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四つ星公演 レオンおにいさんの!たのしいたのしいさつりくしょー!! 上演開始

アマリアが舞台に舞い込んだと同時に、舞台背景ががらりと変わる。ちょうと場面転換だったようだ。

「ここは……?」

 アマリアは落ち着きなくきょろきょろしてしまう。それもそのはずだった。彼女にとって生まれてこの方見たことがない、異質な風景だった。

 この舞台も夜だった。月明りが頼りなのも、おおよその公演と同じだった。硝煙の匂いが辺りに漂う。鉄や石とも違った灰色で無機質な高層の建物群。ところどころ倒壊し、彷徨うアマリアの足元を断片が妨げる。

「なんと……」

 損傷が激しい着ぐるみ達がそこいらに横たわっていた。誰の仕業か、それはアマリアは想像ついてしまった。そう考えている内に。

「……っ」

 アマリアの足元を何かが掠める。革のブーツを裂いたのは、金属片だった。血が出ていたので、応急処置をしたあと脱いだブーツを履き直す。軽傷だったので、彼女は再び警戒しながらも歩き出す。 

「……ねぇ、大丈夫?今、怪我してなかった?」

 頭上から殊勝な態度で声を掛けてきたのは、アマリアにとって何も意外ではない。学園の支配者を名乗る少年だ。彼は建物の屋上の淵に座っている。

「心配してもらうまでもないわ。そんなことより―」

「そんなことって。……はあ」

「私はいいのよ。それより、あなたのその恰好も気になるし。ここはどこなの?」

 支配者の恰好が王子様の姿から一転していた。支配者は大体そうだ。服装の雰囲気を舞台に寄せている。なにか糸口になるかもしれない、と支配者に関することでも質問せずにはいられなかった。

「んー、服は知らない。いつも勝手にこうなってる」

「あら、あなたでも知らないことがあるのね」

「……そういう可愛くないこと言うんだから。ここがどこか教えてあげなーい!」

 機嫌を損ねたのか、支配者は顔をぷいっと背けた。

「……。まあ、いいわ。私にとっては見慣れない場所だけれど。この場所もきっとそうなのね。ここは―」

 どのみちレオンの劇場内なのだと。

「しらなーい」

 支配者は肯定も否定もしないが、間違いはないだろう。

「……本題に入るわ。だから機嫌を直してくれると助かるわ」

「いや、きみのせいなんだけど。……ううん、いいや。わかるよ。きみの聞きたい事。きっとこうだ」 

―まさか、今日の内に結末を迎えるつもりではないか。

 いつもなら何日かは様子を見ているはずだ。その間に、その人物の記憶やら存在やらが周囲から消滅していってしまう。それがレオンはどうだ。一気に注目され、話題の人物になったのは今朝方だ。いきなり当日だった。

「一応、昨日も見てたんだけどね」

「!」

 はっきりとは言わない。だがアマリアは悟る。肯定もされた同然であると。

「というか、本当は見るまでもないと思ってた。個人的にも許せないやつだったし」

「あの着ぐるみの方々、かしら」

「……さあ」

 支配者の彼は顰めた顔で着ぐるみ達の残骸を見ていた。それをアマリアは気が付いていた。それにこうだともアマリアは思う。あの着ぐるみ達もこの少年のことを慕っている。彼もレオンの所業を許せないのだろう。はっきりとした答えではないものの、彼女の中ではそう結論づけた。

 支配者は続ける。

「形式はのっとらないとだから。ちゃんと見てたよ。もちろんあいつは危険だった。―この学園にはいてはいけない」

 それでも、とアマリアは反論しようとする。だが、次の支配者の発言によって彼女は言葉を失ってしまう。

「『四つ星公演。レオンおにいさんの!たのしいたのしい―』。……相変わらずふざけたタイトルロール」

「……!?」

 四つ星。確かに支配者はそういった。おかしいとアマリアは思った。レオンの公演は二つ星だったのではないか。

「……」

 アマリアは観客席を見渡す。彼らが微動だにしないのは、どうせまた支配者が時間に干渉しているのだろう。それはアマリアにとっては些細なことただった。それどころではなかった。

