異常者の正体
リリーを背負いながら、アマリアは生徒会室の前に立つ。お礼を言って降りたリリーは生徒会室のドアをノックした。中から返事がきた。生徒会役員からだ。
「はい、どうしましたか?」
さっきぶりの銀縁眼鏡の少年だった。生徒会役員である彼は、まずリリーに目がいく。渦中の少女だ。
「あ、あの、お忙しいなか恐縮です。あの、お話がありまして……!」
「これはこれは……」
当事者からの話となると進展が得られるかもしれない。部屋の奥からやってきたのは会長だ。彼は少女に目線を合わせるように身を屈めた。
「生徒の声より優先することなどない。よくきてくれた」
会長は真摯にそう言う。少女リリーには柔らかめに話しかけるが、背後にいたアマリアに対してはそっけなく話す。
「ああ、アマリア先輩か。おそらく親切を働いたとは思うが、君が立ち入るべき話ではない。ご退室願おうか」
「それもそうね。込み入った話でしょうし。……でも」
少女は人目を避けてまで、こっそりと会長の元へと訪れたのだ。アマリアはあくまで事後を目撃したに過ぎない。比較的第三者であるアマリアは、その場にいるべきではないのだろう。
「アマリア先輩、行っちゃうの……?」
「ああ、なんということでしょう……」
思った以上に少女に懐かれていたようだ。アマリアの手をぎゅっと握りしめていた。
「ううん、先輩。ごめんなさい、私一人でも大丈夫です。……私、一人でも」
元々は一人で乗り込むつもりだったのだと、リリーは主張する。会長を見上げる。
「うっ」
駄目だった。リリーは怯んでしまった。それもそのはず。
「ん、どうした?」
柔らかく接しているとはいえ、会長が醸し出す威圧感にリリーは圧されていた。このようなリリーを置いていくなどできるだろうか。いや、アマリアには無理だった。
「あの、皆さん?決して口外しないわ。大人しくもしています。同席させてもらえないかしら」
「君は第三者だ。退席してくれ」
間髪入れずに会長は断る。聞く耳を持たないではないか。アマリアは頭を抱える。そんな彼女をじっと見ていたのは。
「……会長、失礼します」
すっと間に立ったのはダミアンだった。
「本人もそう言ってますし。同席認めてはいかがでしょうか?」
「……ダミアン様」
アマリアは思わず彼を見た。
「む」
会長はダミアンの発言に顔をしかめる。
「ほら、アマリア嬢がいた方が話しやすいでしょうし」
「ふむ。うーむ」
会長は唸り続けるが、彼の中で結論を出したようだ。
「立ち話もなんだ、こちらへ。―致し方ない、アマリア先輩もだ」
「あ、ありがとう!お邪魔するわね」
「ふん」
つんけんしている会長の隣で、ダミアンは笑っている。うまく手玉にとっているではないか。そして、リリーもそうだが、アマリアにも配慮してくれたのだろう。
「……」
彼のこういうところは変わらない。アマリアは救われた。
中央にあるソファに座るように促される。座ったと同時に、役員の男子生徒に紅茶を振る舞われた。アマリア達はまずお礼だけ告げた。
「さて、落ち着いたらで構わない。話しやすいところからでも願おうか」
「はい……」
リリーは返事する。だが、すぐに口を噤む。それからは長い沈黙が続く。誰も口にしない紅茶は冷める一方だ。
「……アマリア先輩」
リリーはアマリアの手を握りしめたままだ。そしてアマリアを見つめたあと、一人頷く。ようやくリリーは心の準備が出来たようだ。
「私も勇気を持たなくちゃ……。会長、お話します。あの日のことを―」
あの日、一体何が起こったのか。リリーは語り始めた。
―月初の市が催されたあの日。リリーは親友とはぐれてしまった。そうして探している最中のことだ。ウサギの着ぐるみを着用しようとしていた男を目撃する。中の人物を見てしまったリリーはさらわれてしまう。そんな彼女を追いかけていったのはレオンだ。
「助けてくださったのはわかってます。だから悩んでました。……あの方は、恩人に違いありません。ですが、このままにしていくわけにもいかなくて」
少女は喉を震わせながらも、告げた人物の名前。それは。
「―レオン様、です」
「!」
一同絶句した。あのレオン・パルクス・シュルツが、と誰しもが信じられないという顔をした。あれだけ陽気で人好きのする彼が、あんな残酷なことをするのかと。
「……」
アマリアも最初は信じられないと思った。だが、心からそう思っていたのかはわからない。腑に落ちる点もあった。
「私を助けるためとはわかってます。ですが、ああまでしたのは―」
少女はもう一度レオンの名を告げようとする。だが、もうそれは出来なかった。彼の名を声にするだけでも、こうも恐怖に打ちのめされてしまう。
「……いや、わかった。よくぞ話してくれた。彼か。話す機会を設けよう。君のことは信じている。だが、彼の言い分も聞くべきだ」
「ええ、そうですね。今回のことはリリー嬢を助ける為ですから。諫めはすれど、彼のしたことは善意だと思いますし。……まあ、過剰防衛な気もしますけどね」
