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公演の前座

「どうもどうも!ご来場ありがとうございまーす!」

 陽気に響き渡ったのは、レオンの声だ。照明はただ一つ。レオンにスポットライトが当たる。ピエロの恰好をしている彼が観客に向けてお辞儀をしていた。

「では、まず会場をあっためまーす!って、もうすでにあっついけどねっ」

 前説しながらも、レオンはジャグリングをしてみせる。鮮やかな手さばきだった。次は玉乗り、そして空中ブランコなど。レオン一人で行われているが、見る者を飽きさせることはない。

 まさしく、楽しい楽しいサーカスショーだった。

「……」

 アマリアは彼を見守る。ただ静かにそうしていた。

『なにがしたいの、アンタって』

 レオンの言葉を反芻する。アマリアは何がしたいのだろうか。その場で留まっていられなかったから、こうしてレオンの劇場へと赴いた。そして、今こうして大人しく見ている。

「私は……」

 こうして『レオンの二つ星公演』を観ている。静観していた。

「……私は」

 一つ星であるダミアンの公演を失敗で終わらせてしまっていた。それ以前も、自分の公演においては望まない結末を迎えてしまった。

「……」 

 何がしたいのかではなく、何ができるのか。そして、何ができるというのか。その思考に囚われてしまった。

「アマリア様」

「あっ……」

 フィリーナにずっと見つめられていた。アマリアはそのことに今になって気がつく。

「……アマリア様が望むようにして欲しい」

「私が……?」

「その方がきっとうまくいくと思うの」

「フィリーナ様、その」

 ありがとう、という声が掠れてしまった。だが、フィリーナには伝わったようだ。

「いけない。気を強くもつわね」

 アマリアは今度こそ、レオンの公演に集中する。レオン自身はというと。フィリーナの時より更にわからないことだらけだ。

 それに例の少年もそろそろ動き出すだろうと、アマリアはふんだ。レオンもまた悪い意味で注目されている。そのようなレオンは学園にそぐわない。そう言い出すだろうと、アマリアは頭を抱えた。

「今はそれより―」

 レオンが一通り芸を披露して、観客達を大いに賑わせていた。そんな彼の元にやってきたのが、ウサギの着ぐるみだった。すっかりレオンの手駒のような存在になり下がっていた。

 アマリアは着ぐるみをまじまじと観察する。彼女はおかしいと思った。こうも生気がなかったのかと。もっとアマリアに悪態をついてきたり、恐怖に怯えたりと感情豊かだったはずだ。アマリアに対してのみ反抗的かと思われた。だが、ここにいるウサギの着ぐるみ達はどうやらそうではないようだ。

「みんなはあったまったかなー?」

 レオンが会場に呼びかけると、大きな反応が返ってきた。最前列も。中央の席も。左右や後方の席も。生徒達の反応は上々だった。特に初めて観劇した生徒達が盛り上がりをみせている。

 あの毒舌少年といった、観劇二度目以降の生徒達は大人しいものだった。彼は口だけで何かを言っていた。おそらくこうだ。―これから本番だ、と。

「うんうん。そっかー。いいね。いいなぁ。……俺も早くあったまりたいなっ!」

「ひいっ!」

 劇場内に悲鳴が響いた。アマリア達も口元を手で覆ってしまう。

「なになに、今更なに?」

 レオンは冷酷な笑みを浮かべている。そんな彼の足元にあるのは。

 ウサギの着ぐるみの。

「いや、まじ今更でしょー」

 頭部だった。レオンが蹴り飛ばしたのだ。舞台の上に転がっていく。

「そこのオマエ、こっちに投げて!」

 新たに現れた着ぐるみにそう命じる。命令に従う着ぐるみからそれを受け取ると、蹴り上げ、そしてジャグリングをしようとするが。

「って、これ大きすぎっしょ!あははっ」

 彼が言うようにサイズが大き過ぎて、うまく出来なかったようだ。笑いどころだとアピールするが、観客達誰一人として笑っていなかった。

「って、会場の空気ひえっひえ?なんか引かれてる?なんで?……こういうの期待してたんじゃないの?」

 レオンは隠し持っていたナイフを観客達に見せた。一本のナイフが彼の手の動きにより複数に増える。それをあろうことにも連続で観客席に投げつけていく。

「ひいいいいい!」

 うまいこと、といっていいかはわからない。だが、客と客との間にナイフは投げつけられていた。その内の一本は毒舌少年の隣にも刺さっていた。少しでも動いていたら当たっていただろう距離だった。