 観客数が今までの公演での比ではなかった。アマリア達が来場したあとも増加し続けていた。だからこそ跳ね上がったのだろう。それはアマリアも実体験していたことだった。秘められた某令嬢の公演で、星なし公演が一つ星公演となっていた。それは観客が一人増えたことによるものだった。だから初めてではない。

 それでもこれだけの観客を納得させなければならないのか。未知数である『四つ星』という言葉にもアマリアは慄いてしまう。

「……」

「……きみもわかっているんじゃないの?」

「……」

 黙するアマリアに対し、支配者は優しめに話しかける。労わるような語り口だった。

「ねえ、アマリア。きみがお人好しなのは知っている。けれど、あの令嬢達のように同情できる面があるわけでもない。きみが心を砕く必要なんてないんだ」

「……」

「うん、わかるよ。ぼくを思わず発見したからさ、つい勢いできちゃったんでしょ?今なら引き返せるよ」

「……」

「わかってよ、アマリア。きみにこの公演は荷が重すぎるんだ。だから……」

 アマリアは沈黙を貫く。そんな彼女を心配しつつも、気分が良くないのは支配者だった。

「……もういい。強制的につまみ出すから。つか、きみが出るまでもない。もうぼくの中では決まっているんだ」

「……ふふ」

 ようやく反応があったと思えば、アマリアは小さく笑っていた。支配者はそれをおかしいと思いつつも、いつものように暴れる気配もない。

「きみには無理なんだ。今回ばかりは無理。きみにとっても手を差し伸べたい相手でもないでしょ」

 ここまで大人しいと不気味になってきた。それでもアマリアに対してこう主張する。

「きみに結末を渡したくないんだ」

「……ふふふ、いやね。ふふふふ」

「アマリア?」

 アマリアの笑い声は次第に大きくなっていく。そして、ようやく視線の照準を支配者に合わせた。

「ご忠告ありがとう。けれども、あなたって私のことわかってないのね。―レオン・パルクス・シュルツがとてつもなく酷い人なんだとしても。……たとえ、四つ星公演だとしてもそうよ」

「きみはなにを……」

「関係ないわ!ええ、私は彼をよくは知らない。もう、この公演で彼を掴むしかないわね。だからなんだというのかしら。そうよ、あなたの思い通りになんてさせない。―この物語の結末は私が決めるわ」

 アマリアは言い切った。こうなったら引かないということは支配者は重々承知だ。こうなったら強制的に退場させようとするが。

「あら、怖いのかしら?あなたの超展開を上回ってしまうのが!あなたの立場がなくなってしまうわね!」

「……安い挑発」

 彼女の声が震え上がっている。緊張で息も荒い。そんな自分を落ち着かせる為に、胸元に隠された婚約指輪あたりに手を当てている。支配者から見れば、彼女が強がっているのは明白だった。それでも。

「いいよ、乗ってあげる。ぼく知らないからね」

 支配者はひとまずは静観することにしたようだ。

「そうそう、一応言っておく。相手が何をしてくるかわからない。だから、いざとなったら。―ぼくも干渉させてもらう」

「それは……」

「アマリアってば本当にわかっていないと思うけど。……何もウサギ達だけじゃない。アマリアが辛い目に遭うのは見たくない」

「……」

「ぼくは十分譲歩している。きみは?」

「……わかったわ。随分とお優しいのね。私のことなんて放っておいてもよいのだけれど」

「そもそもアマリアが大人しくしてくれてればいいんですー。じゃあ、そういうことで」

「ええ」

 それで良いとアマリアも覚悟を決める。

 あとはレオンだ。レオンの姿が見当たらない。

「―ねえねえ、話終わった?」

「!?」

 アマリアは背後を振り向く。レオンがすぐ後ろにいたのだ。いつからはわかないが、その存在にアマリアは全くもって気がついていなかった。彼も迷彩服に首元にはゴーグルのようなものをかけている。そして、彼が手にしているのは。

