宿敵に招かれて
アマリアは微睡んでいた。上質なシーツが肌に触れる。ふかふかの寝心地はより彼女を深い眠りに誘おうとする。
「ん……」
彼女をさらに夢心地にさせてくれるものは、優しく髪を撫でてくれる手だった。小さな手だ。弟か妹だろうか。ならばこのまま身を委ねていようと、アマリアは微笑んだ。
「……っ!」
小さな手は離れてしまった。温もりが離れてしまったことに寂しく思いつつも、アマリアの意識は覚醒していく。
「ここは……?」
極寒な寮の自室であるはずはない。アマリアは空調の効いた室内にて、広々としたベッドの上で寝ていた。灯りとなるのは燭台の炎、そして人工の月明りだけだった。ベッドを囲むように置いているのはぬいぐるみや、沢山の衣装。謎の木馬などもあった。
「……」
アマリアはつい先程まで舞台に立っていたはずだ。―そして。その舞台は失敗に終わってしまった。
「こうしてはいられないわ!」
悠長にしてはいられない、とアマリアは体を起こそうとするが。
「……ほんと、きみって忙しないな。寝起きなのに」
「!?」
「おはよ、アマリア」
アマリアの隣で寝転んでいたのは、美少女と見紛うほどの愛らしい少年だった。アマリアにとってはお馴染みの相手である。―因縁の相手だ。
「……」
体を起こすことにした。彼女は素早く体を起こし、そして瞬時に相手との距離をとった。アマリアは一刻も早く、相手との距離をとりたかったのだ。
「なにそれー、傷つく」
と言いながらも、彼も添い寝していた体を起こした。この扱いは彼にとっては慣れたものだった。
「あ、あなたはどうしてここに……?」
「どうしてもなにも。ここ、ぼくの部屋だし」
「あなたの?」
そう、とだけアマリアは返す。そしてベッドから離れようとしていた。そんな彼女を少年は呼び止める。
「ちょっと、アマリア。連れてきてくれてありがとう、は?」
「……」
「なんて、言うわけない―」
「助けてくれたのは、ありがとう」
「う、うん?」
予想外に素直な反応に、少年の声は裏返る。
「どうなるかわからなかったから。だから、あなたが助けてくれたのかと思った」
「……で?」
アマリアにとっては天敵そのものだ。それでも彼の話を望む。彼女自身、参っているようだ。少年はひとまず話を聞くことにした。
「……わからないの。今回の公演がわからない。彼は、ダミアン様はどうなったの?だから私、今から行かなくては」
「アーマーリーアっ」
「!?」
強制的にベッドの上に腰かけられた。逸る気持ちのアマリアを留まらせようとする。
「お願い、こうしていられないのよ。……そうよ、あなただっていなかった。本当におかしな公演だった」
「……ダミアン・アプト、ね」
「……何なの?」
少年は意味深に主演の名前を呼んだ。さりげなく少年はアマリアの隣に座る。
「生憎、ぼくは他の公演に出向いていたから。……どうしても許せない相手がいて」
「……」
「って、どうせぼくの事は興味ないかな。今のなーし」
少年の目が据わっていたのは一瞬で、アマリアに向ける眼差しは柔らかいものに戻る。
「興味ない、とかではないわ。あなたがそういう表情するの、珍しいとも思う」
「やっぱなーし。興味津々に来られると、逆に教えたくないし。……関わってほしくないし」
「……なんと」
彼のことに興味をもったらこれである。やはり相容れないと、アマリアは思った。少年は少年で話を切り替える。
「アマリアはさ、ぼくが一度に全部の公演を見ていると思ってる?」
「それは、厳しいでしょうね」
「そうそ。もちろん、ほとんどの公演は把握してるけど。ほら、ぼくは大人だから。ある程度黙認もしている。―でも、学園にそぐわない生徒なら見過ごすわけにはいかない」
「……そうでしょうね。なんたってあなたは」
この少年はアマリアを学園に招き入れてくれた存在だ。だがそうした恩義以上に、彼に対し、アマリアは憎悪混じりの複雑な感情をいだいていた。何といっても、アマリアの婚約者の消失に起因しているのだ。
―学園の支配者にして、この劇場街の王ともいえるこの少年。彼の判断ひとつで学園の生徒の運命は決められてしまう。
話は戻る。
「ダミアン・アプト。今、彼どころじゃないから。ああ、言わないからね」
「……そう、よね」
目を付けられなかった。支配者に結末を受け渡すことこそが敗北だ。彼はこの支配者からの制裁からは逃れることができていた。存在もし続けられるだろう。
「ただ私のしたことは、余計なことをしただけ」
「……うん、否定はしない」
「そうね。彼は変わらないままで、かえって注目を集めてしまって。私は」
何をしているのだろう、と自身を責めた。見ていられない、と支配者である少年は体を寄せる。
「アマリアは抱え込み過ぎ。一人なんだし、限界もあるよ」
「私は一人……」
「舞台ではという意味で。当然だけどね、うん。本当はきみだってあまり歓迎したくない」
「……でしょうね」
いつもより覇気がなかった。そんなアマリア相手に少年は調子が狂う一方だった。それにアマリア当人は気がついてないが、かなり疲労が溜まっているようだ。
そんな彼女の為にと、少年は手をかざす。白く淡い光がアマリアを包む。
「んー。とにかくさ!……あまり思い詰めないで。またね、アマリア」
この感覚は日常に戻るものと同じものだ。アマリアが次に目を覚ました時。そこは冷え切った、それでも馴染み深いベッドなのだろう。
アマリアにとっての宿敵です。