新生された国、ノーヴァ
「―乗り心地はいかがですかな?言ってくだされば、速度も落としますからね」
「お気遣い感謝致します。快適ですからご心配なさらず」
「それは良かった良かった」
先程からやたらと話しかけてくるのは、馬車の運転手だ。気の良さそうな中年男性だった。人によっては煩わしく思えなくもないが、少なくともアマリアは安堵していた。運転手の子供の話や、飼ってる猫の話で和んでいたのは事実だった。
「いやあ、本当にすごい事なんですよ、お嬢さん。よほど優秀なのですねぇ」
「いえ、たまたまです。運が良かったのだと思います」
コネ入学の可能性が高いので、正直嘘をついている気がした。それでもアマリアは笑ってごまかす。
「またまたー。いや、自分はね良いと思いますよ。もっと優秀な女性が世に出てくれればね、いいじゃないですか」
「まあ、それって」
「そう!現在の時の人のお言葉ですけどね」
時の人。新たに女王となった人物の事を指しているのだろう。
「そうそう、かの文豪ロックフィールド女史もそうでしょう」
「存じ上げてます。処女作を姉に薦めれたのですが、今ではわたくしの愛読書でもありす」
「いやぁ、実に素晴らしい!あとは、そうだなぁ。もちろん女性に限らずですねぇ。あの有名な建築家も―」
運転手は次々と名前をあげていく。それこそ有名な貴族の跡取りの名もだ。皆、あの学園の卒業者達だ。現役で活躍している著名人達ばかりだ。
「まあ、色々と噂もありますがね。そんなのやっかみですよ」
「さようでしょうか」
「そうですよ!お嬢さんは選ばれたのですからね、自信を持たれた方が良いですよ!」
「そうおっしゃっていただけるのは、嬉しいです」
「はは、そりゃよかったです!」
運転手の豪快な笑いに、アマリアは少し気が抜けた。良くない噂以上に、優秀な人物を輩出している名門校なのには変わりない。
「……そうよ」
噂が先走っただけだ。手紙も単なる行き違いの可能性もある。何も不安になる事などない。それなのに。
「……」
胸騒ぎは止まらないのか。
「―さん、お嬢さん!」
「は、はい」
運転手が何か話しかけていたが、聞き逃してしまった。
「失礼しました、その、何か?」
「いやいや、気にしないでくださいって。むしろ寝てらしたのなら、申し訳ない」
「いえ、それは大丈夫です」
「ほっ。いえ、都に着きましたよ」
「まあ……」
馬車のカーテンを開くと息を呑む。運転手がいうに、今都に続く橋の上を走っているのだという。四方が水辺に囲まれている都に入るには、頑強な橋を渡る必要があった。橋を渡った先、そこには。
「まあ……」
目の前に広がる大都会にアマリアは感動する。
―多くに人々が行き交う、栄えし都だ。新たな国ノーヴァの中心地である。
「今夜はこちらにてお休みください。宿も用意としております」
国の最北端にある学園までは、まだ距離がある。あらかじめ都で一泊する手筈となっていた。学園側からの配慮という事らしい。これも、コネ効果だろうか。
「すっかり暗くなりましたね……」
とっくに日が落ちており、長い馬車旅の疲れもある。さすがに今夜は眠れるだろう、とアマリアは思った。
「本日はありがとうございました。明日もよろしくお願いしますね」
「真っ面目ですね、お嬢さんは!ご丁寧にどうもですよっと!」
はっと運転手は自身の膝を叩いた。アマリアもひとまず笑顔で応えた。
「それでは、宿は都の中枢にあります。もうしばらくのお付き合いを―」
運転手がふと何かを目にする。そして、にやりと笑うと馬を止まらせた。そして、ドアを開くとアマリアに手を差し出す。アマリアも手をとって馬車から降りる。ここから歩きということなのだろうか。
「失礼しますよ、お嬢さん。足元にお気をつけくださいね」
「ありがとうございます。馬車は立ち入り禁止されているのですね?ええ、歩きますね」
距離はあるだろうが、事情があるのならばとアマリアは頷く。ぎょっとした運転手は慌てて否定した。どこか困り顔だった。
「いえいえ、違いますよ!?……違いますって、お嬢さん。せっかくの都に参られたのですから、ぜひ体験していってくださいよ!」
「体験、でございますか?」
「百聞は一見にしかず、ですよ!ささ、参りましょう」
「???」
都の正門では観光客でにぎわっていた。近づいていくと、白い装束を着た人物が待ち構えていた。運転手は何かを告げていた。宿名を言っており、それを相手は理解したようだ。アマリアの方に向き直る。
「ノーヴァ!」
「の?」
「ノーヴァ!」
「……?」
「……ノーヴァ?」
「???」
威勢よく話しかけられたはいいが、アマリアにとっては何の事だがわからない。目の前の人物もその反応の悪さに若干苛立っているようだ。理不尽だった。
「そのままお返事、しちゃいましょー」
「あ、そういうこと。の、ノーヴァ?」
「イエス!―ようこそ、生まれ変わった国へ」
ようやく自分の仕事が出来ると、相手は杖を構えて円を描く。そこにあるのは魔法陣だ。
「ええっ!?」
ふわっと体が浮いたかと思うと、そのまま発生された風に巻き上げられていく。
「都の魔術師方です。一瞬で目的地へとたどりつけますぞー」
「ま、待ってください。無料ではありませんよね?お金いくらかまだ……」
「女王陛下就任記念に、現在無料となってまーす!」
「あ、そういうことですね。それではお願―」
出した金貨袋を手にもったまま。アマリアはそのまま、そのまま風に乗って、空へと躍り出た。視界が一瞬白くなるも、アマリアは恐る恐る目を開けると、目的地である宿屋に到着していた。
「魔術……。書物で学んだ事はあったけれど……」
アマリアの脳裏に浮かんだのは、神々しく輝くのは大樹だ。
この世界の力の源。数多の恩恵を授ける存在だ。今し方の魔術もそうだ。元素を自在に操る魔法も恩恵によるものである。限られた貴族のみかと思ったが、都は一般にも普及しているという。ちなみにペタイゴイツァ一家には縁がない。
「―あれが」
アマリアはゆっくりと夜空を見上げた。落ち着いた今だからこそ、『それ』を目で確認する。
―隕石だった。ほぼ砕け散っているが、そのまま都の上空に留まっている。
「……」
かつて、隕石が襲来した。あろうことにも大樹に隕石が衝突しそうになった。隣接していた国々もそれに巻き込まれる形となってしまった。各々が全力に事にあたる。この国においては、精鋭の魔術師達を招集した。彼らの尽力もあり最悪の事態は免れた。
だが、飛び散った隕石の破片が降り注ぐ。小さな破片らは人体にぶつかっても、さほど害はなかった。外傷に至っては。
破片を飲み込んだ人は死に至る事が大半だった。だが、一部は一命をとりとめる事は出来んた。その代わりなのか、代償もあった。
「……『隕石症』の発端、ね」
降り注ぐ破片を飲み込む事により発症してしまう。それも児童のみだった。主だった症状は幻覚だった。夢遊病ともいえるだろう。軽症ならば頻度は多くないが、重度の発症者ともなると日常生活を送るのも困難だという。
―隕石も夢は見るのか。
「貴方は今も……?」
ふとした、アマリアの問いかけは空へと消えた。
おっちゃんとの二人旅が始まります。