靴とクロエ
あのあと、門限が迫っていたので解散となった。フィリーナとは劇場街で落ち合うことになった。待ち合わせ場所は一番確実な入口付近だ。
「……なんということでしょう」
アマリアは脱力感と共に寮に帰ってきた。原因はフィリーナから聞かされた内容だ。レオンの公演名を知った時、本当に全身の力が抜けそうだった。彼らしいといえば彼らしいタイトルロールではあった。
「……」
それが不気味でもあった。
「おかえり、門限破りさん」
「きゃっ!」
アマリアが考え込んでいると、クロエが下から顔を覗かせてきた。突然のことでアマリアは軽く悲鳴をあげてしまう。
「し、失礼致しました。ただいま戻りました」
「意外。アマリアさんって悲鳴可愛いんだね」
「失礼、あまりにも驚きましたので。らしくないと思ってはおりましたが、おかしくないということですね」
「まあ、予想外ではあるよね」
「なんと」
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったね」
いたずらに笑ったあと、クロエは一歩下がった。アマリアはこれで一安心とはならなかった。門限破りという言葉を耳にしたからだ。
「ああ、確かにそうですね。生徒会の規則で早まっておりますから。申し訳ありませんでした、クロエ先輩」
「ああ、それ冗談」
「冗談、でしょうか」
「うん。寮の中でまで適用する気はありませんから。まあ、目をつけられない範囲でだけど」
「まあ、クロエ先輩ったら……」
クロエはからかい目的で話しかけてきたようだ。そんな彼女はどこかに出かけるようだ。聞くところによると、寮の上級生を連れ立って満月寮に出かけるとのことだった。定期的に会合があるそうだ。
「お気をつけて。もう不審者はいないとは思いますが、もう暗いのですから」
色々と判明した今となっては、安心して送り出せる。もう大丈夫なはずなのだ。
「うん、ありがと。私も一応武道の心得はあるんだけどね。気をつけるに越したことはないもんね」
「なんと!クロエ先輩はどこまで素敵であらせられますか!」
「うん。ありがと」
いわばギャップ萌えというものだった。悶えるアマリアを適当にあしらうクロエ。
「安心致しました。学園に平穏も戻ってくることですし、いたずらに不安に悩まされることも」
そうなるはずなのに、まだ不安がアマリアの心内から消えてくれない。
「……」
「……アマリアさん」
そんなアマリアをクロエはじっと見つめていた。クロエは心配しているのだろうか。この様子のおかしい後輩のことを。
「……ああ、クロエ先輩。引き止めてしまいましたね。先輩方にもよろしくお伝えください」
「……靴」
クロエの視線はアマリアの靴元へと向けられた。何の事だかアマリアにはわからない。
「指定のブーツ。ちゃんと手入れしているのかな、状態綺麗だよね」
「それはつまり。お褒めにあずかり光栄です、で合ってますでしょうか?」
突然褒められたことに驚きながらも、アマリアはお礼を言う。クロエもそうだと頷いた。
「ずっと気になってたんだ。……アマリアさんって、しょっちゅう走り回っているから。の割にはちゃんとしているなって」
「いえ?それほどでも?」
「ううん。それこそ自覚してください。っと」
寮の先輩達が連れ立ってやってきた。クロエが遅いと軽く怒るが、彼らは悪びれもない。アマリアと挨拶を交わした彼らは、満月寮へと向かっていった。
「……クロエ先輩」
クロエは何かを察した。靴に触れたこと、それは。クロエなりの話題そらしだったのかもしれない。
エディの部屋の前も訪れたが、彼からの返答はなかった。劇場街で会えるかもわからない。彼の安眠を妨げる気もなかったので、アマリアは無言でその場をあとにした。
自室に戻り、就寝の準備を終える。
「……フィリーナ様もいてくださる。心強いわ。これも解決の一歩となるはず」
未だあの支配者がどう出るかはわからないが、まずはレオンの劇場を確認することが先決だ。
ベッドに入り込んだアマリアはすぐ眠りに落ちる。今宵も劇場街へ。