四つ星公演 レオンおにいさんの!たのしいたのしいさつりくしょー!!③
「ふぅ、雑魚じゃん?」
レオンは着実に着ぐるみを仕留めては、報酬をゲットしていた。しかも手を緩めている。舐めきっているのは、この着ぐるみ達だけではない。アマリアにもだろう。
「……」
こうしてアマリアが身を隠しながら様子を見ていることも、レオンにはバレバレだった。さぞかし、自分との戦力差を痛感していると。そして、直接着ぐるみに手を下すことに迷っているのだろう。レオンは呆れるようにため息をついた。
「……本当邪魔なんだよな。俺の舞台、うまくいかねぇじゃん」
あさっての方向を向いてはいるが、これはまさしくアマリアに向けてだった。
「……って、凄んでも聞かなさそう。ま、いいや。次々」
次々と襲いくる着ぐるみ達を適当にいなす。レオンはもはや感情もなく、事務的に処理していく。
「……あー、それとも俺から強奪する気かなぁ?」
「!」
アマリアは反応してしまう。プランの一つが見抜かれてしまった。彼女としては最も平和的プランであったのだ。彼女としては。
正直アマリアは腰が引けていた点があった。それは、あのウサギの着ぐるみ達を手にかけなくてはならないのかと。これはレオンに頭お花畑と揶揄されても仕方ないのかもしれない。舞台が作り出した偽物ということもアマリアにはわかっている。それでも彼女は気が進まなかった。
「……ああ」
「……うわぁ」
観客達の反応だ。彼らの注目はレオンに向けられている。どれだけ惨い光景でも、彼自身が持つ華からは目をそらせないのだろう。観劇を繰り返している生徒も、癖になっている。その通りだった。
「……もういいってば」
「こんなの、レオン君じゃない……!」
もともと残酷描写を望んでいなかった観客達もいる。そうした彼らは舞台から目を背けていた。幼い生徒は目をつぶっている。この舞台から逃れる勇気すらもない。ただただ縮こまっていた。
「……落ち着くのよ、私」
アマリアもそうした負の感情に引きずられそうになったが、自身を叱咤する。
「私のやり方でいくべきだわ。そうよ。彼の二番煎じじゃ駄目ね」
レオンからそっと離れて、アマリアは警戒しながらも周囲を見回す。
『ぐるぅぁぁあ!』
「きゃっ!」
着ぐるみ一体が出合い頭にアマリアに襲いかかってきた。
「お、お、落ち着くのよ、私!ねえ、あなた!?話し合いしてみない?あなたも痛い思いを」
『がああああ』
「なんと。言葉が通じないのね。……致し方ないわ、ねっ!」
落ちてた鉄の曲がった棒のようなもので、着ぐるみの足を払う。そのまま転倒した着ぐるみは、雪らしきものに着地する。ご丁寧にも所々に雪を配置してくれていたようだ。某婚約者が。
肝心の着ぐるみはそのまま跳ねてどこかいってしまった。コントじみた一連の流れに、客席から小さな笑いが起こった。
「……ふふ」
アマリアもつられて笑ってしまった。どこか肩の力が抜けたようだ。まさか観客達にも助けられるとは彼女は思っていなかった。ブーイングばかりという認識をアマリアは改めることにした。
「あら、ついてるわ」
アマリアは相手が落としていった報酬を拾い上げた。こうしていけば、着ぐるみ達も痛い思いをせずに報酬を手にできるだろうか。
「……いいえ」
これではレオンのペースには追いつけない。それにこうとも彼女は思った。―これでは悪役ではないだろうと。
「―脅しましょう」
アマリアはニヒルな笑い方をしてみせた。
そもそもあの着ぐるみ達は何なのか。アマリアを見た時はいつも逃げるか怯えるか悪態をつくかではないのか。所詮は偽物か、とアマリアは悪く笑う。
「ひっ」
そう、本物はこうではなくてはならない。ウサギの着ぐるみといえばこうだ。物陰から怯えたように見ている。アマリアとの関わりを避けようとしている。
