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四つ星公演 レオンおにいさんの!たのしいたのしいさつりくしょー!!②

「―って、全員に決まってんだろ! 舞台はあの荒廃した建物群へと戻っていった。ここがメインステージとなるのだろう。迷彩服をまとったレオンが銃を携えながらも暴れ回っていた。

「単純な話、クソにクソが群がっていただけ!ダチって俺を利用していたヤツらのこと?女子って簡単にやりたがるビッチのこと?教師って保身に走るやつらのこと?じゃあ親って。……親は」

 レオンは荒ぶりながらも、次々とウサギの着ぐるみ達を手にかけていく。銃で脳天を撃ち抜いたり、ナイフで掻っ捌いたりと多種多様だった。倒される度に着ぐるみ達は麻袋を落としていく。中身は硬貨や紙幣だった。これも自国では流通していないものだ。おそらく隣国でも同様だろう。レオンが指す『世界』で使われていたものだ。

「……うん、もうどうでもいいか。自分で稼げるようになったわけだし」

 手にした麻袋を宙に放り投げると、またキャッチする。レオンは懐に納めた。そして、屋内の建物を駆け上っていく。

「っと」

 レオンの後方で崩れ落ちる音がした。彼が上りきった直後、階段が崩れていったのだ。うわー、とレオンは呑気に眺めていた。屋上に着くと強風が吹いた。目にゴミが入ったのでレオンはごすり、そして目を開く。

「ぜえぜえ……。わ、私の読み通りね」

「うわ」

 息を切らしながらもアマリアが屋上で待ち構えていた。彼女は今も激しい呼吸を繰り返している。身体能力が上がっているとはいえ、レオンの動きについていくのに精一杯だった彼女は待ち伏せという選択をとることにした。

「ど、どうかしら。私、間違えてなっ」

「よっと」

「ひゃっ」

 レオンが戯れにナイフを振り回してきた。アマリアは交わすのが限度で、ついには足がもつれて転倒してしまう。

「なにそれ、だっさ」

 レオンは見下しながらも嘲笑してきた。

「って、ごめんごめん。お手を貸しましょうか、お嬢様?」

「……心配ご無用よ」

 口ではそう言っているが、レオンが馬鹿にしているのは明らかだった。尻の痛みを押さえながらもアマリアは立ち上がる。

「レオン様、話を聞いてほしいのよ」

「んー、別にいいけど。ほら、捕まえて捕まえてー」

 アマリアが距離を詰めようとしても、レオンは揶揄うように逃げていく。完全におちょくられていた。それでも、とアマリアは食らいつく。屋上の淵、朽ちた柵までレオンを追い詰めた。

「レオンさっ……!?」

「はい、さよなら」

 アマリアはレオンに近づこうと走るが、それがまずかった。

「え」

 レオンを捕まえた。―そう思わせておいて直前にレオンが体をそらしたのだ。

「はい!選択肢ミス、ゲームオーバー!また明日ー!」

 その反動か、アマリアは変に身をよじらせてしまう。そして背中を柵に打ちつけ、朽ちた柵ごと高所から転落していく。

「……!」

「ま、あの王子様?少年が助けてくれるっしょ」

 レオンがどこまで話を聞いていたかはわからない。話を聞いた上で、軽く考えているのかもしれない。自分はこの公演を無事終わらせ、明日を迎えるのだと。確かに明日は来るのだろう。けれど、そこにレオンの存在はもう、ない。

