽回するしかないの。あなた、ここで終わる気などないでしょう!?」
アマリアは必死に訴え続ける。だがキミシマは納得いかない。適当にあしらおうとするが。
「あなたが倒しても意味がないのよ」
「もういい?時間、やばくね?」
「……ただ、レオン・パルクス・シュルツが。シュルツ様が狂暴だった。本性をひた隠しにしていた。それだけよ」
「……は」
「この公演でそれが裏付けされただけ。……それは嫌。私はそんな結末望まないわ。だから提案があるの」
「……」
キミシマはゆっくりとアマリアの方を見た。話を聞くになったのか。
「私があの着ぐるみを倒すの。あなたに望むのは―」
「……ああ?」
アマリアの提案を聞こうとするまでは良かった。だが、彼女が提案してきたものはキミシマを怒らせるには十分過ぎるものだった。今までは加減をしてくれていたのかもしれないが、こうも殺気を宿す目でアマリアを見たのは初めてだった。
「不服でしょうね。でも、まずはそうしましょうよ。……私があなたを従えて倒すの。私があなたを制しているのを目にすれば、観客側の安心するはず」
「……意味わかんね」
キミシマにとっては不服そのものだ。なぜ横取りをしようとするのか。しかもこの自分を従えようとしている。そもそも意味がわからない。不毛だと彼はイラつく。
「あのさ。仮にさアンタがとどめさしてなんになるの?馬鹿なの?……今度はアンタがヤバイヤツ認定されるだけなのに」
「キミシマ様」
アマリアはキミシマを見る。彼は額に手を当てて否定した。
「……今のなし」
「ええ」
思うところはある。だが、アマリアは今伝えたいことがある。それが最優先だ。
「―私、悪役よ。悪役が自分の目的の為に。相手を都合の良いようにする。馬鹿かしら?……選択、間違えていて?」
「……」
「時間、ないんでしょう?」
「……ああ!、なんなんだよコイツは!」
それでも。それでもキミシマは承諾することはない。ただただ腹立たしげに頭を掻きむしっていた。
「キミシマ様。このまま消えたくないでしょう?レオン様だってそう。私、彼にだって消えてほしくない」
「……レオン様、ね」
巨大着ぐるみがしっかりとした足取りで近づいてくる。ようやく視界を取り戻したようだ。それでもキミシマは動こうとしない。それならば自分一人で背負うと、アマリアは対峙する。
―待って。
力ない声でアマリアを呼び止める声がした。
「……引っ込んでて、『キミシマ』」
頭を押さえながらふらついているのは。
「レオン様……?」
「ぐっ……」
彼、レオンは激しい頭痛に苛まれていた。何か、誰かがレオンの中で抗っている。アマリアは察する。今、レオン・パルクス・シュルツの方がキミシマを押さえつけてまで現れようとしていた。キミシマの抵抗は続いている。レオンは声を荒げる。
「……だから、黙ってろってキミシマ!オレ、ここで終わるわけにはいかないんだよ!いやなんだよ!会いたい人達にもう会えなくなるのも!―家族だってオレの卒業待ってくれてんだよ!……オレの、大切な家族なんだよ」
限界がきたレオンがキミシマに向けて放った言葉。それはレオン自身の言葉で、彼の素直な心であった。
「……キミシマ。キミシマに振り回されてきたけど。……オマエにも消えてほしくないんだよ」
隕石症だから、認識してしまった相手。けれどもレオンにとっては切り離せない存在となっていた。
「……見てて、キミシマ」
キミシマの反応がなくなったようだ。レオンは頷くと、勢いつけて建物の上から飛び立つ。
それは着ぐるみの胸元に飛び込むわけではない。
「そんなに言うならさ。……うまくオレのこと使ってみせてよ」
レオンがアマリアの前で華麗に着地した。こうして目の前にやってきた。
「ええ、よろしくね」