「あのご令嬢もそうだったよね?あいつ、どうにかしないとさ。……俺って、消えるみたいだね」

「いえ、あの少年をというよりは―」

 間違ってはいない。だが、肝心なところが抜けている。どうにかしないといけないのは支配者だけではない。そのことを伝えようにもレオンはアマリアに目もくれず。

「……生死がかかってんなら、別物」

 低い声でレオンはそう呟く。そして手にしていた物、武器を掲げる。

「要はあいつ、ぶっ殺せばいいんだっけ!?」

「レオン様!」

 レオンは勢いに乗って足場を見つけては建物の上を飛び交っていく。一層高い建物の屋上に立ったレオンが支配者に向けたもの。―それはマシンガンだった。

「……!」

 といっても、アマリアは書物でしか見たことがなかった。銃という言葉しか彼女は知らない。自国では使用が禁じられ、また、研究もろくに進められていない。そんな代物をレオンは難なく扱えるようだ。

「ばいばーい!」

 迷いもなく支配者に向けて連射した。支配者は避けることはない。逃げ遅れたかとレオンは薄く笑うが。

「……鬱陶しいからやめて」

 支配者は手をかざしながら、銃弾を弾き飛ばしていた。

「あっそう。じゃあ、やり方を変えるか」

 レオンは腰のベルトからナイフを取り出した。直接手にかける方針に変えたようだ。

「だからさ、ぼくじゃ意味ないんだって」

 うんざりといった態度を支配者は隠さない。それでも説明はしてやることにしたようだ。

「きみがどうにかしないといけないのは。……っと」

 観劇に徹することにした支配者は、わざとらしく両手を口で覆う。その仕草にアマリアは腹は立ったものの、代わりにとレオンに説明をする。

「……まあ、あの少年も元凶ではあるわ。でもね、あなた。いいえ、あなたに限った話ではない。私達がどうにかしなくちゃならないのは観客でもあるわ」

「観客?……ああー」

 時間はいつの間にか戻されていたようだ。観客達が顔を引きつらせながらも、様子を見守っている。

「あいつらをどうにかしなくちゃいけないってこと?まあ、人数多いけど。やれなくはないかな」

「……レオン様、まさか手にかけるとでもいうの?」

「うん。……消えるわけにはいかないから」

「……」

「それにさ、あいつら?こっちが大人しくしていたのをいいことに、なにあの態度」

 再びマシンガンを構える。今度は観客達に向けてだ。

 観客席では悲鳴が起こる。これは舞台上の出来事のはずだ。だが、レオンが殺気立っているのは事実だ。

「……あら、『馬鹿なこと』をなさるのね」

「……あ?」

 アマリアがそう口にすると、レオンに凄まれてしまった。日頃のにこやかなレオンの面影などない。けれど、アマリアとて下がるわけにはいかなかった。たとえ夢の中でも手出しされるわけにはいかない。

「それで良いのかしら?いい、レオン様?要は彼らよ。今から私達は彼らを満足させなきゃいけないの。―彼らに否定されたら」

「アウトってわけ」

「ええ。話が早くて助かるわ」

 話が伝わったことにはアマリアは安堵する。多少は話が通じるのだろうか。ならば、とアマリアは交渉しようとする。

「レオン様、あなたは抗おうとしている。だからこそ、提案があるの。私達、協力した方が良いと思うのよ。そうすれば―」

 レオンはこの公演を乗り切ろうとする意志は残っている。無謀な格上公演をこなそうとしているのだ。アマリアはこの際手段を選んではいられなかった。

「やだ」

 だがレオンは一蹴した。鼻で笑いながらである。

「まあ、情報はどうもです。……あいつらを楽しませればいいってこと?」

 それならばと、レオンは指を鳴らす。沸いて出てきたのはウサギの着ぐるみ達だ。

「あのウサギ軍団?便利だよね、無限沸きするし。勝手良すぎ」

「!」

 躊躇いもなく着ぐるみ達に向けて発砲した。次々と倒れ落ちていく着ぐるみ達。

「惨いことを……」

 着ぐるみの頭部ジャグリングをしようとしたこともそうだ。着ぐるみ達も生物なのかそうでないかはわからない。だが、何であっても迷うこともなく破壊しようとする。どれだけ残酷なのだろうか。