 アマリアは足掻く。意味がなかろうと手を伸ばそうとする。レオンはというと、ただただ落ちていくアマリアを見ていた。

 舞台の上で死を受け入れるのか。支配者の干渉を許してしまうのか。わかっているのはこのまま舞台から退場してしまうことだ。―地面はもう間近だ。

「え」

 落ちゆくアマリアの視界に雪が舞う。彼女の胸元で青く光るのは、婚約指輪。

―『彼』だ。彼の力。彼の存在。

「ああ……」

 彼の名前を呼びたい。けれども名前を思い出せない。彼をなんと呼んでいたかも忘れてしまっている。それがアマリアには歯痒かった。

 アマリアを受け止めたのは積もりに積もった雪だった。いや、これは雪なのだろうか。一度跳ねたあと、それから柔らかく着地した。見た目は雪の別物と思われた。

「……まさか、『あいつ』?」

 忌々し気にそう呟いたのは支配者だ。アマリアの救出に出遅れたこともあって、彼は苛立ちを抑えきれずにいた。

 アマリアは内心ほっとする。夢の中とはいえ、死を免れたこと。そして、支配者の干渉も防げたこともだ。

「……」

 真顔のままレオンも壁を伝って下りてきた。アマリアの元までやってきた彼が手を伸ばす。アマリアは拒もうとするが、強引にレオンに体を起こされてしまった。

「打ちどころ悪い、とかはなさそうか。あの王子様何やってんだよ。使えね」

「レオン様?」

「……いや」

「……っ」

 気紛れだったのだろうか、そのまま雪のような物の上にアマリアを放り投げた。その急変ぶりにアマリアはついていけないのに、さらにレオンは何かを思いついたようだ。

「あ」

「な、なんなのかしら」

 レオンはアマリアを見たあと、にやりと笑う。

「あれれー?その雪は一体なにかなー?唐突すぎなーい?」 

「!」

 芝居がかった言いがかりだった。だが、確かな指摘だった。観客達がざわついてしまっているのだ。突然の雪が不自然過ぎると口々にしている。雪が降っていたわけでもない。寒冷地でもなさそうだ。

 アマリアは弱ってしまった。その指摘もそうだが、これだと素直に『彼』に感謝しきれない。雪らしきものをこっそりと撫でたのは、彼女なりのお礼の気持ち。そして、誤魔化すことにしたようだ。

「あなた、ご存知ないのね。昨日雪が降っていたじゃない。殺戮に夢中で気がつかなかったのね、きっと」

「……そこだけ、雪溶けてないって。おかしくね?」

「ここだけじゃないわ。他も溶けきってない。―あなたが見落としているだけよ」

 そういって本当に残雪があるかどうかはわからない。だが、『彼』ならそれとなくやってくれているとアマリアは信じる。万が一そうでなければ、アマリアははったりをかましたと不利になる。一か八かでもあった。

「ふうん……。まあ、あの雪もどきは別にいいや。どうせ増殖しているだろうし」

 レオンはこの話をやめたようだ。アマリアとしては助かった―。

「そんなことよりさ。アンタの恰好、なにそれ?」

「恰好とは?制服だけれど―」

 アマリアは言いかけて口を噤む。助かったわけではない。むしろ一番痛いところをレオンは指摘してきた。この荒んだ場で、場違いな制服を着用している。ブーツも質は良いものではあるが適してはいない。

 まずい、とアマリアの背中に冷や汗が伝う。観客達のざわつきは増していく。あの不自然な少女は何なのかと冷ややかであった。

「いやいやわかりますってぇ。そんな制服着たお嬢様がさ、何しにきてんのって!」

「……否定はできないわ」

「だったらさ―」

「ええ、不自然ね。けれど、この場に適してないとは限らないわ。……私からしたら、そんなあからさまな恰好のあなたもどうなのかしら」

「……は?」

 スカートを翻すと、レオンに一歩近づいた。

「……こうして、何でもない少女の振りをする。か弱い乙女の振りをするのよ」

 そう言いながらアマリアは地面を蹴って、レオンに一気に近づく。そして、彼の喉元にあてたのはナイフだった。青く白く光るそれも、誰かさんによる賜物だろう。

「そうね、私は」

 着ぐるみ達を襲って報酬を得ていたことから、レオンはそうしたことで報酬を得ていたのだろう。だが、断定はできない。

「―同業者よ。あなたと同じ」

「……」

 かなり突拍子のない発言だとレオンは思った。発言の主であるアマリアを探るようにみていたが、またいつもの調子に戻ろうとする。自分のペースに引きずり込もうとしているのだ。

