四つ星公演 レオンおにいさんの!たのしいたのしいさつりくしょー!!⑤
「ああ、痛いわ……」
腰を打ちつけた痛みはあるが、そこまでの怪我はせずにすんだ。アマリアは見上げる。かなりの高さから落下したようだ。それが軽傷で済んだのも、この雪もどきのおかげだろう。やはり彼女の婚約者によるものだ。
「いってー。うん、助かったけどさ。しつこくない?」
「しつこい、とは?」
「この雪みたいなやつ。どれだけ前面に出てくるの。存在アピールしすぎじゃない?」
「そう、……思わないわ。ええ、思っていません。助けてもらってるもの」
「いや、絶対必死すぎでしょ。……誰かさんみたい」
「まあ」
アマリアは不服に思っているが、同時にこうも思っていた。この空気感はこれまで接してきたレオンそのものだと。
「……こんなとこあったんだ」
「ええ、そうね」
二人がいるのは舞台下だった。観客も支配者もいない。今この場にいるのは、アマリアとレオン。二人だけだ。薄暗く、そして静寂な世界だった。
「……何もしないです、いや」
「……?」
「ごめん、アマリア先輩。本当にごめんなさい。結局、やらかしてた。最低だ」
レオンは勢いよく頭を下げた。彼の声は震えていた。
「顔、上げてくれないかしら。レオン様」
「……うん、わかってる」
とはいうものの、レオンは一向に顔を上げる気配はなかった。
「……レオン様」
アマリアは遠慮がちに彼の腕に触れた。レオンはたじろぐ。
「何もなかったから。あなたなら怖くない。だから、レオン様。こちらを見て」
「オレなら怖くないって。……なにそれ」
「そのままよ」
「なにそれ。……はあ」
レオンは顔を上げるが、アマリアの顔を見ることはない。そのまま天を仰いだ。
「……オレもね、『キミシマ』なんだよ。うん、そうだ」
静かな空間だったが、遠く叫び声が聞こえる。まだ舞台は続いているようだ。ならばと、レオンは最低限の話をすることにした。
「まずは話、だっけ。だったらオレも話す。―アンタになら話したい」
「つか、キミシマってアレじゃん?」
「それは……」
開口一番それだった。レオンがあだ名でも敬称づけでもなく呼ぶのは珍しい。返答に困るアマリアをよそにレオンは続ける。
「アイツ、本当にひどいのな。まあ、そうなっちゃった原因もあったとは思う。でもさ、女にはだらしないっしょ?乱暴者だし?散々やばいことにも手を出してきた」
レオンは具体的な内容は慎んだ。レオン自身も口にしたくないほどの内容でもあった。
「そんなやばいヤツがさ、夢の中に出てくるんだ。もうしょっちゅう!」
「夢の中……」
「うん。夢の中でオレはそいつになっている。まじ何者だよってかんじ。誰だか知らないソイツ、『キミシマレオン』になっちゃってんの。夢の中のはずなんだ。だけど、オレはソイツ。シュルツ家のレオンじゃない。キミシマさんちのレオン君」
いけない、とレオンは真剣な面持ちになる。今のはふざけすぎたと自重したようだ。気を取り直す。
「こっちの人ならわかるでしょ、オレの言いたい事」
「ええ……」
レオンは劇場街の記憶もあった。そして夢の中のことが、現実だと思っている。
―『隕石症』だ。
「軽度の隕石症だけどね。たまーにだし。普通に生活自体はできてたとは思う」
ほら、とレオンが見せてきたのは例の家族写真だった。
「あの時言ったのは本当だよ。家族仲はいいってのは本当も本当。大好きだよ」
「ええ、わかるわ」
「だよね。……だから、オレはここにきたんだ」
それはレオンが入学した理由だろうか。
「今は大丈夫でも、隕石症が悪化したら。キミシマは絶対皆の前に現れる。……それがもう怖くて怖くて」
レオンはようやくアマリアの方を向く。そして力ない笑顔を見せた。
「……結局、キミシマは出てきちゃった」
「不可抗力だったと思うわ……」
「うん、ありがと」
少女リリーが連れ去られた時、あの時にキミシマが現れた。あくまで助けようとしただけ。それでも事態は大きくなってしまい、そして。
「いやぁ、キミシマは濃いわー。もう、完全にヤツのペース。こっちのオレがいなくなっちゃってた」
レオンはこのような時でも笑い続けていた。アマリアを安心させる為か、そして自身をも。
「レオン様」
アマリアは首を振った。
「あなたは消えてなどいなかった。あなたが在り続けてくれたから、私もこうして無事でいられたの」
「……」
「あなたの言う通り、強烈な方でしょう。私、口では強がってはいた。けれど、あの人には敵わなかったわね」
「うん。アイツ、やばいからね。……でも、オレなんだよ。もう、キミシマはオレになったんだ。それにアイツはオレにとって―」
レオンは唇を噛み締める。認めたくない。でも認めざるを得ない。レオンは口を開いた。
「……憧れてた」
「……」
「いや、ガチでヤバイヤツだけどさ。でも、アイツは自分のやりたいようにやっているから。それにさ、リリーちゃんを助けたのは本当はアイツなんだ」
「キミシマ様が?」
「うん。俺が不審者捕まえたのはいいんだけど、相手がすげぇ抵抗してきて。んで、やばいなって思って。……思っちゃったから」
それが契機となったのだろう。夢の中の住人でしかなかったキミシマが表に現れるようになった。目の前のレオンは劣ると思ってしまった。敵わないと思ったからこそ、以後キミシマに主導権を握られていたようだ。
「その……」
「なっさけなっ!」
アマリアが言葉を探している間に、レオンすぐに笑顔になった。すくっと彼は立ち上がった。
「さーてと。そんな感じです!まあ、ダイジェストでしかお届けできなかったけど、しゃーないよね!」
「!?」
「……戻らなくちゃ」
頭上からの振動で場が揺れた。巨大着ぐるみは今も暴れているようだ。そろそろ舞台に戻らないとまずいだろう。時間が迫ってきている。
「先輩。……アマリア先輩」
レオンは彼女の名前を呼ぶ。噛み締めるようにだった。
「レオン様」
アマリアは彼から腕を離そうとはしない。触れたままだ。
「わかってるわ、レオン様。あなたは消えたりしない」
「今日、存在が消えなかったとしても。……オレは『キミシマ』のままだ」
「……レオン様!」
レオンの姿が消える。アマリアは焦るが、舞台に戻ったのだろうと思い直す。こうしてはいられない、とアマリアは顔を上げる。そこに差すのは光だ。
「戻りましょう―」