悪役として。このレオンを使いつつ乗り切らなくてはならない。何としても納得のいく結末を迎えなくてはならない。
「―レオン」
それならまず、様づけはしまらない。呼び捨てられたレオンは。
笑った。
巨大着ぐるみの勢いは増していく。その猛攻をかい潜りながら、二人はタイミングを狙っていた。
「レオン!あの高台までお願い!あと、もっと速くよ!」
「……はいはいっと」
自分が抱えて走った方がいいということで、レオンは命令を飛ばしてくる相手を抱えていた。横抱きしたまま、レオンは戦場内を走り回る。
「観客席、反応怖いわね」
「え、なに?」
アマリアを抱えつつも巨大着ぐるみの追跡からも逃れ。今まで暴れ回った分の疲労蓄積が今になって降りかかっている。レオンは正直まともに話をしてられる状態ではない。
「私達が協力、いえ。私があなたを従えることになったけれど、もっと動揺でもしてくれたかと思ったのに」
「ま、まあ……?大人しい分には、いくない?」
「ええ、ただ大人しいなら。ああ、レオン!方向転換しましょう?あちらの建造物の方が良さそうよ」
「はいはいはいはい!」
悪役だとここぞとばかりにアマリアは命令している。疲労がピークのレオンはやけくそ気味で応じることにした。
アマリアをおぶさったまま、レオンは壁をよじ登る。そして、ようやく。レオンにとっては長い時間だったが、アマリアのご指定の建物の屋上へと到着した。落下してなくなった柵は見覚えがあった。この舞台が始まって初めてキミシマと相まみえた建物だった。このチョイスにレオンは何ともいえない気持ちになった。
「ん。オレの方で誘導するから。タイミングは任せるからね」
巨大着ぐるみはまだ射程範囲外だった。レオンの方でこの位置までおびき寄せてくれるようだ。レオンは息が荒い。まだ無理をさせることになるが、それでも今はそうしてもらうしかない。
「ええ、お願い」
「うん」
レオンは頷いた、それのみだ。階段を下りていく。
「……静かだわ」
アマリアが一人取り残されたこともある。だが気になるのは観客席だ。あまりにも静かだった。固唾を飲んでアマリアとレオンを見守っているのもある。だが、それだけではないようだ。
「……あなたも今までありがとう。たくさん助けられたわ」
アマリアは青いナイフを祈るように持つ。名前も思い出せない婚約者の彼もきっと、力を貸してくれるだろう。アマリアは深呼吸を繰り返す。
「はいはーい!オレ一人相手になにやってんのー?」
レオンの声が聞こえてきた。彼が気を逸らしてくれている。巨大な右腕で殴りかかってくるのを、レオンはぎりぎり交わす。その後によろめくレオンを見る。もう限界はとっくに超えていたのだろう。
一撃一撃は重い。だが、攻撃したあとの動きに隙ができる。
今しかない、とアマリアは覚悟を決めて建物から飛び立った。そのまま相手の懐に飛び込んでいく。あとのことは考えない。今狙うは、本体の左胸だ。
「もらった!」
アマリアに迷いはない。そのままナイフを相手の左胸に突き立てる。
「!」
手応えがあった。
『ぐるぅぅぅあああああ』
響くのは巨大着ぐるみの断末魔だった。アマリアは落ちゆく中、巨大着ぐるみの姿が消えていくのを見守る。黒い霧が着ぐるみを覆いつくす。そして霧散する。これでようやく終わったのかとアマリアは思えた。
頭上で観察しているであろう支配者を確認する。彼は何も言わない。これで良いのか駄目なのか。焦らす気なのか。となると観客だ。
「あ……」
「ああ……」
観客達は虚ろな瞳で舞台を見ていた。黒い霧が舞台上を漂い続けている。
「!?」
「アマリア先輩!」
意思を持つかのようにアマリアを取り巻く。そして彼女を引きずり込んでいった。レオンは慌てて追いかける。せめて、とアマリアに手を伸ばすも届くことはなく。
「……終わらせてたまるか」
―舞台の幕はまだ下りない。