「……えー、なにそれ?ね、なんのお仕事?俺、わかんなーい」

「ふふ、馬鹿な振りしないの。聡いあなたなら、察してるのではなくて?」

「……あー言えば」

 レオンは笑顔だ。だが、目が据わりつつあった。

「単なるご令嬢が何言ってんだか。……ああ、やめやめ。この人、いかれてるんだった」

 レオンはお手上げです、と手を上げる。だが、彼から笑顔が消えた。

「いいよ、面白い設定だね。―じゃあさ、こうしようよ。俺より稼いでみせてよ。ほら、ちょうどいいのいるじゃん?」

「稼ぐ、ですって?」

 そこらを徘徊しているウサギの着ぐるみ達だ。生気もなくうろつく彼らは、やはりアマリアが今まで会った存在達とは異なっていた。

「ほらー、こっちこっち!」

 レオンは声を大にして呼びかける。レオンの姿を見るやいなや、彼らは襲いかかっていた。アマリアは仰天した。彼らはレオンに大人しく従っていたのではなかったのか。

「そんなの、おもんないじゃん?あっと、こんな絶好のシチュでっ、こいつら何もしないのもっ、おかしくね?だからっと、こうしたのっ!」

 着ぐるみ達はレオンに集団で殴りかかってくる。それを避けながらも、レオンは疑問に答えてくれていた。つまり、レオンは。自分が面白くないから。そして、舞台の雰囲気に合ってないから。そうした理由で着ぐるみ達に攻撃を仕掛けてくるようにしていたというのだ。アマリアは呆気にとられた。観客達もおそらくそうだろう。

「あー、ナイフ。ナイフっていいよね。俺、ほんとはそっちの方が好き」

 アマリアの手にしていたナイフを見て、彼もナイフを利き手に持つと繰り出していく。同時に相手をしつつも、次々と心臓にあたる部分に狙いをつけていた。

「……直接、手応えあるの。いいよね」

 報酬を手にしつつも、倒れていく着ぐるみ達を底冷えする目で見ていた。

「もちろんこっからスタートでいいよ。俺が圧勝するの目に見えているし」

「……」

「……ねえ、証明してみせてよ。俺より有能だって。そしたらアンタの話、聞いてあげてもいいよ。それに、観客のみなさんも盛り上がるんじゃない?」 

 迷いもなく手慣れてもいる。本来ならばアマリアが敵う相手ではない。それでもアマリアはもう後には引けなかった。このように設定づけたのは彼女自身だ。

 今のアマリアは、目の前のレオンの同業者だ。あえて女子学生の恰好をしている。一呼吸をした後、アマリアは不敵に笑った。

「あら、油断してくれるのね。助かるわ」

 自分も手にしたナイフをレオンに見せつける。そして、彼と狩場が被らないようにと走りだしていく。

「……レオン様が格上なのはわかっていたことよ。ならば、乗り越えてみせるまで!」

 もう靴の形を成していないブーツで、破片も踏みつけながら駆けていく。痛みがないわけない。それでも、なんてことないとアマリアは前を見据える。

―……。

 誰かの声がした。アマリアは振り返るも、そこにいるのは徘徊している着ぐるみ達だけだ。こうしてはいられない、と再び走りだそうとする。

「……?」

 どうも違和感があった。それは自身の足元によるものだ。

「私の足、なんだか……!?」

 アマリアは目を大きく開く。当人の知らない内に足元に変化が起こっていたのだ。

「これは……?」

 アマリアの足元はぼろぼろになったブーツではない。同じブーツとはいえ、かなりごつく、そして頑丈な軍用ブーツと変化していたのだ。一瞬、アマリアの婚約者のことがよぎったが、それは違う気がしている。根拠があるわけではない。だが、『彼』とは違うと、アマリアの本能がそう告げていた。

「どなたかは存じませんが、ありがとうございますっ?」

 それこそ顔も名前も、何もかも知らない相手にこっそりと礼を言う。

 おあつらえ向きなブーツを手に入れたこともあり、アマリアはより速く駆け抜けていく。この戦場を。―そして、この舞台を。

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