リリーはどれだけ勇気を振り絞ったことだろう。あとは生徒会が引き受けると、リリーに誓う。だが、当のリリーの顔は晴れない。
「あの方。……あの人は、なんなのでしょうか」
そう言いながらアマリアの手をより強く握っていく。リリーとしては、ここから本題なのではないだろうか。
「……あの人は笑っていました。一方的でした。相手が気を失ったあとも止めることがなくて。やっと、あの人は言ったんです。『ああ、やっちゃった』って。それで私には黙っていてほしいと」
―これじゃ『レオン・パルクス・シュルツ』じゃないから。『レオン』はこんなことしないからって。
「……」
意味がわからなかった。説明しているリリーもそう。状況を述べているだけで、何の事だかはわかっていない。
「改めて話をしてくれてありがとう。そのことを含めて慎重に進めさせてもらおう。まだ始業のベルまでは余裕がある。心を落ち着けていくといい」
リリーも話を伝えきることができた。話はひと段落したようだ。
「ああ、お茶淹れ直しますから」
そのためにダミアンは立ち上がる。アマリアはそれは悪いと止めた。
「いえ、大丈夫よ。まだまだ飲めるから」
「えっ、あっ、そうですね。うん、飲めますね」
リリーが慌てて便乗してくれたが、アマリアは今となって気がつく。これは令嬢としてどうだったのかと。あまりにも貧乏くさいのではないかと。その様にぽかんとしていたダミアンだったが、微かに笑う。
「……ですよねぇ、全然飲めますよね。うちの学園の人達、ばんばん捨ててますけど」
こんな高そうな紅茶なのに、とダミアンは座り直す。そしてアマリア達と共に温くなった紅茶を口にした。会長も空気を読んだのか、無言で口に含む。
リリーによって明らかになった。レオンも変に注目されたくなくて、また、後ろめたくて自分だと言わなかったのかもしれない。そこはうまく生徒会が治めてくれるだろうと、アマリアは思った。
「本日はありがとうございました。もう、私大丈夫です」
リリーはやっと微笑んだ。彼女も一人抱え込んでいたのだ。話せてようやく心を落ち着けられたのだろう。
「ふむ。リリー嬢はこちらで送り届けよう。体調が良くないだろうし、無理に授業に出る必要もない」
「い、いえ。私、授業に出ます。出られますから」
「無理する必要はない」
「……はい」
確かにリリーは顔色は悪いままだ。会長に説得される形で、彼女はこのまま帰寮することになった。送り届けるのは生徒会役員だ。少なくともレオンと話をつけるまでは、彼女を一人にしない方がいいだろう。
「それでは失礼しました。私はこのへんで」
アマリアはアマリアで一人教室に向かうことにした。あとは生徒会の範疇だ。彼女が出来るのは事態が鎮静化するのを祈るくらいか。
そうだ。レオンに関して出来ることなど何もない。―関わりたくない。アマリアの直な気持ちだった。
「そうよ、そのはず……」
関わりたくないはずだ。アマリアはそう自身を納得させた。退出しようとしたところでリリーが声を掛けてきた。
「アマリア先輩!あの、ありがとうございました」
「いいえ、私は何も。勇気を出したのは、あなたでしょう」
それでは、とアマリアは生徒会の部屋のドアノブに手をかける。
「ふう……」
この学園の噂の広まりやすさは尋常でないにしにしろ、今いるメンバーは口が堅いはずだ。ふとした拍子で知れ渡るかもしれないが、今すぐではないだろう。嵐の前の静けさは今だけだ。その場にいた全員がそう思っていた矢先だった。
扉を開けた先の風景に、アマリアは驚愕した。
「これはどういうことなの……?」
壁一面にビラが貼られまくっている。それらの内容は一貫していた。
「どうした、アマリア先輩。立ち尽くして―」
入口で動こうとしないアマリアを見て、会長も近寄ってきた。そして彼も目を見開いた。続いた役員達やリリーもだ。
―元凶はレオン・パルクス・シュルツである。
全てはレオンのせいと主張する内容のビラが、至るところに貼られている。あまりにも既視感のあるものだった。レオンの名前だけではなく、事件の全容も書かれていた。
―学園の人気者の知られざる一面。狂気の犯行。過剰防衛は言い訳に過ぎない。
「どうして……」
内容もさることながら、なぜこんなにも早く知られていたのか。リリーが口に出したのもついさっきのことだ。リリーが準備していた。いや、彼女のこれまでの様子を見ててそうとは思えなかった。アマリア達は必死な彼女を信じたかった。
登校時間を早めたのが仇となったのか、かなりの数の生徒達が登校してきていた。ビラを目にした彼らは、こうして事件の真相を知っていく。もう学園宙に広まるのも時間の問題だろう。
「……また、新たに盗聴器が仕掛けられていたか。先日見つけ尽くしたかと思っていたが」
会長は恨めしげに言う。そんな彼の様子からして、日常茶飯事だということをアマリアは悟る。
「……」
アマリアはこの学園を甘くみていたのだ。