彼の日常が続いていること
「はっ!」
アマリアは飛び起きた。いつものように寒い寒いといっていられない。朝食は抜き、身支度だけは整える。急ぎ向かうのは学園だ。彼女は居てもたってもいられなかった。
寮内の誰も活動していない中、こっそりと寮を発っていった。
学園の入り口に至るまで、生徒会役人数名を見かけた。彼らはこのような早朝でも活動をしていたようだ。道行く中、アマリアは挨拶をされた。気がそぞろながらもそれに応える。
「……」
吐く息が白くなる。静かな朝だ。
「ああ、おはようございます。アマリア嬢」
「あなた……」
玄関口の掲示板にて立っていたのは、ダミアンだった。何てこともなく、彼もまた活動に勤しんでいた。―普通に存在していた。
「あ……」
「おーい。起きてますかー?このような明朝に珍しいですね」
「いえ、おはようございます。たまたま早起きした、それだけよ」
相手が不思議そうにしていたので、アマリアも普通に挨拶で交わした。
表面はそう振る舞っていても、アマリアの心臓はばくばくしていた。取り返しのつかないことになりかけた。アマリアはちらりと彼が貼っていた掲示物を見る。内容は変わらず厳しい規則にまつわることだ。
「……」
変わらなかった。現状維持である。アマリアは今はそう思うしかなかった。アマリアは彼の仕事ぶりをただ見ていた。
「さてと。僕は戻りますね」
「お疲れ様です」
一通り貼り終えたようだ。ダミアンはアマリアに会釈をして、そのまま生徒会室へと戻っていく。アマリアも頭を軽く下げ、彼の後ろ姿を見守っていた。アマリアが思い浮かべたのは劇場街でのダミアンの姿だ。彼が頑なに言っていたのは。
「『悪いことはしていない』。それは確かにそうなのよ。……でも、今は」
生徒達も徐々に登校し始めていた。そして真っ先に彼らは掲示板を確認している。そして変わらないことに落胆していた。
いつまで続くのだろうか。まだなのか。まだ、あれだけの暴行を働いた人間は見つかっていないのだろうか。広い学園内とはいえ、警備の人間も日々捜索に渡っている。目撃情報だってあるだろうに、それが一切ないのだ。
いわば、犯人だ。この騒動の元となったのは侵入者ではあるが、あれだけの凶行をした犯人が見つかっていないこともある。正体すらわからない。正体不明なことがより生徒達の不安を煽っているのだろう。
アマリアは自分の階に向かおうと、階段を上っていた。ふと見上げた時、ある少女の後ろ姿を発見する。小さく幼い少女だ。一年生くらいだろうか。彼らの校舎は第二校舎となる。上級生が集まるこの本校舎にいるのは珍しい。
「……」
先行く少女の足が止まる。彼女は階段の踊り場で完全に立ち止まってしまった。アマリアは自然と追いつく形となる。
「あなた、どうなさったの?ご案内でもしましょうか?……あなた」
「アマリア先輩……」
騒動の被害者の少女だった。リリーだ。振り返った彼女の表情は固かった。アマリアの名を呼んだあと、俯いてしまった。リリーは緊張しきっているようで、足元が震えたままだった。
「体調、優れないみたいね。用はあったかもしれないけれど、保健室に行った方が良さそうよ。歩ける?」
他の生徒達の顔色も悪い。だが、目の前の少女は一段とひどかった。こうして立っているのもやっとだろう。アマリアは背中におぶっていこうとする。
「大丈夫、です。私、行かなくちゃ……」
「そこまでしてなのね」
「はい。私がちゃんとしなくちゃ、なので……」
「そう……」
相当気分は優れないのだろう。それでも少女は退くことはないようだ。少女の中の覚悟を見たアマリアは中腰になる。背中に乗ってとリリーに提案する。
「階段を上るのも大変でしょう?あと、きつくなったらちゃんと言ってね」
「アマリア先輩。……ありがとうございます」
リリーはお言葉に甘えることにして、アマリアの背中に身を委ねた。少女は行先を告げる。リリーが告げた目的地は、あろうことにも生徒会室だった。
下手したらダミアンの存在を消失させていたかもしれなかったです