「……はあ。私、そこまで彼らに非道な事したかしら」
アマリアは自分で考えていて悲しくなってきた。何はともあれ、話は通じるようだ。ウサギの着ぐるみはこうでないと、そうアマリアはにんまり笑った。
「そちらの方、話を聞いていただけませんか!?」
「ひいいいい!」
アマリアは声を張り上げた。様子を窺っていたウサギの着ぐるみは悲鳴をあげる。
「―お静かに」
「……!!」
逃げられてたまるか、とアマリアは相手にとびかかった。そしてまたしても押さえつけた。じたばたもがかれても、アマリアは必死で押さえつけている。せっかく見つけた手がかりだ。易々と手放すわけにはいかなかったのだ。だが。
「ぼ、僕も殺されるぅぅぅ」
「……あなた」
いたいけな子供をいたぶっている気持ちにさせられたアマリア。そっと着ぐるみから体を離した。着ぐるみの方はぽかんとしている。
「いいえ、決して殺めたりはしません」
「ほ、ほんと?」
「はい。怖い思いさせて申し訳ございませんでした」
「……君、怖い人じゃないの?」
「はい。違います」
怖がらせたままは良くないとアマリアは考えたのだろう。優しめの声で語りかけながら、相手の着ぐるみを立たせる。着ぐるみは落ち着いたようだ。逃げることはしなくなった。アマリアはそんな相手に対し、にっこりと笑う。
「……ただし。利用はさせていただきます」
「ひいいいいい!」
他の着ぐるみ達より幾分か小さいようだ。アマリアは俵抱きをしつつも、目立たない場所を物色する。あの大きな建物の陰がよさそうだと、そこに一直線に向かっていった。
建物の陰で身を潜められたのはいい。だが、先客がいた。高見の見物を決め込んでいた支配者が壁にもたれかかっていたのだ。
「……」
無言の圧力をアマリアに向ける。
「あら?突然何かしら。過干渉でなくて?」
「……」
「……言ってみただけよ。あなたがおいでになるくらいですもの。わざわざ」
とぼけるアマリアに、とことん無言で通す。だが、アマリアには彼が言わんとしていることがわかった。紛い物の着ぐるみ軍団の中に、意思を持った本物が紛れ込んでしまっていた。この支配者は彼を保護しようとしているようだ。
それは良い話なのかもしれない。この着ぐるみがもし、レオンの手にかかってしまったら。自分達生徒は夢オチで済ませられても、着ぐるみはどうなるかはわからない。想像するだけでも身の毛がよだつ。無言のみの支配者も教えてはくれないだろう。ならばこのまま善良な着ぐるみを支配者に引き渡した方が。
「お、王さ」
「困るわ。話の邪魔しないでくれるかしら」
アマリアは支配者に縋ろうとする着ぐるみの口をふさいだ。舞台ではアマリアがウサギの着ぐるみ一体を仲間に引き込んだことになっている。その流れを止められては彼女としてよろしくない。
「……はああああ」
この長ったらしい溜息は支配者によるものだ。深い溜息をしつつも、支配者は見なかったことにしてくれたようだ。アマリアは安堵する。
「……見逃してくれたのね。あなたも、巻き込んでしまいましたね」
「うう、ひどいよひどいよ……。王様ぁ、どうして置いていったの……」
その場でへたり込んで泣きじゃくっていた。
「……あの、あの者はあなたを見捨てたわけではないと思います。ええ、あのような人を決して擁護するわけではありませんが。きっとあなたに危険が及んだら、助けてくれると思います」
アマリアにとっての仇敵だ。何もフォローをする必要はないのに、それでも彼女は自然と口に出てしまった。これはこの着ぐるみに対する罪悪感からだ、とアマリアは言い訳をする。
「……ううん。絶対助けに来てくれる。そうなんだ。あの子は僕らの王様だから」
泣きべそをやめた着ぐるみは立ち上がった。立ち直ってくれた着ぐるみを見て、アマリアは良かったと思った。アマリアは改めて安堵すると思いきや、そうはいかなかった。