「―こういうの、お好きなくせにぃ」

 蠱惑的に笑う彼を見て、会場中が惹きつけられた。残酷で、それでも見目の良さから見惚れずにはいられないのだ。

「次は。……あ」

 こんな時にアマリアは彼と目が合ってしまった。レオンはにやりと笑うと、アマリアにナイフの切っ先を向ける。それを上下にゆらゆら揺らしている。

「へえ、来てたんだ。……ねえ、アンタはこっちに来ないの?」

「……何のことやら」

「とぼけちゃって。乱入しないの?―どこかのご令嬢の時みたく」

「何を……」

「!」

 アマリアも、隣にいるフィリーナも反応する。レオンがどこまで知っているかはわからない。

「まー、その子の時みたくなるとも限らんし。昨日違う公演行ってたでしょ?どうせうまくいかなかったんじゃないー?」

「……」

「でもさ?ほら、俺の時はラッキーでうまくいくかもじゃん?ほらほら、こっち来なよ」

「……」

 それにこれは挑発だ。

「はいきた、ガン無視っ!」

 しらを切るアマリア相手でも一人盛り上がっていた。だがひとしきり笑ったあと、急にしおらしくなった。

「……なんか、調子上がんなくてさ。アンタでも遊びにきてくれたらって思って。あ、そうだ!」

 ナイフを地面に放り捨てると、レオンは客席に向かって歩いていく。方向はアマリアのいる方だ。アマリアはたじろぐ。

「な、何なのかしら」 

「こっちまで引きずり込んじゃえばいいじゃんね」

「ちょっと……」

 軽い口調で言うレオンはどこまで本気かわからない。だが、そうしようとしていることは確かだった。心構えが出来てないのにとアマリアは困惑する。

 その時だった。

「……っ!」

 レオンは前方からの風圧で飛ばされそうになる。受け身はとったものの、邪魔立てが入ったとレオンは忌々しげに上を見上げるが。

「……うん、いいや。結果オーライ。そっちが釣れるとはねぇ。昨日は見てるだけだったのに、今日はどうしちゃったのかなー?」

 ご機嫌なレオンとかわって、虫を見るような目で見下ろしていたのは。

「……観客に手を出すの、やめてほしいだけ」

 学園の支配者たる少年だった。いつもの王冠にマントという王子様然した格好だった。―彼が今、レオンの舞台に出現している。彼が昨夜、監視しにいっていた公演はレオンのだったのだ。

「……!」

 誰より強く反応したのがアマリアだった。支配者がいる。彼が、いる。

「彼がいる……。いえ、きっといつもの高見の見物に決まって。いえ……」

 アマリアははっとする。本当にそうなのだろうか。見物だけで済むのだろうか。

 今夜の公演は何かが起きる。アマリアは漠然と、けれどもどこか確信めいた予感がしていた。この公演を逃せば、今度こそ―。

「……アマリア様?」

 隣のフィリーナが心配そうにしている。アマリアがどこか遠くを見ている気がしたからだ。

「……フィリーナ様、私」

 そんなフィリーナに向けて、アマリアは微笑んでみせる。

「―行ってくるわ。だからお願い、見守っていて欲しいの」

「アマリア様!」

「……」 

 最早フィリーナの声が遠くにあると思えた。アマリアは混み合う劇場内を疾走していく。後ろからはフィリーナも追いかけてくれてはいる。けれどもアマリアには追いつくことは出来なかった。

「ええ、フィリーナ様。―それに」

 駆けるアマリアに呼応するように、胸元のネックレスが揺れる。そこに鎮座する壊れた婚約指輪が薄く光った気がした。『彼』を感じ取れた気がした。

 フィリーナ。そして、名前も顔も知らない彼。幼い頃のおぼろげな記憶が頼りの彼の存在。そんな彼らがアマリアに勇気を与えてくれる。

「……やっぱり、きみは来るんだね。アマリア」

「ええ、その通りよ」

 アマリアから婚約者である彼の存在を奪った支配者。彼こそがアマリアを駆り立てる。失敗してしまった一つ星公演のこと。得体の知れない目の前の主役のこと。そうした恐れも静まっていく。。

 アマリアは今、舞台へと上がった。


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