「なんで?いいじゃん。―夢の中なんだし、何やったって自由でしょ」

「えっ……」

 レオンがさらりと言った事だったが、アマリアは聞き逃さなかった。レオンはここが夢の中だと自覚しているのだろうか。

「アンタをずたぼろにするのもね」

「……すんなりとはさせないわよ」

 二人に力量の差があるのは歴然だ。それでもアマリアは大人しく屈する気はなかった。

「ふーん……」

 品定めするかのようにレオンは目の前の少女を見ていたが、ふと何かを思い出したようだ。

「……アンタってさ、いつも間違えているよね」

「急に何を言い出すの」

「いや、そういえばって思ってさ。まず、カレーを食べてた時もそうじゃん?」

「カレー?」

 月初の市の話だろうか。あの時は確かレオンと賭けをしていた。どちらが激辛かというものだった。

「……アンタが最初に選んだのが、実は激辛だったんだよね」

「いえ、あれは―」

 結果としてはアマリアが普通のカレーを食べることは出来なかった。だが、思い返すと確かにレオンの言う通りだった。クロエの話で気を逸らして皿を変えたこと。次はレオンの分を食べようとした時、目をつぶったのはアマリアだ。その時にすり替えられていたことも十分に考えられる。レオンが表情を変えずに激辛を食べていたのも、店主の態度からして実際そうだったのだろう。

「他にもそうだな。『レオン』がそれとなくアンタに視線を送っていた。アンタがもし気にかけてやってたなら」

「……」

「何か、変わっていたかもね」

 確かにそうだ。助け船を求めていた時もあったはずだ。だが、アマリアはそのサインを結局見過ごすことになってしまった。

「アンタは昨夜、違う公演に出向いた。―二つ星、昨日の時点ならもっとどうにかなってたんじゃない?」

「……ええ、昨日ならもっと違っていたわね」

 よりによって四つ星公演になった日に挑まなくてはならなくなった。レオンは笑う。

「わかってんじゃん。アンタは間違え過ぎなんだよ」

「……ええ、そうね。間違えたばかりね」

「俺のことばかりね。……だからさ、さっきのショタが言ったのもそうだけど。アンタには無理なんだよ。俺の事もわかってない。絶望的に選択肢を間違える。ギャグかってくらい」

「ええ、私は間違えてばかり……」

「無理ゲーすぎない?―アンタに何が出来るっていうの」

「……」

 アマリアは地面を見た。あの時ああしてれば、何か一つでも間違えてなければ。ここまでの事態にはならなかったのだろうか。

「あー、別にアンタを責めてるわけじゃないから」

 相手が気落ちしていると思ったのだろう、レオンは体を屈めてアマリアの顔を覗き込む。だが、アマリアの顔つきはどうしたことか。へこんでいる人間がする表情ではなかった。

「―それでも結局違ったじゃない」

「……は?」

 彼女は笑っていた。ようやく顔を上げて、そしてレオンと向き合う。

「結果的には私、食べてないじゃない。確かに間違えてばかりよ。でもこの際いいじゃない。こうなったら結果を出すしかないわ」

「それ、減らず口ってやつじゃね?」

「どうとでもどうぞ。私はこの公演を乗り切ってみせるわ。観客達もそうだけれど。―何よりもあなたを納得させてみせる」

 そこにあるのは強い意志だ。アマリアなりの決意表明だった。

「……ははっ。あははは!」

 レオンにはどう届いたかはわからない。彼もまた、笑うのみだった。

『四つ星公演、レオンおにいさんの!たのしいたのしいさーかす―』

 宙に描かれるのはこの公演のタイトルだ。これまでは前座に過ぎない。

「あーあー、何やってんの?」

 レオンは溜息をつきながらも、小さな銃を宙に向けた。

「……タイトル。肝心なとこ違うじゃん?」

 そうして彼は文字の一部分を打ち砕いた。アマリアは息を呑む。

「そうそう。アンタも気をつけなよー?……巻き添えで殺られないようにね」

「ええ、肝に銘じておくわ」

―四つ星公演。『レオンおにいさんの!たのしいたのしいさつりくしょー!!』。上演開始。

始まりました。

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