この着ぐるみに何かあってもまずいことになる。支配者の横やりが入ってくるだろう。
「では、改めましてよろしくお願い致します。ウサギ様」
「ウサギ様……。僕、そんな偉くない。皆からは『臆病者』って言われてた」
「まあ、そんな……」
アマリアは気が進まないので、ウサギ様呼びで通すことにした。便宜上で臆病ウサギ、彼と共にアマリアは行動することになった。
アマリアを先頭に二人は走っていた。いざという時にアマリアを盾にすればよいと、二人の中での決定事項だった。自分に何があってもそうだが、この臆病ウサギに何かあってもおしまいだ。アマリアは気を引き締める。それにまだある。
レオンより報酬を手に入れなければならない。彼に勝ったうえで、観客達も満足させなければならない。舞台の上からでも観客達が疲弊しているのがみてとれた。アマリアは何としてもレオンには勝つつもりではいる。だが、果たしてそれで良いのか。今はまだ、わからない。
「ひっ!」
臆病ウサギが真っ先に物音に反応する。アマリアはそこか、と構える。
「それではウサギ様、お願い致します」
「う、うん。王様、僕頑張るから」
臆病ウサギは一刻も早く支配者の元に戻りたがっていた。かといってアマリアの足を引っ張ろうという考えはない。純粋なものだ。
そんな彼に出来ること。それは、対話ができるということだった。それだけ、と自信なさそうにしていた彼だったが。
『それはとても素晴らしいではありませんか!まずは話し合いが第一でありましょう
!』
『素晴らしい……』
息を荒くしながらそう主張するアマリアに感化されたのかもしれない。臆病なりについてきたようだ。
「ウサギ様、お下がりくださいっ!」
アマリアは臆病ウサギを庇いながら、相手の猛攻を回避している。こうして彼を守っている。舞台の上の彼女はこうして戦える。なら、自分は何ができるのか。
「うん、勇気を出すんだ!」
「ウサギ様……」
「さあ、どうぞ!僕、ちゃんと伝えるから!」
決意した彼はアマリアの前に立つ。そして口から特殊な音を出していた。仕組みはわからない。だが、相手の着ぐるみの動きが止まる。
「ええ、お願いします!『あなた達はそのままでいいの?負け犬じゃないの』です」
「え」
この令嬢は何を言い出すのか。
「『やられっぱなしでいいのか。もっと、もっと集団でいけばいいのに。少人数でいくなんて随分と甘いのね』」
「ええー……?」
「『多勢に無勢というものです。彼ほどの者でも、より巨大な力には抗えないはずよ。頭を使うべきです、頭を』」
「って、無理無理無理!そ、そんな内容を伝えろっていうの!?」
「はい。あなた方がおっしゃる王様とやらも、さぞかし大喜びになるかと。よくやったと」
「……絶対、王様怒るよぉぉぉ」
「いえ、絶対にお喜びになるかと。歓喜のあまり、お膝に乗せてあなたの頭を撫でるのでは?」
「うう……」
相手の反応はよろしくないが、アマリアは役に立つの一点張りだ。観念した臆病ウサギは相手に言葉を届ける。やたらと時間がかかっているのは、彼なりに穏便な言い方にしているからだ。
「ひいっ!いけないいけない、集中集中」
そこら中で倒れていた着ぐるみ達がぴくりと動いた気がした。彼らはレオンによる被害者たちだ。アマリアは痛ましく思っていた。
「……ええ、彼らは紛い物。だからといって、こうも痛めつけていいものなのかしら。怒りだってあるかもしれないじゃない」
『ぐるぅぅぅ……』
アマリアの方をゆっくりと見たのは着ぐるみだ。あくまで彼女に視線を向けただけだ。そして歩き出していった。
「う、うううう。怖かった」
着ぐるみの中はどうなっているかはわからない。けれど、人間と同じ構造だとしたら、涙と鼻水まみれになっていることだろう。
「お疲れ様でございました。……まだお付き合い願いますね」
