みんなのレオン君、崩壊
「……」
この現状にアマリアは眩暈がしてきた。ふらつきながらも、アマリアは廊下へと躍り出る。
「よく飽きないものね」
と言いながら、ビラを回収していく。外しても外しても減った気がしない。それでもアマリアは手を止めない。
「あら、同類がいらっしゃるじゃない」
「うふふ。仲間意識ってやつかしら」
女子生徒達が嘲笑う。
「どうとでも言うがいいわ」
アマリアもされたことだ。決して気分がいいものではない。だが、アマリアは相手にすることはなかった。そんな彼女の反応がつまらなかったのか、女子生徒達はアマリアに対する興味をなくす。
今はとにかくレオンのことだった。
「……そうだと思った」
一人の生徒を皮切りに、廊下にいた生徒達は一斉に噂話を始める。
―うん、不思議と納得いく。いかにもやりそう。
―嘘くさいって思ってた。いい子ぶってるじゃん、あいつ。
―なんか、自分を見せないっていうの?……ああいうやつほど、裏の顔ってやばいと思う。他にも絶対なんかやってるでしょ!
―ああ、嫌ですわ。わたくしも軽々しく声を掛けられましたが、ほんに相手しなくて良かったですわ。どれだけの乙女を泣かしてきたのかしら。
噂話はやまない。アマリアは一心にビラをはがす。見かねた会長が部屋から出てきた。
「……失礼。憶測に過ぎないことを声高に言うのはいかがなものか。それに、彼に対する処断は我々に委ねられている。―当然、君でもない」
「まあ。わざわざ私をみるのね」
「ふん!」
「……我々、ね」
アマリアは何とも言えない気持ちになった。他の生徒達はというと、面倒くさい会長の登場に、うんざりしつつも大人しくはなった。生徒会に権力があるのは事実だ。
「憶測じゃないけどねー」
その人物の呑気な喋り方は場にそぐわなかった。レオン当人がおでましだった。
「絶対生徒会に呼び出されるって思ったから、こっちから来てみたー」
この場の中で一人、にこやかだった。こうしてみるといつものレオンそのものだった。
「……」
「……」
それが不気味で仕方なかったようだ。あれだけレオンを悪く言っていた人々も黙り込む。
「え、なになにどうしたの?みんなさ、本当のこと言ってただけじゃん?ほら、続けて続けて。俺、全然気にしないからさ」
「……」
「……」
いざ、元凶を前にすると彼らは口には出せないようだった。誰しもが沈黙する。
「って、リリーちゃんさぁ?告げ口したでしょー。ひどくね?」
「っ!」
レオンがリリーを認識すると、ゆらりと近づこうとする。生徒会役員達が少女を守るように立つ。
「言ったじゃん。恥ずかしいからやめてって。なんか自分が助けたってアピールすんの、恥ずかしすぎるじゃん?だからさー……」
へらへら笑っていたレオンだったが、表情が消えていく。
「……めんどくせ。いいわ、普通に聞く。あのさ、なんで言ったの?……なかったことにしたかったのに。もう、みんなに知られちゃったじゃん」
「そこまでも含めて話を聞かせてもらおう」
「は?……はあ、会長のおでましかぁ」
レオンに話しかけてきたのは会長だ。こうして彼がレオンの注意を引く。その間にリリーを女子役員が連れ出していた。
「やだな、会長ー。人助けだってば、人助け。もうこの際さ、人助けってことで」
「ならば、最初からそう言えばいい。何を恥じることがあるというのだ」
レオンはさっさと話を切り上げようとしていた。会長の方はというと、引き下がる気はない。
「……めんどくささの極み。はい。じゃあ、人助けってことでおわり。俺、何も悪いことしてないから」
「……」
何も悪くない。レオンもそう言う。彼はリリーを助けたくて助けた。その結果、過度の暴行に及んだ。そして、いたずらに学園を不安にさせた。彼は本当は悪いのか。それとも悪くないのか。
「あー、ほらほら。始業のベル鳴るっしょ?ここは解散ということで」
「案ずることはない。特例で授業免除をしてもらえる。我々は生徒会だからな!」
「特権ずるくね?まあいいけど」
始業のベルではないが、予鈴は鳴る。生徒達は各々の教室へと向かうことになった。
「……態度を改めてもらう必要がありそうだ。是非とも君の真意を確認せねばなるまい」
「真意とか。……俺は普通に楽しーく。そうしてたいだけなのに」
「ふん。言っただろう。処罰の権限は我々に委ねられている。……あの蛮行にどういった意味が込められたか、追求させてもらおう。場合によっては、覚悟を決めておくように」
「……覚悟て」
レオンはぴくりと反応した。
「謹慎か。もしくは―退学かだ」
「……はは。退学ときたか」
軽く笑ったレオンだが、表情が険しくなる。レオンの変化は気になりはすれど、会長は提案をする。
「まあ、それは我々としても避けたいものだ。私は学園の同志たちを信じたい。君も婦人を助けたいがために必死だったとは理解している。……度は過ぎているがな」
「わかっているじゃん。俺、あの子を助けたんだよ?なに、この扱い」
「聞こえなかったのか。度が過ぎていると言ったのだが」
「……」
「相手が気を失った後も暴行を止めなかった。君は騎士として訓練も受けている。そのような人間性があるとなると、学園の皆に恐怖を与えることもあるだろう」
「……」
「君の主張も、もちろん耳を傾ける。だが、今回の事を踏まえてだ。君に誓約を誓ってもらう必要がある」
無言のレオン相手に、会長はそれでも話し続ける。そんな彼が提示したのは、一枚の誓約書だった。―今後、学園内での暴力行為を禁じる。破った場合は退学処分とする。そう書かれていた。
「君の為だ。君にとっても。そして、我々生徒達のとってもだ」
「……ふーん」
片手で乱雑に受け取ったレオンは、次の行動を取った。
「なんかさぁ、もうめんどくさいんだけど」
レオンは迷いなく誓約書を破った。そして半分に破ったそれを相手に突っ返した。その場にいた一同は唖然とした。特に会長はあまりにも度し難かったのか、頭に血が上っていた。
「な、ななな!」
「別にさ、サインしても良かったけど。んで、バレないように?裏でシメるとかやっても良かったけど。俺、安易にサインとかしない主義なんで」
「な、なにを言うか!」
「心配しないでって。俺、そんな誰にでも殴りかかったりしないってー。今までもそうだったじゃん?」
ねー?と笑いかけても、周囲は距離をとるばかりだ。
「なんだよー。みんな、『レオン君』大好きだったじゃん?」
誰も返答しようとしない。彼らは戸惑いの方が大きかったのだ。
「……だっる」
舌打ちしたあと、レオンは不貞腐れながら歩きだす。会長が呼び止めるも、彼は振り返りもしない。レオンの後ろ姿が遠ざかっていく。
「……」
アマリアはそんな彼を見つめていた。このまま何も出来ずにいるのか。
「……レオン様!」
焦燥感からか、レオンの名を呼ぶ。
「……なに」
心底面倒くさそうながらも、レオンは足を止めて振り返ってはくれた。
「あの……」
かといって、どう声をかけたらよいのか。あなたは悪くないと言うべきなのか。それとも署名をするべきだと言うべきなのか。声を掛けたのに。レオンも振り向いてはくれたのに。
「―何がしたいの、アンタって」
「!」
正論過ぎてアマリアは何も言えなかった。
今度こそレオンの姿を見失ってしまった。