開演前ーレオンー
劇場街の入口にて。すでにフィリーナが待っていた。二人は会釈する。
「見て、アマリア様」
「まあ……」
たむろしている生徒の数が極端に少ない。どこか劇場街が暗く淀んでいるかのように見えた。
「行こう」
「ええ。よろしくね」
フィリーナの道案内を頼りにレオンの劇場へと向かう。裏道を通って、すんなりと辿りついた。フィリーナは随分と精通していた。
「こちらがレオン様の―」
これだけ目立つ建物をよく見過ごしてきたものだ。暖色の大型のサーカステントだった。かなりの収容人数になるだろう。辺りにはウサギの着ぐるみも多く配置されていた。彼らは風船配りやパフォーマンなど、集客に徹しているようだ。
「……もうどこいったのよー、あいつ!」
ウサギの着ぐるみの中で、一人違う動きをしている存在がいた。誰かを探しているようだ。この声はアマリアが一番面識がある着ぐるみだった。
声をかけようにも、彼女は着ぐるみ集団の中に埋もれていく。アマリア側も予定があったので、探し人が見つかることを祈りながらも離れていった。
かなりの生徒がやってきている。こうして二人が観察している間にも、まだまだ集っていた。
人並みにもまれながら、ようやくサーカステントの入り口までやってきた。そして立て看板に着目する。
ランプはフィリーナの前情報通り二つだった。そしてタイトルロール。
「レ、『レオンおにいさんの!たのしいたのしい』―あら?」
アマリアは読み上げ途中で止まってしまう。続きの部分が何重にも塗りつぶされていた。
「さーかす、じゃない?」
フィリーナが言う通り、荒い表面の上にそう書かれていた。
「ありがとう。えっと、『さーかす』で。『レオンおにいさんの!たのしいたのしいさーかすしょー!!』」
「……」
「……」
と、書かれていた。二人して沈黙してしまった。
「アマリア様、今度こそ行こう」
こうしていてもいられない。二人は足を踏み入れる。
テント内に入るとすぐ、円形の舞台が見えた。肝心のレオンはまだいないようだ。
「あつい……」
そう言ったフィリーナが手であおいでいる。アマリアもそれは同感だった。テント内は蒸し暑かった。室内はほぼ満員だった。より多くの人に座ってもらう為なのか、椅子はスツールだった。間隔はほとんどなく、ぎゅうぎゅう詰めだった。
アマリア達が入場したあとも、まだ生徒が詰めかけてきた。まだまだ来場者は増えそうだった。生徒達の興奮は冷めやらない。ますます場内は熱気に包まれていく。
―あら、貴方初めて?わたくしもなの。
―はい。実はそうなんです。今一番アツいじゃないですか。話題だし!
―私も私も!別に興味なかったんですけど。推しはあの方だし!でも、ここは押さえておかないと!
―あたしはファンだったよ。今は違うんだけど気になっちゃって。何かの間違いじゃないかなって、実は思ってる。
彼らは初めてレオンの公演を観に来たようだ。二つ星になるほど、そこそこ有名な公演ではあった。けれど、こうも衆目に晒されてるようになったのは最近になってのことだ。
「座れそうにないねぇ」
「ええ。まだ増えるのね……」
「もっと奥の方ならどうだろ。隅っことか―」
「……はっ。初見組はのんきだな」
フィリーナが席を物色している間、斜に構えた男子生徒を発見した。彼は暗い表情でぶつぶつ言っている。
「……あいつら、何も知らないんだ。一度も観たことがないから、ああしていられるんだ」
「―ってことは、あなたはリピーターさん?癖になってるの?」
「フィ、フィリーナ様?」
アマリアはびっくりした。フィリーナはそれとなく男子生徒に近づき、なんてことなく男子生徒に話しかけていたからだ。話しかけれらた当人は当然、ぽかんとしていたが。
「……あ?あー、最高の令嬢様か。オワコン令嬢が話しかけてきたんだけど」
「む」
フィリーナは膨れるのみだったが、アマリアは異を唱える。
「オワコンって無礼じゃないかしら。ましてや初対面の相手でしょう?」
「って、モブ悪役令嬢に言われても」
「も、モブですって……?」
なんて口の悪いと呆れるが、それと同時にアマリアはある疑問が浮かぶ。それをフィリーナに確認しようとしていたが。
「ひとまずは失礼致しました。……ねえ、フィリーナ様?のちほどお伺いしたいことがあって。……って」
「……失礼致しましたわ。うふふ、お楽しみになられてましたのね。それではわたくし達もこれにて。ごきげんよう」
誰だ。フィリーナだった。嫌味なまでに極上な笑顔を相手に見せていた。本人が自分の美貌を自覚しているからこそ、このような手に打って出たのだ。
「お、おう……」
たじろぐ男子生徒に対してフィリーナは微笑んだまま。そうしてアマリアを連れて去っていった。その瞬間鼻息が荒かったが、アマリアは見なかったことにした。
「オワコンじゃないし。オワコンじゃないもん。……で、アマリア様?聞きたそうにしてる。何となく想像つく。わたしが、役として認識されていること」
「え、ええ……」
「……。わたしもよくわからない。他の子は違うと思うけど、わたしは認識されるようになってた」
「そんな……」
フィリーナ本人が自力で気付いたようだ。フィリーナは濁してくれたが、アマリアは自分が関与したからだと思い当たる。今度はフィリーナから質問をぶつけられた。
「でもまあ夢の中だし、割り切る。わたしはアマリア様の方が不思議。あれだけ悪役ムーブしたのに。悪名高くなっているはずなのに」
「ええ、不思議だわ。悪目立ちをしていたでしょうに」
「アマリア様、暴れ回っていたから」
「ええ、否定出来ないわ……」
結局、結論はあやふやなままだった。席も座れそうになく、ひとまず立ち見となる。テント内も薄暗くなってきた。開演前ぎりぎりでも来場は続いた。そして。―じきに始まる。
「それでもね、あなたがわたしを救ってくれたのは本当だよ。だからこそ―」
フィリーナの声が途切れる。軽妙な音楽が流れ始め、場内の照明は完全に落とされる。