アマリアの良心も痛みまくる。それでも、心を鬼にして臆病ウサギにお願いした。
「う、うう。王様にナデナデしてもらえるもんね。僕、頑張る」
「……ハイ、それはもう極上のナデナデかと」
「わあい!」
いつの間にか決定事項になってしまっていたのか。実に健気な臆病ウサギはそれを励みに、通信を続けていた。アマリアは良心の呵責に苛まれてしまっていた。
「……それで。報酬は手に入ってないけど、いいの?」
通信を試みては、相手方は何もせずに去っていく。そのこともあって、臆病ウサギは落ち着きながらもこなしていた。アマリアはそれでいいと頷く。
「ええ、狙うのは大量獲得だから。問題ありません」
「問題ないの?」
「そうよ。―ふふ、プラン1は継続中なのです!」
アマリアは意気揚々と仁王立ちする。プラン1、すなわちレオンから強奪するだ。そのためにこうして種を蒔いてきたのだ。着ぐるみ達の戦力をレオンにぶつける。その混乱に生じてアマリアは根こそぎ奪う。
「そうね、本当ならもっと良い策はあったかもしれないわ」
また選択を間違えたとレオンは笑うのだろうか。だが、これが今のアマリアの最善だった。臆病ウサギが力を貸してくれたこと。そして、着ぐるみ達が素直に聞き入れてくれたこと。アマリアはこれは追い風であると信じることにした。
「……本当に怖かったでしょうに。ありがとうございました。あなたは決して臆病ではありません」
乱戦ともなると、臆病ウサギまで守れるかもわからない。アマリアも巻き添えを食らう可能性も大だ。ここでお別れとなった。本来ならばこの舞台に現れることもなかった臆病ウサギ。奇妙なものだ。
「……それはわからないけど。ううん、いいや。僕、やっと王様の元に戻れるや!」
まだ本人は自分が臆病だと思っている。それ以上アマリアも強く肯定することはなかった。自分達は出逢ったばかりだ。根深い問題もあるのだろう。ともあれ、晴れ晴れとした様子で臆病ウサギは支配者に迎えに来てもらおうとしていた。
「なりません。何としても全力でお逃げください。なんのその、渦中の者達は一定の場に集中しておりますから。多少は安全でしょう」
アマリアは自信満々にそう言った。だが、臆病ウサギは震え上がる。
「ううう。こんな人と関わるんじゃなかったーーー!」
「なんと……、行ってしまわれましたか」
恨み言を叫びながら、臆病ウサギは全力で逃走をはかった。アマリアは無事を祈りながらも見送るしかなかった。
「……不思議なご縁でしたね。本当に奇妙な公演だこと」
これぞ四つ星公演、なのかは知る由もない。思えば奇妙なことばかりだった。婚約者の力添えはこれは毎度のことなのでわかる。だが、この謎の軍用ブーツも彼によるものかは不明のままだ。そして、巻き添えをくった形でやってきたのは臆病ウサギだ。
「……レオン様」
結局レオンの事はよくわからないままだ。キミシマレオンと名乗っているので、乗っ取られてでもしているのか。だが、今考えてもわかるものでもなかった。
「私に何かあってもいけないのよね。ここで終わるわけにはいかないわね」
不安など感じてはいけない。最善策とはうたっていても、うまくいく確率は高くない。レオンにも読まれている。だが、着ぐるみ達を味方につけたようなものだ。アマリアはこれに賭けることにした。
「味方、か……」
臨時で臆病ウサギが力を貸してくれたが、仮初のものだ。着ぐるみ達もそうだ。自分はこれから一人で舞台に臨まなければならない。
「ふふ、それでもいいって。そう覚悟したのは私じゃない。それに、多くの助けもあった。十分過ぎるくらいよ。―さあ、行きましょう」
課題もあるが、時間も有限である。アマリアは前に進む。
『ぐ……』
『ぐ、ぐわ』
横たえた着ぐるみ達が呻き声をあげながらも、立ち上がってきている。前を向くアマリアは気がつくこともなく―。